検索結果 全1029作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 森 鷗外 安井夫人

    「仲平(ちゆうへい)さんはえらくなりなさるだらう」と云ふ評判と同時に、「仲平さんは不男(ぶをとこ)だ」と云ふ蔭言(かげこと)が、淸武一郷(きよたけいちがう)に傳へられてゐる。 仲平の

  • 小説 森 鷗外 身上話

    「御勉強。」 障子の外から、小聲で云ふのである。 「誰だ。音をさせないで梯(はしご)を登つて、廊下を步いて來るなんて怪しい奴だな。」 「わたくし。」 障子が二三寸開いて、貧血な顏の切目の長い目が覗く。微笑んでゐる口の薄赤い唇の奥から、眞つ白い細く揃つた齒がかゞやく。 「なんだ。誰かと思つたら、花か。もう手紙の代筆は眞平だ。」 「あら。いくらの事だつて、毎日手紙を出しはしませんわ。」

  • 小説 森 鷗外 冬の王

    このデネマルクといふ國は實に美しい。言語には晴々しい北國の音響があつて、異様に聞える。人種も異様である。驚く程純血で、髮の毛は苧(を)のやうな色か、又は黃金色に光り、肌は雪のやうに白く、體は鞭(むち)のやうにすらりとしてゐる。それに海近く棲(す)んでゐる人種の常で、祕密らしく大きく開いた、妙に<r

  • 小説 森 志げ 死の家

    今年の梅雨は例年にまして、雨が多かつた。雨ばかりではない。風さへ加はつて、秋のあらしの様になつて、風をきらふ弓子を、厭(いや)がらせた。 久しぶりで今日は、晴々とした、好い天氣になつた。丁度日曜日である。毎朝きまつて六時になると起しに來る小間使の初が、日曜日だけは、弓子の室の雨戸さへ、起き出るまでは開けずに置くのである。 弓子は四畳半の化粧部屋へ這入つて、初の持つて來てくれる一ぱいの桶の湯と水指の水と空虚(

  • 評論・研究 森 秀樹 アポカリプス雑考

    目 次 :はじめに 1.黙示と啓示の違い――アポカリプスとは 2.訳書で検証する 3.啓示について 4.黙示と啓示は同義語か 5.黙示文学の背景 6.「黙示録」のなりたち <a href

  • 評論・研究 森 銑三 最上徳内

    一 昭和五年(1930)二月中の一夜、東京文理科大学附属図書館で『燈下雑記』と題する随筆を借りて見て、その中に最上徳内の『天然訓』と題する漢文の小著の収録せられてゐるのを知つた。それは『歴史地理』の二月号に島谷良吉氏の「最上徳内原籍地考」と題する一文が発表せられたのを読んで間のない頃だつた。『天然訓』の内容は「鮟鱇訓」「蝙蝠訓」「蜜蜂訓」「石豆訓」「漂流訓」「河豚訓」「饑饉訓」の七篇より成る。例を卑近に假りて道を説き、感想を述べて居り、教訓書といふよりも寧

  • 随筆・エッセイ 森 有正 ノートル・ダムと25年

    遥かなノートル・ダム ノートル・ダムの姿を見なくなってから、もう一カ月半経った。十何年かのパリの生活の間、この石の伽藍(がらん)は、いつも私の視界にあった。冬の霧の中に奥深く影絵のようにかすむ時、マロニエの花の香る五月、一点の雲もない朝の空から降り注ぐ太陽の光を浴びて、白銀の爈(いろり)のように輝く時、あるい

  • 俳句 森 玲子 銀座

    摘草や離ればなれに空仰ぐ 黄梅の花を漉き込む男かな 立春の頭剃り合ふ僧都かな 梅の風吸ふ心体のいとほしく 春雪を被ぎて歩む雀かな かの子忌や昨日の雪の流れゆく うつくしく身のはがれゆく蒸鰈 蜆汁海の濃青を吸ひ上ぐる 芽木渡る谷の雀は谷を出ず 薄氷を割りて面舵一杯に

  • 小説 森 鷗外 普請中

    渡邊參事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに殘つてゐる水溜まりを避けて、木挽町の河岸を、遞信省の方へ行きながら、たしか此邊の曲がり角に看板のあるのを見た筈だがと思ひながら行く。 人通りは餘り無い。役所歸りらしい洋服の男五六人のがやがや話しながら行くのに逢つた。それから半衿の掛かつた著物を著た、お茶屋の姉えさんらしいのが、何か近所へ用達しにでも出たのか、小走りに摩れ違つた。まだ幌を掛けた儘の人力車が一臺跡から駈け拔けて行つた。 果して精養軒ホテルと横に書いた、割に小さい看板が見附かつた。

