検索結果 全1000作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 随筆・エッセイ 高村 光太郎 九代目團十郎の首

    九代目市川團十郎は明治三十六年九月、六十六歳で死んだ。丁度幕末からかけて明治興隆期の文明開化時代を通過し、國運第二の発展期たる日露戦争直前に生を終ったわけである。彼は俳優という職業柄、明治文化の総和をその肉体で示していた。もうあんな顔は無い。之がほんとのところである。明治文化という事からいえば、西園寺公の様な方にも同じ事がいえるけれど、肉体を素材とせらるる方でない上に、現代の教養があまねく深くその風丰(ふうぼう)に浸潤しているので、早く世を去って現代の風にあたる事なく終った團十郎よりは複雑

  • 高村 光太郎 暗愚小伝

    目次「典型」序 「暗愚小伝」 家 土下座(憲法発布) ちよんまげ 郡司大尉 日清戦争

  • 小説 高田 宏 山へ帰った猫

    1 八ヶ岳の猫 ぼくがあの猫にはじめて会ったのは、もう何年も前の、この山にようやく雪の来たころのことでした。 今ではもう、あの猫がほんとうにいたのかどうか、どうもほんとうだと言える自信がなくなってきています。もしかすると、あのころぼくは長い夢をみていたのかもしれません。その夢のなかの猫が、あの猫だったのかもしれないなあ、という気もします。 いつもの冬より暖くて、ちょっとものたりないような日がつづいていました。カラマツやダケカンバやシラカバが葉を落としつくして見とおしのよくなった

  • 評論・研究 高田 半峯 當世書生氣質の批評(抄)

    一 支那人の批評は讃美を主とし、西洋人の批評は刺衝を専らとす。されば支那人の著述は具眼者の評語を得て九鼎大呂より重しと為すも、西洋人の著述は批評者の刺衝に勝(た)へずして空しく蠧魚(とぎよ)の餌食と為るもの尠(すくな)からず。而して今熟々

  • 小説 高木 卓 歌と門の盾

    一 (序) 天平(てんぴやう)二年も押しつまつた年の暮、十三歳の少年大伴家持(おほとものやかもち)は弟妹と共に父大伴旅人(たびと)に伴はれて五年ぶりで九州から奈良へ帰つてきた。久々で見る平城京(ならの

  • 随筆・エッセイ 高野 悦子 私のシネマ宣言 映像が女性で輝くとき~人生の転機に立つ〜(抄)

    第一回東京国際映画祭は一九八五年の五月末に行なわれたが、国際映画祭として、その歴史と規模において世界一を誇るのはカンヌ国際映画祭である。そのカンヌ映画祭が毎年、五月中旬に行なわれているのと重複を避けるためにか、第二回東京映画祭の期間は初夏から初秋へと移され、八七年九月末に開催が決まった。この第一回から第二回までの約二年半は、私にとって大きな転換期ともいうべき歳月だった。人生を変えるような出来事がつぎつぎに起きたのである。 私の父高野與作は、一九八一年六月十四日、腹部大動脈瘤破裂のため八十二歳で死んだ。とつぜんの父の死を私はなんの心の準備もないままに迎えた。私の若いころ

  • 俳句 高澤 晶子 A Winter Rose 冬薔薇

    It is through my mother's hands That a white arum lily blooms On this little planet 母の手や小惑星にカラー咲く Is it a joy ? What is born On the summer solstice When ...

  • 随筆・エッセイ 国木田 獨歩 我は如何にして小説家となりしか

    自分が小説家であるか、無いかゞ先づ第一の問題です、世間が自分を小説家であると、定(き)めて居るなら其(それ)も致し方がありません、喧嘩にも成りません、元来自分は小説を書いて其で一身を立(たて)やうなどとは、少年の時も青年の時代も夢にも思つた事が無いので、其で小説家と若

  • 小説 国木田 獨歩 正直者

    見たところ成程私(わたくし)は正直な人物らしく思はれるでせう。たゞ正直なばかりでなく、人並変(ちが)つた偏物(へんぶつ)らしくも見えるでせう。 けれども私は決して正直な者ではないのです。なまじ正直者と他(ひと<rp

  • 小説 黒井 千次 ネネネが来る

    観覧車はゆっくりと地面を離れた。それはまだ昇っているというより、地表を平行に移動し続けるように感じられる。木の座席に浅く腰かけたまま、彼はむかいあった二人の子供の上に上体を傾けている。やがて、白く塗られた斜めのアングル材が視野を切り、彼と二人の子供達をのせたゴンドラは急に上昇し始めた。強い夏の日射しに照らされた遊園地の森が、むせかえる暗緑色の焔の海のように目の下に拡がり始める。急激に拡大した視野のためか、焔の海とむきあったことによる光の激しさのためか、彼は一瞬軽い目眩(めまい)を感じて思わ

