検索結果 全1044作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 芹澤 光治良 大鷲 初出年: 1936年

    一 ――社長、村井代議士からお電話でした、なんですか、是非お会ひしたいつて申しまして、中の三百三番にお電話をいただきたいと。 ――社長、東京へ行かれるさうですな、お立ち前に決裁していただきませんと。 ――社長、中央バスの重役会が来週の火曜日と言ふ通知がありました、自社(うち)のも月曜日になつて居りますし、中

  • 評論・研究 高見 順 描写のうしろに寝てゐられない 初出年: 1936年

    自然描写はかなはん と、「文学界」の時評のなかで言つたところ、とんでもない暴言だと、翌月の「座談会」で川端康成氏に叱られた。私がなにかハツタリを言つたみたいな感じになつて了つた。川端氏も読まれたにちがひない、フロオベルのジヨルジユ・サンドヘの書簡のなかに次のやうな文字がある。「貴方はスイスを御存じですからそのお話をしても仕方がないし、またもし私が此処で死ぬほど退屈してゐると云つたら、軽蔑なさるでせう。(中略)どつちにしろ死ぬほど退屈でせう。私は自然人ではありません。歴史のない土

  • 随筆・エッセイ 佐藤 義亮 出版おもいで話 初出年: 1936年

    私は前から、長い出版生活のおもい出を書いて見たいと思っていた。今回、社(新潮社)の祝賀会に際し、急にこういう本をこしらえることになり、あわてて少しばかり書いて見た。しかしこれは思い出のほんの断片にすぎないし、匆卒(そうそつ)の際で年代や何かを十分調べる余裕もなかった。他日、まとまったものを、ゆっくり書くことの機会を得たら、この補いをさせてもらおうと思っている。 佐藤 義亮 <p

  • 左川 ちか 左川ちか詩集(抄) 初出年: 1936年

    鐘のなる日 終日 ふみにじられる落葉のうめくのをきく 人生の午後がさうである如く すでに消え去つた時刻を告げる かねの音が ひときれひときれと 樹木の身をけづりとるときのやうに そしてそこにはもはや時は無いのだから 憑かれた街 思ひ出の壯大な建物を あらゆる他のほろびたものの上に 喚び起こし、待ちまうけ、希望するために。

  • 野口 雨情 『草の花』(抄) 初出年: 1936年

    広小路 ゆき来も繁き 広小路 柳の蔭の 夕燕 &nbsp; しとしと雨の 降る中を 飛んでまた来て また返り &nbsp; 泊る軒端も ないのやら ゆき来の人の 顔を見る &nbsp; 行々子

  • 伊東 静雄 わがひとに与ふる哀歌 初出年: 1935年

    晴れた日に とき偶(たま)に晴れ渡つた日に 老いた私の母が 強ひられて故郷に帰つて行つたと 私の放浪する半身 愛される人 私はお前に告げやらねばならぬ 誰もがその願ふところに 住むことが許されるのでない 遠いお前の書簡

  • 随筆・エッセイ 嶋中 雄作 中央公論社 回顧五十年 初出年: 1935年

    緒 言 雑誌の寿命は短いものである。人間の働き盛りを十年か十五年と観て、その十年か十五年が雑誌の生命である。人間の活動力が衰うれば雑誌も衰える。だから、『中央公論』が五十年も続いたということは実に珍らしいことである。また、五十年という歳月は天地の悠久に比して必ずしも永しとはしない。けれどもまさに半世紀である。半世紀の間には、歴史上重大な事件の二つや三つない時代はない。世界歴史中どの世紀を取って見てもそうだが、殊に近代は事件が重畳</rb

  • 小説 萩原 朔太郎 日清戦争異聞(原田重吉の夢) 初出年: 1935年

    上 日清(にっしん)戦争が始まった。「支那も昔は聖賢の教ありつる国」で、孔孟(こうもう)の生れた中華であったが、今は暴逆無道の野蛮国であるから、よろしく膺懲(ようちょう)すべしという歌が流行(はや)</r

  • 小説 武田 麟太郎 一の酉 初出年: 1935年

    帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、櫛(くし)をつかつてゐると、おきよが、ちよつと、しげちやん、あとで話があるんだけど、と云つた、──あらたまつた調子も妙だが、それよりは、平常は当のおしげをはじめ雇人だけではなく、実の妹のおとしや兄の女房のおつねにまでも、笑ひ顔一つ見せずつんとしてすまし込んでゐるのに、さう云ひながら、いかにも親しさうな眼つきでのぞき込んだのが不思議であつた。 「なにさ」──生れつき言葉づかひが悪くて客商売の店には向かぬとよくたしなめられるのだが、

  • 随筆・エッセイ 下中 弥三郎 大百科事典の完結に際して思い出を語る 初出年: 1934年

    一 三歳にして父を喪い、母の手一つで育った私は、恥ずかしながら満足に学校教育を受け得なかった。小学校へは十一歳まで通い、十二歳から学業を廃して家業を助けねばならなかった。しかし生れついた知識欲は年と共に成長し、激しい労働に服しながらも夜学などして一日たりとも研学の志は捨てなかった。二十一歳の時、神戸に出て小学校代用教員になり、独学にて小学校教員の免許を得た。私の奉職した小学校は、五十余の学級を有する学校だけに、参考書が豊富であった。私は、小学校尋正の検定試験に合格してからは特に国語に興味を覚え、他の宿直までも引

