最初へ

黒蜥蜴

    一

 

 年齢(としごろ)廿五六の男、風體(ふうてい)は職人。()や暮れんとせる夏の日の、暑熱(あつさ)尚ほ堪へ難くてや、記章袢天(しるしばんてん)の胸を開きて、浅黄の色褪せし手拭に汗を拭きつつ、腿より脛には蔽ふものもなくて、表も鼻緒も砂塵(ほこり)に古びたる麻裏を、突掛(つつかけ)草履の(あゆみ)いそがしげなり。

 身材(せい)(ひく)(かた)にて、肉肥満(ししこえ)たり。憎気(にくげ)なき丸顔の色白く、鼻は高からねど形恰(かつかう)好く、細く長き眼は常に()めるが如く、口は()と結びたれど、むつかしげならず、耳を蔽ふばかりに伸びし頭髪(かみ)は、垢づき乱れたり。

 日本橋区濱町三丁目を傍目(わきめ)もふらず、(かしら)は重げなれど(あし)はせはしげなり。ふと(かほ)を上げて我ながら呆れし風情(ふぜい)

「何の事だ。おやおや。」と呟きつ(あし)を返し、右側なる薬種屋(やくしゆや)の横手の露路へ入りたり。

 露路を入れば、裏には三軒(だち)の棟割長屋。取付(とりつき)には相用(あひもち)の井戸あり。井戸に沿ひし長屋の一軒(ひとつ)より、足音を聞付けしにや顔を(いだ)せしは、霜降(しもふり)頭の老婆なり。

與太(よた)さん。」と、老婆は通掛(とほりかゝ)りし男を呼び掛け、「如何(どう)だつたい。産婆(ばアさん)は居たかい。」と、眉根(まゆ)(ひそ)めて返辞を伺ふ(てい)

 與太郎は上眼に老婆を見て、点頭(うなづ)く様に会釈し、「あゝ、直きに行くツて。」

「そりや()塩梅(あんばい)だ。早く来て呉れねえぢや、何だか心細くツて。(それ)もね、私に経験(おぼえ)がありやア訳やねえんだが、はらはらするばッかしで、役に立ちや()ねえ。(どツ)ちにしたツて早く来て貰ひてえよ。それにお(めえ)、困ツちまふよ、れこにも。」と、拇指(おやゆび)を出して眼を丸くし、「一方にやアお都賀(つが)さんが、今にも出産(とびだ)しさうに陣痛(かぶ)るツて、うんうん吁鳴(うな)つてるのに、徳利と首引(くびツぴ)きか何かで、怒鳴りツ通しだらうぢやないか。お都賀さんが可哀想だから、私もお前の歸宅(けえ)る迄ともつて、今し方迄介抱(つい)てたんだけれどね、(しめえ)にや私に喰つて掛るんだよ。お都賀さんにや気の毒だが、仕様がねえから、いま引上げたところさ。お前早く歸宅(かえ)つて()んねえ、お都賀さんがお前を待つて泣いてるわな、可哀想に。」

「すまねえ、すまねえ。叔母さん勘忍して呉んねえ。」と、與太郎は気の毒さうに打詫(うちわ)びつゝ嘆息す。訴へ顔せし老婆も今は慰め顔。「なにお(めえ)、お前にや(ほん)に気の毒さ。性来(しやうぶん)だから為様(しやう)がねえが、お前の(とツ)さんだけれど、彼様(あんな)人は()えよ。お前は親孝行だし、お都賀さんは(やさ)しくするんだし、(なん)にも不足アあるめえに、如何して彼様(あんな)だらうかねえ。」

「どうも為様がねえ。叔母さん、お前にや(ほん)に済まねえ。」

「あれ、また怒鳴つてるよ。早く歸宅(かえ)つてお遣りよ。」

(ほん)に為様がねえなア。」

 與太郎は老婆に(わか)れ、空屋(あきや)を一軒隔てし長屋の奥隣、我家の門口(かどぐち)を入るより早く、小言(こごと)は脳天へ落掛りぬ。

「やい、與太、與太ン兵衛、何処を魔誤(まご)ついてやがるんでえ。(かゝあ)の事だと云やア、鼻汁(はな)ツ垂しめツ、二つ返辞でアクセキ(=表記できない)しやアがツて、親にや構やアがらねえんだな。お都賀と共謀(ぐる)になつて、親に当りやアがるんだな。当るなら当つて見ろい、ヘん年は()つたツて鍾馗(しようき)吉五郎(きちごらう)だ。さア何とでも()て見やアがれ。」

