検索結果 全1000作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 豊田 一郎 性と愛

    浴室で、女がシャワーを使っている。扉を閉ざして湯を浴びているのだろうから、その音は聞こえていないのかもしれない。それでも僕には、女がシャワーを使っている様子が浮かぶ。頭から湯を注ぎ、それから首回り、胸、そして、股間にノズルを寄せて、丹念に洗う。そう思うから目覚めるのかどうか、解らない。女が、僕の傍らから離れるのを感じ取って、その時に僕も、眠りから覚めて、意識を取り戻すのだろう。 女が来る夜は何時もそうだった。女は深夜に、つまり、午前0時を過ぎた頃に訪れ、早朝にシャワーを浴びて帰って行く。女が僕の部屋にいるのは、数時間に過ぎない。その間、女は、僕のベッドで僕と交わり、性の快楽に没頭し、

  • 小説 豊田 一郎 夢幻泡影

    (1) 東京府東京市江戸川区平井町二丁目九百九番地。今、この地番はない。もっとも、昭和十七年には、東京府が東京都に変わり、東京市がなくなり、東京都江戸川区になっているのだが、もちろんそれも今はない。しかし、その十七年以降も府の呼称は残っていた。他の箇所でどうであったかは定かではないが、昭和十九年、私が小学校から中学を受験した際にはまだ、中学校は府立一中であり、府立二中があり、府立化工というような学校もあった。 それはともかく、江戸川区平井町二丁目九百九番地は黒茶けた土の道路と幅三メートルほどのどぶ川に区切られた一角を指し、

  • 小説 邦枝 完二 廓の子

    一 『山まゐり』の大羽子板は新ちやんのお祖母(ばあ)さんがまだ若い時分、坂東彦三の似顔――豊国筆――をそのまゝに、馬道の羽子板屋で拵らへさせたものださうです。 それは板も押絵も煤けて、花笠が半(なかば)取れかゝつたまゝ何年となく縁起棚の傍に飾られ、此家(こゝ

  • 望月 苑巳 雪月花

    定家卿の思想 あかざりしかすみの衣たちこめて袖のなかなる花のおもかげ 紅千鳥の枝をゆすって、小弛(おだや)む風の、実をもぎとると明るい午後をめざます斎宮女御の淡い声。春の息をかきわけて庭の水鏡がざわめく。 治承四年二月五日、十九歳。 「明月記」最初のページに墨がとじこめられた。

  • 望月 苑巳 鳥肌のたつ場所(抄)

    目次 ぼくの夏休み論浜千鳥の奥夕方から年の暮れパンプキンな気分になったらつゆしぐれ界隈一茶、神に背を向けて夏、宇宙の芯まで淋しく鳥肌のた

  • 随筆・エッセイ 望月 洋子 江戸後期文人の世界  ──作家中村真一郎を癒したもの

    それまでは招かれても応じなかったフランシュコンテ地方へ、俄かに旅立とうときめたのは、「新潮」に連載の「蠣崎波響」を読んだからであった。 中村真一郎著『蠣崎波響の生涯』の冒頭は、波響の描いたアイヌの酋長たちの肖像画十二枚が、ブザンソンの博物館に発見されたことから書きおこされている。早速ブザンソンに住む友人に、メールで宿泊と美術館への依頼状をたのみ、パリの友人には関連する資料を送ってくれるよう手配した。 長年にわたって私は東洋と西洋の文化交流を追いつづけてきた。誘われて入った幾つかの学会でも、東と西の文化のはざまで右往左往する先人たちの姿をしらべて、知識

  • ノンフィクション 望月 洋子 ヘボン 維新前夜の日本へ

    「生麦事件」を診た人 1862年9月14日(文久二年八月二十一日)、武蔵国橘樹(たちばな)郡の街道で、外国人殺傷事件がおこった。かなり詳しく残されている当事者たちの証言を要約すると、次のようになる。 昼ごろ四人のイギリス人が横浜を出発して、東海道を川崎方面へ向った。ハード商会横浜駐在員ウッドソープ・クラーク、その友人ウィリアム・マーシャル、マーシャルの従妹で香港から遊びに来ていた二十二歳のミセス・ボロディール、上海の商人リチャードソンは

  • 随筆・エッセイ 望月 良夫 ある邂逅

    あの衝撃の電話が入ったのは、昭和五十七年十月二十七日水曜日の夜。受話器をとると大きな声が耳を打った。 「望月か、俺を覚えているか、鳥山だ」 「うーん、わかりません」 「新潟高等学校の鳥山だよ」 「そういえば名前を覚えている」 「俺、困っているんだ」 男の口調は乱暴で、何の依頼かと一瞬いぶかりながら、「どうしたの」と聞く私に意外な言葉が返ってきた。 「ゴトウテツオを知っているか」 「よく知っている。三十年位も会わないけれど」 「

  • 随筆・エッセイ 望月 良夫 山本五十六の恋文

    せせらぎ荘 地球温暖化という言葉を耳にして何年になるだろう。桜前線北上は年々早くなっている。 沼津市は人口二十一万人、香貫山(かぬきやま)が平坦な市街地へせり出した地形で、麓を狩野川が曲がって駿河湾へそそぎ、海、山、川へ市民が歩いていける。富士山、南アルプス、箱根連山を遠く望み、気候温暖で首都圏に隣接し、東京人の保養に最も適した街でもある。 午前の外来診療を終え、昼食を

