検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 三原 誠 ぎしねらみ

    古賀の信行はどうなっただろう──。 三年ばかりまえ、郷里の小学校同級生から届いたクラス会の通知が機縁になって、私は、ときおり、同級生だった古賀の信行のことを思い出すようになりました。 古賀の信行。 しかし、彼のことを話すまえに、私は、郷里の言葉で『ぎしねらみ』と呼んでいた、小さな闘魚に触れておこうと思います。なぜなら、古賀の信行のことを思い出すと、彼の面影よりも先に、その『ぎしねらみ』という魚の姿が浮かんできますし、するとそのとき、私の頭は水を満たしたうすいガラスのびんになって、その中心に、緑色の小さなその魚を住まわせてしまうからで

  • 小説 三原 誠 たたかい

    兵隊サンのことをはなそうと思います。 兵隊サンのことは、戦争が終わって今までに、たくさんの人がたくさんの事を書いています。戦場のたたかいはもちろん、国内での二等兵、古参上等兵、下士官、将校などの、そんないろいろなヒ人間的な、ヒ民主的な出来事を読むと、ぼくは兵隊サンにならずによかった、本当によかったとおもうのです。 それでも戦争に負ける──ぼくの中学四年生──までは、兵隊サンが好きでしたし、わるい仕組があるなどとは気がつきませんでした。 小さい頃から、ずうっと兵隊さんになじんでいました

  • 小説 三原 誠 白い鯉

    「滝雅志って、憶えていますか? たしか、あなたがA高校にいらっしゃった頃の、生徒会長だったと思いますがね」 私が郷里のA高校に勤めていたのは、もうずいぶん以前のことである。が、同じ学校の教師仲間だった内村にそう言われると、滝の面影はすぐに思い出された。私は、A高校からこちらの大学に移る年、そこで生徒会の顧問をやっていたから、滝とは親しみを密にしたほうだ。 「滝ばかりじゃない。そのころ大学を出たての君の、燃えるような教育熱もよく憶えている」 私の揶揄に、内村はふんというように肩を動かした。が、次に、内村が静かな悲しみを目にみせて言っ

  • 随筆・エッセイ 三好 徹 わたしの森敦・井上靖と大岡昇平 ――想い出すこと二つ

    思い出すこと ─井上靖と大岡昇平─ 思い出は多い、が、それは何もわたしだけではないだろう。井上(靖)さんは、井上さんに接した人すべてにそれぞれの思い出を残した人だった。それも井上さんとその人だけのものを、である。だから、それは胸の中にしまっておいた方がいいのだが、あえて書きとめておきたいことがある。 あれは、さまざまな曲折があったあとに(国際ペン)東京大会のメインテーマが決定した数日後だった。わたしは大会の事務的なことで夜七時すぎにお宅へ伺った。一時間ほ

  • 小説 三好 徹 遠い聲

    死刑臺をおさめた建物は所内のはずれ、西の丘の底辺にあつた。一見したところでは、工場の倉庫のように感ぜられる建物の背後に常緑の松と杉の木立がそびえ、前方のひらけた部分には芝生の波がうねつていた。眺め続けていると、視線をそらすことにうしろめたさを覚えてくるような強い魔力、それは船乗りを誘惑する魔女の呼び掛ける聲に似、深い陥穽に落ち込む時の髪を逆立てる恐怖、それから生れる肉のしこりを見るものにもたらすのだつた。 このM刑務所へ迎えられる客たちのうち、ある少数のものは、玄関を背負う人間ではなくなつていた。人は外へ出る時必ず玄関を背にするものだが、彼らの背負うものは無限にひとし

  • 評論・研究 三枝 博音 日本の文学への眼

    一 考へてみると、日本人のもつ文学の世界の中にずゐぶんと西洋の文学が入つて来たものである。日本人の夢は北欧に飛び南欧に飛んだ。深い霧の夜の中に咽(むせ)ぶスラブ人たちの魂の彷徨にも会へば、中欧の森の中に聞えた清純の乙女たちの歌をも知つたのである。若しヨルダンの河のほとりに結ばれた愛と憧憬であつたら、もう何百年もの昔日本人の詩の世界に一つの綾をつくつたのである。アフリカの熱沙の上に燃えた幻想や南米の野に薫る友情までも

  • 小説 三宅 やす子 生活革新の機来る

    突然起つた今回の大震災は東京横浜及其近県に夥(おびたゞ)しい惨害を与へて、凡ての人の恐怖を極度ならしめた。 過去数十年に築いて来た文化の中心は、一朝にして灰燼と帰して、再び人力の及び難い域にまでも達したものがある。 此震災火災が、どれだけ大きな影響を我国文化の上に投げかけたかといふ事は殆ど私たちに想像も及ばないが、学問上の文献等の焼失したものは再び取り返しがつかないとしても、他の事業に於ては焼失したのは建物や物品に留つて、重要書類は安全で直ちに業務を開始

  • 随筆・エッセイ 三宅 花圃 藪の鶯 第一回

    男 「アハヽヽヽ。此(この)ツー、レデースは。パアトナア計(ばかり)お好(すき)で僕なんぞとをどっては。夜会に来たやうなお心持が遊ばさぬといふのだから。 甲女「うそ。うそ計(ばかり)。さ