 與太郎の父吉五郎と云へるは、年六十に近けれども、骨太く肉脂(にくあぶら)づきたり。太く高き鼻の先垂れて鳶の(はし)の如く、大なる眼は白眼がちてぎよろ付き、唇厚くして且つ()りたり。(あか)く禿げて光りたる頭上(あたま)には、十筋ばかりの白髪(しらが)を集めて(つと)を落し、刷毛先(はけさき)を散らしたるは、鉞銀杏(まさかりいてふ)の昔を尚ほ今に忍べるにや。明衣(ゆかた)は脱ぎて投出し、年には羞しかるべき鍾馗の文身(いれずみ)を、素裸になりて胡坐(あぐら)をかきたり。前には鮪の刺身を竹の皮のまま、膳をも(いだ)さで畳に置き、右手(めて)には五合徳利、左手(ゆんで)には、盃に湯呑をさへ面倒なりとや、飯茶碗をとりたり。

 家は土間、炊場(ながし)をも合せて六畳の一間。壁と壁との一隅(かたすみ)()なきだに小暗(をぐら)きを半屏風に囲ひつ、他の一隅(かたすみ)には、大工を家業(なりはひ)の道具箱を押寄せあり。押入の奥は見えねど、一棹(ひとさを)箪笥(たんす)だになく、長火鉢と(へつつひ)との二つが、僅かに家の飾りとぞ見ゆめる。

 中央(まんなか)に胡坐をかきたる吉五郎、()や青くなるまでに()ひ、口はヘの字結び、瞳子(ひとみ)上眼(うはめ)(すわ)り、まだ土間に立ちたる與太郎を(きつ)と睨みて、

「さア如何(どう)でも()やアがれ。年は老つたッて鍾馗の吉五郎でい。箆棒(べらぼう)めツ、與太、手前(てめえ)なんぞにや指一本ささせねえぞ。さア何とでも為やアがれ。」

 與太郎は上にあがりて、「家爺(ちやん)お前如何(どう)()たてえんだよ。おいらは何とも云つてやア為ねえよ。お前を如何しろてツたツて、串戯(じやうだん)ぢやアねえ、如何なるもんかね。腹ア立つ事があつたら、おいら謝罪(あやま)るからねえ、家爺、勘忍して呉んねえな。」と、父を(なだ)めて、屏風の傍に立寄らんとするを、「與太待てツ。」と、呼止むる吉五郎。

「何だよ、家爺。」と、振返る與太郎をはたと睨み、「何だよたア何でえ。此処へ来い。えゝ、何故来やがらねえんだ。」

 父の(ことば)に詮方なけれど、與太郎は産に(なや)める女房の上気遣(きづか)はしく、立ちながら屏風の内をさし覗けば、枕にしがみ付きて、苦痛を耐へ忍べるお都賀、顔も()あげで、乱れたる頭髪(かみ)打顫(うちふる)へり。

愚頭々々(ぐづぐづ)しねえで、来いと云つたら来ねえか。」と、噛付くが如く罵る吉五郎。

「お前さん、は、は、早く、お出でよ。」と、云ふ声の断続(きれぎれ)苦痛(くるしさ)(おも)はれ、蟲の音なる女房が言葉に、與太郎は尚ほ一歩(ひとあし)進み寄りて、「今直きに産婆(ばアさん)が来るからな、耐忍(がまん)して居ねえよ。」

「あ! 心配してお呉れでない。もう、なアに、苦しかア……何ともありやしないよ。(あたし)(とか)()いから、は、は、早く、お出でよ、お家父(とツ)さんが呼んでお居でだから。」

