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寓話

   時間の淵に

今世紀の地平線の夕映えの向こうに

不安に痙攣する鈍色の空が見える

いつか人生の傲慢と交換される死があって

未来はいつも日常に危うい時間を刻んでいる

この春肉親が死んで 身近に揺れている死者の影

僕の余命の期待値も不気味に点滅している

重ねられた時代の荒野の背景に

大砲は錆びて冷えた仰角を整列させ

絶望を引きずった兵士らの重い足音が

時代を超えた地平から聞こえてくる

「歴史は思い出だ」と言った人がいた

    

人間宣言をして敗戦後全国を行脚した神

この神が開戦の詔勅を発布した日

近代の自我をうたった詩人光太郎は内面を曝した

   ――昨日は遠い昔となり、

   遠い昔が今となった。

   天皇あやふし。

   ただこの一語が

   私の一切を決定した。

   父が母がそこに居た。

   少年の日の家の雲霧が

   部屋一ぱいに立ちこめた。

   私の耳は祖先の声でみたされ、

   陛下が、陛下がと

   あへぐ意識は呟いた。――

天皇へ情緒的に帰依した詩人

かつて 徳富蘇峰も高山樗牛も横光利一もそうだった

しかし僕らは彼らを笑えない

昭和天皇の重病から死そして葬儀への一連の日々

僕らの多くは内なる天皇制に回帰していったのだ

陛下が 陛下が と時の首相は臣下の礼をとったが

葦の髄から天井を覗いていた僕ら

そして今 欲望に溺れた虚構の王国は

狂気を孕み続け 異端の子を産み続け――

だが彼らを見守る託児所がない

青白く震えている明日を抱えて

僕は偽りの未来をうたうことはできない

だからこうして時間の淵を彷徨っている

 

   現代の寓話

世界はどん欲に肥満した神々が

飢えて痩せた神々の領土を収奪していて

なんとなく平和が危うく続いている

それでもミサイルは敵意を硬直させ

仰角鋭く仮想の獲物を狙っている

しかし世界は不毛で

獲物なんて もうどこにもいない

傲慢と憎悪の砦に飼われているだけだ

    

キャピタリズムの広場には

黄金の豆を啄んでいる鳩が群れていて

翼を傷めた天使たちをからかっている

  マメガホシイカ ソラヤルゾ

  ミンナデ ナカヨク タベニコイ

喜んで虹の橋を渡っていくと

虹は途中で消えてしまい

黄金の豆は鉛の散弾になって

現代の神々のパンテオンを撃った

錬金術師たちは青ざめ

コンピューターは虫に食われたと

広場にホットマネーを積み重ねた

消えた虹の下には日常の食卓があって

翼をたたんだ天使の家族たちが

高騰したレタスを一枚ずつたたんでいる

過剰な現実の衣装を装って

幻影となっていく日常のリアリティ

鏡を飲み込んだ世界は

もう自分の姿さえ映せない

日常はイメージの破片で満ちていて

売買され 消費され

現実そのものになってしまって

チベットでは僧侶たちが

九〇億の神の名を書き終えたとき

世界が終わるという

だがあまりにも気が遠くなるような作業だ

彼らはその作業をコンピューターに任せた

数ヶ月で作業が終わった

その途端世界は終わりを告げた

ヴァーチャルな世界の出来事がリアルタイムで

僧侶たちの目の前で起こったのだ

コンピューターの技術者たちは驚き慌てた

逃げていく途中

星がひとつずつ消えていくのを目撃した

これはアーサー・クラークのSFだが

もうそこには救済やアポカリプスや

神の啓示に託す希望の灯火は消えてしまったままで

再び灯ることはないのだ

世界終焉劇のエピローグには送り火も

鎮魂曲も流れてこない

 

   この世の死者

パチンコ玉を行き先不明の迷路にはじき出すと

ときには幸運のチューリップの大輪がぞくぞく開き

嬉しくなって焼鳥屋で酒やらビールやら??

