検索結果 全1004作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 小中 陽太郎 A View From Westerplatte

    Writer, Professor of Seisa University. Born in Kobe in1934. Spent his childhood in Shanghai, where he witnessed the outbreakof the Pacific War, an experience which was to shape the future ...

  • 随筆・エッセイ 小張 アキコ パリ 映画とバレエに魅せられて

    ○ あこがれのオペラ座 バレエの殿堂オペラ座 オペラ座はパリの観光名所、パリには今もオペラ座が3つある。その中でパリのオペラ座の代名詞となっているのは、地下鉄オペラ駅を出るとそびえ立っている19世紀の末に完成したオペラ・ガルニエだ。あのミュージカルにもなった“オペラ座の怪人”が住んでいたとされる劇場だけに、どこかずっしりとして厳格な感じがする。石造りの重みときらびやかで豪華な金の装飾の建物は、20世紀のパリの中心にありながら、訪れる人を19世紀にタイムスリップさせてくれる。1860年の着工から完成まで15年がかかったというオペラ座。その間に

  • 評論・研究 小田 為綱 憲法草稿評林

    〇ハ余(小田為綱}ガ所見ヲ以テ修正ヲ覓(もと)ム。 △ハ本書評論ニ余(小田}ガ所見ヲ以テ可否ヲ弁論ス。 評◎ハ本評意見ヲ以テ増加セシ法案ノ可否ヲ評論ス。 国 憲 第一編 第一章 皇 帝 第一条

  • 随筆・エッセイ 小田 実 ぜひ言いたい二つ

    「玉砕」が今意味すること 私の小説「玉砕」(新潮社・一九九八)を、イギリスの「BBC・ワールド・サービス」がラジオ・ドラマにして(二〇〇五)八月六日に放送する。ドナルド・キーン氏の英訳(The Breaking Jewel)(Columbia Univ. Press.2003)を土台にしてのことだが、先日、どう使うかはこれから決めるらしいが、ラジオ・ドラマの主任プロデューサーが「出向」中のニュージーランドから重い録音機を持ってひとり

  • 小説 小田 実 玉砕(ぎょくさい)

    龍ならばや雲にも乗らむ —方丈記— 一 「分隊長。」 金(こん)が突然声をかけて来た。 陣地築城の作業の途中、中村が分隊全員をそれまで作業をして来た洞窟の外へ出して小休止させていたときだ。そう声をかけて来て、洞窟の入口の泥で一面に濡れて光る地面にどっかり腰を落ちつけるようにして坐った分隊付下士官は、横の泥だらけの石に腰をおろした中村軍曹をゆっくり見上げた。 <p

  • 小田 実 南京虐殺

    ――小田実に―― ジェローム・ローシェンバーグ 作 小田実 訳 THE NANKING MASSACRE for Oda Makoto by Jerome Rothenberg 獲物を求めて徘徊する軍隊 現実は切れ目なく いくさのさまをむき出しにする 殺人 はるか彼方の花ではない 刀は振り下される 千度 千 筋肉は筋肉にぶち当てられ 肉体は肉体の上に さらには

  • 随筆・エッセイ 小田 実 反戦ドラマ『GYOKUSAI』のメッセージ

    今年五月の本欄(「西雷東騒」)で、私は私の小説「玉砕」(新潮社・一九九八)を原作として、直接的にはそのドナルド・キーン氏の英訳(Donald Keene "The Breaking Jewel" Columbia Univ. Press. 2003)を土台に使ってのラジオ・ドラマをイギリスのBBC・ワールド・サービスが八月六日の「ヒロシマの日」(とBBCはその日のことを名づけている)に全世界むけに放送すると書いた。実際、ドラマは「GYOKUSAI」と題してその日に放送された。「ワールド・サービス」は短波放送なので、「全世界向け」というのは誇張ではない。全世界で聞いているのは千四百万

  • 随筆・エッセイ 小田 実 友人への手紙

    同封してお送りするのは、この3月、私が jury(=審判員)のひとりとして参加した「恒久民族民衆法廷」(Permanent Peoples' Tribunal──「PPT」)のフィリピンの怖るべき事態にかかわっての「判決文」のコピーです。現在のフィリピンの事態について、日本では、また世界では、あまりにも知られていないので、お送りします。 「PPT」は、日本ではまったくと言っていいほど知られていませんが、ヨーロッパ、「第三世界」ではよく知られた民衆の国際的組織ですが、私は、イタリアの思想家、レリオ・バッソによって設立され、現在ローマに本拠をおいて活動をつづけているこの組

  • 小説 小田 実 八 百二十八頁の新聞 (承前)

    父が、ワシントンのその大きな集会とデモ行進に参加したことを、久美子は、彼自身の口から聞いて知っていた。父が亡くなる二、三年まえのことだ。久美子が学校で教える教材にワシントンのことが出て来て、自分はワシントンには行ったことがないが、教えるにはそこに行った、そこを見たという実感がないとやはり駄目、という話を父としていたときに、ことのついでのようにして、お父さんは行かれたことがありますか、と訊ねた。訊ねてから、もちろん行かれているでしょうけど、と奇妙に慌ててつけ加えた。「もちろん行かれているよ」と、久美子の言い方をそのまま引き取って父は笑いながら答えた。「ただし、一度きりだがね。あんな、役人

