検索結果 全1029作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 高見 順 商品としての誠実について

    『エロスの招宴』といふエッセイを連載形式で書いてゐたとき、私は自分が書いてゐることの参考に、ベレンソンの裸体論をぜひ読みたいと思つた。裸体論といふ著述がベレンソンに特にあるわけではないが、ルネサンス美術論のなかに、さういふ箇所のあることを聞き及んでゐた。そしてそのルネサンス美術論の翻訳が近く出版されるといふ予告を私は見たので早く出ないか、出たら裸体論を読みたいと思つてゐたのに、なかなか出版されないで、そのうち、私の『エロスの招宴』の終回が来た。あれから何年経つたか、ベレンソンの翻訳はどういふわけかまだ出版されてない。 つまりこんなわけで私はベレンソンに特別の関心を持つて

  • 評論・研究 高見 順 描写のうしろに寝てゐられない

    自然描写はかなはん と、「文学界」の時評のなかで言つたところ、とんでもない暴言だと、翌月の「座談会」で川端康成氏に叱られた。私がなにかハツタリを言つたみたいな感じになつて了つた。川端氏も読まれたにちがひない、フロオベルのジヨルジユ・サンドヘの書簡のなかに次のやうな文字がある。「貴方はスイスを御存じですからそのお話をしても仕方がないし、またもし私が此処で死ぬほど退屈してゐると云つたら、軽蔑なさるでせう。(中略)どつちにしろ死ぬほど退屈でせう。私は自然人ではありません。歴史のない土

  • 短歌 高崎 淳子 オレンジダイヤモンド

    ことごとく裏切ってきたやもしれぬ父の紅(くれない)ルビーの指輪 きらきらと語りつづくる人のあり星の溢るる稲村ヶ崎 妻たるを拒みはせねど「私」のアメリカンです君欲(ほ)る「妻」は 飽きるほど捏(こ)</rub

  • 評論・研究 高山 樗牛 一葉女史の「たけくらべ」を読みて

    本郷台を指ケ谷(サスガヤ)かけて下りける時、丸山新町と云へるを通りたることありしが、一葉女史がかゝる町の中に住まむとは、告ぐる人三(み)たりありて吾等辛(やうや)く首肯(うなづ)きぬ。やがて「濁り江」

  • 高市 順一郎 Para-Pyramid – The Madonna Lux

    Para-pyramid - a pyramid floating upside down: Such image sometimes reiterates itself in front of me. Heaven might be such a large diamond cube of radiating light, like the stars ...

  • 高市 順一郎 Beyond Love for the Ultimate One

    Poetic Museum of 高市 順一郎 TAKACHI Jun'ichiro &nbsp; &nbsp; Poems and Remarks by 高市 順一郎 TA

  • 評論・研究 高市 順一郎   Romance of Fires and Waters

    14 Major Poems of 新川 和江 SHINKAWA Kazue&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; Trans. & Interpret. </c

  • 評論・研究 高神 覚昇 般若心經講義(抄)

    序 いつたい佛教の根本思想は何であるかといふことを、最も簡明に説くことは、なかなかむづかしいことではあるが、これを一言にしていへば、「空(くう)」の一字に帰するといつていいと思ふ。だが、その空は、佛教における一種の謎で、いほば公開せる秘密であるといふことができる。 何人(なんぴと)にもわかつてゐる

  • 高村 光太郎 『わが詩をよみて、人死に就けり』ほか

    目次『道程』(大正3年)より 冬が来た 道 程 『智恵子抄』(昭和16年)より 人 に 樹下の二人 人生遠視 千鳥と遊ぶ智恵子

  • 随筆・エッセイ 高村 光太郎 九代目團十郎の首

    九代目市川團十郎は明治三十六年九月、六十六歳で死んだ。丁度幕末からかけて明治興隆期の文明開化時代を通過し、國運第二の発展期たる日露戦争直前に生を終ったわけである。彼は俳優という職業柄、明治文化の総和をその肉体で示していた。もうあんな顔は無い。之がほんとのところである。明治文化という事からいえば、西園寺公の様な方にも同じ事がいえるけれど、肉体を素材とせらるる方でない上に、現代の教養があまねく深くその風丰(ふうぼう)に浸潤しているので、早く世を去って現代の風にあたる事なく終った團十郎よりは複雑

  • 高村 光太郎 暗愚小伝

    目次「典型」序 「暗愚小伝」 家 土下座(憲法発布) ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争

