検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 伊藤 整 近代日本人の発想の諸形式

    1 私が近年理論的に追求してゐることは、日本人の発想法といふことである。これは直接には私が個人として小説や批評を書く上の困難を解決したいといふことから生れたものであるが、日本文学のタテの系列から言つても、日本の古典文学にある日記文学、随筆文学、心中文学、復讐文学等とも関連がある。若(も)しそれを、明治以来の近代日本文学に限れば、

  • 伊良子 清白 淡路にて

    古翁(ふるおきな)しま國(ぐに)の 野にまじり覆盆子(いちご)摘(つ)み 門(かど)<

  • 評論・研究 井口 哲郎 科学者の文藝

    中西悟堂 ─文学と科学との間─ 『野鳥と共に』(創元文庫)の「解説」で、窪田空穂は、悟堂の閲歴を次のように簡潔に書いている。 中西君は石川県下に生れた人で、やや長じて天台宗の寺に養われ、東京で正常の学歴を踏んで僧としての資格を得、二寺の住職となった。学生時代から文藝に心を寄せ、歌集、詩集を刊行していたが、住職となると小説の作を企て、『犠牲者』と題して、三千枚の長編を、三年間を傾注して成し遂げた。これは関東大震災当時で、三十歳に入ろうとする頃のことである。刊行

  • 小説 井上 ひさし あくる朝の蟬

    汽車を降りたのはふたりだけだった。 シャツの襟が汗で汚れるのを防ぐためだろう、頸から手拭いを垂した年配の駅員が柱に凭(もた)れて改札口の番をしていた。その駅員の手に押しつけるようにして切符を二枚渡し、待合室をほんの四、五歩で横切ってぼくは外へ出た。すぐ目の前を、荷車を曳いた老馬が尻尾で蠅を追いながら通り過ぎ、馬糞のまじった土埃りと汗で湿った革馬具の饐(す)えた匂いを置いていっ

  • 井上 章子 SUMMER REVERB

    Before Winter -Hiroshima- 冬の前に —ひろしま— After the long heated summer Suddenly comes the chill and cold of autumn Neither hearing the crickets chirp Nor seeing leaves change their colours Only ...

  • 評論・研究 井上 清 近代天皇制の確立 新しい権力のしくみ

    中央集権官僚制 廃藩と同じ日(明治四年=1871七月十四日)土佐出身の板垣退助と肥前出身の大隈重信が、参議に再任せられた。これで参議は薩摩の西郷(隆盛)、長州の木戸孝允(たかよし)とともに、薩・長・土各一、肥二の旧四藩出身者ということになった。廃藩の前、大久保(利通)はもっぱら薩長の力で廃藩後の政権を維持しようとしたが、木戸は土・肥を加えることを主張し、それが実現されたのである。 木戸は

  • 小説 井上 靖

    一 山に獣道(けものみち)というものがあると何かの本で読んだことがあるが、なるほどそういうものがあるかも知れない。家の二匹の犬が庭の植込みの中を歩いたり、駈けたりする道はいつも決まっている。そんなことを言い出したのは息子である。息子の書斎は二階にあって、縁側から庭の大部分を見降ろすことができるので、いつとはなく二匹の犬の通る道が一定していることに気付いたのであろう。私の書斎も庭に面しているが、一階なので事情は少し違う。縁側からも、仕事机の横の窓からも、

  • 井上 靖 北国

    人 生 M博士の「地球の生成」という書物の頁を開きな がら、私は子供に解りよく説明してやる。 ――物理学者は地熱から算定して地球の歴史は二 千万年から四千万年の間だと断定した。しかるに 後年、地質学者は海水の塩分から計算して八千七 百万年、水成岩の生成の原理よりして三億三千万 年の数字を出した。ところが更に輓近(</

  • 小説 井上 立士 魔笛

    銭湯はひつそりしてゐた。 あから顔の肥つた男が、よたよたとタイルの流し場から姿を消すと、男湯は三村ひとりになつた。浴槽に脚を伸ばして、揺れる湯気を眺めてゐると、うつとりとした睡気に似たものが瞼に漂ひ始めた。そのまま眼を閉ぢた。だが、耳はなにかを聞いてゐた。 桶の音、湯を使ふ音に混つて、女の声が響いてゐた。女湯もすいてゐるのか――どうやら話してゐる女客二人だけらしい。高い天井にはねかへつて来る女の声は明るく弾んで、ひそやかな筈の会話はその笑ひ声といつしよに三村の上気した顔の上に降つて来る。なにを嬉しさうに話してゐるのか? 女は着物をぬぐと、心まで裸にな

  • 評論・研究 磯貝 勝太郎 歴史小説の種本

    第一章 頻繁(ひんぱん)に典拠される種本 歴史文学とは、歴史上の事件、人物を素材として構成される文学で、小説のほかに史劇、史伝などもふくまれるが、本書では主として、小説というジャンルに限り、それも明治時代以降に創作された近代歴史文学作品において、種本(たねほん)がいかに扱われているかについてふれてみたい。

