検索結果 全1044作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 吉川 英治 べんがら炬燵

    雪の後 北がわの屋根には、まだ雪が残っているのであろう、廂(ひさし)の下から室内は、広いので、灯がほしいほど薄暗いが、南の雀口(すずめぐち)にわずかばかりつよい陽の光が刎(は)ね返ってい

  • 評論・研究 吉田 健一 言葉

    いつもこの言葉といふものに戻つて来る。それは誰でもさうであるのに違ひないが言葉といふもの、この場合は日本語をその反対に少数の専門家が研究に用ゐる材料と考へて他のものが知つたことでないとする時に例へば国語審議会のやうな話にならない機関が設けられることになる。それが日本語でなくても一国の国語をその道の専門家が研究の材料と見るのは当然のことであつて又その研究が無意味なものと決つてゐる訳でもない。併しここに専門家といふものが忘れ勝ちなことが一つあつてそれはどういふものでも専門的な研究の対象になればそれそのものでなくなるといふことである。このことは虫ピンで留められた昆虫の死骸からも類推される。或

  • 評論・研究 吉本 隆明 高村光太郎(抄)

    目次 戦争期敗戦期戦後期 戦争期 中日戦争期にはいってからは、「道程」以来、父光雲の権威に象徴される日本の庶民社会の生活意識やモラルに反抗して、智恵子夫人との孤立した生活によってまもられてきた高村の内的な世界は、「

  • 評論・研究 吉野 作造 民本主義を論ず

    民衆的示威運動を論ず 一 民衆的示威運動の来歴 本年(大正三年=1914)二月、例のとおり日比谷において民衆の示威運動があった。問題としては、減税問題などもあったけれども、主なるものは海軍収賄問題であった。同じようなことは昨年の二月にもあった。昨年二月の方は今年よりは運動も激烈で、その結果とうとう桂公を内閣から追い出してしまった。今年は政府の方の準備が行き届いておったためであろう、昨年ほどの大騒動もなく、また結果と

  • 小説 久間 十義 海で三番目につよいもの

    僕は地下鉄を手なずけねばならなかった。というのもそのころ、僕は すべてに不慣れで覚束(おぼつか)なげだったが、地下鉄はそんな僕を 有無をいわさず暗い穴ぼこに押しこみ、見知らぬ場所からもう一つの 見知らぬ場所へと無造作に放りだすように思えたのだから……。 ──金世光(キムセグワン)</rp

  • 小説 久保田 匡子 フェンスの中

    1 砂地に埋まっている枯草の株を踏みしめて、低い堤の斜面を駆け下りると、舗装した道路が松林の間を縫って長く前方に続いていた。砂の上にのばした帯のようなその細い道を辿って行くと、松の枝に遮られて見えなかったフェンスの囲いが、いきなり目の前に現われた。堤から海ぎわまで続いている高いフェンスの向こう側には、青い芝生の上に白い瀟洒な家が点々と建っている、夢かと思う世界が広がっていた。 沈んだ色調の、緑褐色のペンキを塗ったゲー

  • 小説 及川 和男 雛人形

    妻が、小学校二年生の娘のために、雛を飾った。 寒い晩であった。三月一日のビキニデーの集会に出発する平和運動の代表を見送って、遅く帰宅した私は、いくらか上気顔の妻からそれを報告された。 雛を飾ったという知らせは、疲れた私をハッとさせた。もう三月か、という新鮮な思いが、この一ヵ月、カンパ活動や、各労働組合へのオルグなどに追われていた私をとらえた。しかしそれは、三月一日のビキニデーをめざす活動の中心にいながら、三月の近づきを忘れていた感覚のなまりを、後ろめたく気にかけさせるものを持っていた。 飾られた雛は、華やかであった。娘が三つになった

  • 短歌 宮 禮子 末那(まな)

    かかかか、ああ唖唖烏呼、呵呵、呵呵、天命已むなし鴉もわれも 『迦棲羅』 庭先のにはたづみより一雫の光を嘴(はし)に鶫(つぐみ)とびたつ 漆黒の切込みふかき翼もて鴉は昼の太陽かくす 俄雨夕べの笹生に音たてぬ夏の言葉は短きがよし

  • 宮沢 賢治 イーハトヴの氷霧

    イーハトヴの氷霧 けさはじつにはじめての凛々(りゝ)しい氷霧(ひようむ)だつたから みんなはまるめろやなにかまで出して歓迎した (一九二三、一一、二二)

  • 小説 宮田 智恵子 橋のむこうに

    夕方の電車はいくらか混みはじめていた。軽い震動が、吊革でバランスをとっている彰子の内部にも響く。心までが振幅をくり返していた。耳も頬も妙に熱い。 「兄貴が肝臓癌であす手術をするんだ」 松野真也が開いている写真展の会場で、さっき聞いた重い口調が耳の底にこもっている。 真也の末娘の結婚披露宴で、久しぶりに克巳に逢ったのはほんの数ヶ月前だった。白髪が多くなったくらいで、そのときは体力の衰えなど微塵も感じられなかった。むしろ、ゆったりと全身を包みこむような眼差しが胸の奥に埋もれていた火を掻き起こし、その後もしばらく彰