耐忍(がまん)しねえ。もう直きに来るんだから。」と、女房を慰め置きつ、與太郎は腕打組みて、吉五郎が前へ坐りたり。

「おい與太。手前何だな、乃公(おいら)と話す(ひま)もねえんだな。」と、茶碗に八分目の酒を一息に飲み乾し、長き息をふうツと吐く。

 與太郎は眼を閉ぢて垂頭(うなづ)き、「其様(そんな)事アありやしねえよ。今帰宅(けえ)つた所なんで、鳥渡(ちよいと)いま……。」

「今帰宅つたなア、手前から聞かねえでも知つてらア。手前何の用があつて、何処へ行きやアがツたんでい。」

「何処へツて、産婆(ばアさん)を呼びに。お都賀が陣痛(むしがかぶ)つて、今にも飛出しさうなんで。見ねえな……。」と、吉五郎が顔を(きツ)と見て、其目に産婦を見返り、「如何(あんな)(せつ)ながりやがるから、産婆(ばアさん)を呼びに行つて、今帰宅(けえ)つて、鳥渡(ちよいと)お都賀の……。」

「だから云はねえ事か。一人前(いちにんめえ)の腕も持たねえで、孩(がき)(こせ)えて、手前(それ)如何(どう)する積りなんでい。」

「如何するツたツて、お前、今更其様(そんな)……為様(しやう)がねえよ。」

「為様がねえものを、何故こせえやがツたんでい。」

「だツて…。困ツちまはア。」

「何だと、困ツちまふだア。」と、乗出すが如く顔を進めて眼を怒らし、「生意気なことを抜かしやアがるない。箆棒(べらぼう)めツ、手前の様な意気地なしにや、(かかア)()てねえツて、最初(はじめ)ツから云つてるんだ。嚊を有ちやア(がき)が出来るてえなア、手前の様な没分暁漢(わからずや)にだツて、分らねえ事はあるめえ。今でせえ、箆棒めツ、たツた一人の親の口を()しやがるぢやねえか。」

家爺(ちやん)、静かに云つて呉んねえな。」と、與太郎は家外(おもて)を見返り、「外聞(げえぶん)が悪いやね、親の口を乾すだなんて。」父を見る眼も(おの)づと力む。

 吉五郎は(から)になりし徳利(とツくり)を板の間に(はふり)出し、「其面(そのつら)何でい。其様面ア為やがつて、如何為ようと云ふんでい。やい與太ツ、手前外聞(げえぶん)(わり)いてえ事知つてる気か。よう、與太ツ。」

 與太郎は相手にならざるこそ()けれ、とは思へども立ちもならず、今は(なかなか)に尻を据ゑつ、腰の煙草(いれ)を取り(いだ)し、伏目になりて煙草を()む、其眉頭(まゆ)には(ひそ)みも見ゆ。

 吉五郎は徳利を取上げ、これ見よがしに振揺(ふりうご)かしつ。「六十近い老親(おや)の口に、(うめ)酒一杯(いつぺえ)宛行(あてが)へねえで箆棒めツ、外聞が悪いたア、何吐(ぬか)しやがんでい。年()つて楽が()たけりやこそ、手前の様な無気力(いくぢなし)野郎を、馴れねえ男の手一つで人間並に為て遣つたんだ。職業(しごと)碌素法(ろくすツぱふ)出来ねえ木葉大工(こツぱでえく)の癖しやがツて、()きに嚊の詮索よ。親へ楽な思ひもさせやがらねえで、嚊の御託(ごたく)(すさま)じいや。初めツから云はねえ(こツ)ちやねえんだぞ。お都賀が来やがツてから、口が殖えたの何のツて漸々(だんだん)乃公(おいら)の口を絞りやアがつて、此頃ぢやア五合(ごんつく)と相場を()めツちまやアがつたぢやねえか。此上孩(がき)なんぞ出産(ひりだ)されて、おたまり小法師(こぼし)があるもんかい。孩兒が生れりやア、乃公はどんな目に会はされるかも知れやしねえ。ヘん、老人(ぢぢい)乾物(ひもの)なんざア、何処(どけ)へ持つてツたツて、銭にやなるめえぜ。加之(おまけ)無塩(ぶえん)の脂ツ気なしと来ちや、與太、手前捨所(すてどころ)にも魔誤つくだらうぜ。」と云ひ()んで、空徳利を(うつむ)けて茶碗へつがんとし、「ヘん、何の事アねえ、のの字を書いたツて初まらねえ奴よ。」と、又もや徳利を投出しぬ。