  • 逸見 猶吉 逸見猶吉詩集(抄)

    目次兇牙利的(ウルトラマリン第二)曝ラサレタ歌ある日無音をわびて眼 鏡黒龍江のほとりにて人傑地霊 <div class="poetry"

  • 小説 稲垣 足穂 短編二つ

    散歩しながら A ある朝、街角をまがりかけたとたんに、ガボッ! といつてその通り一めんの青い焔が立つた。ピタッと自分は煉瓦に身をくつつけた。 しばらくして何があつたのだらうと近づくと、路のまんなかに赤い火がある。へんな螢だと思つてとらうとすると、ひとりの男がうつ伏せにシガーをもつてゐたのだつた。ひき起して「どうしたのだ

  • 小説 稲上 説雄 夢浮遊

    夢 小学生のころ、同じような夢を、何度も何度も繰り返し見た。 私は、よく夜の空中を浮遊した。まず初めは、平泳ぎで低空を飛行し、表通りのバス停から北へ、見知った道沿いに市の北側にある山の方へと向かった。平手に空気の抵抗が薄く、力を抜けばすぐに地面に落ちてしまう恐れがあった。山の裾に火葬場があり、その手前を暗く川が不気味な水音を立てながら流れ、私は、水面すれすれを、流れに落ちないように背筋に力を込め、腕と脚で必死になって空気の水を掻いた。水音が冷たく耳に響く。それから火葬場の屋根の上に

  • 小説 宇田 伸夫 扶余残照

    百済の公主 胸をしめつけられるほどの優しさで木槿(むくげ)の花は開いた。 そして、そのときを待っていたかのように乙女は扶余(プヨ)の町に現れた。 ふわりと広がるチマチョゴリが細い体によく似あった。透き通るような白い肌が秋の陽を受けて、白磁のように輝く。長くつややかな髪が錦江を渡る風になび

  • 随筆・エッセイ 羽仁 もと子 半生を語る

    一 昭和三年八月三十一日。珍らしく晴れたこの高原の軽井沢で、ひとり静かに机の前に坐つて、わが半生を語らうとしてゐる。古い言葉の通り、過ぎ越し方が頭の中に絵巻のやうに展(ひろ)がつて来る。懐しいしかしながら雑然たる絵巻である。唯(ただ)この一つの生命が、見えざるものに導かれて、その中で育つて来たことを思ふと、過ぎ去つたことはすべて感謝である。 </p

  • 随筆・エッセイ 臼井 史朗 紙を汚して五十年

    臼井でございます。まず、こういう機会を与えて頂いたことを皆様に御礼申し上げます。私のような者の話ですから、いわゆるアカデミックな話でないことは先にお断りしておきたいと思います。 最初に話の題名ですが、もうちょっと文学的なものの方がいいかとも思ったんですが、根っからの田舎者でございまして、畑から大根引き抜いてそのままというような者ですので、その点どうぞお許しのほどお願い致します。眠くなったらどうぞご自由に(笑い)寝て頂いて結構ですので。 「懺悔」などと言う言葉は今時流行

  • 小説 永井 荷風 花火

    午飯(ひるめし)の箸(はし)を取らうとした時ポンと何処(どこ)かで花火の音がした。梅雨も漸く明けぢかい曇つた日である。涼しい風が絶えず窓の簾(すだれ)を動かしてゐる。見れば狭い路地裏の家々には軒並に国

  • 小説 永井 荷風 勲章

    寄席、芝居。何に限らず興行物の楽屋には舞台へ出る藝人や、舞台の裏で働いてゐる人達を目あてにしてそれよりも亦更に果敢(はかな)い渡世をしてゐるものが大勢出入をしてゐる。 わたくしが日頃行き馴れた浅草公園六区の曲角に立つてゐた彼(か)のオペラ館の楽屋で、名も知らなければ、何処から来るともわからない丼飯屋の爺さんが、その達者であつた時の最後の面影を写真にうつしてやつた事があつた。

  • 永井 荷風 珊瑚集 (仏蘭西近代抒情詩選)

    目次 シャアル・ボオドレエル: 死のよろこび 憂悶 暗黒 仇敵 秋の歌 腐肉 月の悲しみ アルチュウル・ランボオ: そゞろあるき ポオル・ヴヱルレエン: ぴあの ましろの月 道行 夜の小鳥 暖き火のほとり 返らぬむかし 偶成 ピエエル・ゴオチェ: 沼 エドモン・ピカアル: 池

  • 小説 永井 荷風 ADIEU(わかれ)

    (上)巴里に於ける最後の一日 絶望――Desespoire(デゼスポワール)―― 最後の時間は刻々に迫つて来た。明日(あした)の朝には、どうしても此の巴里(パリ)を去らねばならぬ。永遠に巴里と別れねばなら