検索結果 全1029作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 小説 十一谷 義三郎 静物

    一 家を持つて間のない道助夫妻が何かしら退屈を感じ出して、小犬でも飼つて見たらなどと考へてる頃だつた、遠野がお祝ひにと云つて、嘴(くちばし)の紅い小鳥を使ひの者に持たせて寄来(よこ)してくれた。道助はその籠を縁先に吊しながら、此の友人のことをまだ一度も妻に話してなかつたのを思ひ出した。 「古くからの親友なんだ、好い人だよ。」と彼は妻に云

  • 評論・研究 十返 肇 文壇と批評

    「文壇」崩壊論 一 文壇というものは無くなつた――それが今年(昭和三十一年=1956)の「文壇」回顧として私に最も痛切に感じられた印象である。伊藤整のいわゆる逃亡奴隷と仮面紳士によつて構成された文壇なる特殊部落は、完全にジャーナリズムの中に崩壊したといえよう。伊藤氏の「小説の方法」は、いまから僅か八年以前に書かれた名著であるが、つぎのような一節は、もはや現代の「文壇」

  • 小説 十和田 操 判任官の子

    一 父は八の字ひげを生(は)やしてゐるくせに腰弁だから、子供のくせして洋服が着たくても仲々買つてもらへない。 「中学へ行くやうになつたら買つて下さる」 母は言つてなだめてくれるが、中学生が洋服着るのは当り前のことだし、それまでには未だ随分年間がある。第一中学生の着る洋服はあれは羅紗(らしや)でない、あんなだぶだぶの

  • 小説 出久根 達郎 佃島ふたり書房(抄)

    第二章 藤の花薫る (より抄出) 正午をすぎて、猛烈に暑くなってきた。 駿河台(するがだい)下で都電を降りると、金属質を思わせる日ざしである。停留所の安全地帯に、柏餅の葉が五、六枚ちらかっている。干からびきって、踏みつけると、セルロイドの音を鳴らした。 三省堂書店の向うの屋根に、鯉のぼりが古着のように垂れて

  • 俳句 出口 孤城 稽古

    あらそひの縺(もつ)れすぐ解け初雀 「新年」 古墳の森越えて初鶏応へあふ 沈没船ここと揚ぐる灯(ひ)去年今年(こぞことし) 岬山を富士に似せゐる初霞 潮

  • 俳句 出口 孤城 矍鑠(かくしやく)

    苗床の残りの松に初日ざし 新年 若潮を汲むに一火を焚く礁(いはほ) 初東風(はつこち)や尻逆立てて鴨餌ばむ 年祝(ほ</

  • 小説 小笠原 幹夫 鬼灯(ほおずき)の女

    江戸川公園に近い、牛込と小石川の境にある電車道、もとの15番の関口町の電停前を小石川側に渡り、すぐ眼の前のトロフィーやカップを商う徽章屋とパン屋の間の横丁をはいり、一町ばかり行くと、江戸川の流れに架かる大滝橋の袂に突きあたる。その橋へ出る手前、横丁にはいってすぐを左へまがると露地があり、そこに輝夫のアパートがある。 木造モルタルの総二階、別にアパートの看板が出ているわけではないので、外から見たところ、しもた屋とまったく変わりがない。というより、しもた屋の内部をアパートに改造したというのが真相らしい。むろん玄関も塀もなく、露地の側にむきだしに格子がある。 <p

  • 評論・研究 小久保 晴行 地方行政の達人(抄)

    序章 やれば出来ると思っていても…… 江戸川区ただひとりの名誉区民、そして「建区の父」 この日も、朝からみぞれ混じりの泣き出しそうな空であった。 平成十三(二○○一)年一月二十六日午後、東京都江戸川区春江町三丁目、東京都立瑞江(みずえ)葬儀所の収納室には、八○名余りの人々が、それぞれの想いをこめて集まっていた。 前夜の通夜は、折からの雪に見舞われて

  • 短歌 小久保 晴行 パリ日乗

    ユーロスターよりパリ北駅の降り立ちに想いの巡り胸迫り来る ひさびさの駅前広場パリ嬉し笑顔のひとはサ・ヴァと出迎う セーヌ河渡りて鳥の一羽舞い二羽の立ち舞い群れ移り行く 地下鉄の熟れたる匂い親しかる暗きホームに酔いどれひとり 道端のカフェで飲むカルヴァドス渋き香りも久しぶりなり 学窓の思い出深し下町のカルチェラタンの匂いもあらた ランボーに悩みひねもす格闘せしパリ大学の階段教室

  • 評論・研究 小宮 豊隆 中村吉右衛門論

    一 文壇で会つて見たいと思ふ人は一人も居らぬ。役者の中では会つて見たいと思ふ人がたつた一人ある。会つて見たら色々の事情から多くの場合失望に終はるかも知れぬ。夫(それ)にも拘らず藝の力を通して人を牽き付けて止まぬ者は此の唯一人である。此唯一人とは云ふ迄もない、中村吉右衛門である。 文壇で鼓吹<

