検索結果 全1029作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 西谷 能雄 編集者とは何か

    はじめに 労働力不足や偏在が叫ばれてから既に久しい。出版界といえども例外ではなく、とくに取次、小売店の流通面における労働力不足は出版界にいろいろの問題を投げかけている。とくに過剰返品のロスにまつわり流通形態の選択の問題が大きく提起されてきていることはその最大なるものである。労働力にこと欠かなかった版元においてすらも、編集希望者こそ今もあとをたたないが、営業部門の志願者はやはり少ない。編集優位の思想がここにも現われていると見ることができる。編集者とはそれほど魅力あるものなのかとの疑問は率直にいって私には残る。知的産

  • 小説 西木 正明 寝袋の子守歌

    一 秋葉原で下車し、電気屋が軒(のき)をならべる駅頭へ歩み出ると、額(ひたい)に冷たい物が当った。日暮までにはまだ間があるのに、各ビルの屋上や側壁に取付けられたネオンサインは、早くも原色の光を周囲に放射しはじめている。それがやけにちらついて見えると思ったら、雪が舞っているのだった。 わたしはレインコートの襟</

  • 評論・研究 青井 史 与謝野鉄幹の三つの壁

    1 壁とは 与謝野鉄幹を主宰とする「明星」が創刊されたのは一九〇〇年(明33)四月だった。その「明星」は一九○八年(明41)十一月、一〇〇号をもって終刊されるまでのおよそ八年間、ロマンチシズムを掲げ、御歌所派と言われた旧派和歌に対峙しつつ短歌革新に力を尽くした。この斬新な文学運動により、江戸時代以降の近世和歌に新風を吹き込んだのだった。わずか八年ばかりで、三〇〇年近い歳月の中で停滞していった和歌を刷新するために「明星」が果した役割は大きい。 もっとも「明星」はこの一〇〇号で一旦終

  • ノンフィクション 青山 憲三 横浜事件(抄)

    第一章 検挙 1 一九四四年一月二十九日 いわゆる横浜事件で私が検挙されたのは、一九四四年(昭和十九年)一月二九日の朝であった。それは土曜日の朝であった。 その明けがた、私は、トントンとドアをたたく音でかすかに眼を覚ました。が、まだ夢ともうつつともつかず、それがはたして私の部屋であるかどうかさえ聞きわける意識も湧かなかった。前夜、つまり金曜日の晩に、陸軍報道班員としてジャワに従軍していた武田麟太郎の帰還歓迎会が、人形町の梅の里という料理屋でひらかれて、私は夜中の一時

  • 随筆・エッセイ 青樹 生子 記憶たずさえて

    筍 雨あがりの午後であることが多かった。 父は、作業衣に着替えると、たいてい 「この鍬」 と指だけさし、せっせと歩きはじめる。後から私がそれを提げて追う。小学校二、三年生の身におとなの使う鍬は重い。何よりも形がよくない。まっすぐに持てば、刃先が足にぶつかる。私は、持ちにくさをそのまま全身で表現しているといった格好のまま、父との距離をつめようとする。 父は歩くのが速かった。それでも、追いかけているうちに、目にぼんやりと、庭すみの草々が勢いを増しているのが映りはじめる。もち草の群れが

  • 随筆・エッセイ 青樹 生子 声ひそやかに

    《目次》 一春めくまでもつばめつみ草しだれ梅初 霜夕べの悲しみ

  • ノンフィクション 青地 晨 横浜事件

    日本版魔女裁判 昭和十九年の一月二十九日の朝、私は神奈川県の特別高等警察(特高)に逮捕された。まったく身におぼえのないことだったので、私は特高に令状の提出を求めた。令状なしの逮捕ではないかと疑ったからである。 特高は、だまって令状を示した。それには横浜地検の山根検事の署名で、「治安維持法違反の嫌疑により逮捕する」むねが書いてあった。たしかに正式の逮捕令状である。私の逮捕に特高が自信をもって臨んでいることがわかったし、これは長いぞと思わないわけにはいかなかった。それを裏づける

  • 短歌 青木 春枝 THE WIND IN THE WOODS

    MEMORIES OF A WOMAN 日の暮れて人の絶えたる花野ゆく吾と吾子らの声のみひびく towards the evening going through a field of flowers people have disappeared just the sound of my voice and my two little boys さ

