最初へ

新進作家の新傾向解説

   一 新文藝勃興

 

 文藝に興味を持つてゐる総ての人々が、今日注目しなければならない第一の目標は、今日の新進作家である。新進作家が持つてゐる「新しさ」である。この新しさを理解すると云ふことばかりが、新しい時代の文藝の王国へ入国を許されるために必要な、唯一つの旅行券である。これがない人々は、明日の文藝界に於て、創作家であることも観賞家であることも、拒まれるにちがひない。

 祖母の腹から孫は生れない。孫にも母がなければならない。祖母が子と呼ぶ者を、孫は母と呼ぶ。これと同じやうに、将来の文藝の世界に生きようとする人々も、祖母ばかりを見てゐないで、また母を見なければならない。来るべき時代の文藝を創造する者は、その母となる者は、今日の新進作家である。今日の新進作家を理解することが遅きに失する人々は祖母の腹から孫として生れようと空しく努力するやうなにがい苦しみを、遠からず(あぢわ)はねばならないこととならう。

 新進作家の或る者は、新しい感情と結婚した。また、或る者は新しい生活と結婚した。そして彼等は新しい文藝を生み初めた。新しい母の時代は晴やかに花開かうとしてゐる。昨日の花はどんなに美しからうと、その美しさはもう分つてゐる。けれども、今朝の花の新鮮さは目にみづみづしい。今朝の花の美を感じないなら、今朝まで生き延びた甲斐がないではないか。今朝になつても昨日の花を見てゐるなら、昨日死んだと同じではないか。

 既成作家対新進作家の問題は、何と云つても、大正十三年文藝界の主要問題であつた。考へても見給へ。「既成」と云ふ言葉は「既知」と云ふ言葉と、悲しむべき握手をしてゐる。それに引換へ、新進或ひは「未成」と云ふ言葉は「未知」と云ふ言葉と、喜ばしい握手をしてゐる。未知と云ふこと、唯それだけでも、何と云ふ魅力であらう。

 この未知なるものを知らうとして、私たちは目を輝かせてゐる。新しいものに就て歓ばしく語り合ふことを、お互同志の挨拶としてゐる。「お早う。」と一人が云つて「お早う。」と相手が答へるのは、もう退屈なのだ。昨日と変らず今日も太陽が東から昇るやうな、相も変らずな文藝には、大分()いて来た。「猿の子は母猿の腹にぶら下つて歩くものですね。」と一人が云ふと、「白鷺の足の指は実に長いですね。」と相手が挨拶するのが面白いのだ。新しい文藝とか、新しい生活とか云ふものは、今日誰も彼もが分つてゐるとは云へない。それでいいのだ。新進作家に就て語るのは、過去の計算をすることではないのだ。今朝の桐の芽が明日は何寸伸びるであらうかと予想することなのだ。

 だから、私も新進作家諸氏の作風に断定を下さうとするのではない。私は唯、白鷺の足の指の長いことを見たので、それを話すのだ。ほかの人はまた、猫を見、紅雀を見、朝顔の花を見ればいいのである。しかしとにかく、文藝に興味を有する人は、今日の新進作家に就て何かの意味を持たなければならない時代になつて来たことだけは確かである。新しい文藝を、どんな風になりと感じなければ、文藝を語れなくなつて来たのは事実である。新進作家の存在は文藝界に空気のやうに普通なこととなつて来た。それに就て考へることを拒絶するのは、水を呼吸して生きようとするのと同じ愚かさである。

 

   二 新しい感覚

 

「新しい感覚」と云ふ言葉は今日「新進作家」とか「新時代」とか云ふ言葉と離すことが出来ないものとなつた。新進作家の作風をこの一つで云ひ現はさうとする人々が多い程である。千葉亀雄氏は「文藝時代」の同人諸氏の出現を「新感覚派の誕生」と名づけた。そして、新進作家を二つの傾向に分ち、「文藝時代」の人々を新感覚派と呼び「文藝戦線」の人々をプロレタリア派と呼ぶことが、文壇の新しい習慣となりかかつてゐる。

