検索結果 全1013作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 武田 麟太郎 一の酉

    帯と湯道具を片手に、細紐だけの姿で大鏡に向ひ、櫛(くし)をつかつてゐると、おきよが、ちよつと、しげちやん、あとで話があるんだけど、と云つた、──あらたまつた調子も妙だが、それよりは、平常は当のおしげをはじめ雇人だけではなく、実の妹のおとしや兄の女房のおつねにまでも、笑ひ顔一つ見せずつんとしてすまし込んでゐるのに、さう云ひながら、いかにも親しさうな眼つきでのぞき込んだのが不思議であつた。 「なにさ」──生れつき言葉づかひが悪くて客商売の店には向かぬとよくたしなめられるのだが、

  • 小説 武林 無想庵 ピルロニストのやうに

    なぜ生まれたのか、なぜ生きなければならぬのか、なぜかうやつて生きてゐるのか、さうしてなぜ老い朽ちて、なぜ死なねばならぬのか、私はもう四十だが、さうして多く考へてばかり暮らしてゐる身だが、今もつて分らない。恐らく死ぬまで分るまい。 私はたゞ漠然と生きてゐる。時々金がほしいと思ふ事もある。けれどもそれは美人を見たり、立派な邸宅を見たり、世界漫遊がしたくなつたりする時にかぎる。かうやつて、まづい物をたべて、汚い着物をきて、本を読んだり、翻訳をしたり、ゴロリと臥(ね)ころんだりし

  • 小説 舞坂 あき 光の帯のなかに

    1 眠りの底で何かの気配を感じた。 「おーい、帰ったぜ!」 明るく弾んだ声と同時にいきなり寝室のドアが開けられ、にこっと笑った守の顔が現れた。唐突に眠りを破られた私は声も出せず、それでも息子の全身を見て安堵する。 まるでゼミ合宿からでも帰ったような気安さで帰国の報告をすると、守はドアを閉めた。続いて、ころがるように階段をかけ降りてゆく久しぶりの息子の足音

  • 随筆・エッセイ 福原 麟太郎 人生の幸福

    いつかの私の誕生日に宅へ集つた若い人たちが、会が果てても、まだ数人、座敷のまん中に残つて、ちよつと風雅な恰好をした陶器のウイスキーの瓶を囲み、いくら注いでも、まだ底に残つていて、いつまでもたらたら出るのを、大げさに不思議がりながら、洋酒の酔を楽しんで、わやわや騒いでいた、その景色を時々思い出しては、われ知らず微笑むこともあるのだが、人生の楽しさなどいうものは、存外、そんなところにあるものだ。 あまり形式的でもないし、あまり通俗でもない。他人行儀でありすぎもしないし、無礼講というのでもない。私などは、そういうふうにして、穏かに、和気藹々<r

  • 随筆・エッセイ 福田 英子 獄中述懐 「妾(せふ)の半生涯」より

    三 書窓の警報 夫(それ)より数日を経て、板伯(はんはく)(板垣退助伯爵)よりの来状あり、東京に帰る有志家のあるを幸ひ、御身(おんみ)と同伴の事を頼置(たのみお<rp

  • 戯曲 福田 恆存 堅壘奪取(喜劇一幕)

    そまつな應接間──といふより、板の間の勉強室といふ感じ。ただし主人はここを書齋としてゐるわけではないので、かんたんな應接用セットが置いてあるだけ。小部屋のわりに窓が多く、光線はじふぶんはひつてくるのだが、ぜんぜん装飾がないので陰気な感じがする。 正面の窓のそとは庭──かんなが咲いてゐるのがみえる。出入口は左にひとつ。幕があくと同時に、この家の主婦らしき女が登場。うしろにふろしきづつみをぶらさげた學生ふうの男がしたがふ。女はこの客を案内してきたのである。客が席につくと、女は窓を全部あけはなつて退場。 その間、男はふろしきづつみを椅子のう

  • 短歌 福島 美恵子 きまじめな湖

    人に向け撃ちしことなき銃をさげ異国へ発つとうロマンの響き かたわらの石 大義さえ表があれば裏もある 野村萬斎ああややこしや 人間に最初の武器となりし石 変哲

  • 短歌 福島 美恵子 幾春別

    光り苔しめりただよう洞(うろ)ふかく光る一途(いちず)を生きねばならぬ 散りぎわの香りをのせて風に渡す花よりかろく転身はあれ 沈みゆくもののかたちに人ねむり水中花のみ明るき真昼 隧道は地層のしずく零(こぼ)