  • 小説 北 杜夫 星のない街路

    ベルリンの十一月は、いつもながら、ひどく陰気な、じめじめした天候が続く。太陽はわずかに白っぽい光となって層雲の背後に隠されてしまっている。ときどき、しめやかな雨が過ぎる。霧ともつかない湿った空気が自然と微細な水滴となって降りだすような実にこまかい冷雨である。街はいつもくすんだ灰色に閉ざされ、人々は外套の襟を立て肩をすぼめて道を急いでいる。 爆撃の跡がまだあちこちに目についた。殊にティア・ガルテン地区には瓦礫(がれき)の山がそのままに放置されており、それがこの都市の見事な復

  • 北原 白秋 思ひ出(抄)

    序詩 思ひ出は首すぢの赤い螢の 午後(ひるすぎ)のおぼつかない触覚(てざはり)のやうに、 ふうわりと青みを帯びた 光るとも見えぬ光? あるひはほのかな穀物の花か、 落穂ひろひの小唄か、 暖かい酒倉の南で 挘<rp

  • 北原 白秋 白金之独楽・畑の祭より

    白金之独楽 抄 大正三年(1914)十二月初版・金尾文淵堂刊 白金ノ独楽 感涙(カンルイ)ナガレ、身ハ仏、 独楽ハ廻レリ、指尖(ユビサキ)ニ。 カガヤク指ハ

  • 随筆・エッセイ 北原 白秋 お花畑の春雨

    いい雨がふります。 それは絹灑(きぬごし)のやうな細かさを持つた、明るい、落ちついた、いい雨です。温かないいお湿(しめ)りです。 その雨を観てゐると、安らかな、細ごまとした自然の愛(いつくし)みといふものが、とりわけて懐かしく感じられます。降りそそぐ春雨の愛、そ

  • 小説 北条 民雄 いのちの初夜

    駅を出て二十分ほども雑木林(ぞうきばやし)の中を歩くともう病院の生垣が見え始めるが、それでもその間には谷のように低まった処や小高い山のだらだら坂などがあって、人家らしいものは一軒も見当らなかった。東京から僅か二十哩そこそこの処であるが、奥山へ這入ったような静けさと、人里離れた気配があった。 梅雨期に入るちょっと前で、トランクを提げて歩いている尾田は、十分もたたぬ間に、はやじっとり肌が汗ばんで来るのを覚えた。随分辺鄙(

  • 評論・研究 北村 透谷 各人心宮内の秘宮

    各人は自ら己れの生涯を説明せんとて、行為言動を示すものなり、而(しか)して今日に至るまで真に自己を説明し得たるもの、果して幾個(いくこ)かある。或は自己を隠慝(いんとく)し、或は自己を吹聴(ふいちやう)</ruby

  • 評論・研究 北村 透谷 精神の自由

    二、精神の自由 造化万物を支配する法則の中に、生と死は必らず動かすべからざる大法なり。凡(およ)そ生あれば必らず死あり。死は必らず、生を躡(お)うて来(きた)る。人間は「生」といふ流れに浮びて「死」といふ海に漂着する者にして、其行程も甚だ長

  • 評論・研究 北村 隆志 加藤周一「ある晴れた日に」論

    一、なぜ小説なのか 評論家の加藤周一は小説も書いていることは、最近はあまり知られていないようだ。加藤氏は、著作集(第一期一九七八〜八〇年、以下同じ)第十三巻「小説・詩歌」のあとがきで「私は生涯に強い感動を伴ういくつかの経験をした。そしてその経験を、架空の話に託して語ろうとしたことがある」と書き、自作として長編三つと、短編一つ、短編連作二つをあげている。長編「ある晴れた日に」は、その一つであり、著作集のこの巻に収められている。それ以外にも、私の知る限り、戦後早

  • 評論・研究 北村 隆志 加藤周一私記

    一 私が初めて加藤周一をじかに見たのは、一九八六年十一月、大学四年の時だった。 東大教養学部の職員組合主催の講演会に加藤周一が来たのである。私は講演当日、たまたま学内の掲示板で知って、会場の定数百五十人ほどの階段教室に出かけて行った。 そのころはとにかく活動で忙しかった。授業もほとんど出なかったし、学生自治会や選挙の演説会以外、文化人の講演会などまったく行かなかった。それでも加藤周一の講演を聞きに行ったのは、幼稚な左翼学生にすぎなかった私にとっても、加藤周一は特別な存在だったからである。

  • 小説 北田 薄氷 乳母

    (一) 夕暮の忙しさは、早や家へ帰る身なるに襷脱(たすきと)るのも打忘れて匆卒(そゝくさ)と、吾妻下駄の歯に小石の当りて騒がしく、前垂(まへだれ)帯の上より締めて、小包持てるは髪結(かみゆひ<

  • 牧田 久未 世紀のつなぎめの飛行

    サボテン 寡黙な客と 寡黙な床屋 窓の外では まだ青い木の葉がちぎれて飛んでいく 「毛虫まで飛んでる」と客 『私も飛んでみたいです』と床屋 あとはまたハサミの饒舌 客と床屋は鏡の中で目をそらす 「この鏡よく見えませんね」 『ええ、ちょっと近視の鏡なんですよ』 </