検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 村山 精二 風の鳥瞰

    耳もとで風が鳴っている。右の耳と左の耳とでは風の音色が少し違って聞こえる。どちらもゴウというふうに聞こえるのだが、多少、右を抜ける風の方が高い音だ。風が向きを変えたのかも知れない。コントロールバーの右手を引いた。身体がハーネスの中に食いこんでいく。ハンググライダーはゆっくりと右旋回を始めた。 眼下はほぼ緑だ。この山は冬はスキー場になっているが、今は雪もなく芝がいっせいに青い葉を太陽に向けている。ゲレンデの端にリフトが赤錆びたまま伸びている。黄色い何百というベンチが揺れている。二列に並んで止まったままのベンチは風が吹くときだけ冬の生命をとりもどしているようだ。裾野から頂

  • 村山 精二 特別な朝

    かつを 赤道からオホーツク海までただひたすらに泳ぎ回る魚 体長90センチにも及ぶ巨体をただひたすらに動かし続ける 速度を上げて 速度を上げて ただひたすらに 今でも一本釣りが正統なんです イワシを撒いて ポンプで水を撒いて海面を泡立たせる 最初は餌のついた針で釣り上げるけど 釣れ始めたら偽物で まあ なんて悲しい習性の魚であることか 不況の底は脱した </p

  • 評論・研究 村山 精二 なぜ高村光太郎なのか

    電子文藝館招待席に委員が提案し、委員会の手続きを経て掲載された「高村光太郎作品抄」の一部にある戦争賛美詩を削除せよという私信メールが、ペンクラブ会員のある作家から提案者宛に届いた。作家の意見をきちんと受け止めた上で、委員会は削除要求に応じていないが、提案者から経緯を述べておきたいと投稿があったので、了とした。(編輯室) 電子文藝館招待席に「高村光太郎作品抄」を、最初は2006年末か2007年初頭に提案して、委員会の了承を得られた。当時の電子文藝館委員会

  • コラム 村山 精二 ある国語教師の決断

    電話の主が最初は誰か判らなかった。中学校時代の恩師だと確信するまでにしばらく時間がかかった。 前回お会いしたのは5年ほど前。久しぶりの同窓会の席だった。2次会でゆっくりお話しを聞きたかったが、できなかった。次の予定があって1次会だけで失礼した。それ以来のお声である。 先生宅に来ないかとおっしゃる。先生宅への訪問は40年ぶりぐらいだろうか。浜松から出てきた先生が30代で建てた家。それまでにお住まいになっていた教員住宅とあまり変わらない造りだが、リフォームしたらしく明るくなっていた。 客間のテーブルの上には本が山積みになっていた。『金子

  • 村山 槐多 童児群浴

    黒き玻璃(はり)の山脈、赤き血の滴 げせぬ鋭どき天のときの声 これらみな紫の異常になげく 夏の午後の一とき 薄紫、赤、黄は透明を伝染し 天地にみなぎりたり 硫黄泉(いわうせん)は地底をつたふ 美しき湯気の香はする この時太陽は血潮

  • 小説 太宰 治 桜桃

    われ、山にむかひて、目を挙ぐ。 ──詩篇、第百二十一。 子供より親が大事と、思ひたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考へてみても、何、子供よりも、その親のはうが弱いのだ。少くとも、私の家庭に於いては、さうである。まさか、自分が老人になってから、子供に助けられ、世話にならうなどといふ図々(づうづう)しい虫のよ

  • 小説 太宰 治 裸川 ――新釈諸国噺より――

    わたくしのさいかく、とでも振仮名を附けたい気持で、新釈諸国噺といふ題にしたのであるが、これは西鶴の現代訳といふやうなものでは決してない。古典の現代訳なんて、およそ、意味の無いものである。作家の為すべき業ではない。三年ほど前に、私は聊斎志異の中の一つの物語を骨子として、大いに私の勝手な空想を按配し、「清貧譚」といふ短篇小説に仕上げて、この「新潮」の新年号に載せさせてもらつた事があるけれども、だいたいあのやうな流儀で、いささか読者に珍味異香を進上しようと努めてみるつもりなのである。西鶴は、世界で一ばん偉い作家である。メリメ、モオパッサンの諸秀才も遠く及ばぬ。私のこのやうな仕事に依つて、西鶴

