検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 神尾 久義 ふるさとの少年

    あれは、ぼくが国民学校の一年生になって数か月後のことだから、七月か八月であったろう。そうだ、ケイトウが真っ赤に燃えていたから八月の下旬と限定してもよさそうだ。アキアカネも飛んでいたし……。 ぼくの家は島原市の町中にあった。そんなに広くはなかったが階下に三間、階上に二間あった。裏庭には中央部に井戸があった。普段は板張りの蓋(ふた)がかけてあったから、あまり使用していなかったのかもしれない。 その庭の一隅に、ケイトウが五、六株、群れて咲いていた。それを、はっ

  • 小説 秦 恒平 慈子(あつこ)

    序 章 一 正月は静かだった。心に触れてくるものがみな寂しい色にみえた。今年こそはとも去年はとも思わず、年越えに降りやまぬ雪の景色を二階の窓から飽かず眺めた。時に妻がきて横に坐り、また娘がきて膝にのぼった。妻とは老父母のことを語り、娘には雪の積むさまをあれこれと話させた。 三日、雪はなおこまかに舞っていた。初詣での足も例年になく少いとニュースは伝えていた。東山の峯々ははだらに白を重ね、山の色が黝ずんで透けてみえた。隣家の<rub

  • 小説 秦 恒平 初 恋 原題・雲居寺(うんごじ)跡

    一 木地雪子の父親が、あのへたな浪花節語りのなんとか愛八とわかったのは、高校一年の夏休み中だった。毎年、地蔵盆の中日(なかび)に町内の大人が宵の余興に呼んできた。 愛八は一見愛想(あいそ)のない細面(ほそおもて)にぐいと眉毛の濃い四十男だった

  • 小説 秦 恒平 清経入水

    夢であることを知っていた。それどころか、同じこの夢をつづけて何度も見ていた。夢の中では一本筋の山道を上っていた。 道の奥に、門があった。仰々しくない木の門は上ってきた坂道のためにだけあるように、鎮まって左右に開かれていた。 門の中へ入ると、植木も何もない一面の青芝の真中に、一棟の、平屋だけれど床の高い家が建っていた。庭芝があんまりまぶしくて、家のかたちが浮きたつ船のように大きく見えた。 家の内も隈なく明るかった。日の光は襖にも床の間にも、鎮まっていた。 家の中に人影を見なかった。気はいは漂っているのに、闖入を訝しみ

  • 小説 秦 恒平 閨秀

    一 絵馬堂は、どこの神社でも寺でも、何となく寒い。——なんでやろ。つねはこれまでも一度ならず想ってみながら、そのつど紛れて忘れていた。 姉のこまが嫁入りの前、つねは姉と一緒に母に連れられ珍しい二、三日の旅に出て、安藝(あき)

  • 評論・研究 秦 恒平 作者自身による出版

    一 「秦恒平・湖(うみ)の本」十九年・八十五巻 『みごもりの湖』という書下し作品を、わたしは持っている。依頼されて出版まで、五年頑張った。名作だ、なんとか賞候補だと幸い評判され、今も代表作にあげて下さる読者・識者がある。けれど、どれだけの期間、書店に本が在ったろう。版元に在庫が在ったろう。あまりに短かかった。しかも何社からも文庫本に欲しいと言ってきた。版元は、いずれうちからとすべて拒絶し、あげく、そのままにされた。大出版

  • 評論・研究 秦 恒平 「ペン電子文藝館」のことども――メディア新時代と文学――

    * 以下の斯様な記録も、電子文藝館開館満二年を経過した今、後々への一「証言」として意味あろうかと考え、「会員広場」に、改めて提出しておく。 この会(芸術至上主義文芸学会 2002)で、こうしてオハナシするのは、十六年前の、やはり十一月、二十九日でした。題して「マスコミと文学」 これを、今年(二○○二年)九月、私の「湖(うみ)の本エッセイ」第25巻め、創作シリーズと通算して第72巻めに、他

  • 随筆・エッセイ 秦 恒平 悪政と藝術

    いま私の時代もののワープロは、「悪政」の二字ならすらりと出して来るが、善政は「ぜんせい」から手間をかけて打ち直さねばならない。この機械に漢字辞書を内蔵させた一人ないし何人かの「日本人」は、政治に「悪政」はあっても、善政など無いも同然と把握していたらしい。いわば「政治性悪説」を表現する機械を、相当な高価で十年も前に私は買ってしまったことになる。だが愛機の示すこの認識に、私自身もほぼ異存がない。 政治社会に「偽」の体系を据えた人 戦後日本の政治を、ひどい悪政だったとは、思

