検索結果 全1030作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 新井 満 函館

    1 西暦二〇〇〇年の大晦日を、柊真一郎は写真スタジオの中ですごした。どこにも出かけなかったし、誰も訪ねてはこなかった。 写真スタジオの一角が応接コーナーになっていて、テーブルや椅子、ソファー、オーディオ・ビデオのセット、観葉植物といったものが置かれている。その日の午後、柊はソファーに座り珈琲を飲みながら一ヵ月分の新聞に眼を通し、たまっていた雑誌や郵便物の整理をした。 分厚いコンクリート壁に囲まれた写真スタジオの中は、しんと静まりかえっていてもの音ひとつしない。南洋の海底に沈んだ潜水夫みたいな気分だった。ジ

  • 随筆・エッセイ 新島 襄 同志社

    幕政の末路外交切迫して世運(せうん)転(うた)た危殆(きたい)に傾き、人心動乱するの時に際し、襄(じょう)(筆者自身)不肖夙(つと<r

  • 小説 新美 南吉 おぢいさんのランプ

    かくれんぼで、倉の隅にもぐりこんだ東一君がランプを持つて出て来た。 それは珍らしい形のランプであつた。八十糎ぐらゐの太い竹の筒が台になつてゐて、その上にちよつぴり火のともる部分がくつついてゐる、そしてほやは、細いガラスの筒であつた。はじめて見るものにはランプとは思へないほどだつた。 そこでみんなは、昔の鉄砲とまちがへてしまつた。 「何だア、鉄砲かア。」と鬼の宗八君はいつた。 東一君のおぢいさんも、しばらくそれが何だかわからなかつた。眼鏡越しにじつと見てゐてから、はじめてわかつたのである。 ランプであ

  • 小説 森 詠 雄鶏『オサムの朝』より

    修は背中で躍るランドセルを片手で押さえながら畔道を懸命に走った。ランドセルの中の鉛筆箱がかたこととくぐもった音をたてていた。麦の畑を過(よぎ)って走る線路に目をやった。 銀色の日射しが青々とした麦畑一面に降り注いでいた。南からの風がまだ穂のない麦の葉を揺らし、眩ゆい波紋を作って拡がっていく。 「まだ来ねえ」 修は左手の雑木林を窺った。線路はその雑木林のところで、ゆるく右にカーブしながら坂を下り、こんもりと茂った鎮守の森に消えている。機関車

  • 戯曲 森 鷗外 ゲーテ『ファウスト』より

    劇場にての前戯 座長。座附詩人。道化方。 座長 これまで度々難儀に逢つた時も、 わたくしの手助(てだすけ)になつてくれられた君方(きみがた)二人だ。 こん度の

  • 小説 森 志げ 死の家

    今年の梅雨は例年にまして、雨が多かつた。雨ばかりではない。風さへ加はつて、秋のあらしの様になつて、風をきらふ弓子を、厭(いや)がらせた。 久しぶりで今日は、晴々とした、好い天氣になつた。丁度日曜日である。毎朝きまつて六時になると起しに來る小間使の初が、日曜日だけは、弓子の室の雨戸さへ、起き出るまでは開けずに置くのである。 弓子は四畳半の化粧部屋へ這入つて、初の持つて來てくれる一ぱいの桶の湯と水指の水と空虚(

  • 評論・研究 森 秀樹 アポカリプス雑考

    目 次 :はじめに 1.黙示と啓示の違い――アポカリプスとは 2.訳書で検証する 3.啓示について 4.黙示と啓示は同義語か 5.黙示文学の背景 6.「黙示録」のなりたち <a href

  • 評論・研究 森 銑三 最上徳内

    一 昭和五年(1930)二月中の一夜、東京文理科大学附属図書館で『燈下雑記』と題する随筆を借りて見て、その中に最上徳内の『天然訓』と題する漢文の小著の収録せられてゐるのを知つた。それは『歴史地理』の二月号に島谷良吉氏の「最上徳内原籍地考」と題する一文が発表せられたのを読んで間のない頃だつた。『天然訓』の内容は「鮟鱇訓」「蝙蝠訓」「蜜蜂訓」「石豆訓」「漂流訓」「河豚訓」「饑饉訓」の七篇より成る。例を卑近に假りて道を説き、感想を述べて居り、教訓書といふよりも寧

  • 随筆・エッセイ 森 有正 ノートル・ダムと25年

    遥かなノートル・ダム ノートル・ダムの姿を見なくなってから、もう一カ月半経った。十何年かのパリの生活の間、この石の伽藍(がらん)は、いつも私の視界にあった。冬の霧の中に奥深く影絵のようにかすむ時、マロニエの花の香る五月、一点の雲もない朝の空から降り注ぐ太陽の光を浴びて、白銀の爈(いろり)のように輝く時、あるい

  • 俳句 森 玲子 銀座

    摘草や離ればなれに空仰ぐ 黄梅の花を漉き込む男かな 立春の頭剃り合ふ僧都かな 梅の風吸ふ心体のいとほしく 春雪を被ぎて歩む雀かな かの子忌や昨日の雪の流れゆく うつくしく身のはがれゆく蒸鰈 蜆汁海の濃青を吸ひ上ぐる 芽木渡る谷の雀は谷を出ず 薄氷を割りて面舵一杯に