街の片隅にも平凡な日常が笑っていて

気が付くと世の中は

モードとモデル・チェンジの時代で

ファッションは身体と過剰に戯れていた

華やかなショゥ・ウインドーの裏側は

捨てられたファッションのリサイクル・ショップで

モードは巧みにハンドルを切り アクセルを踏み

行き先不明のバスを走らせていた

バスの中は同じような貌をした人で溢れていて

他人の恥部や不幸にぞくぞく身震いし

視線を逸らしたり同情の涙を他愛なく流すが

隣の芝生よりあお緑いと

小さな幸せを囲い込んでいる

しかし誰もバスの外を見ようとしない

行き先不明にも気づかない

痩せたソクラテスより肥った鴨がいいと

欲望の翼をギラギラ羽ばたかせるが

日々の時間の先端で消尽されていく

この世の死者たち

この世があの世だよ と語った

詩人田村隆一は夏を越えられず 

一合の酒を死に水に旅立った

行き先不明のバスから降りられない

この世の死者たち

降りても地獄で

この世があの世だよ

バスの外で詩人は

アイロニカルに笑っていて

 

   うさぎ 何見て 跳ねる

昼も夜も 十五夜の満月だった

うさぎたちは浮かれて 跳ねて 躍って

祭りの太鼓が賑やかに鳴り響いて

我が世の春よ

望月の欠けたることもなし と

うそぶいたうさぎたち

亀なんか問題外だと

素早く追い抜いて それでも

寓話のように一休みとはいかず

エンドレスに跳ねて 躍って 走って

わたしも あなたも

そんなうさぎだった

多分 今も これからも

そんな幻想を捨てられない

なぜなら世界は根元的に未完成で

幻想に満ちているからだ

大昔渡来した異邦人の征服者

の兵士らを騙した白うさぎもいて

知恵と勇気のあるうさぎだった

しかし 急ぎすぎ

傲慢になって しくじった

皮を剥がれ赤裸にされたが

征服者の慈悲で生きながらえた

    

それからうさぎたちは

卑屈なまでに自分を蔑し

私の肉を膾にして召し上がれと

奴隷のような忠節で媚びたり

狡猾なまでに知恵を絞った

征服者を祭神に祭り上げ

政権の座の表札にし

巧みに操っていつた

大きな戦争に大敗しても

征服者の末裔の王は退位せず

聖なる血統と一族の永遠の安泰と君臨を図った

それを実証する文書が発見されても

うさぎたちは驚きも怒りも見せなかった

すっかり因習的支配文化の流れに身も心も任せているのだ

小賢しい知恵や行動力のあるうさぎも

思想の木の実を稔らせることは出来なかった

うさぎよ もうお前を映す鏡はない

十五夜の月は祝いの餅を搗くお前を映してはくれない

野暮な宇宙人が銀メッキを剥がしてしまって

幻想をつまらない現実にしてしまつたためだ

幻滅を生んだ私生児 それが現実だ

さてうさぎ これから

何見て 跳ねる?

 

  バベルの塔

ある日突然すべての存在と時間を通り抜けて

翼を持った異質の他者が

繁栄する明るい輝きの中に突入した

瞬時にして二十一世紀のバベルの塔は破壊され崩落した

現代のカナンの谷は瓦礫に埋まり

何千人もの人々の大量の血の流れに染まったというのに

まるで映画の特殊撮影のように

ハイパーリアリティになって映像化されたテロル

映画館を出た途端に物語の中に消え去っていくように

恐怖と怒りの感情は直ぐには来なかった

遠い空間を超えてはリアルタイムの映像も        

どんな恐怖も悲しみも怒りも

皮膚を少し緊張させ小波を立てるだけ

それから様々な言葉を介在させて

私の皮膚はようやく寒々と粟だったのだ

        

驚愕と悲しみから立ち上がって

人々は狂気のように口々に叫んだ

悪魔が挑戦し破壊した 

悪魔に復讐を

神よ 我々を護り給え 

我々の復讐にご加護をと

神と悪魔を中世から呼び出し

目には目を 歯には歯を と

現代の十字軍は鉾を高々と上げた

復讐を誓う神への言葉に悪魔は微笑む        

かつても今も正義とは異質への憎悪であり 

殺戮の力であるのか

神と悪魔は両面の鏡

一面は神を映し 他面は悪魔を映し

人は永らくその両面の無限の距離を往還し

その深い闇を彷徨っていた

        

人は再び言葉を喪うのだろうか

世界には叫びが飛び交っている

言葉を超えて異質(隣人)との愛の

不毛の荒地に黒い罌粟の花が咲いている

異質と共存するカナンの地に咲かせる花は何

        

美徳ではなく悪徳の力が社会の均衡を保ち

人類に対する本能的背徳性によって

社会の平和と進歩と人類の幸福は獲得される

マンデヴイルの「蜜蜂の寓話」は語っている

このアイロニカルな逆説の寓意を

生きている現代の人間の不毛

愛の不条理は復讐の毒蛇を飼わねばならない

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2001/12/17

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池田 實

イケダ ミノル
いけだ みのる 詩人 1930年 大阪府に生まれる。

掲載作は、1999(平成11)年4月思潮社刊『現代の寓話』より自選作品を「寓話」とし出稿。

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