  • 小説 太宰 治 満願

    これは、いまから、四年まへの話である。私が伊豆の三島の知合ひのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクといふ小説を書いてゐたころの話である。或る夜、酔ひながら自転車に乗り、まちを走つて、怪我をした。右足のくるぶしの上のはうを裂いた。疵(きず)は深いものではなかつたが、それでも酒をのんでゐたために、出血がたいへんで、あわててお医者に駈けつけた。まち医者は、三十二歳の、大きくふとり、西郷隆盛に似てゐた。たいへん酔つてゐた。私と同じくらゐにふらふら酔つて診察室に現はれたので、私は、をかしかつた。治療を

  • 評論・研究 太田 代志朗 高橋和巳序説

    1 いにしえ、東方の民が<双神の時間>と名づけた早朝の一時期——暗黒と光明、絶望と期待の陰陽交錯する薄明のゆらぎ、明暗定かならぬ夜と曙のせめぎあいこそ、不安な人間存在の物語の発端であった、といわれる。それはタナトスとエロスの相互循環であり、また、一切の苦痛、一切の快楽も一緒に肯定すべき<運命の愛>と呼ばれる真理なのでもあろうか。 思うに、その双神の運命とは、逃れえぬ闇の深奥でおびえつづけなければならぬ人間の精神と現実の構造的な内実を意味している。いや、それにしても、

  • 小説 太田 代志朗 公方繚乱

    1 「むっ」 と思わず口を噤む。汗が首周りに噴き出ていた。 蝉時雨の裏山の緑が眩しい。長く、暑い一日になりそうだった。 鶴岡八幡宮の周りは、昼前の照りつけを受け警固した兵が厳かに立ち尽くしていた。鳥居の前には華やかな百五十騎の軍馬が、整然と轡を並べている。本殿ではすでに神楽が奏でられ、舞殿で舞童による舞楽が奉じられていた。三ノ鳥居をくぐり源平池を見て、さらに石

  • 評論・研究 大越 哲仁 近代日本における戊辰戦争の意味

    《目次》 1 はじめに ―「薩長史観」と「公議政体派」史観― 2 公議輿論と公議政体 3 公議政体と大政奉還 4 五箇条の御誓文と戊辰戦争 5 万国公法と戊辰戦争 6 戊辰戦争とシビリアンコントロール <a href="#P

  • 評論・研究 大越 哲仁 最初の私費留学生

    第1章 岩倉使節団の一員としての新島襄 1 新島の帰国後のビジョンの形成と帰国に関する悩み 明治四年(1871)三月十五日、新島襄は、ボストンで初めて森有礼と対面した。 新島は当時二十九歳。前年にアーモスト大学を卒業し、アンドーヴァー神学校で神学を学んでいた。 アーモスト大学時代の新島は、ひたすら学問を修めることに執心し、帰国後

  • 評論・研究 大越 哲仁 回想のアンネ・フランク・ハウス

    1.アンネ・フランク・ハウスを訪れて アムステルダムは、大小の運河が網の目のように巡る水の都である。 17世紀以降東洋貿易の拠点となり、世界金融市場の中心として繁栄してきた。しばしば東京駅がアムステルダム駅を模した建物だと言われるが、実際にアムステルダム駅を訪れてみるとその規模と壮麗さは驚くばかりで、我らの東京駅がよほどちっぽけなものに思えてくる。アムステルダムという、このオランダの首都の栄華の一端が知れる事実である。 この街の中心部のプリンセン運河沿いに、巨大な鐘

