詳細検索
検索結果 全1058作品
-
評論・研究 船中八策
一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜(ヨロ)シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。 二、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スべキ事。 一、有材ノ公卿諸侯及(オヨビ)天下ノ人材ヲ顧問ニ備へ官爵を賜(タマ)ヒ、
-
随筆・エッセイ 堺利彦傅(抄)
藩主小笠原家の補助と、旧藩出身先輩の寄附とで設立された育英会といふ団体があつて、官立学校への入学志願者は、多くはそこの貸費生にされてゐた。国の先輩には、小澤武雄、奥保鞏(おくやすかた)、小川又次、その外、陸軍の軍人として出世してゐる人が多かつたので、士官学校志願が大いに奨励されてゐた。私等の同期卒業生の中で、青木、生石(おいし)の二君は初め其の志願で上京した。杉元君と私は、内々で少し軍人志願を
-
随筆・エッセイ 「万朝報」退社の辞
予等二人は不幸にも対露問題に関して朝報紙と意見を異にするに至れり。 予等が平生社会主義の見地よりして、国際の戦争を目するに貴族、軍人等の私闘を以てし、国民の多数は其為に犠牲に供せらるゝ者と為すこと、読者諸君の既に久しく本紙上に於て見らるゝ所なるべし。然るに斯くの如く予等の意見を寛容したる朝報紙も、近日外交の時局切迫を覚ゆるに及び、戦争の終(つい)に避くべからざるかを思ひ、若(も)</rub
-
小説 マリの出征
いつもの農業用水のところに来ると、マリはしばらく草叢を嗅ぎまわっていたが、対岸に眼を据えると、いきなり跳躍した。前脚と後脚がほとんど同時といった感じで対岸の地面に着き、何事もなかったようにぼくを見ている。川幅は一メートルぐらいだろうか。笹が茂り、みどり色がかった水がゆっくりと動いている。めだかの群れが泳ぎ、アメンボウが水の上をすいすいと歩いている。みずすましが水面を横切る。田植えが終わったばかりの田んぼで、蛙の声が喧しい。 ぼくは学校から帰るとマリと散歩に出る。墓地を抜け、田んぼの間の畦道を進むと、この用水に出る。マリはいつ頃からか、用水を跳び越えることを覚えたのだ。
-
小説 茜色の山
あっ、と思ったときには前のめりにコンクリートの床に両手を突いていた。持っていた玄米の袋の口が開き、米が少し床の上にこぼれた。細引きがぼくの足元に落ちていた。 「やあ、わりい、わりい、大丈夫か」横の障子が開いて、学生服の上に半纏を着たぼくより少し上くらいの男の子が顔を出した。やや下膨れの細長くて白い顔だ。障子の反対側の部屋の根太に結んだ細引きを、ぼくが来たとき突然引っ張ったのだと分かった。 「ひどいじゃないか」といって、ぼくが米を拾いはじめると、男の子も一緒に拾った。別に怪我はないようだ、手も痛くない。 「おれ、真也っていうんだ。こな
-
小説 善人なほもつて往生をとぐ
お盆の前の一週間は、朝七時から約一時間はお墓掃除だった。叔母はもっとずっと早く起きているのだが、私は七時より前には目が覚めなかった。 「よし坊、七時だぞ」という叔母の声に私はもぞもぞと動きだす。善昭というのが私の名前だが叔母はいつもよし坊と呼ぶ。 「芋虫ごーろごろ、じゃなくて、もーぞもぞ、だわ」と、いつもの皮肉だ。 叔母は草掻きと熊手、私は鍬と竹製の箕と鎌を持ち出発だ。といっても二分もあれば目的地に着いてしまう。本寺の大きな本堂の西側なので、朝は涼しく、蔓草は露で濡れている。蔓草を鍬と草掻きで引っ張り、鎌で根元を切っていく。お墓の隅に蔓
-
小説 鉄の警棒
