検索結果 全1052作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 紀田 順一郎 南方熊楠

    蔵書に見る南方熊楠の秘密 和歌山県田辺市の中屋敷町は、紀勢本線の紀伊田辺駅から海岸に向かって約1キロほどの閑静な住宅地であるが、ここにはいまでも南方熊楠の家屋敷と書斎がそのまま残されている。 明治の末ごろから中屋敷町に住み着いた南方熊楠(1867~1941)がここ

  • 小説 菊村 到 硫黄島

    片桐正俊がはじめて私の前にあらわれたのは、一九五一年四月二十一日の夕方であった。私たちは私のつとめさきである新聞社の応接室で顔をあわせた。そのときかれの着ていた、いくらかくたびれかけた紺サアジの背広の肩さきにこまかな水玉がきらきらひかっていたのを、私はいまでもあざやかに思いうかべることができる。 「雨になったんですね」と私は言った。それは私のかれに対する最初の言葉だったと思う。するとかれはそれがなにか自分の落度ででもあるかのように肩をすくめて「ええ」と小さく答えた。 かれはひどく顔色がわるかった。髪の毛をみじかくかりあげていて、そのために四角い顔がよけ

  • 小説 菊地 秀行 欠損

    昼前に、叔父の電話で起こされた。弘前まで往復した翌日だった。無愛想を抑えず、何ですかと訊いた。電話の向うでとまどったようだ。東京の真ん中で会社を経営(やっ)ていると、自分の電話をみなが心待ちにしていると思いこむらしい。小さな広告会社は、田町にある二階建てだ。自社ビルではないらしい。 さつきが会いたがっている、と叔父貴は切り出した。最後に会ったときの記憶よりは、ずっと丁寧な言い方だった。少くてもおれよりはましだ。親父が六人、おふくろが七人兄妹なので、いとこの数は多い。この二

  • 小説 菊地 秀行 影女房

    1 下城の途路、徒目付(かちめつけ)大堀進之介(おおぼりしんのすけ)は、もと同僚の榊原久馬(さかきばらひさま)の家へ寄った。 久馬は伯耆(ほうき)</

  • 短歌 菊地 良江 鼓打つ

    風を受け揃いて廻りはじめたる黄のかざぐるまとわれと距離あり 『佳季』昭和五十年 公示されし毒餌撒かるるまでの日を野犬に優しその仔も呼びて 神を説かれおりつつ信じ得ぬわれを写して凍る夜の玻璃一枚 電球を割りて口金選(え)る家ありその先の使途われには分からず

  • 吉岡 実 僧侶

    僧 侶 1 四人の僧侶 庭園をそぞろ歩き ときに黒い布を巻きあげる 棒の形 憎しみもなしに 若い女を叩く こうもりが叫ぶまで 一人は食事をつくる 一人は罪人を探しにゆく 一人は自涜 一人は女に殺される <strong

  • 小説 吉岡 忍 鹿の男

    昔の話だ。おれが、いまのきみらと同じくらいのガキで、海の向こうの、どこか遠い国で戦争が終わったころの話だ。終わって数年後のことだった。それがどういう戦争だったか、もちろんおれはなにも知らなかった。 ガキにとっちゃ世の中なんか、昔もいまも、よそのだれかが勝手にでっち上げたもので、どうせ自分のものじゃない。なにが起ころうと知ったこっちゃないし、戦争だろうが平和だろうが、自分とは関係ないと思っていたんだ。 もちろんおれだって、学校で少しは勉強したさ。昔も昔、大昔、ドイツとイタリアと日本が組んで世界中を相手に戦争をおっぱじめ、敵味方双方で何百万人も死んだあげ

  • 小説 吉行 エイスケ 女百貨店

    1 「ハロー。」 貨幣の豪奢で化粧されたスカートに廻転窓のある女だ。黄昏色の歩道に靴の市街を構成して意気に気どつて歩く女だ。イヅモ町を過ぎて商店の飾窓の彩玻瑠(いろがらす)に衣裳の影をうつしてプロフエショナルな女がかるく通行の男にウインクした。 空はリキユール酒のやうなあまさで、夜の街を覆ふと、絢爛な渦巻きがとほく去つて、女の靴の踵が男の弛緩した神経をこつこつとたたいた。つぎの瞬間には男女が下落したカワセ関係のやう

  • 小説 吉川 英治 べんがら炬燵

    雪の後 北がわの屋根には、まだ雪が残っているのであろう、廂(ひさし)の下から室内は、広いので、灯がほしいほど薄暗いが、南の雀口(すずめぐち)にわずかばかりつよい陽の光が刎(は)ね返ってい

  • 評論・研究 吉田 健一 言葉

    いつもこの言葉といふものに戻つて来る。それは誰でもさうであるのに違ひないが言葉といふもの、この場合は日本語をその反対に少数の専門家が研究に用ゐる材料と考へて他のものが知つたことでないとする時に例へば国語審議会のやうな話にならない機関が設けられることになる。それが日本語でなくても一国の国語をその道の専門家が研究の材料と見るのは当然のことであつて又その研究が無意味なものと決つてゐる訳でもない。併しここに専門家といふものが忘れ勝ちなことが一つあつてそれはどういふものでも専門的な研究の対象になればそれそのものでなくなるといふことである。このことは虫ピンで留められた昆虫の死骸からも類推される。或

