検索結果 全1000作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 岡本 かの子 家霊

    山の手の高台で電車の交叉点になつてゐる十字路がある。十字路の間からまた一筋、細く岐れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内と向ひ合つて名物のどぜう店がある。拭き磨いた千本格子の真中に入口を開けて古い暖簾(のれん)が懸けてある。暖簾にはお家流の文字で白く「いのち」と染め出してある。 どぜう、鯰(なまづ)、鼈

  • 小説 岡本 かの子 食魔

    菊萵苣(きくぢさ)と和名はついてゐるが、原名のアンディーヴと呼ぶ方が食通の間には通りがよいやうである。その蔬菜が姉娘のお千代の手で水洗ひされ笊(ざる)で水を切つて部屋のまん中の台俎板(だいまないた)の上に置かれた。 素人の家にしては道具万端整つてゐる料理部屋である。たゞ少し<ru

  • 小説 岡本 かの子 老妓抄

    平出園子といふのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のやうに当人の感じになづまないところがある。さうかといつて職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人(しろうと)の素朴(そぼく)な気持ちに還らうとしてゐる今日の彼女の気品にそぐはない。 こゝではたゞ何となく老妓といつて貫く方がよからうと思ふ。 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。 目立

  • 随筆・エッセイ 岡本 一平 かの子の栞 岡本かの子追悼

    巴里の植物園の中に白熊が飼つてある。白熊には円い小桶で飲み水が与へられる。夏の事である。白熊は行水したくなつたと見え、この飲み水の小桶へ身体を浸さうとする。桶は小さいので両手を満足に入れるのも覚束ない。 それでも断念しないで白熊はいろいろと試す。小桶は歪んでしまつたが、白熊の入れる道理が無い。すると白熊は両手を小桶の水に浸したまゝ薄く眼を瞑つてしまつた。気持の上では、とつぷりと水に浸つたつもりであらう。 私はいぢらしい事に思ひ伴れのかの女に見せた。それからいつた「カチ坊つちやん(かの女の家庭内の呼名)よ。君がその気質や性格やスケールで世俗に入らうと

  • 小説 岡本 勘造 夜嵐阿衣花廼仇夢

    夜嵐於衣花廼仇夢(よあらしおきぬはなのあだゆめ)初篇緒言 さきかけ 我さきがけ新聞第三百廿号(本年五月廿八日)の紙上を以て其発端を説起し、号を逐(おふ)て連日<

  • 岡本 勝人 ミゼレーレ

    (一) 一八五二年十一月の晩秋 ニューヨークからミシシッピ号に乗った男は 石炭と水と食糧を積んでノフォーク港を出発した マディラ諸島から希望峯をまわるころには 大西洋の地図はポルトガル産のマディラ酒にぬれた モーリシャス島 セイロン島 シンガポール 香港・上海と インド洋から太平洋へと白いクジラが船をおいかけた 米国東インド艦隊司令長官は 水と食糧と石炭の基地である南の琉球島那覇港に停泊する 小笠原諸

  • 評論・研究 岡本 勝人 清岡卓行の三極構造にみる構成力と視座

    清岡卓行を論ずる際に、その核心をいくつかの極の連なる構成体として捉えることができる。 ひとつの極は、そのトポロジーである。出自としての中国大連と憧れとしてのフランスパリ、現実としての東京がその表現のうちに交響している。みずからの場所=現実としての「日本」と出自としての「大連」、憧れとしての「パリ」は、三つの大きな差異として見えてくる。現実からパリに身を接すれば、中国大連の世界は大きな幻想として浮かびあがってくる。こうした三極構造の動点の移動は、三層の重層性となって、清岡卓行という作家の世界が示す想像力と構成力のエートスとして浮かびあがっていると言えるだろう。

  • 評論・研究 岡本 清一 デモクラシーをめぐる争い

    〇 ブルジョア・デモクラシーの憲法と自由および暴力 1 憲法をめぐる争い アメリカと日本のブルジョアジーが、日本の人民をふたたび戦争にかり立てる準備をしようとすることにたいして、日本国憲法が大きな障害をなしていることは事実である。そしてまたこれらの陰謀に反対する人民たちを、抑圧せんとする支配階級の計画にたいしてもまた、言論、集会、結社、学問、思想等々の自由を保障する憲法が、その実現をさまたげていることは、うたがいえない事実である。今日、陰謀と詭弁とによって戦争準備と自由の抑

  • 岡本 彌太 瀧(抄)

    目次 瀧(其の参) 父の寝室 −病床篇− 桜 橋 鉛筆の走書き(妹へ 四) 椎の稚葉(妹へ 五) 三稜燈火 </p

  • 岡本 彌太 室戸灘付近

    万法流転有情悉皆肢体離反の沙の時限を吼える濤――ここに埋つて裂けてしまつた漁村の数々がある。帆船がある。 (一つは崩潰した路にのつかつたまゝ行路の無宿の不思議な宿になつてゐた) 天下一の荒灘――青鮫の横行闊歩する室戸灘。 けふは榕樹、橘の枝濃く霽れてどちら向いても蒼茫と鱶の顎(あぎと)のきかきか光る黒い印度藍の圧倒だ。 <

