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動物記

  ビルのかげで

西新宿の角を二つ曲がると

ビルのかげで

ペンギンたちが

おしくらまんじゅうをしていた

 

薄い日差しの中

押されてみたかったから

そっと かがみこんで

仲間に入った

 

ペンギンの背中が

叙情的だなんて

知らなかった

 

時々

嘴があたると

私の背中の

つかみどころのない意志が

ビルの壁をのぼり出すので

あわててとめた

 

押しながら

押されながら

かたむいた空を

見上げ

思わずほどけた

大きな声に

 

小さな重みと共に

ペンギンたちは

右へ左ヘ

ビルのかげに

消えた

 

西新宿の三つ目の

角に向かい

歩きだす

 

  気付いた

 

石にけつまずいた拍子に

左の目から

目の玉がぽろりと落ちた

 

興味深げに近付いて来た

カラスを

大声で追っぱらう

 

コロコロと神妙に転がる

目の玉を

とまどう身を傾け拾った

 

公園の水道で丁寧に洗って

目の中に入れる

少し土の匂いがした

 

あわてていたので

内側を向けて入れていた

 

その時なんだ

私の中に

牛が棲みついているのを

見たのは

 

時々

尻尾で

ピシャリとたたかれ

心の骨が痛い

 

  カラス

 

コツコツとガラスをたたく音がした

見ると

カラスが一羽窓の外にいる

 

にがい目が少し気になったが

一人暮しにもあきてきたから

窓を開け入れてやる

 

カラスはどこで覚えたか

「お覚悟は」と

言いながらピョンピョンと入ってきた

 

しみじみとあくびをしながら

何も起こりはしない朝食をとろうとすると

「お覚悟は」と

テーブルの上で首をかしげる

 

引き出しの中の感傷を

忘れる習慣をやっと見つけると

「お覚悟は」と

足元によってくる

 

日曜日に

世話のやける恋愛をしにいこうとすると

「お覚悟は」と

肩にとまる

 

少々うるさくなって窓を開けると

「お覚悟は」と

空に向かって大きな声

 

ビルの向こうに落ちようとしていた

夕日が

ビルの屋上でとまった

 

今日の夕焼けはつづく

 

  散ってきた

思い出したような

青い夜空に

影が大きく映っている

 

よく見ると

三日月の先に

蝉がとまっている

 

耳をすますと

小きざみに

夏のおわりの音が

散ってきた

 

  かたい

家に帰ってくると

部屋の片隅で、

ねずみが何かをかじっている

 

「何をかじっている」

と 私

「さみしさ」と

黒目がちの目でねずみ

 

このところずっと

さみしさについて

考えていたので

ねずみのさみしさとは

どんなものかと

のぞきこむ

 

でも

ねずみの口が

忙しそうに

動いているだけ

 

「おいしい?」

と聞くと

「味は好きずき」と

そっけなくひたすらかじっている

 

私も

私のさみしさの端を

かじる

「かたい!」

人間の歯にはかたすぎる

味わうどころじゃない

これは

ちょっとやそっとでは

減らないな

 

  ひょっとして

 

夏の夕暮れ

忘れ物をしたような気がして

ふらりと外へ出る

 

ふと見上げると

沙羅の樹の枝に

長い足を

窮屈そうに折りまげ

キリンが

腰掛けている

 

「なにしてる」

「かくれている」

「なにから」

長い首を左右に振り

申し訳なさそうに

「わすれた」

 

「あんたは何処へいく」

「忘れ物をさがしに」

 

なつかしげな目で

見るから

なつかしくなって

見返す

 

ひょっとして

私って

キリン

 

  月 夜

 

月夜には

ウサギがふってくる

彼と私は

近くの原っぱに

トンボとりのあみを

一つずつ持って出かけた

 

大きな月が昇ると

ウサギがふってくる ふってくる

彼と私は夢中であみをふりまわした

ウサギだって

そうたやすく捕まりはしない

それぞれの思いで飛び跳ね

四方へ消えた

 

ふと気づくと

彼のあみに

卵が一つ

「文明が進んだんだもの

ウサギだって卵を産むさ」

彼は大切そうに温める

 

それ私が産んだ卵

いつの頃か

月夜に卵を産む

私の習性

 

でも

生まれた子が

あっという間に

月に昇ってしまうのが

さみしい

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/07/19

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中井 ひさ子

ナカイ ヒサコ
なかい ひさこ 詩人 1941(昭和16)年奈良県に生まれる。

掲載作は、2003(平成15)年11月24日出版の詩集『動物記』(土曜美術社出版販売刊)より抄録。

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