  • 小説 小金井 喜美子 名誉夫人 ヒンデルマン原作

    男女のいひなづけして、未だ婚礼せざるものさしむかひにてあるとき、これに立会ふを名誉夫人とはいふなり。又この篇に絵画の事をいへるうちに、古流新派とあるは、世に所謂印象派の方面より、今までありし流派をすべて古流といひ、おのれが一種の自然を観る法をそなへ、一種の色彩を施す式をおこなふを、新派といへるなり。我国にては、今黒田久米のぬし達、ここに云ふ新派に属し玉へり。これ等の事あらかじめことわりおかでは、この「スケツチ」の味解しがたかるべし。(明治二十八年しも月の末つかた) 君たち二人こゝにあそび給はんほど、しばしかの岡にのぼりて、今の景色をうつさばや、光線の工

  • 小熊 秀雄 蹄鉄屋の歌

    泣くな、 驚ろくな、 わが馬よ。 私は蹄鉄屋。 私はお前の蹄(ひづめ)から 生々しい煙をたてる、 私の仕事は残酷だろうか。 若い馬よ、 少年よ、 私はお前の爪に 真赤にやけた鉄の靴をはかせよう。 そしてわたしは働き歌をうたいながら、 ──辛棒しておくれ、 すぐその鉄は冷えて

  • 小熊 秀雄 馬上の詩

    わが大泥棒のために 投縄を投げよ わが意志は静かに立つ その意志を捕へてみよ。 その意志はそこに そこではなく此処に いや其処ではなくあすこに おゝ検事よ、捕吏よ、 戸まどひせよ。 八つ股の袖ガラミ捕物道具を、 そのトゲだらけのものを わが肉体にうちこめ 私は肉を裂いてもまんまと逃げ去るだらう。 仔馬、たてがみもまだ生えた許

  • 小熊 秀雄 丸の内・銀座ほか

    《目次》 東京駅 丸の内 地下鉄 銀 座 東京駅 東京駅は ウハバミの 燃える舌で 市民の 生活を呑吐する 玄関口、

  • 随筆・エッセイ 小山内 薫 千駄木の先生

    鴎外先生は青年を愛した。 先生の愛は狭かつたかも知れない。併し、深かつた。くだいて言へば、「贔屓強い」人だつた。一度贔屓をした以上は、どこまでも、それを持ち続けるといふ風があつた。亡くなつた先生の令弟三木竹二氏も、やはりさういふ人だつた。 先生には、鋭い直覚があつた。人の風貌を一度見るか、人の作物を一遍読むかすると、直ぐその人の歩いてゐる道がはつきり分かつた。 亡くなつた医学士大久保栄も先生に愛せられた青年の一人である。貧しい俳人大塚甲山もその一人であった。吉井勇が「浅草観音堂」を書いた時なども、大変喜ばれた。上田敏や永井荷風に対し

  • 戯曲 小山内 薫 息子

    人 物 火の番の老爺 七十歳 金 次 郎 二十七歳 無頼漢 「手先」と呼ばるる捕吏 三十歳位 時 代 徳川末期 場 所 江戸の入口 舞台にはっきり見えるものは、唯粗末な火の番小屋だけである。雪がさかんに降っているので、右も左も奥も前も、ただ一面に白いだけである。火の番小屋には明かりがついている。障子が一枚明けてあって、襟巻頭

  • シナリオ 小山内 美江子 3年B組 金八先生

    登場人物 坂本 金八 (国語教諭) 乙女 (大学四年生) 幸作 (浪人) 千田 校長 国井美代子 (教頭) 乾 友彦 (数学) 北 尚明 (社会) 遠藤 達也 (理科) 小田切 誠 (英語) 小林 花子 (渡辺・家庭科) 本田 知美 (養護) ...

  • 随筆・エッセイ 小出 楢重 洋画家の漫談雑談

    裸婦漫談 日本の女はとても形が悪い、何んといつても裸体は西洋人でないと駄目だとは一般の人のよく言ふ事だ、そして日本の油絵に現れた女の形を見て不体裁だといつて笑ひたがるのだ。それでは、笑ふ本人は西洋人の女に恋をしたのかといふとさうでもない、やはり顔の大きな日本婦人と共に散歩してゐるのである。 理想的といふ言葉がある、昔(むか)しは女の顔でも形でもを如何</rb

  • 評論・研究 小松 茂美 手紙

    手紙の名称 『唐書(とうじょ)』という本に見える話である。ある日、穆宗(ぼくそう)皇帝が柳公権(りゅうこうけん)(七七八~八六五)を呼んで、書法についてたずねた。かれは、静かに答えた。「心正則筆正」。心の正しいものは、筆法もおのずから正しいもの、と。なにしろ、柳公権といえば

  • 俳句 小川 芋銭 春の句など

    ▲枯川先生今日獄を出づると聞き あら清し麦秋の天に練雲雀時鳥(ほととぎす)四谷の空の月七日注:枯川は堺利彦の号。堺は「萬朝報」で日露戦争反対の論陣を張っていたが、社主が開戦論に転じたために「萬朝報」を離れ、幸徳秋水らと「平民新聞」を創刊した。芋銭は挿絵画家として「平民新聞」に参加した。(電子文藝館編輯室)</div