  • 評論・研究 吉本 隆明 高村光太郎(抄)

    目次 戦争期敗戦期戦後期 戦争期 中日戦争期にはいってからは、「道程」以来、父光雲の権威に象徴される日本の庶民社会の生活意識やモラルに反抗して、智恵子夫人との孤立した生活によってまもられてきた高村の内的な世界は、「

  • 評論・研究 吉野 作造 民本主義を論ず

    民衆的示威運動を論ず 一 民衆的示威運動の来歴 本年(大正三年=1914)二月、例のとおり日比谷において民衆の示威運動があった。問題としては、減税問題などもあったけれども、主なるものは海軍収賄問題であった。同じようなことは昨年の二月にもあった。昨年二月の方は今年よりは運動も激烈で、その結果とうとう桂公を内閣から追い出してしまった。今年は政府の方の準備が行き届いておったためであろう、昨年ほどの大騒動もなく、また結果と

  • 小説 久間 十義 海で三番目につよいもの

    僕は地下鉄を手なずけねばならなかった。というのもそのころ、僕は すべてに不慣れで覚束(おぼつか)なげだったが、地下鉄はそんな僕を 有無をいわさず暗い穴ぼこに押しこみ、見知らぬ場所からもう一つの 見知らぬ場所へと無造作に放りだすように思えたのだから……。 ──金世光(キムセグワン)</rp

  • 小説 久保田 匡子 フェンスの中

    1 砂地に埋まっている枯草の株を踏みしめて、低い堤の斜面を駆け下りると、舗装した道路が松林の間を縫って長く前方に続いていた。砂の上にのばした帯のようなその細い道を辿って行くと、松の枝に遮られて見えなかったフェンスの囲いが、いきなり目の前に現われた。堤から海ぎわまで続いている高いフェンスの向こう側には、青い芝生の上に白い瀟洒な家が点々と建っている、夢かと思う世界が広がっていた。 沈んだ色調の、緑褐色のペンキを塗ったゲー

  • 小説 及川 和男 雛人形

    妻が、小学校二年生の娘のために、雛を飾った。 寒い晩であった。三月一日のビキニデーの集会に出発する平和運動の代表を見送って、遅く帰宅した私は、いくらか上気顔の妻からそれを報告された。 雛を飾ったという知らせは、疲れた私をハッとさせた。もう三月か、という新鮮な思いが、この一ヵ月、カンパ活動や、各労働組合へのオルグなどに追われていた私をとらえた。しかしそれは、三月一日のビキニデーをめざす活動の中心にいながら、三月の近づきを忘れていた感覚のなまりを、後ろめたく気にかけさせるものを持っていた。 飾られた雛は、華やかであった。娘が三つになった

  • 短歌 宮 禮子 末那(まな)

    かかかか、ああ唖唖烏呼、呵呵、呵呵、天命已むなし鴉もわれも 『迦棲羅』 庭先のにはたづみより一雫の光を嘴(はし)に鶫(つぐみ)とびたつ 漆黒の切込みふかき翼もて鴉は昼の太陽かくす 俄雨夕べの笹生に音たてぬ夏の言葉は短きがよし

  • 宮沢 賢治 イーハトヴの氷霧

    イーハトヴの氷霧 けさはじつにはじめての凛々(りゝ)しい氷霧(ひようむ)だつたから みんなはまるめろやなにかまで出して歓迎した (一九二三、一一、二二)

  • 小説 宮田 智恵子 橋のむこうに

    夕方の電車はいくらか混みはじめていた。軽い震動が、吊革でバランスをとっている彰子の内部にも響く。心までが振幅をくり返していた。耳も頬も妙に熱い。 「兄貴が肝臓癌であす手術をするんだ」 松野真也が開いている写真展の会場で、さっき聞いた重い口調が耳の底にこもっている。 真也の末娘の結婚披露宴で、久しぶりに克巳に逢ったのはほんの数ヶ月前だった。白髪が多くなったくらいで、そのときは体力の衰えなど微塵も感じられなかった。むしろ、ゆったりと全身を包みこむような眼差しが胸の奥に埋もれていた火を掻き起こし、その後もしばらく彰

  • 小説 宮田 智恵子 風の韻き

    膝を大きく屈伸させてブランコに力を入れると、目の前にあるマンションを蹴上げるようにして体が吸い上げられる。空が近づき、雲にふわりと乗りそうになる。が、反動ですぐに引き戻され、高層の建物はこんどは傾きながら視野をすべる。四階の亜美の部屋の窓からカーテンが少しはみだしていた。 亜美が再婚した父のもとで暮らすようになってやっとふた月である。二人とも働いているから、亜美は夕方おそくまで一人でいなければならない。はじめて経験する四階の住居にも、まだ慣れないでいた。 亜美は思いきりブランコを漕いだ。体がしだいに軽くなり、公園とマンションの境にある木立ちを跳び越え

  • 小説 宮嶋 資夫 坑夫

    一 涯しない蒼空から流れてくる春の日は、常陸(ひたち)の奥に連る山々をも、同じやうに温め照らしてゐた。物憂く長い冬の眠りから覚めた木々の葉は、赤子の手のやうなふくよかな身体を、空に向けて勢よく伸してゐた。いたづらな春風が時折そつとその柔い肌をこそぐつて通ると、若葉はキラキラと音もたてずに笑つた。谷間には鶯や時鳥</rb