検索結果 全1047作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 短歌 古泉 千樫 千樫短歌抄 初出年: 1925年

    みんなみの嶺岡山の焼くる火のこよひも赤く見えにけるかも 山焼五首 夕食(ゆふげ)終へて外(と)に出て見ればあかあかと山焼(やまやけ)の火のひろがりにけり

  • 小説 幸田 露伴 観畫談 初出年: 1925年

    ずつと前の事であるが、或人から気味合の妙な談(はなし)を聞いたことがある。そして其話を今だに忘れてゐないが、人名や地名は今は既に林間の焚火の煙のやうに、何処か知らぬところに逸し去つてゐる。 話を仕て呉れた人の友達に某甲(なにがし)といふ男があつた。其男は極めて普通人型の出来の好い方で、晩学では有つたが大学も二年生まで漕ぎ付けた。といふものは其男が最初甚だしい貧家に生れたので、

  • 小説 黒島 傳治 豚群 初出年: 1925年

    一 牝豚(めぶた)は、紅く爛(ただ)れた腹を汚れた床板の上に引きずりながら息苦しそうにのろのろ歩いていた。暫く歩き、餌を食うとさも疲れたように、麦藁(むぎわら)を短く切った敷藁の上に行って横たわった。腹はぶってりふくれている。時々、その中で仔が動いているの

  • 随筆・エッセイ 淡島 寒月 亡び行く江戸趣味 初出年: 1925年

    江戸趣味や向島沿革について話せとの御申込であるが、元来が不羈(ふき)放肆(ほうし)な、しかも皆さんにお聞かせしようと日常研究し用意しているものでないから、どんな話に終始するか予めお約束は出来ない。 ◇ 人はよく私を江戸趣味の人間であるようにいっているが、決して単なる江戸趣味の小天地に跼

  • 八木 重吉 秋の瞳(抄) 初出年: 1925年

    序 私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。 息を 殺せ 息を ころせ いきを ころせ あかんぼが 空を みる ああ 空を みる 心よ ほのかにも いろづいてゆく こころ わ

  • 俳句 尾崎 放哉 尾崎放哉句集(抄) 初出年: 1925年

    島の明けくれ 道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる 病人花活ける程になりし 朝靄豚が出て来る人が出て来る 迷つて来たまんまの犬で居る 山の芋掘りに行くスツトコ被り 人間並の風邪の熱出して居ることよ さつさと大根の種子まいて行つてしまつた <p cl

  • 小説 葉山 嘉樹 淫売婦 初出年: 1925年

    此作は、名古屋刑務所長、佐藤乙二氏の、好意によつて産れ得たことを附記す。 ── 一九二三、七、六 ── 一 若(も)し私が、次に書きつけて行くやうなことを、誰かから、「それは事実かい、それとも幻想かい、一体どっちなんだい?」と訊

  • 小説 里村 欣三 苦力頭(クーリーがしら)の表情 初出年: 1925年

    ふと、目と目がカチ合つた。──はッと思う隙(ひま)もなく、女は白い歯をみせて、につこり笑つた。俺はまつたく面喰つて臆病に眼を伏せたが、咄嗟(とつさ)に思い返して眼をあけた。すると女は、美しい歯並からころげ落ちる微笑を、白い指さきに軽くうけてさッと俺に投げつけた。指の金が往來を越えて、五月の陽にピカリと躍つた。<div

  • 短歌 土屋 文明 土屋文明短歌100首 初出年: 1925年

    「ふゆくさ」より この三朝(みささ)あさなあさなをよそほひし睡蓮(すいれん)の花今朝(けさ)はひらかず 白楊(どろ)の花ほのかに房<rp

  • 小説 芥川 龍之介 一塊の土 初出年: 1924年

    お住(すみ)の伜に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。伜(せがれ)の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ伜の死んだことは「後生(ごしやう)よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた。お住は仁太郎の棺の前へ一本線香を手向けた時には、兎に角朝比奈の切通しか何かをやつ

  • 小説 芥川 龍之介 桃太郎 初出年: 1924年

    一 むかし、むかし、大むかし、或深い山の奥に大きい桃の木が一本あつた。大きいとだけではいひ足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさへ及んでゐた。何でも天地開闢(てんちかいびやく)の頃ほひ、伊弉諾(いざなぎ)の尊(みこと)</ru

  • 小説 宮沢 賢治 烏の北斗七星 初出年: 1924年

    つめたいいぢの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判らないやうになりました。 烏の義勇艦隊は、その雲に圧(お)しつけられて、しかたなくちよつとの間、亜鉛(とたん)の板をひろげたやうな雪の田圃(たんぼ)のぅへに横にならんで<