 しかしその習慣に従ふ前に、次のことはよく知つて置かねばならない。

 プロレタリア派の人々も、新しい文藝を創造する新進作家であるならば、その作風に新しい感覚を含まねばならない。理由は簡単明瞭である。新しい表現なくして新しい文藝はない。新しい表現なくして新しい内容はない。新しい感覚なくして新しい表現はない。これは何も今に初まつたことではない。そして事実、プロレタリア派の前田河廣一郎氏、金子洋文氏、今野賢三氏なぞも、新しい感覚で表現をしようと努力してゐる。これは当然なことである。

 しかし、それとは別に、この派の人々は感覚に対してもう一つの態度を持つてゐる。彼等は云ふ。これまでの文藝は、ブルジョア階級の感覚を通して自然と人生とを感じてゐた。我々の文藝はプロレタリア階級の感覚を通して自然と人生とを感じなければならない。農夫の眼が見る大根畑であり、職工の掌が撫でる女の肌でなければならない。つまり、作者は職工や貧乏人であるか、または彼等と同じ感覚の所有者でなければならない。

 この説の実現は、新しい感覚の文藝を創造することであるにはちがひない。しかし、これは「感覚主義」ではない。云ふならば、「感覚の発見」である。最も新しい感覚論者片岡鐵兵氏なぞが「感覚の発見」と名づけるのは、例へばこのやうなことであらう。

 しかし、片岡鐵兵氏も説明してゐるやうに、「新感覚主義」はこの「感覚の発見」を目的としてゐるのではない。人間の生活に於て感覚が占めてゐる位置に対して、従来とはちがつた考へ方をしようと云ふのである。そして、人生のその新しい感じ方を文藝の世界に応用しようと云ふのである。これを藝術哲学的に説明すると、非常に面倒臭くなる。しかし例へば、砂糖は甘い。従来の文藝では、この甘いと云ふことを、舌から一度頭に持つて行つて頭で「甘い」と書いた。ところが、今は舌で「甘い。」と書く。またこれまでは、眼と薔薇とを二つのものとして「私の眼は赤い薔薇を見た。」と書いたとすれば、新進作家は眼と薔薇とを一つにして、「私の眼が赤い薔薇だ。」と書く。理論的に説明しないと分らないかもしれないが、まあこんな風な表現の気持が、物の感じ方となり、生活のし方となるのである。

 かう云ふ風に感覚を考へることは、必ずしも感覚的享楽主義となりはしない。また、無内容ともなりはしない。文藝の内容となるものは何であるか、と云ふことにもいろんな説はある。しかし、人間の感情であることは確かだ。ところが、「感情と離れた感覚と感覚なき感情とを経験し得る。」と思ふのは、色のない形と形のない色があると思ふが如き誤りなのである。してみると、新しい感覚の文藝は、当然、新しい感情の文藝に帰着すべきものなのである。これを知らない盲者だけが、新感覚主義の文藝を「新しい感情のない文藝」と云ひ、「新しい内容のない文藝」と云つて、軽んじ得るのである。藝術論上のこの迷妄をも、私は打破したいのであるが、この一文の主旨に外れるから、他の評論に譲る。そして、新進作家の作品に新しい感覚がどんな風に現はれてゐるかを、解説するに止めよう。

 尚、文藝に於ける感覚を論ずるのに、注意しなければならないことは、文藝が美術や音楽とちがふ点である。美術や音楽を創作したり観賞したりする時の感覚の働き方と、文藝の場合の働き方とは遥かにちがふ。この問題も面倒なことで、別に一つの評論でも書かなければ云ひつくせない。しかし、新感覚主義と呼ばれる文藝は、その手法や表現に於て、美術や音楽の場合の感覚の働き方に一歩近づいた、とは云へると私は思ふ。そしてこのことが、新進作家の作風に新しい「ポエム——詩美」を漂はせる一原因となつてゐるのである。

   三 表現主義的認識論

 