  • 評論・研究 高神 覚昇 般若心經講義(抄) 初出年: 1934年

    序 いつたい佛教の根本思想は何であるかといふことを、最も簡明に説くことは、なかなかむづかしいことではあるが、これを一言にしていへば、「空(くう)」の一字に帰するといつていいと思ふ。だが、その空は、佛教における一種の謎で、いほば公開せる秘密であるといふことができる。 何人(なんぴと)にもわかつてゐる

  • 小説 佐々木 邦 変人伝 初出年: 1934年

    「勉強しないと、東京の叔父さんのところへやってしまいますよ」 僕が中学生の頃、母は然(そ)う言って驚かすのが常だった。叔父は母の弟だ。父は女学校の先生だけれど、叔父は高等学校の先生だから尚お豪(えら)いことになっていた。しかし父に言わせると、叔父は変りものだった。 「叔父さんは学者でしょうね?」 と僕は母に訊いて見た。 「今に博

  • 随筆・エッセイ 山本 実彦 「改造」の十五年 初出年: 1934年

    『改造』を創めてからこの四月で満十五年だ。あれもこれも考えればまるで夢のようだ。廻り燈籠のように舞台がくるくる廻っていることが感ぜられるのみだ。だが、静かに眼を閉じて十五年の足あとをふり返えれば、その間におのずから元気の消長が事績を公平に物語っている。命をかけてした仕事はいつまでたってもカチンと響く生命がこもっているが、食うためにやったような仕事は見るさえ、思い出すさえ恥ずかしくて見るにたえぬ。感激でかいたものは、たといそれが推敲されていないにしても、いつまでもなつかしく読めるように、しようことなしにかいたものには生き恥をのこすほかの何もの

  • 小説 梶井 基次郎 のんきな患者 初出年: 1932年

    一 吉田は肺が悪い。寒(かん)になつて少し寒い日が来たと思つたら、すぐその翌日から高い熱を出してひどい咳になつてしまつた。胸の臓器を全部押上げて出してしまはうとしてゐるかのやうな咳をする。四五日経つともうすつかり痩せてしまつた。咳もあまりしない。しかしこれは咳が癒つたのではなくて、咳をするための腹の筋肉がすつかり疲れ切つてしまつたからで、彼等が咳をするのを肯(がへ)</rp

  • 評論・研究 水野 廣徳 平和への直言 初出年: 1931年

    目次 個人掠奪と国際侵略死産の侵略定義戦争と投機戦争ファン戦争消滅の最捷路「厳重抗議」と「断然一蹴」平和と戦争反対日本対英米露戦

  • 評論・研究 杉山 平助 商品としての文学 初出年: 1931年

    藝術品はその他の一般的生産物と等しく、自然的素材に人間労働力が加つて初めて出現する。従つてひとたび完成されて社会的関係にいるや否やその他の一般的生産物たる靴、傘、刀剣、自動車等々と何等の区別なく社会の経済関係の歴史的変化に従つて、その社会的性質を規定される。 たとへば米や織物のやうな一般的生産物が、一団体内の分担的労働の産物として生産されるやうな原始社会では、詩人もまた自分自身あるひはごく親近な人々の衝動を代表して詩を製作したので、それも狩猟あるひは農耕の片手間の製作であり、その詩的生産に対して別に報酬も受けず、あるひはきはめて僅かにその他の労働分担を軽減してもらへた

  • 小説 林 芙美子 清貧の書 初出年: 1931年

    一 私はもう長い間、一人で住みたいと云ふ事を願つて暮した。古里も、古里の家族達の事も忘れ果てて今なほ私の戸籍の上は、真白いまゝで遠い肉親の記憶の中から薄れかけようとしてゐる。 只ひとり母だけは、跌(つま)づき勝ちな私に度々手紙をくれて叱つて云ふ事は、── おまえは、おかあさんでも、おとこうんがわるうて、くろうしてゐると、ふてくされてみえるが、よう、むねにて

  • 小説 菊池 寛 勝負事 初出年: 1929年

    勝負事(しようぶごと)と云ふことが、話題になつた時に、私の友達の一人が、次ぎのやうな話をしました。 「私は子供の時から、勝負事と云ふと、どんな些細な事でも、厳しく戒しめられて来ました。幼年時代には、誰でも一度は、弄(もてあそ)ぶに定(き)まって居<rp

  • 小説 犬養 健 亜刺比亜人エルアフイ 初出年: 1929年

    一 マラソン競走の優勝者、仏蘭西(フランス)領アルジェリイ生れの亜刺比亜(アラビア)人エルアフイは少しばかり跛足(びつこ)を引きなが

  • 小説 江戸川 乱歩 押絵と旅する男 初出年: 1929年

    この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったなら、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに違いない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰いちがった別の世界をチラリとのぞかせてくれるように、また、狂人が、われわれのまったく感じえぬものごとを見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野のそとにある別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかもしれない。 いつともしれぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。それは、わざわざ魚津へ蜃気楼を見に出掛けた帰り途であった。私がこの話をすると、お前は魚津なんかへ行ったことはないじゃ