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僧侶

 僧 侶

 

   

 

四人の僧侶

庭園をそぞろ歩き

ときに黒い布を巻きあげる

棒の形

憎しみもなしに

若い女を叩く

こうもりが叫ぶまで

一人は食事をつくる

一人は罪人を探しにゆく

一人は自涜

一人は女に殺される

 

   

 

四人の僧侶

めいめいの務めにはげむ

聖人形をおろし

磔に牝牛を掲げ

一人が一人の頭髪を剃り

死んだ一人が祈祷し

他の一人が棺をつくるとき

深夜の人里から押しよせる分娩の洪水

四人がいっせいに立ちあがる

不具の四つのアンブレラ

美しい壁と天井張り

そこに穴があらわれ

雨がふりだす

 

   3

 

四人の僧侶

夕べの食卓につく

手のながい一人がフォークを配る

いぼのある一人の手が酒を注ぐ

他の二人は手を見せず

今日の猫と

未来の女にさわりながら

同時に両方のボデーを具えた

毛深い像を二人の手が造り上げる

肉は骨を緊めるもの

肉は血に晒されるもの

二人は飽食のため肥り

二人は創造のためやせほそり

 

   

 

四人の僧侶

朝の苦行に出かける

一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく

一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく

一人は街から馬の姿で殺戮の器具を積んでくる

一人は死んでいるので鐘をうつ

四人一緒にかつて哄笑しない

 

   

 

四人の僧侶

畑で種子を播く

中の一人が誤って

子供の臀に蕪を供える

驚愕した陶器の顔の母親の口が

赭い泥の太陽を沈めた

非常に高いブランコに乗り

三人が合唱している

死んだ一人は

巣のからすの深い咽喉の中で声を出す

 

   

 

四人の僧侶

井戸のまわりにかがむ

洗濯物は山羊の陰嚢

洗いきれぬ月経帯

三人がかりでしぼりだす

気球の大きさのシーツ

死んだ一人がかついで干しにゆく

雨のなかの塔の上に

 

   

 

四人の僧侶

一人は寺院の由来と四人の来歴を書く

一人は世界の花の女王達の生活を書く

一人は猿と斧と戦車の歴史を書く

一人は死んでいるので

他の者にかくれて

三人の記録をつぎつぎに焚く

 

   8

 

四人の僧侶

一人は枯木の地に千人のかくし児を産んだ

一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた

一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で

死せる者千人の足生ける者千人の眼の衡量の等しいのに驚く

一人は死んでいてなお病気

石塀の向うで咳をする

 

   

 

四人の僧侶

固い胸当のとりでを出る

生涯収穫がないので

世界より一段高い所で

首をつり共に嗤う

されば

四人の骨は冬の木の太さのまま

縄のきれる時代まで死んでいる

 

 

 苦 力

 

支那の男は走る馬の下で眠る

瓜のかたちの小さな頭を

馬の陰茎にぴったり沿わせて

ときにはそれに吊りさがり

冬の刈られた槍ぶすまの高粱の地形を

排泄しながらのり越える

支那の男は毒の輝く涎をたらし

縄の手足で肥えた馬の胴体を結び上げ

満月にねじあやめの咲きみだれた

丘陵を去ってゆく

より大きな命運を求めて

朝がくれば川をとび越える

馬の耳の間で

支那の男は巧みに餌食する

粟の熱い粥をゆっくり匙で口へはこびこむ

世人には信じられぬ芸当だ

利害や見世物の営みでなく

それは天性の魂がもっぱら行う密儀といえる

走る馬の後肢の檻からたえず

吹きだされる尾の束で

支那の男は人馬一体の汗をふく

はげしく見開かれた馬の眼の膜を通じ

赤目の小児・崩れた土の家・楊柳の緑で包まれた柩

黄色い砂の竜巻を一瞥し

支那の男は病患の歴史を憎む

馬は住みついて離れぬ主人のため走りつづけ

死にかかって跳躍を試みる

まさに飛翔する時

最後の放屁のこだま

浮ぶ馬の臀を裂く

支那の男は間髪を入れず

徒労と肉欲の衝動をまっちさせ

背の方から妻をめとり

種族の繁栄を成就した

零細な事物と偉大な予感を

万朶の雲が産む暁

支那の男はおのれを侮蔑しつづける

禁制の首都・敵へ

陰惨な刑罰を加えに向う

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2003/07/07

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吉岡 実

ヨシオカ ミノル
よしおか みのる 詩人・装丁家 1919・4・15~1990・5・31  東京本所に生まれる。徴兵に際し、詩歌集『昏睡季節』、詩集『液体』刊行。輜重兵として満洲を転戦。戦後、筑摩書房に勤務。特異な幻視力による言語世界を構築した。主な詩集に『僧侶』(H氏賞)、『サフラン摘み』(高見順賞)、『薬玉』(藤村記念歴程賞)がある。

掲載作は、1958(昭和33)年刊の『僧侶』より抄出。

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