()えんだねえ。なけりや今()つて来るよ。済まねえけれど、産婆(ばアさん)が来る迄だ、鳥渡(ちよいと)待つて呉んねえよ。お前の云ふ通り、お都賀を(もら)つたなア、自分(おいら)が悪かつたから勘忍して呉んねえ。今更追出されるもんでもねえし、(それ)に孩(がき)が出来ちやア、もう詮方(しやう)がねえよ。お前が年老(とるとし)で、四肢(からだ)漸々(だんだん)きかなくなるし、其世話をさせてえと思つたから、お都賀を()んだ様なものの、如何(どう)した訳だか、お(めえ)の気にや入らねえし、自分(おいら)ア実に後悔してるんだ。だがね家爺(ちやん)、お前だッて孫だ。自分(おいら)だッて自分(てめえ)の孩兒の(つら)初めて見るんだから、今日は先づ目出度(めでて)えんだ。子よりも孫は可愛いとさへ云ふ(くれえ)だから、お前も耐忍(がまん)して機嫌を直して呉んねえよ。今日一日––孩兒が出産(とびだ)しやアがるまで、後生だから機嫌を直して温和(おとなし)飲酒(のん)で居て呉んねえ。産婆(ばアさん)が来せいすりや、自分(おいら)が大阪屋へ行つて、お前の飲みてえだけ、一升だツて二升だツて()つて来ようよ。後生だ、孩兒が出産(とびだ)すまで、家爺(ちやん)耐忍(がまん)して居て呉んねえ。」

「箆棒めッ、世間の奴等ア知らねえが、おらア孫の面なんざア見たくもねえんだ。お都賀の腹から出やがるんぢや、どうせ人間並の面アして居めえよ。手前産婆(とりあげばばア)なんざ呼ばねえで、香具師(やし)でも呼んで来やアがりや()いんだ。其方が余程(よツぽど)儲けづくだぜ。」

 屏風の内には忍びかねてや、吁鳴(うな)る声のいと苦しげなり。

 與太郎は屏風の(かた)を見返り、また父の方へ(むか)ひて、「まア()いやね。どうせ碌な孩(がき)や出来めえよ。種々(いろんな)事を聞いちやア血が上るめえとも……。」と、静かに立ちて屏風に立寄る。

 吉五郎は見送りて冷笑(あざわら)ひ、「へん、(かかア)となりや彼様(あんな)阿魔(あま)でも、憎くもねえさうだ。はゝはゝゝゝ。(とり)(まち)売残(うれのこ)りなら強勢(がうせい)だが、蟾蜍(ひきがへる)隻目(はんめ)と来ちやア、昔なら兩国だが、今ぢやア奥山(おくやま)もんだ。生れた其子が蛇男、親の因果が子に報う、やア評判ぢや評判ぢや」と、空徳利もて板の間を打ち(たた)く。

 女房の手前(てまへ)気の毒さは云ふにも足らず、萬一(もし)血の上る事ありもせばと、與太郎は(むし)りたき程切なき胸を、斯かる(おや)()ちし身の不勝(ふしよう)押鎮(おししづ)めても、流石(さすが)に涙ぐみたる眼に、屏風の中をさし覗けば、お都賀は枕に顔を押当て、岳父(しうと)悪口(あくこう)に裂けなんず胸の苦しさに、時を()つて催し来る陣痛を、声立てまじと身を悶えて忍べる(てい)。與太郎は見るに眼を閉ぢ、枕頭(まくらもと)に坐りし膝は(わなな)きたり。

 お都賀の肩に手を掛けたる與太郎、「お都賀。」「え。」と、お都賀は顔も得あげで、僅かに漏らす返事だに、忍音(しのびね)にして(なんだ)をもちたり。

「辛棒して呉んねえ、よう。今なァ、産婆(ばアさん)も今来るから、霎時(ちツと)()の辛棒だ。耐忍(がまん)してなア、自分(おいら)が知つてらア、手前が心配(しんぺえ)することアねえんだ。能いか。恨むない。恨んで呉れるな、よう。お願ひだ。」と、耳に口を寄せつつ云へば、「あー、なアに、(あたし)や恨む––人を恨む事はねえよ、自分(てめえ)を恨むばかりなんだよ。だがね與太さん、(あたし)や実に因果なんだね。考へると……。」と云ひかけて、(さぐ)り手に夫の手を(しか)と握り、身を顫はしつつ泣く。