  • 戯曲 正宗 白鳥 人生の幸福 初出年: 1924年

    人物 安城豊次郎 水島喜多雄 弟 かよ子 異母妹 寺島某 学者 別荘番藤七 </

  • 小説 片岡 鐵兵 幽霊船 初出年: 1924年

    A 舵手が死ぬるまで 沈んだのは幸華丸といふ大きな帆船である。 遠い岬(みさき)が、乱暴な速さで、此方から手(た)ぐり寄せるやうに、だんだん近づいて来る。やがて、その岬の鼻に、青いペンキ塗の小舎のあるのが船から分る近さになつた。岬の鼻は、浪をかぶりつづけて、風邪をひきさうに見えた。そして、その浪が砕け、

  • 小説 横光 利一 マルクスの審判 初出年: 1923年

    市街を貫いて来た一条の道路が遊廓街へ入らうとする首の所を鉄道が横切つてゐる。其処は危険な所だ。被告はそこの踏切の番人である。彼は先夜遅く道路を鎖で遮断したとき一人の酔漢と争つた。酔漢は番人の引き止めてゐるその鎖を腹にあてたまま無理にぐんぐんと前へ出た。丁度そのとき下りの貨物列車が踏切を通過した。酔漢は跳ね飛ばされて轢死(れきし)した。 そこで、予審判事は、番人とはかやうな轢死を未然に防ぐがための番人である以上、泥酔者の轢死は故殺であるかそれとも偶然の死であるかを探ぐるがた

  • 小説 三宅 やす子 生活革新の機来る 初出年: 1923年

    突然起つた今回の大震災は東京横浜及其近県に夥(おびたゞ)しい惨害を与へて、凡ての人の恐怖を極度ならしめた。 過去数十年に築いて来た文化の中心は、一朝にして灰燼と帰して、再び人力の及び難い域にまでも達したものがある。 此震災火災が、どれだけ大きな影響を我国文化の上に投げかけたかといふ事は殆ど私たちに想像も及ばないが、学問上の文献等の焼失したものは再び取り返しがつかないとしても、他の事業に於ては焼失したのは建物や物品に留つて、重要書類は安全で直ちに業務を開始

  • 評論・研究 島木 赤彦 萬葉集諸相 初出年: 1923年

    萬葉の歌を原始的であり、素樸であり、端的であるとするはいい。それらの詞を以て、萬葉の歌を言ひ尽し得たと思ふは浅い。萬葉の精髄は、それらの諸要素を具へながらにして、藝術の至上所に到達してゐる所にある。萬葉人のひたすらなる心の集中が、おのづからにして深さと高さの究極を目ざしたのである。今の萬葉を説くものが、この点を遺却してゐるのは、萬葉を遺却して萬葉を説くに等しいのである。 小竹(ささ)の葉はみ山もさやにさわげども我は妹

  • 評論・研究 宮嶋 資夫 第四階級の文學 初出年: 1922年

    去年(大正十年 1921)の暮れにロシヤ飢饉救済会の為めに大阪へ行つて、私達が行く両三日前に出獄した荒畑寒村君と会つた時のことであつた。それは丁度(ちようど)講演会の二日目の会が終つてからのことであつたが、私達の会の第一夜は、官憲の陰険な策略のために、会場を開くことすら出来なかつた揚句なので、私達の話は期せずして警察の横暴な干渉や圧制のことに進んで行つた。 その時、丁度(ちようど)</ru

  • 小説 近松 秋江 黒髪 初出年: 1922年

    一 ……その女は、私の、これまでに数知れぬほど見た女の中で一番気に入つた女であつた。どういふ所が、そんなら、気に入つたかと訊ねられても一々口に出して説明することは、むづかしい。が、何よりも私の気に入つたのは、口のきゝやう、起居振舞(たちゐふるま)ひなどの、わざとらしくなく物静かなことであつた。そして、生まれながら、何処から見ても京の女であつた。尤も京の女と云へば、どこか顔に締りのない感じのするのが多いものだが、その女は眉目の辺が引締つてゐて、口元など

  • 随筆・エッセイ 小山内 薫 千駄木の先生 初出年: 1922年

    鴎外先生は青年を愛した。 先生の愛は狭かつたかも知れない。併し、深かつた。くだいて言へば、「贔屓強い」人だつた。一度贔屓をした以上は、どこまでも、それを持ち続けるといふ風があつた。亡くなつた先生の令弟三木竹二氏も、やはりさういふ人だつた。 先生には、鋭い直覚があつた。人の風貌を一度見るか、人の作物を一遍読むかすると、直ぐその人の歩いてゐる道がはつきり分かつた。 亡くなつた医学士大久保栄も先生に愛せられた青年の一人である。貧しい俳人大塚甲山もその一人であった。吉井勇が「浅草観音堂」を書いた時なども、大変喜ばれた。上田敏や永井荷風に対し