検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 川野 純江 夏目漱石の文学の「開花」 初出年: 2008年

    一 『三四郎』の二人の女――美禰子とよし子―― (一) 大作『三四郎』――三つの世界―― 東京帝国大学文科大学学生小川三四郎の「あまりに暖か過ぎる」青春の物語『三四郎』は、若さのもつ単純な美しさに充ちている。『三四郎』は多くの人の共感を呼び、漱石中期の人気作である。 その『三四郎』で、注目されるのは、「三四郎には三つの世界が出来た」ということである。この特色ある文学空間の創造によって、三四郎の青春は花開いている。では漱石は「三つの世界」

  • 随筆・エッセイ 浅見 夏妃 『世界の美女達に乾杯!』抄 初出年: 2008年

    トルコ、また行く! 十年ほど前に旅行業界の仲間達と休暇で、ほぼトルコ一周(・・・・・・・)旅行をしました。帰りの飛行機の中で〝またすぐ来なくっちゃ!〟と堅く決意をしたものの、まだ行けていないのです。 そうこうしているうちに宗教がらみ(?)の爆弾テロまで何度か起こって、行くの怖いなあ……と思いながら、でもやっぱり素敵な国だ!と思い起こさないわけには行きません。  

  • ノンフィクション 橋爪 文 LE JOUR OÙ LE SOLEIL EST TOMBÉ… 初出年: 2007年

    J’avais quatorze ans à Hiroshima   Le matin du 6 août 1945, je suis sortie de la maison et j'ai regardé le ciel. Comme souvent en cette saison, le ciel ...

  • 評論・研究 山本 壽夫 芸能都市論 初出年: 2007年

    1 祭りと芸術 芸能の始まりは、神祭りと深い関係を持つ。そこで、まず西欧の祭りと芸術の関係を調べ、次に日本の祭りと芸能の関係について述べることにする。 西欧の場合、祭りと芸術の関係は、ディオニュソス神の祭祀を執行する円形劇場が古代ギリシャのアテナイ市に作られた紀元前6世紀まで辿ることができる。これは、都市の集落的性質を色濃く反映するものであり、収穫祭から発生して後に芸術へ向かうギリシャ悲劇の誕生過程を表している。つまり、ギリシャ悲劇は、ディオニュソスの祭りから生じ、紀元前5世紀にアテナイ市に出現した三大悲劇詩人である、アイスキュロス、ソフォクレス、

  • 小説 水樹 涼子 ダウト! 初出年: 2007年

    久しぶりに自宅の机の整理をしようと、抽斗(ひきだし)を開けた。その奥から古びた一組のトランプが出てきた。 そういえば子供の頃、遠くから従姉妹(いとこ)たちが遊びにくると、よくトランプゲームをした。「七並べ」「ポーカー」「神経衰弱」と続き、最後は「ダウト」。いつも決まって最後は「ダウト」だった。 人数分均等にカードを配り、時計回りに順番を決め

  • 酒井 力 詩集『白い記憶』抄 初出年: 2007年

    第Ⅰ章 白い記憶   白い記憶   八十歳を迎えようとするとき 父は地元の「医師会報」にと 自分の歩んだ道を 体験談を交え 口伝で私に書き記させた 戦時中に父が書いた ガリ版刷りの戦時記録を 初めて目にしたのも その時だった  

  • 小説 飯島 一次 みんな黄門 初出年: 2007年

    一 元来、私は寄席が嫌いだ。 浮世学問の場などとありがたがる手合(てあい)もいるが、とんでもない。 世の中に落し咄(ばなし)ほどくだらぬものがあろうか。 口先だけでぺらぺらと調子のいい絵空事を語るのが稼業とは申せ、咄家(はなしか)

  • 井上 優 『生まれ来る季節のために』(抄) 初出年: 2007年

    目次 序 詩 第一部 浅い呼吸はプネウマを求める ナチュラルエチュード(K・Nに捧げる) 慈しみの密儀の森の中で 季節への手紙 エトルリアの響き 地下鉄道(アンダーグラウンド) 果実の卵 ポスト・モダニズムの光と翳の中で ムーサイ(ミューズ)に捧げる 一万年の愉楽(重力の都市) <p clas

  • 結城 文 自選詩集 初出年: 2006年

    『できるすべて』より &nbsp; 神のサイコロ そこに 段差のあった偶然が 顔の傷をつくり そこを 通過した偶然が 刺客のような執拗な黒い影を生んだ &nbsp; 神の指の ほんの狂いが サイコロの目を違えた &nbsp; もっと早く出会っていたら 拾えた栗の

  • 中原 かおり 『私の、甘く悲しい一日』抄・『夢ぽけっと』抄 初出年: 2006年

    『私の、甘く悲しい一日』より 一人の夕食 脈絡もない 淋しさを 崩す 冷や奴 静けさは 一輪のコスモスさえ揺らせないのに あなたのいない静けさは 私の心を こんなに揺らしている アンソロジー『夢ぽけっと』より <

