検索結果 全1008作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 小泉 八雲 文学と世論 ─『人生と文学』より─

    文学と政治との間に考えられる関係を例證するような短い講義をしたいと私はずつと考えていた──すなわち、どんな問題であろうと、これほど相反する問題はなさそうにみえるが、しかも密接な関係をもつている問題なのである。諸君も御承知の通り、諸君のなかから日本の将来の文学の、新しい時代の文学の、創造者のなかに加わるものがでてきてほしいという期待を、私は度々述べてきた。このことに関連して日本文学の創造は(文学とは特に小説と詩とをさすのであるが)、私が考えるところでは、政治上からみても必要なことだと言いたい。「政治上からみて必要なこと」というのが諸君には強すぎる言葉と思えるなら、国民として必要なもの、と

  • 小説 小沢 美智恵 祖母(あじ)さん

    1 日本というのは小さな国だ、とずっと思ってきた。 わたしの机の上には古い大きな地球儀があって、校正刷りを点検する仕事に疲れると、わたしはよくそれをくるくる回す。行ったことのない国ばかり……。しばらくでこぼこした表面を眺めてから、かすかなため息をつき、最後にはたいてい母国である日本の細長い国土を眺める。どうしてなのかはわからない。わからないけれども、きっとそうして自分の存在場所を確かめているのだろう。確認が済むと、わたしはいつも、ふむと一声呟いて仕事に戻る。「ふむ」にはその時々でいろいろな意味合いがあったけれども、「小さ

  • 随筆・エッセイ 小谷 瑞穂子 世界の中の日本

    1.日本の歴史と国際政治――日本を知って留学する大切さ、その意義 はじめに、私の個人的な留学体験からお話しいたします。 1953年の9月、第二次世界大戦後の戦禍の日本から、第一回フルブライト留学生として、アメリカのニューヨーク州にあるコーネル大学院に留学した私は、新学期の留学生歓迎パーティーの席上で、韓国の女子留学生からいきなり“日本人と同じテーブルで食事をしたくない。席を替えて欲しい”と満座の中で叫ばれたショッキングな経験があります。聞けば彼女の両親は、第二次世界大戦中に

  • 小説 小中 陽太郎 ラメール 母

    あてなき疾走(抄) 遊び歩くうちには衝突も多かった。 「11PM」の「銀座の文士と女」という番組だった。スタジオに入って行くなり、先に来ていた生島治郎の顔色が変わった。 「俺はこんな奴と同席するなら帰る」と言った。 そして、ほんとうにスタジオを出て行ってしまった。きょとんとしている陽太郎に、野坂昭如が「俺がいつか誤解を晴らす」と言った。 これには、当時生島がつきあっていた女性が絡んでいた。その女赤木は三度変貌した。はじめは小学校の自治会で陽太郎の

  • 小説 小中 陽太郎 A View From Westerplatte

    Writer, Professor of Seisa University. Born in Kobe in1934. Spent his childhood in Shanghai, where he witnessed the outbreakof the Pacific War, an experience which was to shape the future ...

  • 随筆・エッセイ 小張 アキコ パリ 映画とバレエに魅せられて

    ○ あこがれのオペラ座 バレエの殿堂オペラ座 オペラ座はパリの観光名所、パリには今もオペラ座が3つある。その中でパリのオペラ座の代名詞となっているのは、地下鉄オペラ駅を出るとそびえ立っている19世紀の末に完成したオペラ・ガルニエだ。あのミュージカルにもなった“オペラ座の怪人”が住んでいたとされる劇場だけに、どこかずっしりとして厳格な感じがする。石造りの重みときらびやかで豪華な金の装飾の建物は、20世紀のパリの中心にありながら、訪れる人を19世紀にタイムスリップさせてくれる。1860年の着工から完成まで15年がかかったというオペラ座。その間に