  • 小説 大岡 昇平 俘虜記(抄)

    或る監禁状態を別の監禁状態で表わしてもいいわけだ。 デフォー 捉(つか)まるまで わがこころのよくてころさぬにはあらず <r

  • 小説 大岡 昇平 野火(抄)

    二八 飢者と狂者 いくら草も山姪も喰べていたとはいえ、そういう食物で、私の体がもっていたのは、塩のためであった。雨の山野を彷徨いながら、私が「生きる」と主張できたのは、その二合ばかりの塩を、注意深く節しながら、嘗めて来たからである。その塩がついに尽きた時、事態は重大となった。 少し前から、私は道傍に見出す屍体の一つの特徴に注意していた。海岸の村で見た屍体のように臀肉を失っていたことである。 最初私は、類推によって、犬か鳥が喰ったのだろうと思っていた。しかしある日、この雨季の山中に蛍が

  • 大岡 信 巻の四 原子力潜水艦「ヲナガザメ」の性的な航海と自殺の唄

    はじめは何の変哲もない 晴れわたつた四月なかばの火曜の朝だ ボストンに近い海軍基地を 見送る家族の一人もなしに 静かに離れて旅に出る &nbsp; 「グッド・ラック パパ 海ノソコデクラシテクルノネ オネガヒダヨ トツテキテネ ユウレイセンノ ユウレイ タクサン チヤウチンアンカウノ フクロニクルンデ イイカイ パパ」 <p class="sep

  • 随筆・エッセイ 大久保 房男 文藝編集者はかく考える(抄)

    編集者として 《目次》 文学者への尊敬の念終戦直後の新米編集者男尊女卑と言われる者の弁「侃侃諤諤」の経験督促は愛より <B

  • 小説 大久保 智弘 海を刻む

    一 毎日が賑やかなお祭りのように過ぎたあの頃のことを、峻はいつまでも忘れないだろう。 夕食が終わると、おじさんは小さな美奈を抱いて居間に移った。峻は、その背中に、蛙のように両足を広げて跳びついた。 ──やめなさい、シュン。おじさんは疲れているのよ。 ──いいんだ、いいんだ、とおじさんは言った。 ──いいんだ、いいんだ、と峻はおどけた調子で口真似をしながら、濃茶色のソファーの所までぶら下がって行った。おじさんの腕に抱かれている美奈が、肩越しに峻を見てキャッキャッと笑う。お

  • 評論・研究 大原 雄 テロと報復軍事行動の狭間で

    Rさん。 ニューヨークに住むあなたからの手紙を受け取りました。 日本でもアメリカのマスコミに続いて自粛をしたため、見られなくなった9月11日の衝撃的な映像を伴った同時多発テロのニュースが、テレビの画面 から飛び込んできたときに、まず、思い浮かべたのは、あなたが、事件に巻き込まれていないかどうか、ということでした。 手紙によれば、日本からのマスコミの取材者のための通訳兼コーディネイトという仕事をこなすという仕事をなさっているということですね。普段なら、コマーシャルや音楽の仕事をしているというあなたが、この事件以降、日本からの取材陣と一

  • 評論・研究 大原 雄 新世紀カゲキ歌舞伎

    口上 21世紀。新世紀、歌舞伎界は、中村歌右衛門を失った。市村羽左衛門を失った。ふたりは、立女形であり、立役の重鎮であり、何より、20世紀後半の歌舞伎界の屋台骨を背負ってきた。十代目坂東三津五郎の襲名披露の舞台で明けた21世紀、初年の歌舞伎の舞台。そのすべての舞台を観たわけではないが、それでも、地方巡業を含めて、いくつかの舞台を拝見し、私の個人電子マガジン「遠眼鏡戯場観察(かぶきうおっちんぐ)」として毎月連載した。そこに描かれた歌舞伎の舞台の数々。とき