検索結果 全1000作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 島村 抱月 文藝上の自然主義

    一 「日の出前」とはハウプトマンがドイツに自然主義を広めた新社会劇の名であるが、此の名には慥(たし)かに一種のシムボリズムが含まれてゐる。一評家が言つた如く、作者はあれ程暗澹悲痛の人生を描きながら、「日の入り前」と呼ばずして「日の出前」と呼んだ。前途に大光明の希望をかけてゐたのであらう。其の希望は社会の改造であつたか、将(は)た個人の解放であつたか、何れに

  • 小説 島木 健作 黒猫

    病気が少しよくなり、寝ながら本を読むことができるやうになつた時、最初に手にしたものは旅行記であつた。以前から旅行記は好きだつたが、好きなわりにはどれほども読んでゐなかった。人と話し合つて見ても旅行記は案外読まれてゐず、少くともある種の随筆などとはくらべものにはならぬやうであつた。自分にとつて生涯関係のありさうにもない土地の紀行など興味もなし、読んで見たところで全然知らぬ土地が生き生きと感ぜられるやうな筆は稀だし、あるなつかしさから曾遊の地に関してものを読むが、それはまたこつちが知つてゐるだけにアラが眼につく、さういふのが共通の意見であるやうだつた。私自身も紀行の類を書きながら、かういふ

  • 評論・研究 島木 赤彦 萬葉集諸相

    萬葉の歌を原始的であり、素樸であり、端的であるとするはいい。それらの詞を以て、萬葉の歌を言ひ尽し得たと思ふは浅い。萬葉の精髄は、それらの諸要素を具へながらにして、藝術の至上所に到達してゐる所にある。萬葉人のひたすらなる心の集中が、おのづからにして深さと高さの究極を目ざしたのである。今の萬葉を説くものが、この点を遺却してゐるのは、萬葉を遺却して萬葉を説くに等しいのである。 小竹(ささ)の葉はみ山もさやにさわげども我は妹

  • 随筆・エッセイ 嶋中 雄作 中央公論社 回顧五十年

    緒 言 雑誌の寿命は短いものである。人間の働き盛りを十年か十五年と観て、その十年か十五年が雑誌の生命である。人間の活動力が衰うれば雑誌も衰える。だから、『中央公論』が五十年も続いたということは実に珍らしいことである。また、五十年という歳月は天地の悠久に比して必ずしも永しとはしない。けれどもまさに半世紀である。半世紀の間には、歴史上重大な事件の二つや三つない時代はない。世界歴史中どの世紀を取って見てもそうだが、殊に近代は事件が重畳</rb

  • 評論・研究 湯浅 俊彦 日本における電子書籍の動向と公共図書館の役割

    目 次 はじめに 本研究で取り扱う電子書籍の範囲 電子書籍の統計 デバイスの多様化と短命化がもたらす出版コンテンツの流通の問題 出版コンテンツにおけるボーンデジタルの増加と紙媒体の減少 グーグル「ブック検索」と絶版本の有料データベース化の動向

  • 小説 筒井 雪路 栄吉さんの英単語

    この話で栄吉さんを英語に無知だと笑う人がいたら、現代氾濫するカタカナ語に彼以上にもっと辛辣でしかももっとユーモアを含んだ日本語の適訳を示唆してあげてください。 栄吉さんは代々続いた染色屋の主人である。 数人の人を使って自宅に隣接させた工場、要するに作業場をフルに動かして必死に働いてきて、今は主な切り盛りは娘夫婦に譲ってどうやら妻と一緒にやっと気ままに時間を使える身になったものの、働き詰めに働いてきた性分で身体を動かさないでいられない。今でも町内の取りまとめはもとより、思いつくと得意先の開拓や資金の調達のため走りまわる。

  • 小説 筒井 雪路 梔子(くちなし)の門

    プロローグ 鍵のかかっていた門扉をお嬢さんがひらいた向こうに北田玲子さんが現れた時、それまで不安で緊張していた私は 「まあ、いらっしゃいませ」という昔とちっとも変らないやや甲高い優しい声を聞いて、自然に彼女の顔を見ることが出来て、ほっとした。アルツハイマーと聞いて予想していたのとは違って、彼女は様子はあまり変わっていなかった。多少白髪になっていたが、こちらの三人はもっと、純白に近い人もいる。私達が一人一人学生時代の旧姓を名乗って挨拶するのを 「山根さん? そうお」 「村井さん、ああそう」 「峰さん、そうお。 私わか

  • 随筆・エッセイ 藤間 紀子 高麗屋の女房(抄)

