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左川ちか詩集(抄)

鐘のなる日

終日

ふみにじられる落葉のうめくのをきく

人生の午後がさうである如く

すでに消え去つた時刻を告げる

かねの音が

ひときれひときれと

樹木の身をけづりとるときのやうに

そしてそこにはもはや時は無いのだから

憑かれた街

思ひ出の壯大な建物を

あらゆる他のほろびたものの上に

喚び起こし、待ちまうけ、希望するために。

我々の想念を空しくきづいてゐる美は、

時の限界の中で

すべての彼らの悲しみは

けつして語られることはないだらう。

併し地上は花の咲いたリノリユムである。

羊の一群が野原や木のふちを貪つて

のつそりと前進しながら

路上に押しあげられ よろめき

彼等はその運動を續けてゐる。

冬時にすべてのものは

魂の投影にすぎない。

魂の抱擁、

しめつた毛絲のやうにもつれながら。

毎年土をかぶらせてね

ものうげに跫音もたてず

いけがきの忍冬にすがりつき

道ばたにうづくまつてしまふ

おいぼれの冬よ

おまへの頭髪はかわいて

その上をあるいた人も

それらの人の思ひ出も死んでしまつた。

山 脈

遠い峯は風のやうにゆらいでゐる

ふもとの果樹園は眞白に開花してゐた

冬のままの山肌は

朝毎に絹を擴げたやうに美しい

私の瞳の中を音をたてて水が流れる

ありがたうございますと

私は見えないものに向つて拜みたい

誰も聞いてはゐない 免しはしないのだ

山鳩が貰ひ泣きをしては

私の聲を返してくれるのか

雪が消えて

谷間は石楠花や紅百合が咲き

綠の木蔭をつくるだらう

刺草の中にもおそい夏はひそんで

私たちの胸にどんなにか

華麗な焔が環を描く

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2013/05/29

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左川 ちか

サガワ チカ
詩人 1911~1936 北海道に生まれる。25歳で病没後に伊藤整らにより大きく見いだされた。  左川ちかは、昭和初期の、詩の叙情を否定するモダニズムの流れに乗った代表的な女性詩人。最初から「女性」や「生活」をうたうことを拒んでいるが、夭折したこともあって、詩人の晩年は、「死」や「病」を想起させるメタファーを用いた。生来病弱だったためか、作品からは研ぎすまされた感性を読み取ることができる。

 掲載した作品は1936(昭和11)年昭森社刊『左川ちか詩集』の一部、底本は1946年(河出書房刊)の『日本現代詩大系』第十巻に依る。

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