検索結果 全1055作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 志賀 直哉 好人物の夫婦

    一 深い秋の静かな晩だつた。沼の上を雁(がん)が啼いて通る。細君(さいくん)は食台の上の洋燈(らんぷ)を端の方に惹き寄せて其下で針仕事をして居る

  • 小説 志賀 直哉 邦子

    邦子(くにこ)が自殺した事は何といつても私の責任だ。それを私は拒まうとは思はない。然(しか)し私としてそれは殆どどうにもならない事だつた。若し自殺すると分つてゐれば勿論避ける方法も考へたらう。が、真逆(まさか)、それ程の事とは考へてゐなかつた。私の油断である。然し私がさう油断する理由は充分にあつた

  • 評論・研究 志賀 葉子 教育と戦争 ─我が青春に悔いあり─

    私の青春は戦争に始まり戦争に終わった。 戦前、戦中、戦後を生き馬齢を重ね、20世紀を終わろうとしている。 ただひたすらに戦いに勝つことを祈り、国策に沿い軍国教育に献身してきた自分を振り返って、如何に誤った道を歩み、自分自身も傷つき、多くの児童生徒を苦しみの中におとしいれたかを考える時、胸の痛みを覚え慚愧に耐えない。<div align="justify" co

  • 小説 志賀 葉子 露草

    弓枝が夕飯の支度をしていると玄関の戸が開いた。 「今晩は、お世話になりますよ」 と入って来たのは姑のおたねと舅の耕作であった。 「あらまあ、いらっしゃい、さあどうぞ」 弓枝はふっと心をかすめた緊張感とはうらはらな明るい声で挨拶すると、せきたてるように二人を座敷へ招じいれた。 「まあ、とんだ急でびっくりしたっぺけんど、なんせお父っつあんが、あんべいが悪いとって巡回のお医者さんに言われたんで、大急ぎで大学病院さ行くべえって来ただよ」 姑のおたねは小柄な体からはじけるように威勢のよい声で、言

  • 紫 圭子 春分点

    羽 化 水 に 両手をかぶせる 手の平と水の表面をつきやぶって ゆりかもめが侵入する つばさの音がふくらんでくる (うまれたんだ 空間をつきやぶって (うまれたとき ふるえる音にのってきたんだ (うまれるとき震動するんだ 摩擦して越境するんだ ひとしずく はねかえり ゆびにとまってゆれている 水玉 里芋の葉をころがる

  • 児玉 花外 失業者の自殺

    鬼こそ堪(た)へめ、人なるを 長き苦しき労働(はたらき)に 身は青草の細くのみ 一たび肺を病みしより 血を喀(は)き逐(お)はる<ruby

  • 児玉 花外 朝顔に対して

    (わが詩集の発売禁止の翌朝) 昨夜(ようべ)、悲憤に寝もやらず 凭(もた)るゝ窓の下白う 朝顔咲けり美はしく、 花も自由に開くもの 人の思想の何ゆゑに 残忍の手に<r

  • 随筆・エッセイ 寺田 寅彦 喫煙四十年

    はじめて煙草を吸ったのは十五六歳ごろの中学時代であった。自分よりは一つ年上の甥のRが煙草を吸って白い煙を威勢よく両方の鼻のあなから出すのが珍しくうらやましくなったものらしい。そのころ同年輩の中学生で喫煙するのはちっとも珍しくなかったし、それに父は非常な愛煙家であったから両親の許可を得るにはなんの困難もなかった。皮製で財布のような格好をした煙草入れに真鍮(しんちゅう)の鉈豆煙管(なたまめぎせる)

  • 評論・研究 自由新聞論説 権利之源<明治15年(1882)7月5日付初出>

    生ノ道ニ合ヘル之(これ)ヲ善ト謂(い)ヒ、生ノ道ニ違(たが)フ之ヲ悪ト謂フ。人ノ世ニ在ル、唯(た)ダ生ヲ是レ計(はか)</rp

  • 評論・研究 篠原 央憲 いろは歌の謎

    ここに、恐ろしいほどの謎が隠されている。思いもかけぬ不可思議な暗示が、わたしたちを戦慄させるのだ。現在「いろは四十七文字」といっても、ほとんどの人は全部を知らない。しかし、戦前の日本人は、誰でも、もの心つき始めるころに、それを覚えた。「いろは四十七文字」によって、戦前の日本人は生まれて初めて、文字と言うものを知ったのである。そこには、私たちが生涯を通じて使用するひらがなが、一字も重複することなく、全部収まっている。ところが、いうまでもなく、この「いろ

