検索結果 全1044作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 秦 恒平 作者自身による出版

    一 「秦恒平・湖(うみ)の本」十九年・八十五巻 『みごもりの湖』という書下し作品を、わたしは持っている。依頼されて出版まで、五年頑張った。名作だ、なんとか賞候補だと幸い評判され、今も代表作にあげて下さる読者・識者がある。けれど、どれだけの期間、書店に本が在ったろう。版元に在庫が在ったろう。あまりに短かかった。しかも何社からも文庫本に欲しいと言ってきた。版元は、いずれうちからとすべて拒絶し、あげく、そのままにされた。大出版

  • 評論・研究 秦 恒平 「ペン電子文藝館」のことども――メディア新時代と文学――

    * 以下の斯様な記録も、電子文藝館開館満二年を経過した今、後々への一「証言」として意味あろうかと考え、「会員広場」に、改めて提出しておく。 この会(芸術至上主義文芸学会 2002)で、こうしてオハナシするのは、十六年前の、やはり十一月、二十九日でした。題して「マスコミと文学」 これを、今年(二○○二年)九月、私の「湖(うみ)の本エッセイ」第25巻め、創作シリーズと通算して第72巻めに、他

  • 随筆・エッセイ 秦 恒平 悪政と藝術

    いま私の時代もののワープロは、「悪政」の二字ならすらりと出して来るが、善政は「ぜんせい」から手間をかけて打ち直さねばならない。この機械に漢字辞書を内蔵させた一人ないし何人かの「日本人」は、政治に「悪政」はあっても、善政など無いも同然と把握していたらしい。いわば「政治性悪説」を表現する機械を、相当な高価で十年も前に私は買ってしまったことになる。だが愛機の示すこの認識に、私自身もほぼ異存がない。 政治社会に「偽」の体系を据えた人 戦後日本の政治を、ひどい悪政だったとは、思

  • 評論・研究 秦 澄美枝 二つの『高山右近』

    序章 二つの『高山右近』 1999年8月7日、雑誌『群像』に発表された加賀乙彦の小説『高山右近』、これは97年11月14日国立能楽堂で初演された後、98年10月14日金沢市文化ホールでの改演によって完成した加賀乙彦の創作能『高山右近』と同じ素材を扱う作品である。小説という表現手段で、舞台芸術である能と全く異なる構想・趣向・方法・文体により、安土桃山時代のキリシタン大名高山右近という能と、同一人物を主人公に、能では手中に収めきれなかった“人間”のドラマを描いて作品を完成したものである。 この小説『高山右近』によって加賀乙彦は、これまで

  • 仁科 理 わが紀行

    雁風呂 冬近い北国のその村は 入り日の淡さにつつまれ 蜃気楼のようにはかなかったが 季節外れの旅にはふさわしかった 一夜をとった海辺の宿は 夜っぴいて海鳴りがとどろいていた 目覚めては夕餉に聞いた 雁風呂の話を思い出していた 海をわたる長旅の翼を休めるために <p

  • 俳句 須藤 徹 朝の伽藍

    春雷にランボー読む手ふるへけり 句集『宙の家』 ひまはりのふと女めく月あかり 秋風や無人の家の矩形なる 月明の川干あがつて太くあり 月光の雪道こはす女あり 山茶花の白を残して鳥翔てり 春眠の曇りガラスを踏む間際 新樹の夜椅子は無言で向きあへり 藤

  • 評論・研究 須藤 徹 現代俳句の起源——俳句における写生と想像力を考える(序説)

    目次 子規の「写生」が意味するもの 「風景」の超克へ 可能性としてのデッサン 山林郊野の発見 俳句と主観 Ⅰ 子規の「写生」が意味するもの 明治以来の基本的な文芸思潮であり、また俳句においては、正岡子規が使用し、近代俳句

  • 短歌 水崎 野里子 Admiring World Beauties

    Tanka: Dragonflies Dragonflies flying on my kimono on my bag in my dream then fly in a scream In the ancient times Japan was called "the islands of drago

  • 小説 水樹 涼子 紫の記憶

    「あなたのオーラは紫、いや、もっと青みがかった、そう、青紫ですね」 突然、隣の席の男にこう言われた。 「えっ?」 「一般的に、よく着る服の色と、その人の持つオーラの色は一致しやすいと言われています。あなたのオーラは、青紫でしょうね」 確かに私はその日、濃いロイヤルブルーのサマーセーターを身に付けていた。しかしだからといって突然、名も知らない男からオーラの色云々などと指摘されようとは、思いもよらぬことだった。 「あの……?」 困惑したまま口ごもると、 「あっ、これは失礼。つ

