検索結果 全1004作品 公開年逆順 公開年順 作家名逆順 作家名順 作品名逆順 作品名順

  • 評論・研究 猪瀬 直樹 元号に賭ける

    森鷗外が宮内省帝室博物館総長兼図書頭(ずしょのかみ)に任ぜられたのは、奇しくも大正天皇崩御の日のちょうど九年前、大正六年十二月二十五日だった。前年の五年四月十三日、陸軍軍医総監・陸軍省医務局長を辞して以来、一年八カ月振りの官職復帰である。 鷗外が親友の賀古鶴所(かこつるど)とともに山県有朋(やまがたありとも<r

  • 小説 長谷 健 あさくさの子供

    星子の章 1 江礼(えらい)の手記……その一 いつもなにか告口のたねはないものかと、かぎ廻ってでもいるような零子(れいこ)だが、今朝はそうしたいやみもなく、真剣な面持(おももち)

  • 随筆・エッセイ 長谷川 時雨 旧聞日本橋(抄)

    自 序 ここにまとめた『日本橋』は、『女人藝術』に載せた分だけで、その書きはじめには、こんなことが記してあります。 ──事実談がはやるからの思いつきでもない。といって半自叙伝というものだとも思っていない。あまりに日本橋といえばいなせに、有福(ゆうふく)に、立派な伝統を語られている。が、ものには裏がある。私の知る日本橋区内住居者は──いわゆる江戸ッ児は、美化されて伝わったそんな小意気<

  • 随筆・エッセイ 長谷川 伸 小説・戯曲を勉強する人へ

    一 私が股旅物を書くのは、表現の一つの方法として書くのである。要は股旅物にあるのではない。その中に流れている精神である。 これを履き違える時、其処には単なる一個の武勇伝が出来あがるに過ぎない。 上ツつらを書かずに、下に流れているものを、形の中に脈打っているものを、書かねばならない。 股旅者も、武士も、町人も、姿は違え、同じ血の打っている人間であることに変りはない。政治家の出来事も、行商人の生活も、これに草鞋(わらじ)<

  • 評論・研究 長谷川 泉 「阿部一族」論

    創作家が作品の素材として歴史的事実をとりあげる場合に、ふつう「歴史小説」が形成される。「ふつう」という限定概念を附したのは、このことは一般にそのように取り扱われがちであるが、厳密な意味では、手放しの容易さで是認はできないからである。そのことは「歴史小説」とは何かという本質規定が重要な意義を持つことを確認させると共に、さらに次のようなことがらに留意する必要のあることを意味する。史実を作品の素材として扮飾する場合には、その歴史的事実が、誤謬や、あまりにも空想的幻想に潤色され過ぎていては、素材を歴史的事実にとった興味をそぐことになる。しかし一方そのような素材や環境の扮飾として取りあげられた瑣

  • 随筆・エッセイ 長谷川 巳之吉 理想の出版

    第一書房設立の趣意 今日の出版界を見ますと、極めて少数の摯実(しじつ)な人を除きました外は、多く邪道に陥つて概ね俗流に阿(おもね)り過ぎてゐはしまいかと思はれるのであります。本来出版事業なるものは、単なる一片の営利事業ではなく、それは実に文化の

  • 短歌 長塚 節 鍼の如く 全

    鍼の如く 其一 白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり 秋海棠の画に 曳き入れて栗毛繋げどわかぬまで櫟(くぬぎ)林はいろづきにけり りんだうの画に 無花果(いちじゆく<

  • 小説 長田 幹彦 零落

    一 私が野寄(のよろ)の町へ入つたのはもう十月の末近い頃であつた。北の国の冬は思つたよりも早く来て、慌たゞしい北風が一夜のうちに落葉松(からまつ)の梢を黄褐色に染めてしまつたかと思ふと、すぐそのあとから凍えたやうな灰色の雲が海の方から<rub

  • 小説 直木 三十五 討入

    浪 居 元禄十五年十月七日、山科(やましな)の棲居(すまい)を四条梅林庵へ移していた大石内蔵之助(くらのすけ)はいよいよ東下する事となった。「日野家用人垣見五郎兵衛」

  • 津坂 治男 詩集『石の歌』より

    目次うた皮食う一足 ふんばる う た あなたが上にいるから 私は横にのび出る あなたが枝をうつから 私は芽をそろえる あなた一人

  • 小説 津田 崇 空襲の朝

    空襲がより激しくなり、川崎での寮生活が危険ということで、僕たち中学生は危険を分散する形で、小田原の自宅から通勤してもよいという許可がおりた。 その頃、僕のいる軍需会社の化学工場棟には、これという仕事がなく、しかも工場長が長期にわたり病気で不在で、だれも叱り咎がめる者もいないだらけた雰囲気をいいことに、僕は、気ままさ、自由さを求めて、危険なスリルを楽しむように、朝、十時頃出勤してきては、一時になる前に会社の大きな塀を乗りこえて家に帰ったり、また空襲警報がなり、社外待避になれば、空襲警報が解除になると同時にそのまま家に向って帰ったりして、自分でも自分の自堕落ぶりにあきれる