 例へば、野に一輪の白百合が咲いてゐる。この百合の見方は三通りしかない。百合を認めた時の気持は三通りしかない。百合の内に私があるのか。私の内に百合があるのか。または、百合と私とが別々にあるのか。これは哲学上の認識論の問題である。だから、ここで詳しくは云はず、文藝の表現の問題として、分り易く考へてみる。

 百合と私とが別々にあると考へて百合を描くのは、自然主義的な書き方である。古い客観主義である。これまでの文藝の表現は、すべてこれだつたと云つていい。

 ところが、主観の力はそれで満足しなくなつた。百合の内に私がある。私の内に百合がある。この二つは結局同じである。そして、この気持で物を書き現さうとするところに、新主観主義的表現の根拠があるのである。その最も著しいのがドイツの表現主義である。

 自分があるので天地萬物が存在する、自分の主観の内に天地萬物がある、と云ふ気持で物を見るのは、主観の力を強調することであり、主観の絶対性を信仰することである。ここに新しい喜びがある。また、天地萬物の内に自分の主観がある、と云ふ気持で物を見るのは、主観の拡大であり、主観を自由に流動させることである。そして、この考へ方を進展させると、自他一如となり、萬物一如となつて、天地萬物は全ての境界を失つて一つの精神に融和した一元の世界となる。また一方、萬物の内に主観を流入することは、萬物が精霊を持つてゐると云ふ考へ、云ひ換へると多元的な萬有霊魂説になる。ここに新しい救ひがある。この二つは、東洋の古い主観主義となり、客観主義となる。いや、主客一如主義となる。かう云ふ気持で物を書現さうとするのが、今日の新進作家の表現の態度である。他の人はどうか知らないが、私はさうである。そして事実、かう云ふ気持が新進作家の表現に多分に現はれてゐる。片岡鐵兵、十一谷義三郎、横光利一、富ノ澤麟太郎、金子洋文その他の諸氏や「葡萄園」の諸氏の作品を読めば直ぐ目につくことである。これらの諸氏の表現を、私の独断ではあるが、以上のやうな理論で基礎づけようと、私は考へてゐる。

 表現主義の小説家は、今のところ日本に見当らないが、そして表現主義の表現の態度とは大分ちがふが、今日の新進作家の新感覚的な表現もまた、表現主義の人々が認識論にその理論的根拠を置いたと同じやうに、認識論を味方とすることが出来ると、私は思つてゐる。

 例へば、代表的な横光利一氏の作品である。ある人々は、横光氏の作風を自然主義的であると云ひ、その表現を客観的であると云ふ。これは明らかに誤解である。若し客観主義なら、新しい客観主義である。新主観主義的な、主客一如的な客観主義なのである。だから一方他の人々に、表現派だとか、立体派だとか云はれるのである。例を引くまでもない。横光氏の作品のどの一節でも開いて見給へ。その自然描写を読んで見袷へ。殊に、沢山の物を急調子に描破した個処を読んで見給へ。そこには、一種の擬人法的描写がある。萬物を直観して全てを生命化してゐる。対象に個性的な、また、捉へた瞬間の特殊な状態に適当な、生命を与へてゐる。そして作者の主観は、無数に分散して、あらゆる対象に躍り込み、対象を躍らせてゐる。横光氏が白百合を描写したとする。と、自百合は横光氏の主観の内に咲き、横光氏の主観は白百合の内に咲いてゐる。この点で、横光氏は主観的であると云ひ得るし、客観的であると云ひ得る。また、横光氏の表現が溌剌とし、新鮮であるのも、このためである。横光氏の作品に作者の喜びが聞えるのも、この見方のためである。

 かう云ふ気持は、横光氏や前記諸氏の表現ばかりでなく、大ていの新進に共通する特色である。そして、この表現の態度が、或ひは情景を浮ばせ、或ひは人物を躍動させ、要するに描写を立体的に鮮明にしてゐるのである。かう云ふ気持には、勿論新しい感覚が必要である。そして、かう云ふ気持は、当然感覚を新しくする。