  • 随筆・エッセイ 水樹 涼子 とちぎ綾織り(抄) 〜下野の歴史と伝説を訪ねて〜

    目次 大谷にて(神に出会う異界の入り口)思川――上流編(残る伝説に思い馳せ)聖地・日光〈一〉(開山挑戦三度目の謎) 大谷にて(神に出会う異界の入り口) この秋、久しぶりに宇都宮市の大谷を訪れた。 幼

  • 小説 水上 瀧太郎 山の手の子

    お屋敷の子と生れた悲哀(かなしみ)を、泌み々々と知り初(そ)めたのは何時(いつ)からであつたらう。 一日(ひとひ)一日と限り無き喜悦(

  • 水野 るり子 星の間で

    カモメ カモメは河口にいる 蛇行する川のしるしが 海岸線に断ち切られ ふいに消える場所 カモメはその河口の上を飛びかいながら 海の裏側でたえず生まれてくる 小魚の群れを見張っている カモメを知りたいときには 河口に行かなくてはならない だがカモメの方法や川の方向 <

  • 小説 杉本 苑子 今昔物語ふぁんたじあ(抄)

    怪 力 1 「あぶないッ、逃げろッ」 「突かれるぞッ」 とつぜん、わきおこった大声に、『腹くじり』の春王は、おどろいてうしろをふりかえった。 暴れ牛だ。 荷はこび用の、真っ黒な大牛が、なにを怒ったか、背に青竹の束を山なりに積んだまま、ひきちぎった手綱をひきずりひきずり、街道をまっしぐらに狂奔してくる。 「とめてくれえ、……だれか、おさえてくれえ」 牛飼いであろう、わめきながら追ってくる

  • 小説 杉本 利男 錆びた十字架

    (1) 北品川の工場地帯に住宅街が割り込んでいる地域がある。山の手側は外国大公使館の厳めしい建物が、濁った青空を背に広がっている。線路一つの隔たりが、石垣の色や庭木の育ちまでも違わせている。 木造二階建ての古いアパートに土井一家が越して来たのは、花曇りの日であった。主人の芳雄は四十過ぎで、いかにも意志強固と見えて、いつも歯を食いしばっている。そのせいか <

  • 小説 杉本 利男 暮れ烏(がらす)

    (1) 辺りが白み始める頃、鈴木千代乃は裏の畑へ出て行った。千代乃の畑には茄子、隠元豆、ピーマンやトウモロコシなどが栽培されている。彼女の畑の隣には、ビニールの温室が工場のように広がっている。夏になった今は廃屋の惨めさを曝すように、ビニールがだらしなく垂れ下がり、骨組のビニールパイプをむき出しにしている。実を取られた茄子の枯れ茎などが林立している。 千代乃の畑では昔ながらのやり方で、野菜などが作られている。六十七、八歳になる彼女は、息子夫婦が手入れもせずに放置しておく五畝ほどの畑を、一人で切り回している。

  • 小説 杉本 利男 うぶげの小鳥

    きりさめかかるからまつの もえぎのめだちついばむか うぶげのことりねもほそく みしらぬはるをみてなけり —北原白秋— (1) 台東区の一角に寺の多い区域がある。近隣の人々は昔から、その辺りを寺町と呼んでいる。上野隆の育った浄福湯も寺町の中にあった。 浄福湯の斜め前に小料理屋「清川」がある。清川には上野隆とおない年の斎藤清子がいた。隆と清子は幼稚園の頃から、お互いの家に行ったり来たりし

  • 小説 菅 忠雄 銅鑼

    庭の芝生には陽が隈なく照つて、鳩がおりてゐる。秋の日射は日中(ひなか)は未だ暑い。 食堂では三時の喫茶が始まつた。子供の声と茶器の音――それは庭の端からでも聴える。廿歳(はたち)の長男を頭(かしら)に八人の子供は少し多過ぎる。此家の主人――吉田は時折さう思ふ。然し有難い事には、皆

  • 評論・研究 正岡 子規 萬葉集巻十六

    萬葉集は歌集の王なり。其歌の真摯に且つ高古なるは其特色にして、到底古今集以下の無趣味無趣向なる歌と比すべくもあらず。萬葉中の平凡なる歌といへども之を他の歌集に挿(さしはさ)めば自(おのづか)ら品格高くして光彩を発するを見る。しかも此集今に至りて千年、未だ曾(かつ)て一人の之</

  • 評論・研究 清原 康正 歴史小説の人生ノート(抄)

    目次 大佛次郎「赤穂浪士」……堀田隼人 黒岩重吾「天風の彩王」……藤原不比等 杉本苑子「弧愁の岸」……平田靱負正輔 吉村昭「大国屋光太夫」……大国屋光太夫 社会の壁に抗する虚無 大佛次郎『赤穂浪士』…堀

  • 小説 清水 紫琴 したゆく水

    第一回 本郷西片町(にしかたまち)の何番地とやらむ。同じやうなる生垣(いけがき)建続(たてつづ)きたる中に、別(わけ)ても眼立つ一構(</