西条等は六十年安保回顧展が吉祥寺駅前のビルの一室で行われるというので出かけた。学校の教室の半分ほどの部屋で六十前後の女性が一人で受付をしていた。立看板の下に「六十年安保を記録する会」とあった。五月二十日午前零時五分、警官隊を導入して清瀬一郎衆議院議長が安保条約を強行採決した瞬間や、アイゼンハウアー米大統領の訪日の下検分のため来日した秘書ハガチーの車を取り囲んだデモ隊の写真、六月十五日国会構内に突入した学生たちに警棒を振り上げて襲いかかる警官隊と、逃げる学生の凄惨な写真、そのとき殺された樺美智子の写真など、写真が主だったが、投石を受けて凹んだ警官のヘルメットなどもあった。それらの中にその
-
小説 本量さん
赤い実のいっぱいについた棗の樹の横を入ると平屋建ての小さな庫裏があり、隣が小さな御堂になっていた。母が庫裏の障子に向かって声をかけた。少しして、 「待っとくれー」という間延びしたような声がした。御堂の方は障子が開いていたので、覗いてみた。中央に阿弥陀さまらしい小さな御本尊があり、その前に須弥壇、経机、座布団、その右に鐘という配置は家の御堂と同じだが、左にぽくぽくと軽やかな音を立てる木魚があった。わたしは一度あの木魚を叩いてみたいと以前から思っていた。この法然庵は村の寄合所を兼ねていたので、子供会の集まりで夜二、三回来たことがあったのだ。昼間来たのははじめてだった。 </
-
小説 末期の花—美佐乃覚書
(1) それはほんの一瞬だった。美佐乃が布団を敷き終えて、挨拶して立ち上がろうとしたとき、いきなり手を握られたのだった。強い力で、敷いたばかりの布団の上に倒された。 「困ります」と叫んだが、その口を唇で塞がれ、吸われた。 「いいだろう、前から好きだったんだよ」真園さんが耳元でいいながら、帯を解きにかかった。 「私がやります」と、そのとき何故いったか分からない。ちらっと、真園さんは一昨年奥さんを亡くされた、ということが頭を過った。母上様と一粒種のお稚児さんがいらっしゃるというから、女中兼養育係りとしての私という
-
小説 スターバート・マーテル
1 弁護士 田岡 錠治 先生 浦野 千恵子 浦野千恵子です。覚えていますか? あの人が前の弁護士さんを解任して、先生があの人の弁護士さんになってすぐに、先生から、私に会いたいと言って何度も電話をもらった浦野千恵子です。 あの時はどうしても会いたくないと断っておきながら、今になって、私の方から手紙を出して、すみません。お許しください。 ひとつだけお願いしたくて、これを書いて
-
詩 遺産
赤鱝(エイ) 海辺の情景が わたしのなかに 残像となって消えない 砂浜に曳きあげられた 赤鱝 砂にまみれて逃げまわる 男は銛を振りおろす 砂浜を吹きぬける潮風 深傷の 赤鱝が 子を生み 獣のような眼を
-
小説 桜の記憶
画面の中央にある歪んだ球体は太陽らしい。球体は黄色と白の絵の具が幾層にも塗り重ねられており、手前には樹木が描かれている。樹は幹も枝も赤い。周囲の大気も薄紅色に染められている。太陽の位置といい、構図からしても夕映えの光景ではない。白昼の鮮烈な光線を受けた逆光の中の樹ならば、黒い影として描くのが素直だろう。 その絵からは特別な才能も機知も感じられない。ただ奇を衒うことで個性を主張しているかのようですらある。それでも野沢浩司には、何か訴えてくる〈気〉のようなものが知覚された。それが何に由来するのか、よくは分からない。が、不可視の光線に射すくめられたように、絵の前から立ち去る
-
小説 ぎしねらみ
古賀の信行はどうなっただろう──。 三年ばかりまえ、郷里の小学校同級生から届いたクラス会の通知が機縁になって、私は、ときおり、同級生だった古賀の信行のことを思い出すようになりました。 古賀の信行。 しかし、彼のことを話すまえに、私は、郷里の言葉で『ぎしねらみ』と呼んでいた、小さな闘魚に触れておこうと思います。なぜなら、古賀の信行のことを思い出すと、彼の面影よりも先に、その『ぎしねらみ』という魚の姿が浮かんできますし、するとそのとき、私の頭は水を満たしたうすいガラスのびんになって、その中心に、緑色の小さなその魚を住まわせてしまうからで
-
小説 たたかい
