検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • ノンフィクション 尾辻 紀子 チャプラ(草小屋)からこんにちは

    一章 国際救急医療チーム 1 エチオピアの干(かん)ばつ 「四年間雨が一滴も降らない干ばつ」 そう聞いても日本人には、けたはずれの日照りの実感が伝わってこない。 ダムの水が減った、水を大切にしようといっても、梅雨になると増えて、いつのまにか忘れ去られてしまう。 一九八四年、エチオピアの干ばつが伝えられた。 砂漠に変わってしま

  • 小説 眉村 卓 蒼穹の手

    1 金属に似た冴えを持つ青空に、一本の橋が懸かっている。細い、銀色の橋だ。大きく弧を描いてせりあがり、虚空の奥で頂点に達したその先は――見えない。 ゴニウ・アゾは前方を仰ぎ、ついで後方を顧みた。人間がようやくふたり並んで歩けるくらいの幅の橋は、後方にも落ち込んでいる。 それだけであった。 深い溜息の濃さの空に、きらめく橋が渡るばかりで、ゴニウはその三分の一にさしかかった位置に立っているのだ。 よろめいてはいけない、と、ゴニウは思った。ここで進むかしりぞくか、どちらかを

  • 小説 眉村 卓 トライチ

    1 狩に出たトライチの集団は、うまい具合にヤカの大群を発見した。 ヤカは、ふたつの群に分れて、草を食べている。 だから、先任リーダーのカサラ30は、みんなを並ばせて二列にし、いった。 「前列は右の群を襲え。指揮はピクル17、おまえだ。後列は私がひきいて、左の群を襲う。全員、指揮に従って勇敢に狩をしよう。それでは行動開始だ!」 左右に分れたトライチたちは、はじめは足音をしのばせ、ヤカに近づいてからは大声をあげながら走りだした。 「ワラブヌー、ヤカ!」 </p

  • ノンフィクション 美作 太郎 つかまった編集者

    朝まだき、玄関の扉をたたく音がする。 「朝日新聞の記者ですが……」 という声に、早起きの年寄りがドアを開けると、三人の男がドカドカと踏み込んで来て、私は寝込みを襲われた形になった。 こちらから呈示を求めて、つきつけられた令状には「治安維持法違反の嫌疑により……」というような文句の末尾に、横浜地方検事局の山根某という検事の署名があった。 有無をいわさず私はそのまま逮捕され、ひとかどの重大犯人扱いで、保土ヶ谷警察のうす暗い留置場にほうりこまれてしまった。送りつけられた荷物の品定めでもするような、卑しい目つきをした看守から

  • 小説 夫馬 基彦 白い秋の庭の

    朝、千六本の味噌汁と納豆で軽い食事をすませたあと、モリがいつものように庭へ降りようと、縁側の端に腰をおろすと、敷居の雨戸の通り道に蟻が数匹いた。あまり見かけぬ小柄な赤蟻で、最初は古敷居のよごれかとも思えたが、向うが時折り、まるで字でも描くかのようにくるっと回ってみせるので、それと知れた。 モリが縁側に片肘をついて目をこらすと、赤蟻はふだん庭の中ほどで見る黒蟻と違って、いくぶん体が透けて花車(きゃしゃ)に見えた。触角や口の具合はさすがによく見えなかったが、三角形の頭と胴の間

  • 小説 夫馬 基彦 籠抜け

    あるころ、マンション十四階の北側ベランダから見下ろせるすぐ下の川の岸辺にひとりの男が棲みだした。確かまだ盛夏少し前の六月中下旬ごろだったと思う。 川は水幅十数メートルほど、その両側に十メートル程度の小さな河川敷がついただけのもので、コンクリート護岸された左右ほぼ一直線の岸は、鴨など渡り鳥の来る冬ならいざ知らず、このころは何の風情とてない。そのコンクリート岸からほんの五十センチほど引いた草むらに男は段ボールなどをいくつか敷き、いつとはなし寝泊まりしだしたようであった。 ようであったというのは私を含めうちのパートナーも近所の人も誰もその人物について格別言

