検索結果 全1004作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 中村 敬宇 人民ノ性質ヲ改造スル説

    戊辰(明治元年1868)以来御一新ト言フコト新トハ何ノ謂(イヒ)ゾヤ。幕政ノ旧ヲ去リ王政ノ新ヲ布(シク)トイフコトナルベシ。然ラバ政体ノ一新トイフマデニテ人民ノ一新シタルニ非ズ。政体ハ水ヲ盛レル器物ノ如シ人民ハ水ノ如シ、円器ニ入レバ円トナリ方器ニ入レバ方トナル。器物変ジ形状ハ換レドモ水ノ質性ハ異ナルコトナシ。戊辰以後ニ人民ヲ入レタル器物ハ昔時(<

  • 評論・研究 中村 光夫 知識階級

    一 日本の知識階級について考えて見たいと思ったのは、かなり以前からのことですが、実際にはどこから手をつけてよいかわからない難問題です。 歴史的に考えても、飛鳥奈良時代の留学生、『懐風藻』、『万葉集』に名をのこした詩人たちは、知識階級の先祖と言えましょう。以来ながい時代の転変を通じて、知識階級は絶えず存在し、文化の流れは消長はあっても完全に断絶することなく続いてきたので、ここにわが国の文化のひとつの特質があると思われます。わが国が歴史時代に踏入った時期は、必ずしも古くありませんが、二千年ちかくのあいだ、外国から全面的な侵略や永続

  • 小説 中村 星湖 女のなか

    「ねえ、ねえ。」 二階で調べ物をしてゐた矢崎一郎はさう呼ばれて振向いた。梯子段の上り口には妻が物を嘲笑ふやうな円い顔を見せてゐた。 「何だい?」と彼は邪魔をされたのですこし腹を立てて問ひ返した。 「妾(わたし)が来ると直(ぢ)きそんな顔をするんですね。富美子さんの手紙を見せて貰ひに来たのぢやありませんよ……階下へ降りてお仙ちやんをすこし慰さめてや

  • 小説 中村 正常 アミコ・テミコ・チミコ

    アミコ、テミコ、チミコ、この十八歳になる三人の「春めざ娘」と、僕は仲よしになつたので、――ついでに、この「春めざ娘」といふのは、勿論のこと、春にめざめかゝつた思春期に達した少女といふ意味である。――早速、三人を身長順に整列さしておいて、高い方から低い方に順々に、アミコ、テミコ、チミコと、僕の好みの名前をつけて上げたのである。彼女等の両親、又は祖父母が、熟慮断行ののち命名した本当の名前といふものは、僕の意見ではもはや旧式である。いづれ、彼女等が恋をして目出度く結婚の結果を結んだとき、その相手の青年が所属する区役所の戸籍係りの窓口に結婚届をさし出すときに於てのみ、彼女及び彼は自分たちの本当

  • 中村 泰三 北緯三十八度線

    地獄の天窓 君は見なかったか 扉を蹴破り押入った軍靴の下で 無惨に潰れ息絶えた乳呑児を 君は聞かなかったか 手をあげた老人の胸をめがけて 撃ち貫いた銃声を 君はその手をどこに置く 揺れる無蓋貨車から闇の中へ転落した 幼な児の死の叫びに 君は浴びなかったか 輪姦される妻の眼前で 射殺さ

  • シナリオ 中村 敦夫 俺のベイビー -春風荘異聞―

    1 街(朝) 走る山田太郎、すでに遅刻だ。出張った腹が重い、息が切れる。 2 丸金綿業の外景・看板 問屋街にある下着メーカーの小型ビル。山田太郎が駆け込んで行く。スピーカーを通して、社歌がガンガン流れている。 《社 歌》(一) すべらかで さわやか 動きやすくて 一、二、三 はきかえるたびに 訪れる満足 オーオーオー ソレミヨ 世界を股にかける

  • 評論・研究 中村 武羅夫 誰だ? 花園を荒らす者は!

    文藝は、言ふまでもなく広い意味に於ける人間の生活を対象とし、題材とするところに成り立つてゐる。人間生活がないところに文藝はあり得ない。あらゆるイズムに属する文藝が――自然主義の文藝も、象徴主義の文藝も、神秘主義の文藝も、その表現とか様式とか、観点とかその他にはいろいろの差別なり、特徴なりがあるとしても、結局、人生――即ち広い意味の人間生活に、何等かの意味に於いて関心を持つところから生れて来てゐることには、変りはない。或る人に依つては、自己のための藝術が主張される。が、「自己のため」といふことも、窮極するところは、あらゆる人間のためといふことになる。人間は、無人島の中に、たつた一人で生活

  • 中村 稔 鵜原抄(抄)

