検索結果 全1029作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 土井 晩翠 荒城の月

    春高樓の花の宴 めぐる盃影さして 千代の松が枝わけいでし 昔の光いまいづこ。 秋陣營の霜の色 鳴き行く雁の數見せて 植うるつるぎに照りそひし むかしの光今いづこ。 いま荒城のよはの月 變らぬ光たがためぞ 垣に殘るはただかつら 松に歌ふはただあらし。 天上影は變らねど 榮枯は移る世の姿 寫さんとてか今もなほ <

  • 短歌 土田 耕平 青杉

    伊豆大島にて詠める 櫻葉の散る日となればさわやかに海の向山見えわたるなり 岡のべの草に秀(ひい)づる芒の穂やや秋あらし吹き出でにけり 一面の陸稲畑は色づけり日影あかるく萱の穂そよぐ 日にけに野分つのりて空明し三原の煙立たずなりしか 吹きとよむ野分榛原ひよどりの飛びたつ聲はなほ悲しけれ </

  • 島 秀生 生きてきた人よ

    N君のいかだ お母さんは電話をしていた。 いつもの長電話だった。 お母さんはふと思い出した。 お風呂が二時間も焚きっぱなしになっている やってしまったと思いながら N君にガスのリモコンを止めに行かせた。 お母さんはまた電話の話を続けた。 N君は少し知恵遅れだったが 今年無事に小学校に上がることになっていた。 N君はお

  • 島 秀生 父さんのヒコーキ

    目次おばあちゃんのローソン父さんのヒコーキ おばあちゃんのローソン うちのおばあちゃん(母のことだが)は、足が悪くて、眼が悪くて、 身体じゅう手術の痕だらけだが、気持ちは元気だ。まだぼくを叱り 飛ばすくらい、声もでかい。いつも小走りで、ゆっくり歩いている のを見たことがないくら

  • 小説 島崎 藤村 伸び支度

    十四五になる大概の家の娘がさうであるやうに、袖子もその年頃になつて見たら、人形のことなどは次第に忘れたやうになつた。 人形に着せる着物だ襦袢だと言つて大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さな頭巾(ずきん)なぞを造つて、それを幼い日の楽みとして来たか知れない。町の玩具屋から安物を買つて来てすぐに首のとれたもの、顔が汚れ鼻が欠けするうちにオバケのやうに気味悪くなつて捨てゝしまつたもの――袖子の古い人形にもいろいろあつた。その中でも、父さんに連れられ

  • 島崎 藤村 藤村愛誦詩選

    『藤村詩集』序 ──早春記念── 遂に新しき詩歌の時は來りぬ。 そはうつくしき曙のごとくなりき。うらわかき想像は長き眠りより覚めて、民俗の言葉を飾れり。 傳説はふたゝびよみがへりぬ。自然はふたゝび新しき色を帯びぬ。 明光はまのあたりなる生と死とを照せり、過去の壮大と衰頽とを照せり。 新しきうたびとの群の多くは、たゞ穆實(ぼくじつ)なる青年なりき。その藝術は幼稚なりき、不完全

  • 小説 島崎 藤村

    子供等は古い時計のかかつた茶の間に集まつて、そこにある柱の側へ各自の背丈(せたけ)を比べに行つた。次郎の背(せい)の高くなつたのにも驚く。家中で、いちばん高い、あの兒の頭はもう一寸四分(ぶ)ぐらゐで鴨居(かもゐ)<

  • 随筆・エッセイ 島崎 保彦 平成の書き言葉

    目次森と湖のキートスロープロファイルのアメリカ 森と湖のキートス ジメジメと欝淘しい梅雨の最中。日本を離れて、フィンランドに行ってきた。多くの日本人にとって、スカンジナビアとか、北欧三国は、まだまだ"遠い国"だろう。ことにフィンランドは、それこそ、サンタクロースか、オーロラか、ムーミンの国。 成田から一路ヘルシンキへ。ライトブルーに白の十字架の

  • 随筆・エッセイ 島崎 保彦 A Lower-profile America

    Itis a gloriously beautiful mid-October day, and my wife and I are backin California after nine long months away. Back in California in abrand-new house in a mind-boggling brand-new community ...

  • 評論・研究 島村 抱月 文藝上の自然主義

    一 「日の出前」とはハウプトマンがドイツに自然主義を広めた新社会劇の名であるが、此の名には慥(たし)かに一種のシムボリズムが含まれてゐる。一評家が言つた如く、作者はあれ程暗澹悲痛の人生を描きながら、「日の入り前」と呼ばずして「日の出前」と呼んだ。前途に大光明の希望をかけてゐたのであらう。其の希望は社会の改造であつたか、将(は)た個人の解放であつたか、何れに

  • 小説 島木 健作 黒猫

    病気が少しよくなり、寝ながら本を読むことができるやうになつた時、最初に手にしたものは旅行記であつた。以前から旅行記は好きだつたが、好きなわりにはどれほども読んでゐなかった。人と話し合つて見ても旅行記は案外読まれてゐず、少くともある種の随筆などとはくらべものにはならぬやうであつた。自分にとつて生涯関係のありさうにもない土地の紀行など興味もなし、読んで見たところで全然知らぬ土地が生き生きと感ぜられるやうな筆は稀だし、あるなつかしさから曾遊の地に関してものを読むが、それはまたこつちが知つてゐるだけにアラが眼につく、さういふのが共通の意見であるやうだつた。私自身も紀行の類を書きながら、かういふ