  • 小説 小田 淳 岩魚

    一 清沢の光景を早瀬村の信助に知らせたのは、猟師の佐次郎である。 佐次郎は、早瀬村に隣接する湯元温泉町役場の農林水産課に勤務している頃から、早瀬村の西北に聳える塔ヶ峯山腹一帯を猟場にしていた。数年前、定年退職してからは、年金生活者の気楽さもあって、本格的に狩猟をはじめ、仲間と組んで塔ヶ峯に連なる聖岳へかけて、猪狩りに出かけるほどであった。 佐次郎の説明によると、村の北面を流れる早瀬川上流の清沢流域は

  • 小説 小島 勗 地平に現れるもの

    時計は掌の中に白く光つてゐた。十一時五十八分。作業は終りに近づいてゐた。小牧はいまでもその時の感情を忘れることが出來ない。 突然、獄舎が、獄舎の裏手の仕事場が、建物全体が、うおつ、うおーう、といふ物凄い叫声をあげた。茶畑にゐた囚徒達が一斉に仕事を抛(はふ)り投げて、彼の方を向いて立つてゐる。小牧はその囚徒達の、無数の、そして無限に拡がつた眼孔の前に、測り知られない深淵の前に、直面して立つた。極く短い、ほんの一瞬の間であつた。が、小牧の心臓は、その威嚇の深淵に対する限りない

  • 評論・研究 小林 一郎 吉岡実の長篇詩

    一 支那から中央アジアへ こと吉岡実の詩に関するかぎり一五行の詩だからわかりやすくて、百数十行の詩だから難解だということは、まったくない。ただ、読めば理解できる長い詩が一篇ある。それは〈波よ永遠に止れ〉(《ユリイカ》一九六〇年六月号)という吉岡最長の二五七行の作品で、私の〈吉岡実年譜〉の一九六〇年には「NHKラジオの放送詩集〈波よ永遠に止れ〉(雑誌掲載稿から八○行を削徐して〔五月〕一一日に放送)の本番録音に立ちあう」(平出隆監修《現代詩読本——特装版 吉岡実》、思潮社、1991、二九四ページ)とある。この詩は

  • 小説 小林 多喜二 一九二八年三月十五日

    一 お恵には、それはそう仲々慣れきることの出来ない事だった。何度も——何度やってきても、お恵は初めてのように驚かされたし、ビクビクしたし、周章(あわ)てた。そして、又その度(たび)に夫の竜吉に云われもした。然し女には、それはどうしても強過ぎる打撃だった。 ――組合の人達が集って、議題

  • 小説 小林 多喜二 級長の願い

    先生。 私は今日から休ませてもらいます。みんながイジめるし、馬鹿にするし、じゅ業料もおさめられないし、それに前から出すことにしてあった戦争のお金も出せないからです。先生も知っているように、私は誰よりもウンと勉強して偉くなりたいと思っていましたが、吉本さんや平賀さんまで、戦争のお金も出さないようなものはモウ友だちにはしてやらないと云うんです。――吉本さんや平賀さんまで遊んでくれなかったら、学校はじごくみたいなものです。 先生。私はどんなに戦争のお金を出

  • 小林 尹夫 方舟の光景(抄)

    目次 虫 あらいぐま たまご ある母と子 笑い 便り 読経 <div class="poetry"

  • 評論・研究 庄司 肇 純文学と文芸誌

    坂本忠雄 様 「文芸誌とは何か、何だったのか」のコピーをいただき、拝見しました。その感想を手紙のお返事として書くよりも、評論風に別仕立てにしたほうが、自分の言いたいことがはっきりすると思われましたので、次のようなものを書いてみました。ご笑覧下さい。 『文芸誌とは何か、何だったのか』を一気に読了する。聞き手の斎藤美奈子さんの質問の仕方が悪い、というほどではないのかも知れないが、腰が座っていないような感じがする

  • 評論・研究 昭和天皇 敗戦翌年元旦の詔書<1946年>

    一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸(けいりん)ヲ行フベシ 一、官武一途庶民ニ至ルマデ各(おのおの)其(その)志ヲ遂ゲ人心ヲシテ倦(う)</ru

  • 評論・研究 昭和天皇 明治天皇と昭和天皇

    一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸(けいりん)ヲ行フベシ 一、官武一途庶民ニ至ルマデ各(おのおの)

  • 随筆・エッセイ 松 たか子 松のひとりごと

    目次鏡越しの顔勝利の人街と人と劇場マスクの心心のやりとり苦行と歓び『嵐が丘』の幕開け写ったものに映るもの</l

  • 評論・研究 松浦 喜一 日本国憲法を護る ――生き残った特攻隊員、八十一歳の遺書

    主権在民の平和憲法 今や戦後六十年、日本は戦前とは全く違った姿になってしまい、戦前のことを想像できない人が多くなりました。戦争前から生き、戦争を体験した者にとっては、戦争は遥か六十年前の歴史の一コマとも思えるし、身近な昨日の出来事とも思えるのです。 飛行服姿の私は飛行場の愛機の側で、これから搭乗する映画の一コマが眼に映るような気がいたします。共に話をしていた友はいない。これが現実の私なのです。 <