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グーグル新サービスの衝撃

 インターネット上の検察サイトとして有名なグーグル(Google)が、八月五日から新しいサービス「ストリートビュー」(GSV)を開始した。従来から「グーグルマップ」として地図情報を無料提供しているが、それにプラスして全国十二地域の風景を居ながらにしてみることができるようになった。沖縄県内でのサービスはないが、まさに車で運転しているかのように、道の両側の景色を表札が読めるぐらいまで詳細に確認できるサービスは圧巻である。

 すでに、パソコンによって全国はおろか世界中の詳細地図を見られることが当たり前になり、しかも衛星画像や航空写真によって、極めて高精細度の3D写真の閲覧も可能である(たとえばグーグルアース)。今回のサービスはその進化形ともいえる、いわば映像地図ということになる。しかも、その撮影範囲は裏通りにまで至っており、地図上で道が青く表示されているサービス地域は、車が入れる場所をおよそカバーしているように思える。しかも、カメラ位置が高いため(車の天井にさらに棒を立てて三百六十度撮影をしているという)、通常では見えない塀の内側までが映り込んでいる箇所も少なくない。

 そうしたことから、すでに〇七年五月からサービスが始まっている米国では、プライバシー侵害を理由に訴訟が提起されているほか、カナダではプライバシーコミッショナー(オンブズマン制度)の裁定によってサービス開始がストップした。フランスでも撮影対象の限定化(表通りのみ)などが行われていると報告されている。もちろん需要もあって、実際の建造物の特徴や周辺状況が手に取るように分かり、公開はしないまでも同様な情報は不動産業者などの間ではすでに利用されてきた。

 しかも、この種の一般サービスは初めてではなく、すでに日本でもいくつか実例もある。たとえば、東京メトロ(地下鉄)は主要な地上出口付近の三六〇度パノラマ風景画像を提供しており、偶然映り込んだ人物の顔なども場合によっては判明できるほどである(米国のパノラマソフトiSeeの利用)。都市映像データベースとうたう LocationView(ロケーションビュー)は国内企業のアジア航測が提供するもので、〇七年十月から一般公開を開始している。ほかにも、マラソンコースや車窓風景が楽しめるルートビデオサービスの ALPSLAB Videoや、日本でサービス提供はないものの、EveryScapeは米国主要都市を中心に北京もカバーしており、オートドライブ機能を使うと、まさにその街を観光している気分になる楽しさがあるのも事実だ。

 

 ではなぜ、グーグルが問題視されるのか。それは単に「気持ち悪い」という感情のレベルの話なのか。ネット上で何でも見ること知ることができる時代の象徴的な問題として、少し考えてみる価値がありそうだ。

 まず挙げられるのはプライバシーの問題である。一般に個人情報は①信教や政治的思想のような内心の情報で、絶対非公開のもの②医療や成績、納税など一部の行政情報のように、一般には非公開だが特定の人(組織)のみに所有を限定的に認めたもの③住所や電話番号のように一定程度自ら公開をする場合があるが、勝手な収集や利用は認めないもの④政治家の資産や公務員の氏名など、原則公開のもの—にカテゴライズすることが可能であろう。もちろんこれらは未来永劫不変なものではなく、時代や社会・文化などを背景に人の意識が変わることによって、動くことがあり得る。

 たとえば、電話番号は一昔前まで、電話帳への掲載などで相当程度広く公開していたが、現在は原則非公開となっているし、新任の公務員の情報が発表されず個人情報保護の過剰反応の典型例として問題視されている。一方で、CGM(コンシュマー・ジェネレイテッド・メディア)と称されるユーザー参加型のネットサービスにおいては、従来は絶対秘密とされてきた日記を公開したり、プロフの中で名前やアドレス等を気軽に教えるなどのプライベート公開が、犯罪を引き起こす温床になっているなどと、社会問題化もしている。しかし大枠では、前記の②③のカテゴリーについては法できちんと守ることが必要であるとの意識が高まり、個人情報保護法で保護しているのが現状だ。

 では今回のGSVはどのカテゴリーなのか。表札や家の外形は一見オープン情報のように思われるが、果たして世界中からみられることを想定しているのかとなれば疑問だろう。③の情報だからこそ、「オプトアウト」という手法を採用し、希望があれば削除しますという申し出制度を設けていると考えられる。しかし、地図データベース事業が個人情報保護法の主要なターゲットだったことを思い起こすならば、配慮不足との非難を免れない面があるのではないか。たとえば、グーグルは人の顔などに機械的にぼかしを入れているとされるが、ロケーションビューは手作業でモザイク処理をしているという。

 さらに、グーグルに膨大な個人情報が集積されることの危惧もある。映像情報そのものもそうであるが、さらに私たちの利用記録(いつ誰がどの地点の映像を利用したか)をグーグルが蓄積することになる。もし、ではあるが、犯罪が発生した場合に、その地点の映像を閲覧した人物を特定するための捜査情報として、警察がグーグルに情報提供を求めたらどうなるのか。従来の監視カメラの使われ方を考えても、私たちが知らないところで広範な個人情報の「活用」がなされる可能性がないとはいえない。

 

 情報の集積自体が悪とはいわない。グーグルスカラー(グーグルが提供する学術情報のデータベース)のトップページには、「巨人の肩に立つ」というメッセージが現れる。先達の業績をベースにしてこそ、将来に向かってより大きな発展の実現を願う、グーグル思想を表すものである。そうした思想が利用者に共有化されるためにも、どういう基準で撮影しているのかを公開し(なぜか提供空白地域が存在する)、その苦情手続きも、電話やファクスといったアナログの受付も含めコストと労力をかけることが求められるだろう。

 それは、グーグルが単なるプラットフォーム事業者ではなく、情報を収集し加工・編集し、そして発信する「メディア企業」であり、社会貢献を超えて社会的責任を背負う必要がある企業体に成長したことを意味するからだ。しかもネットサービスがある種のマスメディアであることの自覚とビヘイビアをもたなくてはいけないきっかけになる点で、今回のGSVは大きな意味を持つと思うのである。

 新しい技術によって多様なサービスが始まり、それによって大きな利便を得ることは好ましいことだ。しかし、一企業の振る舞いによって、せっかく矯正されようとしている行き過ぎた個人情報管理(例えば学校のクラス名簿を作らないなど)の風潮は、GSVで家がバレるからやっぱり住所は秘密にしようということになってしまうだろう。あるいは、犯罪予防のためにこの種の情報を法規制するということにもなりかねない。自由な表現活動を守り発展させ、グーグルが願う情報共有社会を実現するためにも、情報の発信者には常に節度と自律が求められていると考える。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2009/07/27

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山田 健太

ヤマダ ケンタ
やまだ けんた 法学者 1959(昭和34)年、京都市生まれ。言論法、人権法、ジャーナリズム論を専門とし、日本新聞博物館学芸員をへて専修大学准教授。主な著書に『刑事裁判と知る権利』(1997年、三省堂)、『法とジャーナリズム』(2004年、学陽書房)など。

掲載作は「琉球新報」2008年9月13日発表の原稿の行数調整前のバージョン。

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