  • 小説 森下 真理 月夜野に

    〔目 次〕 ビデオ作りへゆり一輪母の秘密哲朗おじさんのなぞ踏みにじられておじさんと収容所人間を悪魔に<a href=

  • 小説 森下 真理 ステーションホテル二〇五号室

    「駅おたく」 友だちは、ぼくをそう呼ぶ。 駅が大好きで、ぼくが東京駅にのめりこんでいるのは事実だから、反論はしない。けど、だれだって、すこしは何かに入れこんでいる、とぼくは思う。ラジコン飛行機とか、キャラクターグッズとか、パソコンとか。 友だちに、まんがおたくや、パソコンおたくはいるけれど、最初ぼくは“おたく”じゃなかった。友だち大ぜいといっしょに遊んでいたんだもの。 十二、三人の友だちと東京駅の通りぬけ通路を、だあっと走って丸の内側に出る。出たときの景色がさ、今来た八重洲側とち

  • 小説 森村 誠一 殺意の造型(ヘア)

    1 事件はもののはずみで起きた。中野区本町四丁目の、地下鉄新中野駅に近い理容店、『バーバー・ニューホープ』では、朝から客がたてこんでいた。 昨日の月曜が店が休みだったせいもあるが、なによりも、店主の井沢松吉(いざわまつよし)が仕事熱心で、腕がよく、常に時代に即応したファッションを研究しているので、特に若い客から圧倒的な人気を集めている。 店員たちにも腕のいいのを集めている。毎年開かれる全国理容技術選手権大会に

  • 小説 森田 草平 煤煙(抄)

    三十二 (前略) 「短刀なら、私が持つてゐますが。」 短刀! 要吉は右の腕が痙攣するやうに覚えて、竊(そつ)と自分の掌の甲を見遣つた。 「此処に?」 「直ぐ自宅(うち)へ帰つて取つて参ります。」 男は稍(やゝ</r

  • 評論・研究 森本 哲郎 戦争と人間(抄)

    〈教育〉 スパルタの巻 人間の歴史は争いの歴史である。史書をひもといてみれば、ほとんどのぺージが争いの記述で埋まっているのを見出すだろう。なぜ人間はこうも争わねばならないのであろうか。争うことが人間の本性であるゆえか。それとも人間が強者と弱者に分れているためか。集団で暮すことを強いられている人間は、どんな状況にあっても利害を異にするようになるせいか。 いったい、人間の社会から争いというものがなくなる日がくるのだろうか。残念ながら

  • 小説 森本 房子 つゆ草幻想

    自分の母が、本当の母でないことを知ったのは、下条盛夫が大学へ入る時だった。 「お前ももう大学生だ。いままで言う必要もないから言わずにきたが、この際、教えておくのもいいだろう」 入学で戸籍謄本が必要になった段階で、父から打ち明けられた。 「お前のお母さんは、終戦後間もなくお前を生むと病気になり、入院したが、一年くらいで亡くなってしまった。で、おれはいまのお母さんと再婚した。だからお前は、赤ん坊の時からいまのお母さんに育てられたわけだ」 真実の母として、夢にも疑ったことのない母が、継母であった! 三人兄弟

  • 小説 森本 房子 喪失の時

    1 一ノ瀬家の夏 八月の夏の盛り、一ノ瀬家の開け放した縁側から部屋の内には、明るい光があふれていた。暑さにも身体がなれてきたせいか、梅雨あけ頃のような耐えがたさやけだるさもあまり感じることがなくなった。 縁側に面した四畳半で、長女の真佐子は女学校の制服のひだスカートにアイロンをかけている。 傍らでは母の明子がミシンを踏んで、頼まれものの洋服を縫っている。 「お母さん、これひどいよ。見て。こんなに摺れて薄くなってる」 真佐

  • 小説 深田 久彌 あすならう

    みづつぱなをすゝり、かじかむ指をこすり合はせて、八穂(やほ)は宿題の作文をつゞる。 「津軽野の寒」と書いた題から一行あけて、 凍(し)み雪はうすら青んで、リヽヽヽと鳴る。 何の音のか分らない木霊(こだま)から転げ出た<ruby

  • ノンフィクション 神坂 次郎 元禄御畳奉行の日記(抄)

    八千八百六十三日の日記 もうひとつの元禄 元禄という時代は、日本史のどの時代よりも町人のいきいきした時代であった。関ケ原からすでに百年。武士は禄をもらって寝て暮すだけの遊民になってしまい、都市が栄え、町人たちが大きく成長し、 《侍とても貴からず、町人とても賎しからず》(『夕霧阿波鳴門』近松門左衛門)

  • ノンフィクション 神坂 次郎 今日われ生きてあり

    特攻基地、知覧(ちらん)ふたたび――序にかえて 薩摩(さつま)半島の最南端に、開聞岳(かいもんだけ)という山がある。標高九百二十二メートル。薩摩富士とよばれるこの美しい円錐(えんすい