  • 小説 森下 真理 月夜野に

    〔目 次〕 ビデオ作りへゆり一輪母の秘密哲朗おじさんのなぞ踏みにじられておじさんと収容所人間を悪魔に<a href=

  • 小説 森下 真理 ステーションホテル二〇五号室

    「駅おたく」 友だちは、ぼくをそう呼ぶ。 駅が大好きで、ぼくが東京駅にのめりこんでいるのは事実だから、反論はしない。けど、だれだって、すこしは何かに入れこんでいる、とぼくは思う。ラジコン飛行機とか、キャラクターグッズとか、パソコンとか。 友だちに、まんがおたくや、パソコンおたくはいるけれど、最初ぼくは“おたく”じゃなかった。友だち大ぜいといっしょに遊んでいたんだもの。 十二、三人の友だちと東京駅の通りぬけ通路を、だあっと走って丸の内側に出る。出たときの景色がさ、今来た八重洲側とち

  • 小説 森村 誠一 殺意の造型(ヘア)

    1 事件はもののはずみで起きた。中野区本町四丁目の、地下鉄新中野駅に近い理容店、『バーバー・ニューホープ』では、朝から客がたてこんでいた。 昨日の月曜が店が休みだったせいもあるが、なによりも、店主の井沢松吉(いざわまつよし)が仕事熱心で、腕がよく、常に時代に即応したファッションを研究しているので、特に若い客から圧倒的な人気を集めている。 店員たちにも腕のいいのを集めている。毎年開かれる全国理容技術選手権大会に

  • 小説 森田 草平 煤煙(抄)

    三十二 (前略) 「短刀なら、私が持つてゐますが。」 短刀! 要吉は右の腕が痙攣するやうに覚えて、竊(そつ)と自分の掌の甲を見遣つた。 「此処に?」 「直ぐ自宅(うち)へ帰つて取つて参ります。」 男は稍(やゝ</r

  • 評論・研究 森本 哲郎 戦争と人間(抄)

    〈教育〉 スパルタの巻 人間の歴史は争いの歴史である。史書をひもといてみれば、ほとんどのぺージが争いの記述で埋まっているのを見出すだろう。なぜ人間はこうも争わねばならないのであろうか。争うことが人間の本性であるゆえか。それとも人間が強者と弱者に分れているためか。集団で暮すことを強いられている人間は、どんな状況にあっても利害を異にするようになるせいか。 いったい、人間の社会から争いというものがなくなる日がくるのだろうか。残念ながら

  • 小説 森本 房子 つゆ草幻想

    自分の母が、本当の母でないことを知ったのは、下条盛夫が大学へ入る時だった。 「お前ももう大学生だ。いままで言う必要もないから言わずにきたが、この際、教えておくのもいいだろう」 入学で戸籍謄本が必要になった段階で、父から打ち明けられた。 「お前のお母さんは、終戦後間もなくお前を生むと病気になり、入院したが、一年くらいで亡くなってしまった。で、おれはいまのお母さんと再婚した。だからお前は、赤ん坊の時からいまのお母さんに育てられたわけだ」 真実の母として、夢にも疑ったことのない母が、継母であった! 三人兄弟

  • 小説 森本 房子 喪失の時

    1 一ノ瀬家の夏 八月の夏の盛り、一ノ瀬家の開け放した縁側から部屋の内には、明るい光があふれていた。暑さにも身体がなれてきたせいか、梅雨あけ頃のような耐えがたさやけだるさもあまり感じることがなくなった。 縁側に面した四畳半で、長女の真佐子は女学校の制服のひだスカートにアイロンをかけている。 傍らでは母の明子がミシンを踏んで、頼まれものの洋服を縫っている。 「お母さん、これひどいよ。見て。こんなに摺れて薄くなってる」 真佐

  • 小説 深田 久彌 あすならう

    みづつぱなをすゝり、かじかむ指をこすり合はせて、八穂(やほ)は宿題の作文をつゞる。 「津軽野の寒」と書いた題から一行あけて、 凍(し)み雪はうすら青んで、リヽヽヽと鳴る。 何の音のか分らない木霊(こだま)から転げ出た<ruby

  • ノンフィクション 神坂 次郎 元禄御畳奉行の日記(抄)

    八千八百六十三日の日記 もうひとつの元禄 元禄という時代は、日本史のどの時代よりも町人のいきいきした時代であった。関ケ原からすでに百年。武士は禄をもらって寝て暮すだけの遊民になってしまい、都市が栄え、町人たちが大きく成長し、 《侍とても貴からず、町人とても賎しからず》(『夕霧阿波鳴門』近松門左衛門)

  • ノンフィクション 神坂 次郎 今日われ生きてあり

    特攻基地、知覧(ちらん)ふたたび――序にかえて 薩摩(さつま)半島の最南端に、開聞岳(かいもんだけ)という山がある。標高九百二十二メートル。薩摩富士とよばれるこの美しい円錐(えんすい

  • 神山 暁美 糸車

    謀反 六甲の山脈の端が 真冬の太陽をすっかり呑み込むと 街は 休息の時間に入った 治療器の音が消え 闇が 傷痕を覆ってしまうと 神経が 光の粒となって 機能の回復を誇示し始める だが…… 切断された大動脈に 血液の流れはなく 応急処置されたバイパスに ヘモグロビンが犇いているだけ </p