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形而上的神、宗教的神

 形而上學と宗敎と調和は相論ぜられた所にしろ、我々はその點を二箇所に於て認み得る。而して、その一は兩者共に實在感(the sense of reality)より出る事、その二は形而上學の意義が、實在を求める事(もとよりカントに於てこそその意義を異にしたにせよ)にあるとも、形而上學とは形而上學の限界を知り、限界をこへての神秘世界に於て祈る事に他ならぬ。

 もとより宗敎と形而上學の出發點が人間心情內部の實在感に於て相共有するとは言へ、宗敎に於ては實在感は對象欲求と相伴つて宗敎的傾向──これはつとにアウグスチヌスに於て明かにされ──を形成し、而して此の宗敎的傾向は啓示と共に宗敎のカテゴリイを成すのである。然し、宗敎が形而上學よりより高き地位にあるにしろ、その相共有する物は人間內部に於ける實在感に於てである事は明白である。

 十八世紀より十九世紀に渡る唯理的、抽象的或は科學的實證的哲學に於て旣に我々は物足りなさを感じつつある。ミステイクを相慕ひ神秘に於て祈らんとする現代人の內部的實在感は更に轉回を示さんとする。形而上學より宗敎へ、二十世紀人の救はかくあらねばならぬであらう。

 とまれ、それはそうとして、我々精神內部の實在感は形而上學宗敎共に前提を實在におかしめる。勿論實在が先驗的な物か後天的な物かは此處では問題ではない。何故なれば觀念論に於ても實在を觀念の形に於て認めるのであるから。

 而して宗敎はシユライマツヘルの言を借れば高次の實在主義として考へられる。

 それ故、哲學者は意識的に無意識的に哲學を宗敎の內に含ましめつつ、實在に向つて思惟して行つた。而もベーコン曰く、「哲學は神、人間、自然に相關す」と。されば、哲學者に於ては神の存在證明は自己の哲學の目的の重大なる役割であつた。

 もとよりその神が「哲學者としての神」であつたにしろ。

 それ故我々は今此處に少數の神の存在の證明にノミナルな解答を與へた人々を回想しつゝ考察して行くのである。

 實在感(sense of reality by)なる物が如何なる物であるか。もとより實在感はカント流に解釋すれば對象に於て存在せず我自らの內に存在する。實在感はその自體東洋人感覺的風雅感と相關連しつゝ、すべての感情意識の上位にたつと言ふのは實在感中には美意識を含むから。

 此の實在感を前提として哲學と宗敎とはその方向に於て相別れ行く。一つは思惟の連續過程に於て、一つは嚴肅なる體驗過程に於て。

 而も、實在感から惹起された形而上學は不斷の思惟をその感覺經驗を消化しつゝ、實在に向つて進み行く。

 然れども、我々の思惟は表象その範圍に於てのみその活動を相許さるゝであらう。我々の思惟は觀念を創り行く。而も觀念はその表象世界に於ける觀念として存在するに過ぎない。

 もとより我々は思想の最高原理に到達するであらう。而し我等は最高實在の存在とその價値性に於ては形而上學より宗敎へ進み行かねばならぬ。而も最高實在の存在は形而上學に於て實在感に分斥を與へ宗敎は實在感その物の爲に對象にロゴス、神秘なる何物かを感ずる。それ故、我々は形而上學的神を抽出した人々、或は實在感ならざる對象欲求として神を求めた人々は宗敎に於ける形式の不必要を說く。

 我々はトルストイ的神(それは餘りにも莫とした物であつた。)にトルストイ自身も又我々も方としての愛としての神を見るであらうが實在感的神秘感を抱くを得ない。

 それ故に我々は宗敎に於ける儀式の尊長を其の歴史性的實在感と美的壯嚴的實在感とに於て必要とする。それ故、我々はカトリシズムとプロテスタンチズムに於てカトリシズムに於ける實在感の尊長を尊長し、併せて兩者の優劣の一局面を考へさせられる。

 我々は表象世界に於いての形而上學を肯定せざるが故の觀念論者に於ける特にデービツト・ヒユームに於ける懷疑論の行詰りを見る。そのヒユーム於いてドクマをさまされたカントは此の事實を知つた。されどカントに於ける神の存在──敢へて證明とは言へぬけれども──は甚だ危險性を相伴ふ。と言ふのはカントに於いては道德維持としての神は必然的にフアイヒンゲル的「かのやうにの哲學」の虚構としての神の存在を惹起する。

 我々はフオイヒンゲル的神の存在に少なくとも思惟に於てさへも、虚疑を感じ、何等の眞實性を認めるを得ない。フオイヒンゲルに於ける神はもとより實在感を思惟を以て眺めた終結とはいへ、餘りにも不自然にして、且神たるノミナルに於ける嚴肅を見受けない。寧ろ我々はフアイヒンゲル的神にプラグマチズムを認める。宗敎の神と哲學の神──もとより實在を思惟によつて把握しえたとして、それに神なる名称を與へたるにしろ──とは信仰の對象として、思惟認識の對象としての相違はあるにしても、哲學者がその實在に神なる名を與へる時、神としてのノミナルに於て、又實在の價値性──それは實用價値としてのでなく、寧ろ宗敎的神秘的價値としての壯嚴さを要す。

 而もフオイヒンゲル的虚構に我々は身を打込める事が出來ようか。

 宗敎と哲學に於ける實在の考察はもはや相異なる。形而上學に於てはもとより實在を假定する──否、形而上學に於てすら實在は肯定するも、それは依然として、思惟の對象として、その存在性を完全に把握せんとして行く。