  • 随筆・エッセイ 和泉 鮎子 義經のばか ─ 「吉野山」の忠信 初出年: 2005年

    それまでに何度か吉野へ行ったことがあったけれど、なぜか、いつも冬だった。みぞれに凍えながら、蕭条と枯れわたった花なき吉野をあるいたり、 西行庵のあたりで凍った残り雪に足をとられそうになったりした。足もとの枯れ草むらから、鋭い声とともに飛び立った雉におどろかされたこともあった。 はじめて花を目的に行ったとき、吉野の山は、下(しも)は声なく散り初めており、 中(なか)</rub

  • 評論・研究 川野 純江 近代の〈光明〉-夏目漱石の夢- 初出年: 2005年

    目次 序1 漱石の処女作―『吾輩は猫である』(一)と『倫敦塔』―2 〈暗闇の光明〉―「水彩画」の夢と「倫敦塔」見物―3 真実の愛―『吾輩は猫である』(一)―4 宿世の愛―『倫敦塔』―5 『私の

  • 小説 神川 十浄 ラ・メール 初出年: 2005年

    第一章 空と海とワンちゃんと 初めての出会い 山の稜線が仄(ほの)かに色づいてきた朝明けの空にくっきりと浮かび上がると、にわかにけたたましく騒ぎまくるカラスの声、人間たちも寝てはいられないと起き出す気配がして、今日一日があわただしく始まる。 牛乳配達の車の次に、判を捺したように唸りを上げて現れ

  • 随筆・エッセイ 村田 佳壽子 献身のバラ 初出年: 2005年

    あらゆる花の中で最も美しく、花の女王と讃えられるバラ。「あの人はバラのようだ」と言えば、美しさだけでなく華やかさを併せ持つ人という意味で最高の誉め言葉である。 だが、同じバラに生まれても、そのような美も賞賛も死ぬまで無縁なバラがある。それは、ブドウ園のバラだ。日本のブドウは棚状に支柱を作り、横に拡げて栽培するが、ヨーロッパでは垣根状にして縦に栽培する。このブドウの両脇に寄り添うようにバラの樹が植えられる。が、それは花を愛でるためではない。ブドウに付くはずの害虫をバラに集中させ、ブドウを守るのである。そうしてバラが食い尽くされたら、ブドウに害虫が移動する前に殺虫剤をまく

  • 小説 伊多波 碧 紫陽花寺 初出年: 2005年

    はじめ、なつ(﹅﹅)は着物が鳴っているのかと思った。 戸障子を開けはなった庭からは気持ちのいい青(あお)東風(こち)が流れこみ、床の間の掛け軸を揺らしていた。耳元で聞こえるのは衣擦れというより風鈴の音に近かったが、綸子(りん

  • 評論・研究 田代 俊孝 生と死を考える ―ラジオ深夜便― 初出年: 2005年

    ♦こんなはずではなかった 私達のこの日本社会は、たいへんな勢いで高齢化社会になっています。一方では癌などの患者さんがたいへん多くなりました。さらにまた、医療現場では、生命倫理などの問題で、「いのち」ということが非常に強く問われている時代です。この「いのち」、あるいは生とか死という問題について、私達はこれまでそれをタブーにしてきました。しかし、社会がそのような課題を抱えるようになると、もうそれはタブーにできない、真剣に取り組んでいかなければならない情勢になってまいりました。 私は二十五年ぐらい前に名古屋にまいりまして、今の大学に勤め

  • 小説 伊神 権太 再生 初出年: 2004年

    あのウサマ・ビンラディンが地方記者である私の身近にいた。ましてや能登半島で死んでいた、だなんて。 序 十月も半ばに入ったその日、自宅マンションに帰ると、わが家の雌の神猫(しんねこ)シロちゃんが居間で背筋を延ばし、両手を揃え、口をムッと結び、何かを訴えるようなまなざしを私に投げかけ、「ニャン」とひと声、大きく鳴いた。その瞬間、両の目がギラリと赤く輝く。あたしはこの世で起きる何でも知っているぞ。そうい

  • 高島 清子 詩集『ノスタルジア』抄 初出年: 2004年

    &nbsp; 祭りの夜 &nbsp; どんな村にも祭りがあった 雨も風も実りも火も花も人も 神を宿していないものはない &nbsp; 村のお調子者の醜男が 緋色の襦袢にほおかむり 紅おしろいで娘に化ける &nbsp; ああ その切ないような祭りの匂いよ <p

  • 水崎 野里子 詩集『アジアの風』抄 初出年: 2003年

    アジアの風 アジアは褐色だった 貧しかった そして猥雑だった 娼婦たち マンホール・チルドレン 父母に棄てられた 逃げ出した 父母のいない子供達が冬 マンホールに住む &nbsp; 地下は暖かい 食べ物は盗むか 拾って来る ストリート・チルドレン 色の黒い子供達が 手を出して <

  • 小説 浅田 次郎 お腹召しませ 初出年: 2003年

    病み上がりの祖父と二人きりで、あばら家に暮らした記憶がある。 私はすでに中学生であったから、記憶があるという言い方は不適切かもしれぬが、つまりそれくらい、抹消してしまいたい嫌な記憶なのであろう。その数ヶ月は夢のように朧(おぼ)ろである。 家産が破れて一家は離散し、行き場を失っていた私を、結核病院から出てきた祖父が引き取った。よほど無理な退院であったのか、台所で煮炊きをするときのほかの祖父は、床に就いているか、痩(<