  • 短歌 篠塚 純子 ただ一度こころ安らぎ

    古き名に風車通り(モーレン・ストラート)と呼ばれゐる路地に住まひてひと月を経ぬ しばしばも夫と離るるわが歩み森洩るる陽を胸にうつして 新婚の妻なるわれに異国びと問ひかくるなり不幸せかと 何ゆゑにかくもしきりに憶はるる幼くわれの住みし雪国 あらはなる憎しみ顔に浮かぶかと立ち上がりざま鏡をのぞく 夫

  • 小説 柴田 錬三郎 河内山宗俊

    一 晩秋の午さがり、ここ伝馬町の牢屋敷は、ねむったような静けさだった。たち並んだいくつかの土蔵のような棟が、ひっそりと、あかるい影を白砂の上へ這わせているきり、樹木一本もないだだ広い庭は人影もない。 と――。 ある棟と棟との露路に、跫音(あしおと)がした。 一人の同心に縄をとられて、ゆったりとした足どりであらわれたのは、長躯肥大のお坊主――御数寄屋(</

  • 短歌 若山 牧水 別離 上巻(抄)

    自 序 廿歳頃より詠んだ歌の中から一千首を抜き、一巻に輯(あつ)めて『別離』と名づけ、今度出版することにした、昨日までの自己に潔(いさぎよ)く別れ去らうとするこころに外ならぬ。 先に著した『獨り歌へる』の序文に私は、私の歌の一首一首は私の命のあゆみの一歩一歩であると書いておいた、また、一歩あゆんでは小さな墓を一つ築いて来てゐる様なものであ

  • 小説 若松 賤子 忘れ形見 アデレード・アン・プロクター『The Sailor Boy』原作

    ミス・プロクトルの“The Sailor Boy”と云ふ詩を読みまして、一形(ひとかた)ならず感じました、どうか其心持をと思ふて物語り振りに書綴つて見ましたが、固より小説など云ふべきものではありません。 あなた僕の履歴を話せつて仰るの? 話しますとも直(ぢ)つき話せつちまいますよ、だつて十四にしかならないんですから、別段大した<ru

  • 小説 若松 賤子 いなッく、あーでん物語

    英国の海岸に絶壁の何処(いづこ)からともなく立列(たちつらな)つて来て途切れた隙間に、ひとつの漁村をなした処があります。黄色い砂の浜辺から向ふを眺めると、狭い波止場(はとば)の辺に、赤瓦の家根(やね)

  • 小説 若松 賤子 おもひで

    (上) 正月用の衣類取出(とりいだ)さんと、たまたま開きたる納戸(なんど)の長持(ながもち)、底に見慣れぬ風呂敷包のありとて、珍らしきもの見たさは十七の娘盛り、 アレ、かあさん

  • 狩野 敏也 四百年の鍋(抄)

    目次 面食いの国にて 苦い豆腐 四百年の鍋 道 対牛弾琴 故事新釈(2)a> 人非人と犬非犬 間もなく満員 <div cla

  • 俳句 種田 山頭火 草木塔 ~山行水行~

    山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆふべもよろし炎天かくすところなく水のながれくる日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ待つでも待たぬでもない雑草の月あかり風の枯木をひろうてはあるく向日葵や日ざかりの機械休ませてある蚊帳へまともな月か

  • 随筆・エッセイ 宗内 敦 わが家わが兄

    肩こり期 年は取りたくないものだ。気力が萎え、活力が失せ、とりわけ、ことさらのことに関しては急速に衰えてくる。ときに手をつないで歩きこそすれ、妻の躰に触れることさえ珍しくなる。共に齢を数え、さすがに加齢を偲ばせるようになった妻と二人、あのリビドーなるものは一体どこに行ってしまったのかと、苦笑することしきりの昨今ではある。 リビドーとは、人の心的エネルギーの源に当てた精神分析概念で、C・G・ユンクによれば、それは純粋に精神的エネルギーで

  • 随筆・エッセイ 宗内 敦 父と子、母と子

    夫婦関係の教育力 1. 現代の親子関係(二人の母親) 筆者は今、長年の念願かなって、庭つき一戸建て住宅を建築中である。大工さんは、もうすぐ四十に手のとどくころの、まさに働き盛りであるが、こまめによく説明しながら、大変熱っぽく建ててくれている。そこでつい、感謝の気持ちもあって、「いちど、夜飲みにいきましょうか」といってしまった。お酒好きのようでもあったから、まさか断られるとは思ってもいなかったのに、「俺、家に帰って、子どもを風呂に入れるのが日課になっているから」という返事が、即座に返って来た。あっ、そり