検索結果 全1000作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 俳句 青柳 菁々 雪のワルツ(抄)

    さすらひの子が拾ひたる歌留多かな 大正七年、作者十七歳 霧ほうほう峰渡る見ゆ芒風 寒明けと言ふ朝からの牡丹雪 炉べり叩いて油虫追ふ炉の名残 舟底の浪の音聞く秋の風 一つ残りて濁りをつつく家鴨かな 窓一ぱいの月を寒しと母が言ふ 冬日さすテーブルの上なにもなし </

  • 短歌 石久保 豊

    足袋あまた取り込みて来て木蓮の花散らしたるごとき夕闇 住み捨てし家の扉の大き鍵文鎮に使ふうつくしければ 御仏の御手を憎めり一(いつ)としてわれを抱き給ふ形なかりき メタンガスふくむ泥土(でいど)に生きむとし小さき貝ら呼吸穴(いきあな<

  • 評論・研究 石橋 湛山 大日本主義の幻想

    一 朝鮮台湾樺太も棄てる覚悟をしろ、支那や、シベリヤに対する干渉は、勿論やめろ。之実に対太平洋会議策の根本なりと云う、吾輩の議論 (前号に述べた如き) に反対する者は、多分次ぎの二点を挙げて来るだろうと思う。 (一)我国は此等の場所を、しっかりと抑えて置かねば、経済的に、又国防的に自立することが出来ない。少なくも、そを脅さるる虞(おそ)れがある。 (二)列強は何れも海外に広大な殖民

  • 小説 石橋 忍月 惟任日向守(これたふ ひうがのかみ)

    第一 憐(あは)れなりけり、天正十年三月十一日天目山(てんもくざん)の一戦、落花狼藉(らつからうぜき)天日(てんじつ<

  • 俳句 石原 八束 仮幻の詩

    流人墓地寒潮の日のたかかりき 『秋風琴』(昭和三〇年刊) 水温む今宵の客を思ひ帰る 原爆地子がかげろふに消えゆけり 冬かもめ明石の娼家古りにけり 水澄むやゴッホの火の眸我に見る 秋は謐(しず)か白き肋骨切る音も 血を喀い

  • 小説 石上 玄一郎 クラーク氏の機械

    一 時雨のあがつた午後、解剖学教室の若い教授木暮博士は大学の構内の並木道を通つて脳研究所へ行つた。道の上には黄ばんだ銀杏の葉が一めんに散り敷いて、空の暗いのに足もとだけがひとところ明るくへんに面映(おもは)ゆい感じだつた。羽の脱けた鳥の死骸が一つ泥濘にころがつてゐたが、その上にも落葉が模様かなんぞのやうにこぼれてゐた。すると冬近い季節に山里を歩いてゐるときのあのすがれた佗びしさが心に涌いた

  • 石川 逸子 詩五篇

    《目次》 どれだけあなたにヒロシマ連祷28桃の花十三月 どれだけ</h3

  • 石川 善助 亜寒帯(抄)

    《目次》 缶詰工場内景鰊亞寒帯小景団 扇女 中間借者の詩捕鯨船帰航(金華山風光)変 貌

  • 評論・研究 石川 啄木 性急な思想・硝子窓

    性急な思想 一 最近数年間の文壇及び思想界の動乱は、それにたづさはつた多くの人々の心を、著るしく性急(せつかち)にした。意地の悪い言ひ方をすれば、今日新聞や雑誌の上でよく見受ける「近代的」といふ言葉の意味は、「性急(</r

  • 評論・研究 石川 啄木 時代閉塞の現状

    (一) 数日前本欄(東京朝日新聞の文藝欄)に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住(折廬)氏の論文は、今日に於ける我々日本の青年の思索的生活の半面──閑却されてゐる半面を比較的明瞭に指摘した点に於て、注意に値するものであつた。蓋(けだ)し我々が一概に自然主義といふ名の下(もと)に呼んで来た所の思潮には、最初からして幾多の矛盾が雑然として混在

  • 小説 石川 達三 蒼氓 (そうぼう)

    第一部 蒼氓 一九三○年三月八日。 神戸港は雨である。細々とけぶる春雨である。海は灰色に霞(かす)み、街も朝から夕暮れどきのように暗い。 三ノ宮駅から山ノ手に向う赤土の坂道はどろどろのぬかるみ(ヽヽヽヽ)である。この道を朝早くから幾台となく自動車が駈け上って行く。それは殆