 右に云つたことは、一つの哲学である。認識論である。自然人生の新しい感じ方である。新しい感情である。この一点だけでも、今日の新進作家の新感覚主義は新しい文藝である。

 

   四 ダダ主義的発想法

 

 ダダ主義には理窟がない。何がダダ主義であるかも分らない。私が以下云ふやうな理論を、誰も云つてはゐない。云つてゐるかもしれないが、私は知らない。だから、これも前説と同じく私の独断である。

 ダダ主義の、時によると訳の分らない詩や小説の表現を、私は一種の「発想法の破壊」であると考へてゐる。そしてこの点から、新進作家の新表現の理論的根拠を、一個引ぱり出さうと云ふのである。

 心理学説中でまだ年若い一派に「精神分析学」と云ふのがある。この派の学者は夢を分析するのに「自由聯想」と云ふ方法を用ゐる。精神分析学をここに紹介する必要はないが、この「自由聯想」に就て少し云ひたい。この分析法を用ゐる時に、心理学者は患者、云ひ換へると被分析者を、安楽椅子に坐らせたり、寝椅子に横たはらせたりする。つまり、体の筋肉が弛む楽な姿勢を取らせる。それから、夢の一片、例へば患者の夢の中に蛇が現はれたのだとすると、その蛇に就てその時心に浮んで来るものを、片つ端から、出来るだけ早く、何の秩序もなしに云はせる。蛇の聯想を自由に述べさせる。そしてその聯想から、この患者は何故蛇の夢を見たかと云ふ心的経過を洞察する。

 ところが、私たちの頭の中の想念は、常にこの自由聯想的なものである。精神分析学者が、患者を出来るだけ楽な姿勢に置いて、目を(つむ)らせるのは、患者の空想力を自由に解放するためなのである。試みに、諸君自身を考へて見給へ。日向の芝草の上に身を投げ、或は柔かい寝床に横たはる時、空想は自由な翼を得て、ほしいままに飛ぶ。もろもろの物の姿や言葉がとりとめもなく浮んでは消える。しかし、それを頭に浮ぶままに口に出したとしても、聞く者には殆ど無意味な譫言(うはこと)に近い。ところが、精神分析学者は、このとりとめもない自由聯想に、心理洞察の鍵を見出した。そしてそこに、ダダイストは新しい発想法を見出した、と私は思ふのである。

 文章には文法がある。語法や文章法がある。これは、お互の思想感情を言葉で了解するための規約である。規約は没個性的である。非主観的である。文藝が言語を表現の媒介としてゐることは、「文藝が契約藝術の悲しみ」を持つ所以(ゆゑん)である。そして、私達の頭の中の想念は、この規約通りに浮びはしない。もつと直観的に、雑然と無秩序に、豊饒に浮ぶものである。自由聯想に近いものである。私達が他人に話し、また文章に書き現はす時には、頭の中に浮ぶとりとめない想念や物の姿や、聯絡のない心象を、選択し、整理し、秩序を立て、順序を附けて、言葉や文字に移す。この選択、整理、秩序、順序、なぞが「発想法」なのである。

 ダダイストはこの発想法に於て、従来の表現に反抗して立つた。私はさう解釈してゐる。ダダイストの詩は、時によると単語の無意味な連続に近く、きれぎれな心象の羅列に過ぎない。これは、詩人の頭の中の自由聯想の表出であるから、他人には分らないのである。最も主観的であり、直観的であり、同時に感覚的である、と云へるのである。同じく分らないと云ふ点に於て、人々は象徴主義の詩を聯想する。しかし強ひて云へば、象徴主義は理知的であり、ダダ主義は感覚的である。