    目次鵜原抄愛のかたち鳥の死骸挽歌城冬の終り午後沙丘にて誕生</

  • 中谷 順子 破れ旗

    序にかえて 九十九里浜で 海は目の高さにある 押し寄せる厚い胸板よ だからむきになって 論理 (ロジック)を吹っかける

  • 小説 中津 攸子 吉良義周の諏訪流し

    目次評定所の呼び出し流人駕籠黒い影高島城到着南の丸の生活出会い上野介贋者説遅い春<a hre

  • 随筆・エッセイ 中島 俊子(号 湘烟) 年頭社説 女學雑誌 明治廿四年一月一日

    歳月短きに非ず 唯(た)だ去歳(こぞ)の一と年(とせ)の夢の間に過ぎつるのみにあらず、従来の歳月皆風の如くに行きぬ。今年二十(はたち)</ru

  • 随筆・エッセイ 中島 湘煙(烟) 同胞姉妹に告ぐ

    其 一 吾が親しき愛(うつく)しき姉よ妹よ何とて斯(か)くは心なきぞ。などかく精神(たましひ)の麻痺(しび)れたるぞ。<rub

  • 随筆・エッセイ 中島 湘煙(烟) 漢詩・日記

    宮中読新聞有感 宮中に新聞を読みて感有り 宮中無一事 宮中 一事とて無く 終日笑語頻 終日 笑語頻りなり <td

  • 小説 中島 敦 幸福

    昔、此の島に一人の極めて哀れな男がゐた。年齢(とし)を数へるといふ不自然な習慣が此の辺には無いので、幾歳(いくつ)といふことはハツキリ言へないが、余り若くないことだけは確かであつた。髪の毛が余り縮れてもをらず、鼻の頭がすつかり潰(つぶ)れてもをらぬので、此の男の<

  • 小説 中島 敦 名人伝

    趙(てう)の邯鄲(かんたん)の都に住む紀昌(きしやう)といふ男が、天下第一の弓の名人にならうと志を立てた。己(おのれ)の師

  • 小説 中里 介山 愛染明王

    紀伊国(きいのくに)那智の滝愛染明王(あいぜんみょうおう)のお堂を、ある日の夕方、一人の歳若き出家がおとずれた。 「頼みます那智の滝本の愛染堂はこちらでございましょうか、ある人に途中で逢い那智へ参らば愛染堂の堂守(どうもり)をたずねよと申し聞かされましたこと故に、突然ではございます

  • 小説 中里 介山 笛吹川

    (上) 過ぐる事三年の昔。峡東(けうとう)の風物を探つて信濃の山に別け入る可く、自分は志保(しほ)の山。差出(さしで)の磯を経て笛吹川の沿岸を遡つた。 磊々たる花崗質の巨石に激する水流の響は絶えず鳴鸞(めい

  • 評論・研究 中澤 臨川 生命の傳統

    目下のわが思想界には二つの大きな潮流が流れてゐると見てよい。その第一はニーチェやベルグソンの哲学を祖述した、またそれから暗示を得てゐる、または是等の者を誤り伝へた個人主義で、切(しき)りに個性の権威とその充実とを主張してゐる。第二はタゴールの思想を中心とする無限実現論者で、西洋の個人主義に反対する一種の東洋思想である。この両思想は全然相反してゐるかのやうで、その実、今日の時代傾向を飽和した著しい一つの類似点を有してゐる。それは即ち在来の理性主義に反対し、抽象理想の破産を宣言しつつ、自然の本

  • 評論・研究 猪瀬 直樹 『黒い雨』と井伏鱒二の深層

    幻の重松日記を求めて インターネットがいくら普及しようと、直接得た証言にまさるものはないし、第一次資料は持ち主の家を訪ねて場合によってはいっしょに蔵のなかを探したりしなければならない。もう二十数年も前になるが、『天皇の影法師』を書くために京都で八瀬童子について調べていたとき、古老がふっと、こんなものがある、と見せてくれたのが「明治五壬申年 八瀬村記録」であった。和綴じで週刊誌大、二百九十二枚、厚さ三センチほどで古ぼけて黄色に変色している。京都市内とはいえきわめて不便なところだったから近くにコピーの機械

  • 評論・研究 猪瀬 直樹 恩赦のいたずら

    ――『天皇の影法師』より―― 「昭和」という元号がスタートしてまもなく、長谷川如是閑(にょぜかん)が昭和二年(1927)一月四日付の東京朝日新聞で「君主の交代による改元はもう昔の意味を失った」と論じた。こういう常識論はきわめて健康なもので、日々の暮らしのなかから合理的な精神を身につけた庶民の常識を高級に代弁したものとみてよい。