  • 随筆・エッセイ 青柳 森 地球ウォーカー

    《目次》 1.秘境シーサンパンナを行く 2.台湾山地紀行 3.平遥古城の石碑 4.中国で日本語を教えて </p

  • 俳句 青柳 菁々 雪のワルツ(抄)

    さすらひの子が拾ひたる歌留多かな 大正七年、作者十七歳 霧ほうほう峰渡る見ゆ芒風 寒明けと言ふ朝からの牡丹雪 炉べり叩いて油虫追ふ炉の名残 舟底の浪の音聞く秋の風 一つ残りて濁りをつつく家鴨かな 窓一ぱいの月を寒しと母が言ふ 冬日さすテーブルの上なにもなし </

  • 短歌 石久保 豊

    足袋あまた取り込みて来て木蓮の花散らしたるごとき夕闇 住み捨てし家の扉の大き鍵文鎮に使ふうつくしければ 御仏の御手を憎めり一(いつ)としてわれを抱き給ふ形なかりき メタンガスふくむ泥土(でいど)に生きむとし小さき貝ら呼吸穴(いきあな<

  • 評論・研究 石橋 湛山 大日本主義の幻想

    一 朝鮮台湾樺太も棄てる覚悟をしろ、支那や、シベリヤに対する干渉は、勿論やめろ。之実に対太平洋会議策の根本なりと云う、吾輩の議論 (前号に述べた如き) に反対する者は、多分次ぎの二点を挙げて来るだろうと思う。 (一)我国は此等の場所を、しっかりと抑えて置かねば、経済的に、又国防的に自立することが出来ない。少なくも、そを脅さるる虞(おそ)れがある。 (二)列強は何れも海外に広大な殖民

  • 小説 石橋 忍月 惟任日向守(これたふ ひうがのかみ)

    第一 憐(あは)れなりけり、天正十年三月十一日天目山(てんもくざん)の一戦、落花狼藉(らつからうぜき)天日(てんじつ<

  • 俳句 石原 八束 仮幻の詩

    流人墓地寒潮の日のたかかりき 『秋風琴』(昭和三〇年刊) 水温む今宵の客を思ひ帰る 原爆地子がかげろふに消えゆけり 冬かもめ明石の娼家古りにけり 水澄むやゴッホの火の眸我に見る 秋は謐(しず)か白き肋骨切る音も 血を喀い

  • 小説 石上 玄一郎 クラーク氏の機械

    一 時雨のあがつた午後、解剖学教室の若い教授木暮博士は大学の構内の並木道を通つて脳研究所へ行つた。道の上には黄ばんだ銀杏の葉が一めんに散り敷いて、空の暗いのに足もとだけがひとところ明るくへんに面映(おもは)ゆい感じだつた。羽の脱けた鳥の死骸が一つ泥濘にころがつてゐたが、その上にも落葉が模様かなんぞのやうにこぼれてゐた。すると冬近い季節に山里を歩いてゐるときのあのすがれた佗びしさが心に涌いた

  • 石川 逸子 詩五篇

    《目次》 どれだけあなたにヒロシマ連祷28桃の花十三月 どれだけ</h3

  • 石川 善助 亜寒帯(抄)

    《目次》 缶詰工場内景鰊亞寒帯小景団 扇女 中間借者の詩捕鯨船帰航(金華山風光)変 貌

  • 評論・研究 石川 啄木 性急な思想・硝子窓

    性急な思想 一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたづさはつた多くの人々の心を、著るしく性急(せつかち)にした。意地の悪い言ひ方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」といふ言葉の意味は、「性急(</r

  • 評論・研究 石川 啄木 時代閉塞の現状

    (一) 数日前本欄(東京朝日新聞の文藝欄)に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住(折廬)氏の論文は、今日に於ける我々日本の青年の思索的生活の半面──閑却されてゐる半面を比較的明瞭に指摘した点に於て、注意に値するものであつた。蓋(けだ)し我々が一概に自然主義といふ名の下(もと)に呼んで来た所の思潮には、最初からして幾多の矛盾が雑然として混在

  • 小説 石川 達三 蒼氓 (そうぼう)

    第一部 蒼氓 一九三○年三月八日。 神戸港は雨である。細々とけぶる春雨である。海は灰色に霞(かす)み、街も朝から夕暮れどきのように暗い。 三ノ宮駅から山ノ手に向う赤土の坂道はどろどろのぬかるみ(ヽヽヽヽ)である。この道を朝早くから幾台となく自動車が駈け上って行く。それは殆