検索結果 全1047作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 菊池 寛 勝負事 初出年: 1929年

    勝負事(しようぶごと)と云ふことが、話題になつた時に、私の友達の一人が、次ぎのやうな話をしました。 「私は子供の時から、勝負事と云ふと、どんな些細な事でも、厳しく戒しめられて来ました。幼年時代には、誰でも一度は、弄(もてあそ)ぶに定(き)まって居<rp

  • 小説 犬養 健 亜刺比亜人エルアフイ 初出年: 1929年

    一 マラソン競走の優勝者、仏蘭西(フランス)領アルジェリイ生れの亜刺比亜(アラビア)人エルアフイは少しばかり跛足(びつこ)を引きなが

  • 小説 江戸川 乱歩 押絵と旅する男 初出年: 1929年

    この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったなら、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに違いない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰いちがった別の世界をチラリとのぞかせてくれるように、また、狂人が、われわれのまったく感じえぬものごとを見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野のそとにある別の世界の一隅を、ふと隙見したのであったかもしれない。 いつともしれぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。それは、わざわざ魚津へ蜃気楼を見に出掛けた帰り途であった。私がこの話をすると、お前は魚津なんかへ行ったことはないじゃ

  • 小説 中島 敦 巡査の居る風景 初出年: 1929年

    ――一九二三年の一つのスケッチ―― &nbsp; 一 甃石(しきいし)には凍つた猫の死骸が牡蠣((かき))の樣にへばりついた。其の上を赤い甘栗屋の廣告が風に千切(ちぎ)れて狂ひながら

  • 評論・研究 平林 初之輔 政治的價値と藝術的價値 ――マルクス主義文學理論の再吟味―― 初出年: 1929年

    一 コペルニクスは地動説をとなえたが、それを統一的理論によつて説明するためにはニュウトンをまたねばならなかつた。ところが今日の小学生は萬有引力の公式を知つている。だからコペルニクスよりも二十世紀の小学生の方がすぐれている! 石造建築は木造建築よりも進んだ建築である。某々洋食店は石造建築である。法隆寺は木造建築である。だから、某々洋食店の建築は法隆寺の建築よりもすぐれている! これ等の論理には矛盾がない。だがこの論理からひき出された判断は、必らずしも私たちを首肯せしめない。その理由は説明するまでもなく、誰で

  • 小説 渡辺 温 アンドロギュノスの裔(ちすじ) 初出年: 1929年

    ——曾て、哲人アビュレの故郷なるマドーラの町に、一人の魔法をよく使う女が住んでいた。彼女は自分が男に想いを懸けた時には、その男の髪の毛を或る草と一緒に、何か呪文を唱えながら、三脚台の上で焼くことに依って、どんな男をでも、自分の寝床に誘い込むことが出来た。ところが、或る日のこと、彼女は一人の若者を見初めたので、その魔法を用いたのだが、下婢に欺かれて、若者の髪の毛のつもりで、実は居酒屋の店先にあった羊皮の革袋から毮り取った毛を燃してしまった。すると、夜半に及んで、酒の溢れている革袋が街を横切って、魔女の家の扉口迄飛んで来たと云うことである。 頃日読みさしのアナトール・フラ

  • 小説 梶井 基次郎 桜の樹の下には 初出年: 1928年

    桜の樹の下には屍体が埋まつている! これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつている。これは信じていいことだ。 どうして俺が毎晩家へ帰つて来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選(よ)りに選つてちつぽけな薄つぺらいもの、安全剃刀<

  • 小説 山本 勝治 十姉妹(じゅうしまつ) 初出年: 1928年

    田面(たのも)には地図の様な線條が縦横に走つて、旱(ひでり)の空は雨乞(あまごひ)の松火(たいまつ)に却(かへ)</

  • 評論・研究 中村 武羅夫 誰だ? 花園を荒らす者は! 初出年: 1928年

    文藝は、言ふまでもなく広い意味に於ける人間の生活を対象とし、題材とするところに成り立つてゐる。人間生活がないところに文藝はあり得ない。あらゆるイズムに属する文藝が――自然主義の文藝も、象徴主義の文藝も、神秘主義の文藝も、その表現とか様式とか、観点とかその他にはいろいろの差別なり、特徴なりがあるとしても、結局、人生――即ち広い意味の人間生活に、何等かの意味に於いて関心を持つところから生れて来てゐることには、変りはない。或る人に依つては、自己のための藝術が主張される。が、「自己のため」といふことも、窮極するところは、あらゆる人間のためといふことになる。人間は、無人島の中に、たつた一人で生活

  • 評論・研究 岩波 茂雄 読書子に寄す 初出年: 1927年

    真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。近時大量生産予約出版の流行を見る。その広告宣伝の狂態はしばらくおくも、後代にのこすと誇称する全集がその編集に万全の用意をなしたるか。千古の典籍の翻訳企図に敬虔の態度を欠かざりしか。さら