  • 評論・研究 島木 赤彦 萬葉集諸相

    萬葉の歌を原始的であり、素樸であり、端的であるとするはいい。それらの詞を以て、萬葉の歌を言ひ尽し得たと思ふは浅い。萬葉の精髄は、それらの諸要素を具へながらにして、藝術の至上所に到達してゐる所にある。萬葉人のひたすらなる心の集中が、おのづからにして深さと高さの究極を目ざしたのである。今の萬葉を説くものが、この点を遺却してゐるのは、萬葉を遺却して萬葉を説くに等しいのである。 小竹(ささ)の葉はみ山もさやにさわげども我は妹

  • 随筆・エッセイ 嶋中 雄作 中央公論社 回顧五十年

    緒 言 雑誌の寿命は短いものである。人間の働き盛りを十年か十五年と観て、その十年か十五年が雑誌の生命である。人間の活動力が衰うれば雑誌も衰える。だから、『中央公論』が五十年も続いたということは実に珍らしいことである。また、五十年という歳月は天地の悠久に比して必ずしも永しとはしない。けれどもまさに半世紀である。半世紀の間には、歴史上重大な事件の二つや三つない時代はない。世界歴史中どの世紀を取って見てもそうだが、殊に近代は事件が重畳</rb

  • 評論・研究 湯浅 俊彦 日本における電子書籍の動向と公共図書館の役割

    目 次 はじめに 本研究で取り扱う電子書籍の範囲 電子書籍の統計 デバイスの多様化と短命化がもたらす出版コンテンツの流通の問題 出版コンテンツにおけるボーンデジタルの増加と紙媒体の減少 グーグル「ブック検索」と絶版本の有料データベース化の動向

  • 小説 筒井 雪路 栄吉さんの英単語

    この話で栄吉さんを英語に無知だと笑う人がいたら、現代氾濫するカタカナ語に彼以上にもっと辛辣でしかももっとユーモアを含んだ日本語の適訳を示唆してあげてください。 栄吉さんは代々続いた染色屋の主人である。 数人の人を使って自宅に隣接させた工場、要するに作業場をフルに動かして必死に働いてきて、今は主な切り盛りは娘夫婦に譲ってどうやら妻と一緒にやっと気ままに時間を使える身になったものの、働き詰めに働いてきた性分で身体を動かさないでいられない。今でも町内の取りまとめはもとより、思いつくと得意先の開拓や資金の調達のため走りまわる。

  • 小説 筒井 雪路 梔子(くちなし)の門

    プロローグ 鍵のかかっていた門扉をお嬢さんがひらいた向こうに北田玲子さんが現れた時、それまで不安で緊張していた私は 「まあ、いらっしゃいませ」という昔とちっとも変らないやや甲高い優しい声を聞いて、自然に彼女の顔を見ることが出来て、ほっとした。アルツハイマーと聞いて予想していたのとは違って、彼女は様子はあまり変わっていなかった。多少白髪になっていたが、こちらの三人はもっと、純白に近い人もいる。私達が一人一人学生時代の旧姓を名乗って挨拶するのを 「山根さん? そうお」 「村井さん、ああそう」 「峰さん、そうお。 私わか

  • 随筆・エッセイ 藤間 紀子 高麗屋の女房(抄)

    目次三代襲名空っぽの心それでも舞台があるエジンバラの虹高麗屋の女房付・私のきもの生活 </p

  • 評論・研究 藤原 保信 自然観の転換と環境倫理学――自然と人間の調和のために

    われわれはこれまで、現代の環境危機を背景としつつ、アリストテレス、ホッブズ、ヘーゲルの自然観、およびそこにおける人間と自然の基本的な関係をみてきた。アリストテレスにとっては、自然のすべての存在はそれ自身のうちに目的を含み、その実現の過程にあったが、そのような自然の全体もある種の階層的、目的論的秩序をなしていた。そして人間はそのような秩序のなかに位置せしめられていたのであり、それゆえ自然は人間にとっての規範の源でもあった。人間の営為も自然の秩序を撹乱することなく、それと調和的に生きるべく考えられていたのである。これにたいしてホッブズは、自然を完全に客体化しながら、それを原子論的物体の機械

  • 随筆・エッセイ 藤村 操 巌頭之感

    悠々たる哉(かな)天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此(この)大をはからんとす。ホレーショの哲学竟(つひ)に<rb

  • 随筆・エッセイ 藤田 尚男 大相撲の名アナウンサー ──山本 照さんを偲ぶ──

    平成十年十月二十七日の朝、私は突然 「山本さんはどんなにしておられるだろうか? 今夜電話してみよう」という、思いに襲われました。虫の知らせだったのでしょうか。 奇しくも、その夕刻、ご長男の謹一郎さんから「午前十一時四十二分に亡くなられた」というお報せをいただきました。 九十五歳の大往生、ありし日の山本さんを偲び、私は胸が一杯になりました。 人間の一生には、思いがけない出会いがあります。 昭和十二年の暮も押し迫ったある日のこと、小学三年生だった私は、四歳下の弟がぶら下げてきた相撲の雑誌を何げなく手にとって開いてみま