    目次三代襲名空っぽの心それでも舞台があるエジンバラの虹高麗屋の女房付・私のきもの生活 </p

  • 評論・研究 藤原 保信 自然観の転換と環境倫理学――自然と人間の調和のために

    われわれはこれまで、現代の環境危機を背景としつつ、アリストテレス、ホッブズ、ヘーゲルの自然観、およびそこにおける人間と自然の基本的な関係をみてきた。アリストテレスにとっては、自然のすべての存在はそれ自身のうちに目的を含み、その実現の過程にあったが、そのような自然の全体もある種の階層的、目的論的秩序をなしていた。そして人間はそのような秩序のなかに位置せしめられていたのであり、それゆえ自然は人間にとっての規範の源でもあった。人間の営為も自然の秩序を撹乱することなく、それと調和的に生きるべく考えられていたのである。これにたいしてホッブズは、自然を完全に客体化しながら、それを原子論的物体の機械

  • 随筆・エッセイ 藤村 操 巌頭之感

    悠々たる哉(かな)天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此(この)大をはからんとす。ホレーショの哲学竟(つひ)に<rb

  • 随筆・エッセイ 藤田 尚男 大相撲の名アナウンサー ──山本 照さんを偲ぶ──

    平成十年十月二十七日の朝、私は突然 「山本さんはどんなにしておられるだろうか? 今夜電話してみよう」という、思いに襲われました。虫の知らせだったのでしょうか。 奇しくも、その夕刻、ご長男の謹一郎さんから「午前十一時四十二分に亡くなられた」というお報せをいただきました。 九十五歳の大往生、ありし日の山本さんを偲び、私は胸が一杯になりました。 人間の一生には、思いがけない出会いがあります。 昭和十二年の暮も押し迫ったある日のこと、小学三年生だった私は、四歳下の弟がぶら下げてきた相撲の雑誌を何げなく手にとって開いてみま

  • 俳句 藤田 湘子 てんてん(抄)

    虚空ゆく禽(とり)の目ふたつ大旦 平成十一年(1999) 悪(わる)なれど町内の初鴉なり うれしくも淋しくもなし福寿草 粥にぽと落せし黄味や寒四郎 <p

  • 藤田 文江 夜の聲(抄)

    目次誘惑或る手紙(C)疾む泣いてゐるこども桟橋にて棹さす 誘 惑

  • 道元 隆 Rルート156(抄)

    目 次 水滴になって対 話人間として 水滴になって 決心の塊 いろんな外的刺激が重なる 内向き姿勢を強めた 生への

  • 徳沢 愛子 愛から愛へ

    お父さあーん その声は静寂に体当たり 「お父さあーん」 ゆり子さんの夫恋い絶唱 声はうす暗い老人病棟を 日本晴れの朝にする 口を開けること 食べることを忘れたゆり子さん スプーンは持っても 食べることがわからない 階段から落ちて 頭を打ってからというものは 「お父さあーんと呼んでみて」 耳元で看護婦さん <p

  • 小説 徳田 秋聲 或賣笑婦の話

    この話を残して行つた男は、今どこにゐるか行方(ゆくへ)もしれない。しる必要もない。彼は正直な職人であつたが、成績の好(よ)い上等兵として兵営生活から解放されて後、町の料理屋から、或は遊廓から時に附馬(つけうま)を引いて来たりした。これは早朝、そんな場合の金を少しばかり持つて行つた或日の晩、縁日の植

  • 小説 徳田 秋聲 和解

    一 奥の六畳に、私はM―子と火鉢の間に対坐してゐた。晩飯には少し間があるが、晩飯を済したのでは、夜の部の映画を見るのに時間が遅すぎる――ちやうどさう云つた時刻であつた。陽気が春めいて来てから、私は何となく出癖がついてゐた。日に一度くらゐ洋服を著て靴をはいて街へ出てみないと、何か憂鬱であつた。街へ出て見ても別に変つたことはなかつた。どこの町も人と円タクとネオンサインと、それから食糧品、雑貨、出版物、低俗な音楽の氾濫であつた。その日も私は為

  • 評論・研究 徳冨 蘆花 勝利の悲哀

    一 本年七月初旬、生(せい)(自分)は聖彼得堡(せんとぴーたーすぶるぐ)の亜歴山(あれきさんどる)三世博物館に於て、露国の画家ヹレスチヤギンの油絵数多(

  • 評論・研究 徳冨 蘆花 謀叛論

    僕は武蔵野の片隅に住むで居る。東京へ出るたびに、青山方角へ往くとすれば、必ず世田ケ谷を通る。僕の家から約一里程行くと、街道の南手に赤松のばらばらと生えた処が見える。此は豪徳寺──井伊掃部守直弼(ゐいかもんのかみなほすけ)の墓で名高い寺である。豪徳寺から少し行くと、谷の向ふに杉や松の茂つた丘が見える。吉田松陰の墓及び松陰神社は其丘の上にある。井伊と吉田、五十年前には互に倶不戴天(ぐふたいてん)の

  • 評論・研究 内村 鑑三 非戦論

    戦時に於ける非戦主義者の態度 私共は戦争が始まりたればとて私共の非戦主義を廃(や)めません、否な、戦争其物が非戦主義の最も好き証明者でありますから、私共は面前(まのあたり)戦争を目撃するに方(