  • 評論・研究 小田 為綱 憲法草稿評林

    〇ハ余(小田為綱}ガ所見ヲ以テ修正ヲ覓(もと)ム。 △ハ本書評論ニ余(小田}ガ所見ヲ以テ可否ヲ弁論ス。 評◎ハ本評意見ヲ以テ増加セシ法案ノ可否ヲ評論ス。 国 憲 第一編 第一章 皇 帝 第一条

  • 随筆・エッセイ 小田 実 ぜひ言いたい二つ

    「玉砕」が今意味すること 私の小説「玉砕」(新潮社・一九九八)を、イギリスの「BBC・ワールド・サービス」がラジオ・ドラマにして(二〇〇五)八月六日に放送する。ドナルド・キーン氏の英訳(The Breaking Jewel)(Columbia Univ. Press.2003)を土台にしてのことだが、先日、どう使うかはこれから決めるらしいが、ラジオ・ドラマの主任プロデューサーが「出向」中のニュージーランドから重い録音機を持ってひとり

  • 小説 小田 実 玉砕(ぎょくさい)

    龍ならばや雲にも乗らむ —方丈記— 一 「分隊長。」 金(こん)が突然声をかけて来た。 陣地築城の作業の途中、中村が分隊全員をそれまで作業をして来た洞窟の外へ出して小休止させていたときだ。そう声をかけて来て、洞窟の入口の泥で一面に濡れて光る地面にどっかり腰を落ちつけるようにして坐った分隊付下士官は、横の泥だらけの石に腰をおろした中村軍曹をゆっくり見上げた。 <p

  • 小田 実 南京虐殺

    ――小田実に―― ジェローム・ローシェンバーグ 作 小田実 訳 THE NANKING MASSACRE for Oda Makoto by Jerome Rothenberg 獲物を求めて徘徊する軍隊 現実は切れ目なく いくさのさまをむき出しにする 殺人 はるか彼方の花ではない 刀は振り下される 千度 千 筋肉は筋肉にぶち当てられ 肉体は肉体の上に さらには

  • 随筆・エッセイ 小田 実 反戦ドラマ『GYOKUSAI』のメッセージ

    今年五月の本欄(「西雷東騒」)で、私は私の小説「玉砕」(新潮社・一九九八)を原作として、直接的にはそのドナルド・キーン氏の英訳(Donald Keene "The Breaking Jewel" Columbia Univ. Press. 2003)を土台に使ってのラジオ・ドラマをイギリスのBBC・ワールド・サービスが八月六日の「ヒロシマの日」(とBBCはその日のことを名づけている)に全世界むけに放送すると書いた。実際、ドラマは「GYOKUSAI」と題してその日に放送された。「ワールド・サービス」は短波放送なので、「全世界向け」というのは誇張ではない。全世界で聞いているのは千四百万

  • 随筆・エッセイ 小田 実 友人への手紙

    同封してお送りするのは、この3月、私が jury(=審判員)のひとりとして参加した「恒久民族民衆法廷」(Permanent Peoples' Tribunal──「PPT」)のフィリピンの怖るべき事態にかかわっての「判決文」のコピーです。現在のフィリピンの事態について、日本では、また世界では、あまりにも知られていないので、お送りします。 「PPT」は、日本ではまったくと言っていいほど知られていませんが、ヨーロッパ、「第三世界」ではよく知られた民衆の国際的組織ですが、私は、イタリアの思想家、レリオ・バッソによって設立され、現在ローマに本拠をおいて活動をつづけているこの組

  • 小説 小田 実 八 百二十八頁の新聞 (承前)

    父が、ワシントンのその大きな集会とデモ行進に参加したことを、久美子は、彼自身の口から聞いて知っていた。父が亡くなる二、三年まえのことだ。久美子が学校で教える教材にワシントンのことが出て来て、自分はワシントンには行ったことがないが、教えるにはそこに行った、そこを見たという実感がないとやはり駄目、という話を父としていたときに、ことのついでのようにして、お父さんは行かれたことがありますか、と訊ねた。訊ねてから、もちろん行かれているでしょうけど、と奇妙に慌ててつけ加えた。「もちろん行かれているよ」と、久美子の言い方をそのまま引き取って父は笑いながら答えた。「ただし、一度きりだがね。あんな、役人