  • 小説 宮田 智恵子 風の韻き

    膝を大きく屈伸させてブランコに力を入れると、目の前にあるマンションを蹴上げるようにして体が吸い上げられる。空が近づき、雲にふわりと乗りそうになる。が、反動ですぐに引き戻され、高層の建物はこんどは傾きながら視野をすべる。四階の亜美の部屋の窓からカーテンが少しはみだしていた。 亜美が再婚した父のもとで暮らすようになってやっとふた月である。二人とも働いているから、亜美は夕方おそくまで一人でいなければならない。はじめて経験する四階の住居にも、まだ慣れないでいた。 亜美は思いきりブランコを漕いだ。体がしだいに軽くなり、公園とマンションの境にある木立ちを跳び越え

  • 小説 宮嶋 資夫 坑夫

    一 涯しない蒼空から流れてくる春の日は、常陸(ひたち)の奥に連る山々をも、同じやうに温め照らしてゐた。物憂く長い冬の眠りから覚めた木々の葉は、赤子の手のやうなふくよかな身体を、空に向けて勢よく伸してゐた。いたづらな春風が時折そつとその柔い肌をこそぐつて通ると、若葉はキラキラと音もたてずに笑つた。谷間には鶯や時鳥</rb

  • 評論・研究 宮内 邦雄 民主主義の原点 ──サイレント・マジョリティとマイノリティ──

    サイレント・マジョリティ サイレント・マイノリティという題で小文を書いたことがある。それは弱者の悲哀を分かれば分かるほど、彼等に共感し、強者に組み込まれたくないと思い、良心的中立を守る危険性について書いたものだった。その危険性を恐れて当時は発表されなかった。その後

  • 評論・研究 魚住 折蘆 眞を求めたる結果

    或倫理学者が言つた。後世の史家は現代を以て最も熱心に事物の真相を了解せむとした時代であると言ふであらうと。此言は彼が現実暴露主義の輓近(ばんきん)思潮に不快を感じ乍(なが)ら、此思潮に同情を以て、否自ら慰めつゝ下した批評である。此語だけに就て云へば自分も全く同感である。事物の真相を知りたがる精神、換言すれば好奇心は近世科学の根本的精神であつて又大体近世的生活と歩調を合して居るものである。第一に

  • 橋爪 文 夏の響き

    冬の前に ―ひろしま― ながい酷暑の夏が終ると いきなり冷寒の秋がやってきた 虫の音も聞かず 紅葉も見ず 瓦礫の地にあるのは 辛うじて生き残り いまを生きようとする 人間の懸命な営みのみ 冬が来る前にしなければ しかし どのように冬仕度がで

  • 評論・研究 桐生 悠々 「他山の石」発行二周年

    本誌発行の遠因 本誌が発刊満二週年を迎えたこの機会において、私は、ここに何もかもぶちまけてしまいたい。恥も外聞も忘れて、私自身も赤裸々に読者諸君の前に暴露したい。かくすれば、或は読者諸君の同情をかち得る可能性もあると同時に、私自身が、これによって、隠蔽と、それに伴う陰欝なる感情とから救われ得るからである。 事は先ず私が最近信濃毎日の主筆時代に、当時(昭和八年〈1933〉八月)東京において行われた「関東防空大演習を嗤」ったのに始まる。私は今二・二六事件以来、一般国民が的確に

  • 小説 芹澤 光治良 ブルジョア

    これも崩滅する階級の一態である。 1 租税の大半を、軍備に奪われない国民は、仕合せである。 「スイスは夢の国です」 「この世の天国です」 この言葉は、肺結核の夫の転地に従って、パリを去る時には、フランス人に独特なお世辞だった。山、湖、空、光、色、総て、スイスに来てからは天国のものだった。しかしフランス人達の聞かせてくれた言葉が単なる慰安でもなく、景色について言ったこ

  • 小説 芹澤 光治良 死者との對話

    死者は生きのこった人の記憶のなかにしか生存できないという。人の記憶は時とともにうすれて、やがて死者も生きのこった人の記憶に存在することが難しくなるであろうし、生きのこった人自身、この世を去ってしまう時が来るが、その時死者がこの世にかけた願望や精神はどうなるのであろうか。 和田稔君。 君の戦死したのは(昭和)廿年七月廿五日で、君の死を知ったのはその年の暮のこと、ちょうど二年前である。出陣の前月まで月に二回僕の家に集った二十數名の諸君のうち、戦歿したのは君一人、比島へ征(い)</r

  • ノンフィクション 近藤 富枝 水上心中 太宰治と小山初代

    一 女学校一年のときなので昭和十年のことにちがいない。ある雨上りの午後、わたしは田端駅を出て、高台につづくだらだら坂にさしかかり、劇的な場面に出会った。目の前で若い男が、並んで歩いていた妻らしい若い女を、力まかせに水たまりにつきとばしたのである。 女は抵抗せずにされるままとなり、下半身のきものを泥だらけにして倒れた。苦渋の表情をうかべた男の、秀麗とでもいいたい容貌が、わたしの目をとらえる。それにしても、水たまりに膝をついたまま、いつまでも立ち上らない女の耐え方も、わたしに不思議な興奮を誘った。 どちらも良

  • 小説 金 史良 光の中に

    一 私の語ろうとする山田春雄は実に不思議な子供であつた。彼は他の子供たちの仲間にはいろうとはしないで、いつもその傍を臆病そうにうろつき廻つていた。始終いじめられているが、自分でも陰では女の子や小さな子供たちを邪魔してみる。又誰かが転んだりすれば待ち構えたようにやんやと騒ぎ立てた。彼は愛しようともしないし又愛されることもなかつた。見るから薄髪の方で耳が大きく、目が心持ち白味がかつて少々気味が悪い。そして彼はこの界隈のどの子供よりも、身装(みなり)がよ