 

    二

 

 お都賀は俗に厄年と云ふ十九。細面(ほそおもて)にして下品(げす)ならぬ面貌(かほだち)も、名から松皮(まつかは)()ばるる黒痘痕(くろあばた)、眼さへ左には星()りたり、鼻も口も尋常ながら、眉毛(まゆ)赤土(あかつち)の土手に、枯木の扶疎(まばら)なるも斯くや。髪はいぼじり巻の(びん)(たぼ)も、火の()くばかり(あぶら)なく乱れぬ。苦痛(くるしみ)(しん)(つか)れ気衰ヘ、結びし唇頭(くちびる)打顫ひ、夫を見上げし眼は、白眼(しろめ)に血さへ走りたり。

 (おもて)は人の花、眼はまた(おもて)の花なるべし。色の白きにも七難は(かく)すと云ふに、(かほ)の色は黒きが上に赭味(あかみ)()ち、薄痘(うすいも)さへ可厭(いや)なるを、目に釘する松皮痘痕(はうそう)、吉五郎が口癖として、隻目(はんめ)蟾蜍(ひきがへる)と罵れるも、憎きが上の悪口(あくこう)のみにはあらざりけり。

 なべての上に美しきを()づるは、自然(おのづから)なる人情(ひとごころ)()して百年偕老(かいらう)の妻を(えら)まんに、美人()漢と眠れるが多き世に、如何(いか)なれば一つならず二つまで、花の色香なきをば()りたりし、與太郎が意中こそ不審(いぶか)しけれ。

 與太郎と吉五郎とは、血を分ちし親子にはあらざりけり。吉五郎が女房われに子なきを悲しみ、世話する者あるに任せ、親知らずの約束して、腹も痛めず我子となせしは、與太郎が二歳(ふたつ)の秋の暮なりきと云ふ。

 雛人形はおろか、(ちん)猫さへ(まう)けし子の心になりて愛づること、石女(うまずめ)には多き(ためし)なれば、()して神かけ欲しかりし兒の、われを親とし馴染(なじ)むに、他家(よそ)の親には笑はるるまで、限りもなう鍾愛(かはい)がりし與太郎が養母は、今より十年以前(むかし)、春三月雪降りし年の、其月の上旬(はじめ)より余寒に()てられ、(さち)なく余病さへ起りて、半月とは臥しもせで、散るを櫻花(さくら)の盛りなる頃脆くも世を捨てたりき。()かりしより後、與太郎は吉五郎が手に成人(ひととな)りて、(やが)てぞ小腕(こうで)ながら父には勝り、朝夕(てうせき)に追はれざる迄にはなりけるなり。似た者夫婦のみにはあらざりけり。吉五郎は其妻に(かは)りて、與太郎を子とし愛せるならねば、女房世を去りし後は、職業(しごと)思はしからずとて、我のみ酒臭き息を吐きても、與太郎へは朝夕(てうせき)を缺かしめし事も多かりき。斯くしつつも尚ほ與太郎を養ひ、螟蛉(やしなひご)なる由をも知らしめざりしは、思ひの(ほか)小腕の利きて、あはれ一人前の大工となりなん見込あれば、これに依りて老後を安くせんと思ひたればなりけり。養母が與太郎の螟蛉(やしなひご)なる由を、彼のみにはあらず、世間へも深く包みし上、度々住居(すまひ)()へたれば、與太郎は()を知らん機会(をり)なかりき。父の辛きにつけては、飢に()られざる夜半(よは)の枕に、亡母愛懐(なきははなつかし)の涙は注げど、さて父を恨まん心はなく、命とし好きなる酒なるを、何程(なにほど)飲まれたればとて、何程の事かあるべき、稼ぐに追付く貧乏なしとさへ云ふものを、老後を樂しくさせてこそ、養育の恩の萬分(まんぶ)一をも報ずるなれと、日毎の賃金(かせぎ)は我手へ留めずして、(ことごと)く父に(わた)し、尚ほ酒料(のみしろ)不足(たらざ)ることを憂ヘ、おのれは粗衣粗食を分とし、花街(いろざと)は云ふも(おろか)、つい鼻の(さき)なる郡代の矢場さへ覗きしことなかりき。されば、仲間の若者等には、交際(つきあひ)を知らざる唐偏朴(たうへんぼく)、さては愚頭(ぐづ)與太と綽号(あだな)せられて、列外(のけもの)にされたれども、我は我なり、人並に(はづ)るればとて何かあるべきと、()口惜(くちを)しと思ふ気色(けしき)だにあらざりき。