  • 評論・研究 福澤 諭吉 學問のすゝめ 初編

    合本學問之勧序 本編は余が読書の余暇随時に記す所にして、明治五年二月第一編を初として同九年十一月第十七編を以て終り、発兌(はつだ)の全数、今日に至るまで凡(およそ)七十萬冊にして、其中(そのうち)初編は二十萬冊に下らず。之に加るに前年は版権の法厳ならずして

  • 淵上 毛銭 淵上毛銭詩集(抄)

    目次縁 談矢車草背 中 縁 談 蛙がわづかに 六月の小径に 足あとを残し 夜が来て 芋の根

  • 小説 物集 和子 七夕の夜

    お蔦(つた)は札の辻の友達の家へ遊びに行つて、彼(あ)の方(かた)はもうお子さんが二人あるの、大変に老(ふ)けて見えるの、お内儀(かみ

  • 評論・研究 文部省 あたらしい憲法のはなし 附・日本国憲法

    目 次 一 憲 法 二 民主主義とは 三 國際平和主義 四 主権在民主義 五 天皇陛下 六 戦争の放棄 七 基本的人権

  • 平塩 清種 言の葉

    私の幸福論 生きていくうえでもっとも大切なものは 生きている間、自分が使える時間です あなたがその時間を どのように使おうとあなたの勝手ですが そのために生じる結果と責任は すべてあなた自身に帰属します どのように生きたらいいなどと 生意気を言う気はさらさらありませんが 自分が納得する生き方を探し求めて暮らしてい

  • 平塩 清種 四季の散歩道

    ●生れて消えて 僕のはじまりは海の見える故里 僕の終りも澄みわたる 月の光に染まる故里 ただ一人で生れいで 濁世(じょくせ)の中を いや応なしに歩きつづけ 心懊悩(おうのう)する日々を 一人で受け入れ 一人で<

  • 平塩 清種 樹下の懐郷

    小さなほとけさま 人として一番辛くて淋しいことは かかわるべき人が誰も居ないことです 喜びや悲しみをわかち合う人がいれば 人は輝いて輝いて生きていける 幸せとはつまり そういうものだと思います 若き時、若さゆえの情熱を力にして 無限の可能性を信じて歩いてきた 形のない幸せよりも 顕現化された華々しさが欲しかった <

  • 平賀 勝利 サクのコタンで

    夏の海 サクのコタンで 私は 神々に愛されていた 趾で桜貝を掘り 潜水して 海底の森や谷を探り 山と谷の流れを読む 貝殻に隠れた海栗 褐色の大きな海鼠 後ろに跳ぶほたて 獲物を抱えて顔を出す 岩畳の続くトコタンの磯 湖面の凍結が流氷を阻む 穏やかなキマネップやトップ

  • 平賀 勝利 ゆきむかえ

    虹のふもと ゆうだちがあがり おおきな虹がかかった のの はてから やまのうえまで かすかにきこえるかねのおと 虹のふもとには なにがある こどもは 虹をおいかけ そして みうしなう 虹のふもとにはなにがあるの こどもたちの ゆめがかくされているのさ ひるねをしながらねこが うすめをあけて

  • 小説 平出 修 逆徒

    判決の理由は長い長いものであつた。それもその筈であつた。之を約(つづ)めてしまへば僅か四人か五人かの犯罪事案である。共謀で或る一つの目的に向つて計画した事案を見るならば、むしろこの少数に対する裁判と、その余の多数者に対する裁判とを別々に処理するのが適当であつたかも知れない。否(いな)その如く引離すのが事実の真実を闡明(せんめい<

  • 評論・研究 平出 修 所謂戦争文学を排す

    文芸の内容より趣味を奪ひ去らば、之れ文芸なきなり。文芸が吾人実際の生活に或実利を与ふる如き場合も、畢竟文芸に趣味あり、趣味に実益ありと云ふに帰す。然るに世間往々文芸と実益とを云々せむと欲し、文芸の目的本質を枉(ま)げても、尚実益に資するあらしめむと望む者あり。かゝる人士の希望の如く、文芸の目的本質を枉げ尽さば、文芸の存在得て保つべからず、趣味の湧起得て期す可らず、従つて文芸の与ふる実益なるもの空(むなし)</

  • 評論・研究 平塚 らいてう ヘッダ、ガブラー論

    イプセンの劇の内で他の特色あるものとして、「へッダ、ガブラー」は「ゴースツ(幽霊)」に於て見る様な広い歴史的な又社会的な基礎はもつて居ないけれども、近代人の内的葛藤を描く事に就て、作者は未だ甞(かつ)てこれ程の程度に達したことはなかつた、劇全体はへッダ、ガブラーなる中心人物に集まつて居る。同時代の道徳的生活のあらゆる方面を含むこの広き、哲学的概括は、同時に一個の個人的性格を有(も)つて居る。劇