  • 小説 津田 崇 おもい旅

    ――—郵便。 と言って、背の低い中年の郵便夫が、いつものように玄関先に郵便物を置いた気配を見せたかと思うと、さっと翻すように、玄関先に立った僕に背を向けるように門の外へと出ていった。 僕は、いつものように、三鷹・下連雀のアパートにいる、旧制の高校を一年間を共にし、今はそれぞれの新制の大学に移っている友達からの便りだろうと思った。 この頃、その三鷹の友達から、毎日、日記の延長をこちらに伝えるように、思いつきのままに、ときには、これはという詩人や作家の紹介やら書評を、また作詩したものや旅行の模様やら日常生活の状態や哲学的なものなどあれこ

  • 小説 津田 崇 夏の喪章

    ここに「悲しい腕」という詩がある 耳をあてる その鼓動はない かすかに風が吹いてタンポポの小さい落下傘が空間に舞うというのに 耳をあてる その鼓動はない 崖が崩れ落ちはじめて草の根がしぶとく 岩にしがみついているというのに 私は それらを掌の上にのせる 私は それらをたくみにもてあそぶ それなのに なぜ掌を支える腕は棒のようにしびれるのだ なぜ掌はこうも重いのだ 休むことができないこの一本の腕 この現実のなかに熟した果実が ぎっちりと実っているという

  • 小説 佃 實夫 わがモラエス伝 第二章 第三章

    第二章 あうはわかれのはじめ 1 十八歳のころからモラエスは、甘いロマンチックな詩をつくった。 詩作は一八七二年から一八八八年におよぶ。詩のほかに短篇小説のようなものも書き、リスボンの「夕刊新聞(ジョナルダ・ノイテ)」その他に匿名で発表した。モラエスのペンネームはいくつかある。処女出版になった『極東遊記』は澳門(マカオ)<

  • 小説 佃 實夫 わがモラエス伝(抄)序章・一章

    序章 邂 逅 1 モラエスを私が愛してやまないのは、復讐と贖罪のためである。幼いころ私は、彼を非常に恐ろしい人として識った。それは、いわば生まれて初めて味わった恐怖や嫌悪の印象である。何とかその恐ろしさを克服したい、と少年のころから私は思いつづけた。恐怖感や嫌悪感の克服は、異形の紅毛人への、ひそやかな私の復讐であった。贖罪というのは、外国人に対して冷酷で排他的な、というより、西

  • 小説 佃 實夫 わがモラエス伝(抄)

    第7章 阿波の辺土に (承前) 1 モラエスは阿波の辺土に死ぬまで日本を恋ひぬかなしきまでに と歌ったのは吉井勇である。吉井勇には、モラエスをよんだ歌が多いが、これはその代表的なものといえる。 第二次大戦後、アメリカ大使館に勤めたグレン・ショウーは、たび

  • 小説 佃 實夫 わがモラエス伝 第四章 第五章 第六章

    第四章 おヨネとコハル 1 日本へ移ったモラエスは、最初旅館ぐらしだった。 すでに馴染になっていた神戸の宿に旅装をといた彼は、《美しい田畑で飾りたてふんだんに緑また緑の風景》のなかを歩き回った。《陶然となる風光に事欠くことなく》、《花と微笑とに埋まった》国の、《うき世を忘れるうっとりとした眺めのうちに》住むプランに酔い痴れて。 一八八九年(明治二十二年)八月、初めて日本を訪れたとき、長崎からリスボンに在る妹フランシスカに、《世界じゅうに較べもののない美しい樹木の蔭で余生を送ることがで

  • 小説 辻井 喬 亡妻の昼前

    作田は昼近くなって目を醒した。カーテンから洩れてくる眩しい光で、太陽が高く昇っているのが分った。何処に寝ているのだろうと戸惑って、ようやく恵子が使っていた寝台に潜り込んでいるのだと気付いた。彼女が死んで四月近く経っていた。まだ四十代だった彼女の癌は、拡がるのも早くて、発見した時はもう手遅れになっていた。全身に転移がはじまっていて手の付けようがなく、寝込んでから半年かからなかった。あっけなく先立たれた感じが強く、近頃になって、葬式の時に「おいおいとお淋しいことでしょう」と慰められた言葉に実感が生れてきていた。昨夜、深酒をして帰って、恵子の寝台に寝たのは、年とってから妻を失った男の感傷が酔

  • 評論・研究 坪内 逍遙 小説三派

    総評 「新作十二番」とは春陽堂より発兌(はつだ)せる美本の読切物にていづれも名家苦心の小説也。第一番は竹のや主人の「勝鬨」第二番は紅葉山人の「此ぬし」第三番は美妙齋主人の「教師三昧」第四番即ち最近の発行は三昧道人の「桂姫」なり。いづれあやめ草ひきもわづらはれておのおのおろかなるは無けれど、氏(うぢ)も育(そだち<

  • 川柳 鶴 彬 鶴 彬 川柳選

    昭和三年 飢えにける舌――火を吐かんとして抜かれ 人見ずや奴隷のミイラ舌なきを ロボットを殖やし全部を馘首する 昭和四年 つけ込んで小作の娘買ひに来る 銃口に立つ大衆の中の父 自動車で錦紗で貧民街視察 神殿の地代