  • 評論・研究 秦 澄美枝 二つの『高山右近』

    序章 二つの『高山右近』 1999年8月7日、雑誌『群像』に発表された加賀乙彦の小説『高山右近』、これは97年11月14日国立能楽堂で初演された後、98年10月14日金沢市文化ホールでの改演によって完成した加賀乙彦の創作能『高山右近』と同じ素材を扱う作品である。小説という表現手段で、舞台芸術である能と全く異なる構想・趣向・方法・文体により、安土桃山時代のキリシタン大名高山右近という能と、同一人物を主人公に、能では手中に収めきれなかった“人間”のドラマを描いて作品を完成したものである。 この小説『高山右近』によって加賀乙彦は、これまで

  • 仁科 理 わが紀行

    雁風呂 冬近い北国のその村は 入り日の淡さにつつまれ 蜃気楼のようにはかなかったが 季節外れの旅にはふさわしかった 一夜をとった海辺の宿は 夜っぴいて海鳴りがとどろいていた 目覚めては夕餉に聞いた 雁風呂の話を思い出していた 海をわたる長旅の翼を休めるために <p

  • 俳句 須藤 徹 朝の伽藍

    春雷にランボー読む手ふるへけり 句集『宙の家』 ひまはりのふと女めく月あかり 秋風や無人の家の矩形なる 月明の川干あがつて太くあり 月光の雪道こはす女あり 山茶花の白を残して鳥翔てり 春眠の曇りガラスを踏む間際 新樹の夜椅子は無言で向きあへり 藤

  • 評論・研究 須藤 徹 現代俳句の起源——俳句における写生と想像力を考える(序説)

    目次 子規の「写生」が意味するもの 「風景」の超克へ 可能性としてのデッサン 山林郊野の発見 俳句と主観 Ⅰ 子規の「写生」が意味するもの 明治以来の基本的な文芸思潮であり、また俳句においては、正岡子規が使用し、近代俳句

  • 評論・研究 厨川 白村 小泉(八雲)先生

    一 ラフカディオ・ヘルン 「贈従四位小泉八雲」 とかう書けば、全く知らない人は日本人かと思ふだらうが、小泉先生の血管には日本人の血は一滴も流れてゐなかつた。美しい神秘と空想との世界に生きるケルト民族の愛蘭(アイアランド)人を父とし、むかし欧洲の花やかな藝術と文明とを生み出した希臘(</rp

  • 短歌 水崎 野里子 Admiring World Beauties

    Tanka: Dragonflies Dragonflies flying on my kimono on my bag in my dream then fly in a scream In the ancient times Japan was called "the islands of drago

  • 小説 水樹 涼子 紫の記憶

    「あなたのオーラは紫、いや、もっと青みがかった、そう、青紫ですね」 突然、隣の席の男にこう言われた。 「えっ?」 「一般的に、よく着る服の色と、その人の持つオーラの色は一致しやすいと言われています。あなたのオーラは、青紫でしょうね」 確かに私はその日、濃いロイヤルブルーのサマーセーターを身に付けていた。しかしだからといって突然、名も知らない男からオーラの色云々などと指摘されようとは、思いもよらぬことだった。 「あの……?」 困惑したまま口ごもると、 「あっ、これは失礼。つ

  • 随筆・エッセイ 水樹 涼子 とちぎ綾織り(抄) 〜下野の歴史と伝説を訪ねて〜

    目次 大谷にて(神に出会う異界の入り口)思川――上流編(残る伝説に思い馳せ)聖地・日光〈一〉(開山挑戦三度目の謎) 大谷にて(神に出会う異界の入り口) この秋、久しぶりに宇都宮市の大谷を訪れた。 幼

  • 小説 水上 瀧太郎 山の手の子

    お屋敷の子と生れた悲哀(かなしみ)を、泌み々々と知り初(そ)めたのは何時(いつ)からであつたらう。 一日(ひとひ)一日と限り無き喜悦(

  • 水野 るり子 星の間で

    カモメ カモメは河口にいる 蛇行する川のしるしが 海岸線に断ち切られ ふいに消える場所 カモメはその河口の上を飛びかいながら 海の裏側でたえず生まれてくる 小魚の群れを見張っている カモメを知りたいときには 河口に行かなくてはならない だがカモメの方法や川の方向 <

  • 小説 水野 仙子 神楽坂の半襟

    貧といふものほど二人の心を荒くするものはなかつた。 『今日はお精進かい?』とでも、箸を取りかけながら夫がいはうものなら、お里はそれが十分不足を意味してるのではないと知りながら、 『だつて今月の末が怖いぢやありませんか。』と、忽ち怖い顔になつて声を荒だてる。これだけ経済を為し得たといふ消極的な満足の傍(かたはら)、夫に対してすまないやうな気の毒のやうな、自分にしても張合のない食卓なので、恰(あたか</rt

  • 評論・研究 水野 廣徳 平和への直言

    目次 個人掠奪と国際侵略死産の侵略定義戦争と投機戦争ファン戦争消滅の最捷路「厳重抗議」と「断然一蹴」平和と戦争反対日本対英米露戦