  • 富永 太郎 秋の悲歎

    私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路の あらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さ へも闇を招いてはゐない。 私はたゞ微かに煙を挙げる私のパイプによつてのみ生きる。 あの、ほつそりとした白陶土製のかの女の頸に、私は千の静 かな接吻をも惜しみはしない。今はあの銅(あかゞね)色の空 を蓋ふ公孫樹の葉の、光沢のない非道な存在をも赦さう。オ ールドローズのおか

  • 布川 鴇 さえずり

    風の色 秋に色づくのは 野山の木々や草の葉だけではない 風も そのおりおりの色を見せて渡っていく 自分の存在を知らせようと 風は 季節を透かす色となり 真っ赤な紅葉をそよがせながら 時を経て 新雪をも運ぶだろう りんどうの人想う色をゆるがせて 乾いた心に 哀しみを移す風も 秋の色となる

  • 布川 鴇 湖の向こうに

    鋏 いままで見えていたものが どこへ行ってしまうのか 忽然と姿を消してしまうことがある それはたった一つの装身具であったり 生活の調度品であったり あたたかな思いであったりする 在ることが当然であったときから もはやないことが当然であるように 日常の心を変えていかなければならない それはやわらかな春の日から 突然

  • 小説 武井 清 川中島合戦秘話

    赤松の巨木が切り倒されると、陣営の前を遮るものはなくなった。眼下に善光寺平の全景が手に取る様に見えた。楯を二枚合わせた上に張り付けた図と全景を見比べながら、頭巾の謙信は鞭で諸将に説明した。柿崎を始め本庄、柴田、直江、村上義清等の眼が鞭先に集まった。甘粕近江と宇佐美駿河の姿が見えないのは、急変に備えて千曲川寄りの陣で指揮に当たっているのであろう。 「御注進!御注進!」早馬の声が指揮所に緊張を与えた。 騎馬伝令が登って来て、馬から下りると諸将達の前に走って来て控えた。諸将が左右に開くと謙信が床几から立ち上がった。 「何事か」頭巾の奥で目が

  • 小説 武井 清 武田落人秘話

    一 武田終焉 天正九年(1581)遠州高天神城が、徳川、織田の連合軍により奪還されてから武田の衰運は歴然としていた。甲州恵林寺の快川紹喜は武田を救うべく妙策として、勝頼と信長の和親を計画した。快川の意を受けた愛弟子の武田宗智は、美濃、山城の妙心寺派諸老の協力を得、上洛した。信長が高野山を焼き打ちし、僧千人を斬り殺したと京では信長を非難する声が高まっている最中の事である。 正親町帝は快川に国師号を賜う親書を出した。武田と関係の深い快川に国師号を賜うという事は、帝が信長の権力を心よからず思っておられると宗智は思い、親書を押し頂いて

  • 小説 武川 滋郎 かがみ

    女のすすり泣く声だろうか、押入れのあたりから聞えてくる。むずかる稚児(おさなご)をあやしているようにも思えるがさだかではない。宮倉は半ば夢うつつに、寝ぼけ眼をこすりながら闇を睨んだ。深夜も、およそ決まった時刻で、もうそんな夜が、幾日か続いていた。 押入れの向うの隣部屋は、一ヶ月も前から、空室になったままである。そのさらに隣りは若い男の独り棲(ずま)いとあって、女や、稚児の声な

  • 小説 武川 滋郎 黒衣の人

    放ったらかしていた家の傷みが、ついに限界にきて、大がかりな補修をよぎなくされた。ことのついでに、かねてから望みだった書庫を、一階の一部を建て増すかたちで造ることにした。 八月の終わり頃、増改築がすんで、でき上がった鰻の寝床のような細長い書庫に、家人そうがかりで運び入れた本の山を、しつらえの書棚に収める。それがまた大変な仕事だが、そこまで家人の手を煩わせるのは気がひけ、それに好みに合わせ、仕分けながら収めてゆくのも、けっこう愉しいもので、そこは独り作業を、じっくりと堪能するつもりでいる。 日曜だけの作業で、それにあちこちひっくり返していると、思いがけず

  • 小説 武田 泰淳 異形の者

    私は最近、ある哲学者の説に反対をとなえた。その学者はものごとを真剣に考えるたちであり、私より十歳も年長でありながら、私の十倍も情熱家であった。彼は狂的なほど芸術を愛好し、ひたすらこの世ならぬものの美にあこがれていた。彼はもしかしたら、私の愛する部類にぞくする人間であった。(と言っても、私は、自分が誰か人間を真に愛するなどとは、どうしても信用できないのであるが)。 どうして彼ほどの哲学者が、一個の酔漢にすぎぬ私などを相手に興奮して弁舌をふるったのか今だにわからないのであるが、何かしら話すに足る青年として相手どったにちがいない。苦悩にしても快楽にしても、ともかくほとばしり

  • 小説 武田 泰淳 汝の母を!