兵隊サンのことをはなそうと思います。 兵隊サンのことは、戦争が終わって今までに、たくさんの人がたくさんの事を書いています。戦場のたたかいはもちろん、国内での二等兵、古参上等兵、下士官、将校などの、そんないろいろなヒ人間的な、ヒ民主的な出来事を読むと、ぼくは兵隊サンにならずによかった、本当によかったとおもうのです。 それでも戦争に負ける──ぼくの中学四年生──までは、兵隊サンが好きでしたし、わるい仕組があるなどとは気がつきませんでした。 小さい頃から、ずうっと兵隊さんになじんでいました
-
小説 白い鯉
「滝雅志って、憶えていますか? たしか、あなたがA高校にいらっしゃった頃の、生徒会長だったと思いますがね」 私が郷里のA高校に勤めていたのは、もうずいぶん以前のことである。が、同じ学校の教師仲間だった内村にそう言われると、滝の面影はすぐに思い出された。私は、A高校からこちらの大学に移る年、そこで生徒会の顧問をやっていたから、滝とは親しみを密にしたほうだ。 「滝ばかりじゃない。そのころ大学を出たての君の、燃えるような教育熱もよく憶えている」 私の揶揄に、内村はふんというように肩を動かした。が、次に、内村が静かな悲しみを目にみせて言っ
-
随筆・エッセイ わたしの森敦・井上靖と大岡昇平 ――想い出すこと二つ
思い出すこと ─井上靖と大岡昇平─ 思い出は多い、が、それは何もわたしだけではないだろう。井上(靖)さんは、井上さんに接した人すべてにそれぞれの思い出を残した人だった。それも井上さんとその人だけのものを、である。だから、それは胸の中にしまっておいた方がいいのだが、あえて書きとめておきたいことがある。 あれは、さまざまな曲折があったあとに(国際ペン)東京大会のメインテーマが決定した数日後だった。わたしは大会の事務的なことで夜七時すぎにお宅へ伺った。一時間ほ
-
小説 遠い聲
死刑臺をおさめた建物は所内のはずれ、西の丘の底辺にあつた。一見したところでは、工場の倉庫のように感ぜられる建物の背後に常緑の松と杉の木立がそびえ、前方のひらけた部分には芝生の波がうねつていた。眺め続けていると、視線をそらすことにうしろめたさを覚えてくるような強い魔力、それは船乗りを誘惑する魔女の呼び掛ける聲に似、深い陥穽に落ち込む時の髪を逆立てる恐怖、それから生れる肉のしこりを見るものにもたらすのだつた。 このM刑務所へ迎えられる客たちのうち、ある少数のものは、玄関を背負う人間ではなくなつていた。人は外へ出る時必ず玄関を背にするものだが、彼らの背負うものは無限にひとし
-
随筆・エッセイ 藪の鶯 第一回
男 「アハヽヽヽ。此(この)ツー、レデースは。パアトナア計(ばかり)お好(すき)で僕なんぞとをどっては。夜会に来たやうなお心持が遊ばさぬといふのだから。 甲女「うそ。うそ計(ばかり)。さ
-
評論・研究 「城の崎にて」試論―〈事実〉と〈表現〉の果てに―
一 前提 ―〈経験〉と〈言葉〉 日常の納得できる論理に従えば、物事は実際に〈経験〉しなくてはわからないし、また本当に〈経験〉した人の〈言葉〉だからこそ重さも厚みも感ぜられる。それに比べて〈言葉〉は何と軽佻なことか。思ってもいないお為ごかしの〈言葉〉が、心配そうに顔を曇らせながら、赤い舌をちらりと見せて素通りしていく。 生活者が肌で感じとり、信ずるに価するものとは、年季の入った"たたき上げ"であり、〈経験〉の裏打ちである。机の
-
小説 碧眼
王子の眼は海のように青かった。神が生まれ変わったのだと人々は噂した。王には他に男子はなかった。王は宝玉のように王子をいとおしんだ。 南海の竜と呼ばれた偉大な王だった。王も兵たちも、騎馬が得意だった。海から攻め上って高原地帯を平らげた。そのあたりは群小国がひしめいて、争いが絶えなかった。王の出現で高原に平和がもたらされた。人々は王を称えた。 陽が照りつけていた。馬の毛が汗で濡れていた。王子の額からも汗が滴り落ちた。剣が鳴った。腕に心地好い手応えがあった。二度、三度と剣を打ち合わせて、手綱を引いた。馬が旋回し、相手の剣が空を切った。回