最初へ

『草の花』(抄)

広小路

ゆき来も繁き

広小路

柳の蔭の

夕燕

 

しとしと雨の

降る中を

飛んでまた来て

また返り

 

泊る軒端も

ないのやら

ゆき来の人の

顔を見る

 

行々子

秋が来るやら

見な 行々子(よしきり)

(よし)についてて

離れない

 

葦の葉つぱに

河原の岸に

秋の来るのが

わかるやら

 

さうだ 行々子ア

河原の岸の

葦の葉つぱが

家だもの

 

鳴いて 行々子ア

いつでも さうだ

葦の葉つぱの

中で寝る

 

荷物片手に

こんな恋しい

この土地すてて

どこへ行くだろ

あの人は

 

どこへ行くのか

わしや知らないが

荷物片手に

傘さげて

 

わしも行きたい

この土地すてて

荷物片手に

あの人と

 

ひとり寝

誰も来ないが

垣根のそとに

(いたち)アちよろりと

今日(けふ)も来た

 

鼬ア来たから

つくづく見てりや

軒の蜘蛛さへ

巣で寝てる

 

お月さまなら

毎晩おいで

いつも わたしは

ひとり寝る

 

沼の家

梅の実は

青葉隠れに

 

降る雨にぬれて

しとしと

 

越路(こしぢ)なる

沼辺の岸に

 

(たたず)みて

菱の実採りし

 

沼の()

乙女を見たり

 

年月は

ゆくりなく過ぎ

 

はや すでに

昔となれど

 

梅の実に

雨の降るたび

 

沼の家の

乙女の髪に

 

わが心

今も残れり

 

苫屋の窓

磯の苫屋(とまや)

  小窓の戸さへ

 

誰を待つやら

  知らないが

 

海の遠くに

  春がゆく

 

沖の波さへ

  小磯の蔭に

 

誰のたよりか

  知らないが

 

海の遠くに

  春がゆく

 

釣瓶の水

冬が来ました

  川端(かはば)(やなぎ)

 

水の流れも

  寒くなる

 

遠い山から

  林に森に

 

風は毎日

  吹いて来る

 

(しぎ)は朝晩

  田甫(たんぼ)の中に

 

寒い声して

  スイと啼く

 

枯れて葉のない

  川端柳

 

続く水田は

  薄氷

 

井戸で水汲む

  釣瓶(つるべ)の中に

 

うつる影さへ

  冴えて来る

 

旅の青空

〽富士は伊達者で

白雪ア積る

解けてくれぬか

寒いから

 

〽恋は気まぐれ

あてにはならぬ

やがて別れる

時が来る

 

〽籠に飼はれた

小鳥ぢや辛い

わたしや気ままな

旅の鳥

 

〽泣いたからとて

今晩限り

明日はあの山

越えてゆく

 

〽誰に迷ふたか

一本(ひともと)桔梗

広い裾野の

中で咲く

 

〽いくら待つても

帰りはしない

籠をはなれた

鳥だもの

 

ゆく秋

最早(もはや) 今年も

野や 山の

草木の葉にも

秋は更け

 

ただ 夜は長く

大空の

星の影のみ

澄み渡り

 

山の木の実も

草の実も

野に また 山に

色赤く

 

山の小鳥も

野の 鳥も

友よび(かは)

声のする

 

夜すがら すだく

蟋蟀(こほろぎ)

声も いつしか

ほそぼそと

 

朝な朝なに

置く霜の

垣根の あたり

みな 白し

 

鳥は 野山に

友呼べと

かなしき 声の

蟋蟀や

 

嘆くも または

かなしむも

世のならはしか

秋のゆく

 

田舎娘

森の鳥なら

夜来ておくれ

 

裏の囲垣(ゐがき)

木の蔭へ

 

朝な 夕なに

わたしは ひとり

 

井戸で 米とぐ

水も汲む

 

山の鳥なら

昼 来ておくれ

 

裏の小窓の

軒先へ

 

わたしや 毎日

障子の蔭で

 

ただの ひとりで

(つむ)

 

山時鳥

啼いて空ゆく

山ほととぎす

 

旅の鳥やら

夜のあけ頃に

 

声を残して

姿も見せず

 

どこへゆくやら

村里遠く

 

月の()(しほ)

山越えて

 

柿の葉

裏の 柿の木ア

野分に吹かれ

 

カサリ コソリと

音立てながら

 

枯れた葉つぱが

落ちて来る

 

落ちた柿の葉

眺めてゐたりや

 

遠く 烏の

声がした

 

聞けば 聞くほど

カホカホと

 

時 鳥

卯の花の おぼろに

白く 咲いたころ

 

有明月の

なつかしく

 

何鳥ならむ

啼いてゆく

 

ある時は また

山里に

 

雑木林に

杉森に

 

啼きしも同じ

鳥なりし

 

苗運び

わたしは 田植の

苗運び

 

お前も 田植の

苗運び

 

かうして 運んで

ゐるうちに

 

お前は さうとは

知るまいが

 

朝から 晩まで

二人きり

 

わたしは どうやら

恋心

 

農作歌

  一

今も 昔も

日本の国は

汗と力で

田畑が実る

 

汗は額に

力は腕に

見なよ この汗

この力

 

  二

汗が枯れたら

力が細りや

言ふぢやなけれど

田畑が荒れる

 

空の天道さま

やくざな歌や

粋な踊りぢや

役立たぬ

 

春の月

  一

紅屋(べにや)で娘の言ふことにや

(サノ)言ふことにや

 

春のお月さま薄ぐもり

(ト、サイサイ)薄ぐもり

 

お顔に薄紅つけたとさ

(サノ)つけたとさ

 

わたしも薄紅つけよかな

(ト、サイサイ) つけよかな

 

    二

粉屋で妹の言ふことにや

(サノ)言ふことにや

 

わたしの姉さん薄化粧

(ト、サイサイ)薄化粧

 

お顔がほんのり桜色

(サノ)桜色

 

わたしも薄化粧しませうかな

(ト、サイサイ)しませうかな

 

 

 

文学館・記念館ホームページ 野口雨情記念館

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2015/09/08

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

ePubダウンロード

野口 雨情

ノグチ ウジョウ
のぐち うじょう 詩人。1882(明治15)年~1945(昭和20)年。茨城県生まれ。「船頭小唄」(原名「枯れすすき」)、「七つの子」、「赤い靴」、「青い目の人形」などで知られ、日本近代詩の中でも童謡・民謡の普及に努めた業績は高い。北原白秋、西條八十と並び、童謡の三大詩人と言われる。

掲載作は1936(昭和11)年に新潮社より刊行した最後の民謡集『草の花』から抄録。上梓にあたって「一読一誦万人共通を旨とし率直簡明なのが民謡の道である」と書いた通りの、分かりやすい作品が多い。しかし表面的な分かりやすさのみに捉われることなく、その奥の社会性などにも注目すべきであろう。1986(昭和61)年未來社刊『定本 野口雨情』第二巻を底本とした。

著者のその他の作品