  • 随筆・エッセイ 若山 牧水 北海道雜觀 初出年: 1927年

    わたしが北海道に行つて見たいと思ひ始めたのは國木田獨歩の小說『牛肉と馬鈴薯』や同じく『空知川の岸邊』を讀んでからであつた。前者には北海道を一の理想實行の境地として、まだ現世の汚濁(をぢよく)にけがれてゐぬ淸淨な處女地として痛切な憧憬が書いてあつた。後者には作者自身がその理想實行を志して北海道に渡り、空知川沿岸の森林中にわけ入つた經驗が例の筆致でみづ&#12339;&#12341;しく書いてあつた。これらを讀んで胸を躍らしたのはわたしのまだ學生時代であつたとおもふから今より二十年も前の事であ

  • 随筆・エッセイ 小出 楢重 洋画家の漫談雑談 初出年: 1927年

    裸婦漫談 日本の女はとても形が悪い、何んといつても裸体は西洋人でないと駄目だとは一般の人のよく言ふ事だ、そして日本の油絵に現れた女の形を見て不体裁だといつて笑ひたがるのだ。それでは、笑ふ本人は西洋人の女に恋をしたのかといふとさうでもない、やはり顔の大きな日本婦人と共に散歩してゐるのである。 理想的といふ言葉がある、昔(むか)しは女の顔でも形でもを如何</rb

  • 小説 中里 介山 愛染明王 初出年: 1927年

    紀伊国(きいのくに)那智の滝愛染明王(あいぜんみょうおう)のお堂を、ある日の夕方、一人の歳若き出家がおとずれた。 「頼みます那智の滝本の愛染堂はこちらでございましょうか、ある人に途中で逢い那智へ参らば愛染堂の堂守(どうもり)をたずねよと申し聞かされましたこと故に、突然ではございます

  • 富永 太郎 秋の悲歎 初出年: 1927年

    私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路の あらゆる直線が甦る。あれらのこんもりとした貪婪な樹々さ へも闇を招いてはゐない。 私はたゞ微かに煙を挙げる私のパイプによつてのみ生きる。 あの、ほつそりとした白陶土製のかの女の頸に、私は千の静 かな接吻をも惜しみはしない。今はあの銅(あかゞね)色の空 を蓋ふ公孫樹の葉の、光沢のない非道な存在をも赦さう。オ ールドローズのおか

  • 評論・研究 片岡 鐵兵 止めのルフレヱン 初出年: 1927年

    1 この二三年来、私は機会ある毎に、現今の文壇の中心勢力を成すが如く見える一種のリアリズム文学を攻撃して来た。私の論議は多くの反感を買つたのみならず、一時は文壇全体が反新感覚派の声で充満したかの感さへあつた。然し、時は経過した。私が絶えず攻撃した一種のリアリズム的文学は次第に凋落(てうらく)せんとする傾きを表はして来た。今や新しい文学として受入れられる作品は、みな何らかの程度で私の主張して来た文学的要素を含有しながら、

  • 小説 堀 辰雄 ルウベンスの偽画 初出年: 1927年

    それは漆黒(しっこく)の自動車であつた。 その自動車が軽井沢ステエションの表口まで来て停まると、中から一人のドイツ人らしい娘を降した。 彼はそれがあんまり美しい車だつたのでタクシイではあるまいと思つたが、娘がおりるとき何か運転手にちらと渡すのを見たので、彼は黄いろい帽子をかぶつた娘とすれちがひながら、自動車の方へ歩いて行つた。 「町へ行つてくれたまへ」 彼はその自動車の中へはひつた。はひつて見ると内部は真白だつた。そして

  • 小説 横光 利一 春は馬車に乗つて 初出年: 1926年

    海浜の松が凩(こがらし)に鳴り始めた。庭の片隅で一叢(ひとむら)の小さなダリヤが縮んでいった。 彼は妻の寝ている寝台の傍から、泉水の中の鈍い亀の姿を眺めていた。亀が泳ぐと、水面から輝(て)り返された明るい水影が、乾いた石の上で揺れていた。 「まアね、あなた、あの松

  • 小説 黒島 傳治 二銭銅貨 初出年: 1926年

    一 &nbsp; 独楽(こま)が流行(はや)っている時分だった。弟の藤二がどこからか健吉が使い古した古独楽を探し出して来て、左右の掌(てのひら)の間に三寸釘の頭をひしゃいで通した心棒を挾んでまわした。まだ、手に力がな

  • 評論・研究 新居 格 文藝と時代感覚 初出年: 1926年

    一 「夢も現(うつつ)も、真

  • 野口 米次郎 われ山上に立つ 初出年: 1926年

    かくてわれ山上に立ち、 生命と沈黙の勇者……勝ち誇り、 空に眼(まなこ)をむけ、突立ちあがり、 没せんとする太陽(ひ)を見て微笑み、麗しく悲しき告別を歌ふ。 夕(ゆふべ)は神秘にてわれをとり巻き、 そ