  • 小説 黒井 千次 時間

    1 ――火をとめておいた方がよくはないか。 ビールのコップを持った中腰の浅井が彼の横にいた。昔のままの、浅黒い、頬骨(ほおぼね)の張った小柄な顔だった。卒業してから分厚い肉を身体につけていない数少ない顔の一つだ。このまま背広を学生服かスエターに替え、靴下をとった指の長い足にゴム草履(ぞうり)をはか

  • 評論・研究 黒岩 涙香 「萬朝報」発刊

    「萬朝報」発刊の辞 &lt;目的&gt; 萬朝報(よろづてうほう)は何が為めに発刊するや、他なし普通一般の多数民人に一目能く時勢を知るの便利を得せしめん為のみ、此の目的あるが為めに我社は勉めて其価を廉にし其紙を狭くし其文を平易にし且つ我社の組織を独立にせり &lt;代価&gt; 近年新聞紙の

  • 小説 黒島 傳治 渦巻ける烏の群

    一 「アナタア、ザンパン、頂(ちょう)だい。」子供達は青い眼を持っていた。そして、毛のすり切れてしまった破れ外套(がいとう)にくるまって、頭を襟(えり)の中に<ruby

  • 小説 黒島 傳治 豚群

    一 牝豚(めぶた)は、紅く爛(ただ)れた腹を汚れた床板の上に引きずりながら息苦しそうにのろのろ歩いていた。暫く歩き、餌を食うとさも疲れたように、麦藁(むぎわら)を短く切った敷藁の上に行って横たわった。腹はぶってりふくれている。時々、その中で仔が動いているの

  • 小説 今 東光 痩せた花嫁

    調子外れのラッパが鳴つた。 タンタカタ タンタカタ トテ、チテ、タ。 そのコルネットの爆発性を帯びた笑ひ声は、まるで千八百七十年代の小さな、いたつて下らない出来事を嘲るやうに鳴り響いた。 ――幕が開いた。 「あれは何ていふの」 「モンタルトの村です」 「伊太利(イタリー)?」 「さう」 「伊太利モンタルトの村の場景つていふ

  • 小説 今 日出海 天皇の帽子

    一 成田弥門は東北某藩の昔家老だった家から成田家へ養子に行ったので、養父の成田信哉は白髪の老人であるが、流石(さすが)に武士の育ち、腰こそ少し曲ったように思われても胸をぐっと張り、茶の間の欄間に乃木希典(のぎまれすけ)の手紙を表装してかけてあるのを見ても、いかにも乃木大将と親交があったらしい謹厳な風貌の持主だった。 弥門は幼い時か

  • 評論・研究 今井 清一 関東大震災

    大震火災 大正十二年(一九二三)九月一日の正午二分前、関東地方南部をはげしい大地震が襲った。あまりの激震に、中央気象台の地震計はすべて針がとんで測定できなかったが、東京帝大理学部の地震研究室にあった二倍地震計だけがかろうじて記録をつづけた。これによると、東京帝大のある本郷台での最大振幅は八八・六ミリメートルに達し、埋立地である下町ではその二倍前後におよぶものと推察された。震源地は東京から約八十キロ離れた相模湾(さがみわん)</r

  • 評論・研究 今井 清一 戦略爆撃と日本

    1 第二次世界大戦と戦略爆撃 空襲と市民 空襲も、それを可能にした航空機も、二十世紀の産物である。一八七〇~七一(明治三~四)年の普仏戦争では、パリにできた国防政府の内相ガンベッタが南フランスでの抗戦をよびかけるために、プロシャ軍に包囲されたパリから軽気球で脱出した例があるが、これは航空機と呼べるものではなかった。一九〇〇(明治三十三)年にはツェッペリンが

  • 随筆・エッセイ 今井 邦子 花圃と一葉

    一葉女史といふ人はすでに過去の人であつて、生きた一葉女史に接することが出来ず、たゞその作品を通してその人の面影を偲ぶのみだからあの名作「たけくらべ」「にごりえ」「わかれみち」等々その後年殆ど傑作揃ひであつた作品を通して見ると、一葉といふ人の人間的価値をすぐれて高くたかく買ふと同時にわれながらいつか理想化した面影を描いてそれを自ら信じてしまつてゐるやうなことがいくらもあるが、それが当の一葉と面接があり交際のあつた人々となると、即ち、生ける日の一葉を知つてゐて、その人を語る人の心持とにはそこに幾尺かの開きがあるといふことを、このごろ私は興味深く感じて来てゐるのである。このことは一通りいつた

  • 小説 今野 敏 カムイコタンの羽衣

    1 案外退屈なもんだな。 ツヨシは、列車の窓から外を眺めながらそう思う。 緑で一杯だ。最初は、緑の木々に圧倒された。緑の平野に唐突に町が現れる。民家が肩を寄せ合うように建ち並び、商店の看板が見える。人の営みが感じられたと思ったら、またすぐに田圃や畑、森林の中だ。 北海道の大地というのは、たしかに本州とはまったく違う。広大な平野、その地平に幻のように青い山の稜線が見える。 遠くの山なのだろうが、妙にくっきり見えるのは、湿度が低いせいだろう。