  • 戯曲 岡本 綺堂 近松半二の死

    登場人物 近松半二 竹本染太夫(たけもと そめだいふ) 鶴澤吉治 竹本座の手代(てだい) 庄吉 祗園町(ぎをんまち)の娘 お作 女中 おきよ 醫者

  • 評論・研究 岡澤 祐吉 明治天皇の初代侍従武官長(抄)

    宮城退出後の事故 事故がおきたのは明治四十一年(一九〇八)十一月二十一日の午後だった。この日、侍従武官長・岡澤精(くわし)は、明治帝に華頂宮(かちょうのみや)郁子妃殿下の葬儀に出席することを述べ、午後零時三十分ころ皇居

  • 短歌 沖 ななも 樹木礼賛

    たちくらむ春の名残りの木下闇かるがるきみの腕にいだかる 『衣裳哲学』 すれちがう人の匂いの微かのこりくろぐろとたつ冬の針葉樹 つかの間の休息ならむ細枝に鳥一羽きて黒くとまれり にんげんら好みて集う陰の部分朴の木のした魂のまうしろ 不穏ともいうべきほどに累々と稔らざる実の無花果樹(いちじく)はあ

  • 随筆・エッセイ 下中 弥三郎 大百科事典の完結に際して思い出を語る

    一 三歳にして父を喪い、母の手一つで育った私は、恥ずかしながら満足に学校教育を受け得なかった。小学校へは十一歳まで通い、十二歳から学業を廃して家業を助けねばならなかった。しかし生れついた知識欲は年と共に成長し、激しい労働に服しながらも夜学などして一日たりとも研学の志は捨てなかった。二十一歳の時、神戸に出て小学校代用教員になり、独学にて小学校教員の免許を得た。私の奉職した小学校は、五十余の学級を有する学校だけに、参考書が豊富であった。私は、小学校尋正の検定試験に合格してからは特に国語に興味を覚え、他の宿直までも引

  • 小説 加賀 乙彦 フランドルの冬

    第一章 病院司祭 1 「さあおいで。子供たち(メ・ザンフアン)!」鋭い張りのあるバリトンである。ロベール・エニヨンは、ぼってりした腕を力まかせに振った。 「さあ、さあ!」 黄色い歓声をあげて、我先にと腋の下をすりぬけていく子供たちにロベールは目を細めた。こそばゆい快感だ。が、一人足りない。 「スザンヌ。フランソワはどうした?」 </

  • 評論・研究 加藤 一夫 民衆は何処に在りや

    民衆藝術と云ふことが問題になつて居る。 外国ではトルストイ、ケイ、ローラン等をその最も熱心なる主唱者とし、日本に於ては福田正夫、百田宗治、富田砕花等の詩人を初めとして、本間久雄、大杉栄、内藤濯等の評論家が此主張者の尤(ゆう)なるものである。さう云ふ自分も亦田舎の土百姓の息子に生れた真の民衆の一人として、民衆の心を歌ひ、民衆の心を伝へ、民衆そのものを表現せんとする熱心に於ては敢へて人後におちないつもりである。 しかし、民衆藝術とは一体何を意味するのであるか

  • 評論・研究 加藤 一夫 民衆藝術の主張

    一 民本主義もしくは民主々義の論議が社会の各方面に行はるゝと共に文壇にも亦民衆藝術に就て語る者が多くなつた。そしてその何れも皆民衆藝術そのものに対して異論を挿まうとするのでない様であるが、今の民衆藝術家若(もし)くは民主藝術の主張者の大部分が民主々義若(も)しくは

  • 評論・研究 加藤 弘一 コスモスの知慧 石川淳論

    ――どの花がお好きですか? ――たとえば、コスモス。 1. 石川淳の小説には「気」が氾濫している。「けはひ」「けしき」「氣合」といった漠然とした情趣をあらわす言葉はもとより、「いぶき」「ふぜい」「かをり」「いきほひ」「血氣」「殺氣」「元氣」「妖氣」「陰氣」「粛殺の氣」と「気」に係る語彙は枚挙にいとまがない。しかも、ただ頻用されるだけではなく、叙述のここぞという勘所、決め所は「……けはひであつた」、「……け

  • 短歌 加藤 克巳 ひとりのわれは

    緑蔭(ミドリノカゲ)夢かたむけてのそりのそり風のながれへ白猫(ハクベウ)のあゆみ 『螺旋階段』 旗ばかり人ばかりの駅高い雲に弾丸(たま)の速度を見送っ

  • 小説 加能 作次郎 乳の匂ひ

    ……その頃、伯父は四條の大橋際に宿屋と薬屋とをやつてゐた。祇園の方から鴨川を西に渡つて、右へ先斗町(ぽんとちやう)へ入らうとする向ひ角の三階家で、二階と三階を宿屋に使ひ、下の、四條通りに面した方に薬屋を開いてゐたのだつた。そして宿屋の方を浪華亭といひ、薬屋の方を浪華堂と呼んでゐた。 私は十三歳の夏、この伯父を頼つて京都へ行つたのだつた。中学へでも入れて貰ふつもりで行つたのだが、それは夢で、着いた晩、伯父はお雪さんといふ妾上(