  • 小説 高田 宏 山へ帰った猫

    1 八ヶ岳の猫 ぼくがあの猫にはじめて会ったのは、もう何年も前の、この山にようやく雪の来たころのことでした。 今ではもう、あの猫がほんとうにいたのかどうか、どうもほんとうだと言える自信がなくなってきています。もしかすると、あのころぼくは長い夢をみていたのかもしれません。その夢のなかの猫が、あの猫だったのかもしれないなあ、という気もします。 いつもの冬より暖くて、ちょっとものたりないような日がつづいていました。カラマツやダケカンバやシラカバが葉を落としつくして見とおしのよくなった

  • 評論・研究 高田 半峯 當世書生氣質の批評(抄)

    一 支那人の批評は讃美を主とし、西洋人の批評は刺衝を専らとす。されば支那人の著述は具眼者の評語を得て九鼎大呂より重しと為すも、西洋人の著述は批評者の刺衝に勝(た)へずして空しく蠧魚(とぎよ)の餌食と為るもの尠(すくな)からず。而して今熟々

  • 小説 高木 卓 歌と門の盾

    一 (序) 天平(てんぴやう)二年も押しつまつた年の暮、十三歳の少年大伴家持(おほとものやかもち)は弟妹と共に父大伴旅人(たびと)に伴はれて五年ぶりで九州から奈良へ帰つてきた。久々で見る平城京(ならの

  • 随筆・エッセイ 高野 悦子 私のシネマ宣言 映像が女性で輝くとき~人生の転機に立つ〜(抄)

    第一回東京国際映画祭は一九八五年の五月末に行なわれたが、国際映画祭として、その歴史と規模において世界一を誇るのはカンヌ国際映画祭である。そのカンヌ映画祭が毎年、五月中旬に行なわれているのと重複を避けるためにか、第二回東京映画祭の期間は初夏から初秋へと移され、八七年九月末に開催が決まった。この第一回から第二回までの約二年半は、私にとって大きな転換期ともいうべき歳月だった。人生を変えるような出来事がつぎつぎに起きたのである。 私の父高野與作は、一九八一年六月十四日、腹部大動脈瘤破裂のため八十二歳で死んだ。とつぜんの父の死を私はなんの心の準備もないままに迎えた。私の若いころ

  • 俳句 高澤 晶子 A Winter Rose 冬薔薇

    It is through my mother's hands That a white arum lily blooms On this little planet 母の手や小惑星にカラー咲く Is it a joy ? What is born On the summer solstice When ...

  • 随筆・エッセイ 国木田 獨歩 我は如何にして小説家となりしか

    自分が小説家であるか、無いかゞ先づ第一の問題です、世間が自分を小説家であると、定(き)めて居るなら其(それ)も致し方がありません、喧嘩にも成りません、元来自分は小説を書いて其で一身を立(たて)やうなどとは、少年の時も青年の時代も夢にも思つた事が無いので、其で小説家と若

  • 小説 国木田 獨歩 正直者

    見たところ成程私(わたくし)は正直な人物らしく思はれるでせう。たゞ正直なばかりでなく、人並変(ちが)つた偏物(へんぶつ)らしくも見えるでせう。 けれども私は決して正直な者ではないのです。なまじ正直者と他(ひと<rp

  • 小説 黒井 千次 ネネネが来る

    観覧車はゆっくりと地面を離れた。それはまだ昇っているというより、地表を平行に移動し続けるように感じられる。木の座席に浅く腰かけたまま、彼はむかいあった二人の子供の上に上体を傾けている。やがて、白く塗られた斜めのアングル材が視野を切り、彼と二人の子供達をのせたゴンドラは急に上昇し始めた。強い夏の日射しに照らされた遊園地の森が、むせかえる暗緑色の焔の海のように目の下に拡がり始める。急激に拡大した視野のためか、焔の海とむきあったことによる光の激しさのためか、彼は一瞬軽い目眩(めまい)を感じて思わ

  • 小説 黒井 千次 時間

    1 ――火をとめておいた方がよくはないか。 ビールのコップを持った中腰の浅井が彼の横にいた。昔のままの、浅黒い、頬骨(ほおぼね)の張った小柄な顔だった。卒業してから分厚い肉を身体につけていない数少ない顔の一つだ。このまま背広を学生服かスエターに替え、靴下をとった指の長い足にゴム草履(ぞうり)をはか