  • 随筆・エッセイ 石川 武美 練るほどによし

    記者は真実を書け 私は記者として四十年余りを過ごしてきたが、その間に、世間の人からどんなに軽蔑されたかしれぬ。それはもちろん、こちらの不徳のせいもあるが、もう一つの理由は、記者という職業が、世間からあまり信用されていなかったためでもある。 なぜ信用されなかったかというと、記者が平気でうそを書いたからである。私にも経験のあることだが自分に関係のあることが新聞記事になったとき、事実の相違があまりに大きいのに、びっくりさせられる。急ぐための誤報もあろう、予備知識がないための判断のあやまりもあろう。それ

  • 俳句 石田 波郷 波郷二百句

    プラタナス夜(よ)もみどりなる夏は来ぬ (『石田波郷句集』より) バスを待ち大路の春をうたがはず (以下『鶴の眼』より) あえかなる薔薇撰(え<r

  • 小説 石濱 金作 ある死ある生

    一 人間の死んでゆくところを見た話は自分は沢山聞いたが、その中でどういふものか友人A君のして呉れた話が、自分には一番鮮やかに記憶にのこつてゐる。それは次のやうな話だ。 (季節のうちで、自分は夏から秋に移る頃が一番好きだ。八月の末になると、日本にはよく颱風が来る。夜明け方から来たり、また夕暮時から初まつたりして、それの通つたあとは、全く天気が一新する。他の季節のうちで、この夏から秋に移る時位際立つて季節の歩みが感じられる時はない。 さういふ日の或

  • 評論・研究 赤瀬 雅子 荷風におけるボエームの夢

    明治41年、荷風がロンドンを経て帰朝した年『早稲田文学』の11月号に載せられ、その翌年『ふらんす物語』に収録された「蛇つかい」からは、放浪の生活にたいする若い荷風の共鳴・共感が、痛ましいまでに伝わってくる。彼はこう述べる。 自分はもう里昴(リヨン)に飽きた。も少し違った新しい空が見たい。新しいものは必ず美しく見える。倦んだ心に生気を与える。鈍った神経に微妙な刺激を与える。無宿浮浪の見世物師の境遇を更に詩趣深く思返した。彼等は燕と同じよう冬の来ない中に、

  • 評論・研究 赤木 桁平 「遊蕩文學」の撲滅

    一 精神的文明の頽廃と糜爛(びらん)とに促されて、徳川幕府の中葉以後現れ初めた文学上の一傾向であるが、我国の文壇には、予の自ら呼んで以て「遊蕩文学」となすところのものが、久しい間非常な勢力を揮(ふる)つてゐた。現に明治期の事実に照して見ても、<ruby

  • 短歌 折口 春洋 鵠が音(たづがね)

    ルビないし( )内のカタカナは、原文のまま。( )内の*カタカナは、ひらがなの英語表記、ルビないし( )内のひらがなは、電子文藝館編輯室が付した。また、歌集には、編纂・出版への労をとり、なかなか進まない出版を待ちながら、戦前から戦後まで8年間に書き溜めた養父・折口信夫(釋迢空)の「追ひ書き」が、都合「その五」まであるが、息子の生死の境を挟んで、父親としての真情が最も溢れていると感じられる「その三」を作品の末尾に付記した。(電子文藝館編輯室) 昭和十九

  • 千家 元麿 自分は見た(抄)

    創作家の喜び 見えて来る時の喜び それを知ら無い奴は創作家では無い 平常は生きてゐても、本当ではない 自分の内のものが生きる喜びだ。 自分の内の自然、或は人類が生きる喜びだ。 創作家は、その喜びの使ひだ。 初めて子供を 初めて子供を 草原で地の上に下ろして立たした時 子供は下許(ばか)</r

  • 評論・研究 千葉 卓三郎 日本帝国憲法(「五日市憲法草案」)

    第一篇 国帝 第一章 帝位相続 第二章 摂政官 第三章 国帝権理 第二篇 公法 第一章 国民権理 第三篇 立法権 第一章 民撰議院 第二章 元老議院<

  • 評論・研究 川桐 信彦 世界状況と芸術の啓示性

    序 1919年に『文化の神学の理念について』を発表したティリッヒは、次いで1926年に『今日の宗教的状況』を、更に1945年に『世界状況』を発表している。いわゆる時代批評としては、他に16篇を数えるが、いずれも「文化の神学」の成果(1)を適用し、具体的、具象的次元での議論の展開ではこれらの二論文はその代表的なものであろう。ティリッヒの弁証神学の根幹にあるのは、人間の本質主義的要素から疎外された実存主義的要素を指摘し、そこから生じる問いに答えるという方法論である。しからばその指摘する実存的状況の分析の妥当性が問われ