  • 評論・研究 三谷 憲正 「城の崎にて」試論―〈事実〉と〈表現〉の果てに―

    一 前提 ―〈経験〉と〈言葉〉 日常の納得できる論理に従えば、物事は実際に〈経験〉しなくてはわからないし、また本当に〈経験〉した人の〈言葉〉だからこそ重さも厚みも感ぜられる。それに比べて〈言葉〉は何と軽佻なことか。思ってもいないお為ごかしの〈言葉〉が、心配そうに顔を曇らせながら、赤い舌をちらりと見せて素通りしていく。 生活者が肌で感じとり、信ずるに価するものとは、年季の入った"たたき上げ"であり、〈経験〉の裏打ちである。机の

  • 小説 三田 誠広 碧眼

    王子の眼は海のように青かった。神が生まれ変わったのだと人々は噂した。王には他に男子はなかった。王は宝玉のように王子をいとおしんだ。 南海の竜と呼ばれた偉大な王だった。王も兵たちも、騎馬が得意だった。海から攻め上って高原地帯を平らげた。そのあたりは群小国がひしめいて、争いが絶えなかった。王の出現で高原に平和がもたらされた。人々は王を称えた。 陽が照りつけていた。馬の毛が汗で濡れていた。王子の額からも汗が滴り落ちた。剣が鳴った。腕に心地好い手応えがあった。二度、三度と剣を打ち合わせて、手綱を引いた。馬が旋回し、相手の剣が空を切った。回

  • 三田 洋 回漕船ほか

    回漕船 海に船をうかべてはこぶ 柩をまんなかにして 父とわたしはすわりこむ 海はすこしあれて ときどきしぶきがかかる こんなとき むこうからやってくる船もある しぶきは素足にもかかる せなかにもかかる しぶきは柩にもかかる すると おおさむい

  • 三島 佑一 地球タイタニック

    目 次 1 地球タイタニック浸水 二○○○年 負けてよろしましたなあ 毎月二のつく日は ネクタイしめた駄々っ子 目には目を 2 地球タイタニック傾斜 二○二○年 Xデー 人間アホかカシコか除夜の鐘 3 地球タイタニック沈没 二○X○年 </

  • 小説 三島 由紀夫 女方

    一 増山は佐野川万菊の藝に傾倒してゐる。國文科の學生が作者部屋の人になつたのも、元はといへば万菊の舞臺に魅せられたからである。 高等學校の時分から増山は歌舞伎の虜(とりこ)になつた。當時佐野川屋は若女方で、「鏡獅子」の胡蝶の精や、せいぜい「源太勘當」の腰元千鳥のやうな役で出てゐた。そのころはひたすら大人しい、端正な藝であつて、誰も今日の大をなすとは思つてゐなかつた。 しかし當時から、増山はこの冷艶な人が、舞臺

  • 評論・研究 三木 清 哲学ノート(抄)

    序 これは一冊の選集である。即ち「危機意識の哲学的解明」という最も古いものから、「指導者論」という極めて最近のものに至るまで、私の年来発表した哲学的短論文の中から一定の聯関において選ばれたものであって、その期間は『歴史哲学』以後『構想力の論理』第一を経て今日に及んでいるが、必ずしも発表の順序に従ってはいない。程なく『構想力の論理』第二を世に送ろうとするに先立って、私は書肆の求めによってこの一冊の選集を作ることにした。ここに収められた諸論文は如何にして、また何故に、私が構想力の論理というものに考え至らねばならなかったかの経路を直接或いは間接に示し

  • 小説 三遊亭 圓朝 牡丹燈籠

    怪談牡丹燈籠第壱編 三遊亭圓朝演述 若林カン藏筆記 第壱回 兇漢泥酔挑争闘 けうかんでいすゐしてそうたうをいどむ 壮士憤怒醸禍本 そうしふんどしてくわほんをかもす 寛保(くわんぽう)三年の四月十一日、まだ東京(と

  • 山岸 哲夫 二都物語

    BARAN テヘランの街は砂漠の中にあった 雨は神様が仕掛けた如雨露みたいにレンガの家を疎らな樹木を 人のこころにもシャワーをかけて去った細くありがたく乾いた街角まちかどを 改装ビルの工事現場で伯父さんの手伝いをしつつ青年は秘かに 賃金を空き缶に貯めていた 薬師丸ひろ子にあい似たし少女が男の子に変装しておじいさんと仕事にありついてきた セメント作りの作業は力仕事であった ある日それとな

  • 山岸 哲夫 一丁目あたり

    目 次 一丁目あたり王宮参る炎帝鐘路三街白金のcampus馬喰帰郷 <p

  • 短歌 山口 孤剣 戦争を呪ふ

    天の星、野べの百合にも平和(やすらぎ)の、色は満てるを、醜(しこ)の戦(いくさ)よ。 血の酒杯(さかづき)、舌つゞみ打つ醜人(</

  • 随筆・エッセイ 山口 瞳 卑怯者の弁

    一 「国家には色々な側面があり、従って、色々な解釈が可能である。しかし、国家というものをギリギリの本質まで煮つめれば、どうしても軍事力ということになる。ところが、その軍事力の保持が、日本の徹底的弱体化を目指して、アメリカが日本に課した『日本国憲法』第九条によって禁じられて来たのである。日本は『国家』であってはならなかった」 と、清水幾太郎先生は「節操と無節操」という論文(『諸君』昭和五十五年十月号)のなかで書いておられる。これ

  • 小説 山村 正夫 断頭台

    1 熊倉左京太(くまくらさきょうた)は、劇団仮面座の若手俳優である。一風変わった古めかしい名前なので、いかにも名優のように聞えるが、その実まったく無名の三文役者にすぎなかった。劇団内でもこのうえもなく冷遇(れいぐう)されていて、いままで本公演、試演会を通じて通行人以上の役らしい役のついたことはなかった。 『仮面座』は数多い新劇団のなか