 私たちは、ダダイストの「分らなさ」を喜んで真似ようと云ふのではない。そこから、主観的な、直観的な、感覚的な新しい表現が導き出さるべき暗示を見出すのである。そして、古く色褪せた冷い発想法から解放されようとするのである。言葉と云ふものの不完全さに就ては、私は以前にも度々云つた。表現派の「シュライドラマ——叫喚劇」なぞも、この点に敏感な結果生れたものの一つであると云へよう。文藝史上の総ての新文藝運動は、新しい表現様式の出現は、一面から見れば、人間の精神が言語の不自由な束縛から解放されようとする願ひの爆発であると、私は考へてゐる。精神が言語を通じて、完全な自由な表出を見出さうとする、一種のロオマンチック・ムウヴメント——浪漫運動であると、解釈してゐる。かう思つて、新しい表現の探究に熱情を感じてゐる。そして、古い発想法から解放されようとするらしい新進諸氏の表現を、仮りに「ダダ主義的発想法」とでも呼んで、それを私の理論としてゐる。簡単に云ふならば、心象の配列法が、主観に忠実となり、直観的となり、同時に感覚的となつて来たのである。

 最近の大美学者、べネデット・クロオチェの説も、心象即表現即藝術と云ひ(つづ)めることが出来る。表現とは心象である。ペンで文字を書き、刷毛で色を塗ることではない。この心象を、そのままの姿で文字に現はさうとする気持、それが新進作家の表現を、溌剌とさせ、新鮮にしてゐる。感覚で対象を生かさうとする気持となつてゐる。

 横光利一、今東光、高橋新吉、その他の諸氏や「葡萄園」同人諸氏の表現を読んで見給へ。その空想は放胆に物から物へ飛んで行く。作者の頭に去来出没する心象は、(やや)無秩序な突飛な順序に、整理と選択を忘れたかと思ふ豊かさのまま、文字にその姿を落して行く。精神分析学者の所謂「自由聯想」に近い様式と云へなからうか。特に横光氏や今氏の表現はもろもろの物の姿が頭の中に来ては去り来ては去りする「速度」をさへ写し得て、そこに音楽的なリズムさへ感じられるではないか。

 また、ダダイストは「同時性」と云ふことを云ふ。その意味はとにかくとして、人間は同時に多くの物を見、多くのことを感じる。もとより、ある瞬間の視点は一点であり、意識の中心は一事である、と云ふ説は正しいであらう。しかし、その一点や中心は、言葉や文字よりは早く移り変る。そして、視野や意識内容は、文章よりも変化に富み、広さを持つてゐる。この変化と広さを、言葉と文字で写さうとする努力は、石濱金作氏の最近の表現に最もよく現れてゐる。横光氏の表現にも、その気持がある。

 とにかく、ダダ主義的発想法は、右に云つたやうな心理的根拠があり、その表現を心象の豊かな花園とし、みづみづしい感覚が直観と抱合つて踊る世界と化した。

「表現主義的認識論」と云ひ、「ダダ主義的発想法」と云ふ私の言葉はどうでもいい。

 唯私は、今日の新進作家諸氏の新感覚的な表現に、不十分ながら理論的な一根拠を与へ得たと信ずるのである。そして同時に、私自身の表現の気持を、(いささ)か説明したいのである。

 

(この一文は「文章倶楽部」に掲載して貰ふつもりで書いたのである。だから、年少の読者の理解と云ふことが第一となつてゐて、理論を徹底させ得なかつた憾<うら>みがある。議論も主要点に軽くしか触れてゐない。暫くこのまま発表して置いて、他日の詳論の前提とする。——筆者)

 

(大正十四年一月「文藝時代」)

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/07/15

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

川端 康成

カワバタ ヤスナリ
かわばた やすなり 小説家 1899・6・14~1972・5・27 大阪市北区に生れる。第4代日本ペンクラブ会長 ノーベル文学賞 文化勲章 日本藝術院会員。横光利一らと雑誌「文藝時代」を興し「新感覚派」の旗幟鮮明にプロレタリア派と対峙し文壇を二分、創作また論説・批評に活躍した。

掲載作は、1925(大正14)年1月「文藝時代」初出、明晰な理論家の一面を見せて「新感覚」の根拠と有意義をシャープに説き明かしている。

著者のその他の作品