    クズ屋であり、精神修行の初心者である私が、コンクリート建築の裏側、人通りのない細路、空地の樹陰で最近、熱中している研究テーマは「汝の母を!」である。上海語では、ツオ・リ・マアである。どんな漢字か私は知らない。マアだけはわかる。ママ、万国語共通の母親の意味であろう。 魯迅先生には「他媽的(タアマアデ)! について」という一篇のエッセイがある。岩波版の最新刊の「魯迅選集」を、二十日とたたないのに、もう私に払いさげてくれた「読書人」がいる。学問ずきのクズ屋にとって、東京ほど便利

  • 小説 武田 麟太郎 一の酉

    帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、櫛(くし)をつかつてゐると、おきよが、ちよつと、しげちやん、あとで話があるんだけど、と云つた、──あらたまつた調子も妙だが、それよりは、平常は当のおしげをはじめ雇人だけではなく、実の妹のおとしや兄の女房のおつねにまでも、笑ひ顔一つ見せずつんとしてすまし込んでゐるのに、さう云ひながら、いかにも親しさうな眼つきでのぞき込んだのが不思議であつた。 「なにさ」──生れつき言葉づかひが悪くて客商売の店には向かぬとよくたしなめられるのだが、

  • 小説 武林 無想庵 ピルロニストのやうに

    なぜ生まれたのか、なぜ生きなければならぬのか、なぜかうやつて生きてゐるのか、さうしてなぜ老い朽ちて、なぜ死なねばならぬのか、私はもう四十だが、さうして多く考へてばかり暮らしてゐる身だが、今もつて分らない。恐らく死ぬまで分るまい。 私はたゞ漠然と生きてゐる。時々金がほしいと思ふ事もある。けれどもそれは美人を見たり、立派な邸宅を見たり、世界漫遊がしたくなつたりする時にかぎる。かうやつて、まづい物をたべて、汚い着物をきて、本を読んだり、翻訳をしたり、ゴロリと臥(ね)ころんだりし

  • 小説 舞坂 あき 光の帯のなかに

    1 眠りの底で何かの気配を感じた。 「おーい、帰ったぜ!」 明るく弾んだ声と同時にいきなり寝室のドアが開けられ、にこっと笑った守の顔が現れた。唐突に眠りを破られた私は声も出せず、それでも息子の全身を見て安堵する。 まるでゼミ合宿からでも帰ったような気安さで帰国の報告をすると、守はドアを閉めた。続いて、ころがるように階段をかけ降りてゆく久しぶりの息子の足音

  • 随筆・エッセイ 福原 麟太郎 人生の幸福

    いつかの私の誕生日に宅へ集つた若い人たちが、会が果てても、まだ数人、座敷のまん中に残つて、ちよつと風雅な恰好をした陶器のウイスキーの瓶を囲み、いくら注いでも、まだ底に残つていて、いつまでもたらたら出るのを、大げさに不思議がりながら、洋酒の酔を楽しんで、わやわや騒いでいた、その景色を時々思い出しては、われ知らず微笑むこともあるのだが、人生の楽しさなどいうものは、存外、そんなところにあるものだ。 あまり形式的でもないし、あまり通俗でもない。他人行儀でありすぎもしないし、無礼講というのでもない。私などは、そういうふうにして、穏かに、和気藹々<r

  • 随筆・エッセイ 福田 英子 獄中述懐 「妾(せふ)の半生涯」より

    三 書窓の警報 夫(それ)より数日を経て、板伯(はんはく)(板垣退助伯爵)よりの来状あり、東京に帰る有志家のあるを幸ひ、御身(おんみ)と同伴の事を頼置(たのみお<rp