 先に述べたる如く形而上學はそれ自らの限界を知らんとしての形而上學であるとして──何となれば、我々の思惟は表象の意味の世界「妥當」の世界を一歩も踏み出す事は出來ぬ──例へ一切の思想の最高原理にまで登るとも(場合によつてそれを神となづけても)その名の如何に拘らず理念であり、思想であり宗敎の意味する實在する神と明らかに區別されねばならぬ。カントは旣に賢明にも之を認めた。宗敎に於いての實在は實在感を感ずる時、旣に對象に宗敎的認識、宗敎的直觀──即ち思惟によらざる殆ど神秘性を申核とした觀察力によつて實在を肯定する。

 原始的宗敎に於て、木、石に或意味の實在を感ずる著しい例よ。

 次に我々は我々の即自的行動に抵抗する物としての實在、並びに我々が人生のはかなさ、苦痛から特に矛盾に於て、調和を求めて神を欲求する時生活の對象として神を要求する時、我々の內的精神はあるべしの神よりある所の神としての神を信ぜざるをえない。

 旣に宗敎に於ては、神の存在を前提として下にひき下げられる物である。

 而も我々はカントが言つた如く、思惟によりてえられたる(神特にデカルト的神)に何等の信仰を得る事の出來ないのはその神が思惟の抽象的思惟的理論的對象であるからである。

 それに反し、宗敎の神は人間內面の神秘性から情意から得られたる神として、それを所有する時──實在感を感じた時に於てすらも──喜びと悅しさを烈しく感ずる。

 それ故、宗敎に理論づける事は言葉より文字への「だらく」であると言ふウムナムの言は了解出來る(ウムナム、苦闘の哲學、言葉と文字)それ故信仰の對象としての神は旣に宗敎家自らにとつては何等の理論的證明をも必要としない。と言ふのは彼にとつては旣に情意的經驗によつて完全に神の存在を知るから。かゝるが故に我々は形而上的神の存在證明と宗敎的神の存在證明と換言すれば思惟對象としての神、情意的經驗により把握された神の對立を聖トマス、アクイナスと聖アンセルムスに於て認める。

 もとより聖トマス的立場に於ては宇宙論的證明として、即ち證明の名前に於て、學問的推理を重んじたにしろ、デスクラテス、スピノーザ、ライプニツヒ、へ-ゲル、更に「神の存在證明と其の根據」に於て神に關する一切の理論的論義を根本より覆へし、「一切の粉碎者。」と呼ばれたるカントも、アンセルムス的オントロジカル、實體論的存在證明を一切の證明の根據であると尊長せしめたのは、例へそれが理論的推理として全く標的を逸したる物とは言へ、宗敎的體驗としては特に他に勝れたる位置を示す物であるからである。

 と同時に我々は實在感的證明として、パスカルに於ける、即ちパンセに於ける、寧ろ人間自身を懷疑論たらしめる程のミステイシズムを以つて自然を眺めて神を認める證明法を想起する。而も、我々は信仰の對象としての神を、パスカル的に奇蹟に於て、或はミステイク的自然の偉大さに於て神を知る時、旣に我々は理論を以て抽出したる哲學的神の存在を必要としない。

 又即自行動に抵抗する實在、要績而も苦悶から生じたる烈しい欲求の神は旣に假定にあらずして存在たらしめる。而もそれ等は啓示であるとも言へよう。先にものべたる如く宗敎の獨特カテゴリイとしての啓示はもとよりミストスの形に於て──それはへーゲルの如くミストス、或はミストス的啓示の表象を理論化するよりは、寧ろ、ミストスを體驗そのものに於て理解する事が望ましいのであるが──あらはれるが、又我々の精神內部に於ける神秘性に觸れる物として啓示が存在する。

 此の情的啓示その物に於て神を認める事には超思惟的神對人との關係、能動對受動、絶對、對依存を見る事が出來る。

 されば、パスカルに於て、アンセルムスに於て彼等の神の存在表明──證明と言う語が聖トマス的立場に於て、理論的證明を意味するならば彼等は證明を必要としなかつた。──中に我等はトルストイの言葉(依存によつて神を知る。)或はテニソンの「(アカシ)はたゝぬながら唯信仰の力にて。」という句を思ひ出すであらう。

 それ故形而上學的神に於て我等は信仰の對象としての、神を見出す事は不可能である。

 我々は信仰の對象としての神の存在證明としてパスカル的立場を、或はオントロジカル的アンセルムス的立場に於て──我等の實在感に訴へつゝ──求めねばならぬ。

 而もかゝる立場から求むる神は有として同時に、聖と力と神秘とを我等の感情に訴へる。

 過去に於ける主知主義的メタフイズイツクに、更に情意を欲する現代人の間にパスカル研究の聲が高まつたのは何を意味するであらう。

 しかし、そう言ふ事はどうでも良い。

 我々は內より啓示を開く神をマイステル・エツクハルトの言に於て聞き駄稿を終らう。

「人々は考へられたる神に於て滿足しない。人々は實在する神を持たねばならぬ。」

 

 

遠藤周作記念館

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2019/03/27

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遠藤 周作

エンドウ シュウサク
えんどう しゅうさく 小説家 1923・3・27~1996・9・29 東京市巣鴨に生まれる。第10代日本ペンクラブ会長。ローマ法王庁によるシベストリー勲章 日本藝術院会員。

掲載作は、上智大學修練報国団同人誌『上智』第1号(昭和16年12月発行、上智大学史資料室蔵)に初出。同大予科1年、18歳の論文である。

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