  • 小説 小田 淳 岩魚

    一 清沢の光景を早瀬村の信助に知らせたのは、猟師の佐次郎である。 佐次郎は、早瀬村に隣接する湯元温泉町役場の農林水産課に勤務している頃から、早瀬村の西北に聳える塔ヶ峯山腹一帯を猟場にしていた。数年前、定年退職してからは、年金生活者の気楽さもあって、本格的に狩猟をはじめ、仲間と組んで塔ヶ峯に連なる聖岳へかけて、猪狩りに出かけるほどであった。 佐次郎の説明によると、村の北面を流れる早瀬川上流の清沢流域は

  • 小説 小島 勗 地平に現れるもの

    時計は掌の中に白く光つてゐた。十一時五十八分。作業は終りに近づいてゐた。小牧はいまでもその時の感情を忘れることが出來ない。 突然、獄舎が、獄舎の裏手の仕事場が、建物全体が、うおつ、うおーう、といふ物凄い叫声をあげた。茶畑にゐた囚徒達が一斉に仕事を抛(はふ)り投げて、彼の方を向いて立つてゐる。小牧はその囚徒達の、無数の、そして無限に拡がつた眼孔の前に、測り知られない深淵の前に、直面して立つた。極く短い、ほんの一瞬の間であつた。が、小牧の心臓は、その威嚇の深淵に対する限りない

  • 評論・研究 小林 一郎 吉岡実の長篇詩

    一 支那から中央アジアへ こと吉岡実の詩に関するかぎり一五行の詩だからわかりやすくて、百数十行の詩だから難解だということは、まったくない。ただ、読めば理解できる長い詩が一篇ある。それは〈波よ永遠に止れ〉(《ユリイカ》一九六〇年六月号)という吉岡最長の二五七行の作品で、私の〈吉岡実年譜〉の一九六〇年には「NHKラジオの放送詩集〈波よ永遠に止れ〉(雑誌掲載稿から八○行を削徐して〔五月〕一一日に放送)の本番録音に立ちあう」(平出隆監修《現代詩読本——特装版 吉岡実》、思潮社、1991、二九四ページ)とある。この詩は

  • 小説 小林 多喜二 一九二八年三月十五日

    一 お恵には、それはそう仲々慣れきることの出来ない事だった。何度も——何度やってきても、お恵は初めてのように驚かされたし、ビクビクしたし、周章(あわ)てた。そして、又その度(たび)に夫の竜吉に云われもした。然し女には、それはどうしても強過ぎる打撃だった。 ――組合の人達が集って、議題

  • 小説 小林 多喜二 級長の願い

    先生。 私は今日から休ませてもらいます。みんながイジめるし、馬鹿にするし、じゅ業料もおさめられないし、それに前から出すことにしてあった戦争のお金も出せないからです。先生も知っているように、私は誰よりもウンと勉強して偉くなりたいと思っていましたが、吉本さんや平賀さんまで、戦争のお金も出さないようなものはモウ友だちにはしてやらないと云うんです。――吉本さんや平賀さんまで遊んでくれなかったら、学校はじごくみたいなものです。 先生。私はどんなに戦争のお金を出

  • 小林 尹夫 方舟の光景(抄)

    目次 虫 あらいぐま たまご ある母と子 笑い 便り 読経 <div class="poetry"

  • 評論・研究 庄司 肇 純文学と文芸誌

    坂本忠雄 様 「文芸誌とは何か、何だったのか」のコピーをいただき、拝見しました。その感想を手紙のお返事として書くよりも、評論風に別仕立てにしたほうが、自分の言いたいことがはっきりすると思われましたので、次のようなものを書いてみました。ご笑覧下さい。 『文芸誌とは何か、何だったのか』を一気に読了する。聞き手の斎藤美奈子さんの質問の仕方が悪い、というほどではないのかも知れないが、腰が座っていないような感じがする