 されども、(ほど)を知らず飽くことを知らず、(はかり)なき酒料(のみしろ)ばかりかは、吉五郎が贅沢三昧に、與太郎一箇(ひとり)の腕に油を絞ればとて、いかでか(ささ)ふることを得べき。稼いでも稼いでも、朝夕(てうせき)出入(でいり)に不足を責められ、たまたま病気或は職業(しごと)なきため家に在れば、其日の(れう)にも追はるる不始末。酒なければ瞬時(しばし)もあり難き、父が不機嫌を見るが可厭(いや)さに、四苦八苦の算段(さんだん)も尽きがてなり。加之(そのうへ)朝夕の炊事(みごし)も其手にすなれば、四六時中心も骨も折れ果てんとし、怠るとにはあらねど、自然(おのづ)職業(しごと)に身の入らざる日さへあり。職業に身を入れねば、得意場(とくいば)思惑(うけ)悪く、うけ悪ければ賃銭(かせぎ)(すくな)く、結局(つまり)は父の不機嫌を見るこそ辛けれ。世をも人をも無情(あぢきな)く覚えて、今は根気も尽果てたるを棟梁の(なにがし)見かねて、()が内幕を聞きもし協議(さうだん)をも遂げたる末、是を救はんには、女房を()つの外あるまじと勧めけるを、肉身分けし親子差向(さしむかひ)にてさヘ、円滑(まるく)は行き難き中ヘ、他人が入りてはと、與太郎最初(はじめ)(うち)謝絶(ことわ)りたれども、女房は家を治むる道具、(これ)なくては如何(いか)でか家(をさ)まるべき、家治まらずば、いかでか世に立つことを得ベき、殊に父御(おやご)の介抱を(たの)み置かば、後やすく心も長閑(のどか)に、職業にも充分(みツちり)身を入れらるべし。さすれば、自然(おのづ)生活(くらし)も楽になりて、父御(ててご)への孝養も出来る道理にはあらずやと、真心ある勧めに承伏(しようふく)し、似合(にあは)しき縁もあらばと頼み置き、喜ばせんものをと、父へ其由を告げけるに、吉五郎は心中面白からず、嫁とは云へど心置かれて従来(これまで)の我儘はなるまじ、云はば(かたき)を二人にするも同じこと、今でさへ酒料(のみしろ)不足勝(たらずがち)なるに、人一箇(ひとり)殖えるだけ影響(わり)を食うて溜るものかと、兎角に難じて(うん)と云はねば、與太郎は板挟みになりて(こう)じ果て、父不承知なるを如何にせん、押して(めと)らば却つて風波(ごたごた)の起る種ぞと、棟梁には謝絶(ことわ)りけるに、其様(そんな)没分暁漢(わからずや)の親があるものぞ、乃公(おれ)に任せよと、吉五郎に会ひて理害を諭しけるに、道理には横紙も破れず、渋面つくりながらも承伏しければ、相談(はなし)は早く嫁を迎ふるばかりに進みたりき。

 斯くて、棟梁が媒酌(なかうど)に迎へしは、何処へ出しても羞しからぬ容女(をんなぶり)、色白にて眼に権をもち、口尻あがり小股しまりて、半天を引掛(ひツか)吾妻下駄(あづまげた)突掛(つツか)けし姿は、與太には惜しきと仲間に評判(うはさ)され、羨まるる迄夫婦(なか)は睦まじかりしに、何とかしけん廿三日目に逃帰りて、彼方(むかう)より無理離縁(ひま)()りぬ。次に迎へしは、むツちりした丸顔、眼の下に黒子(ほくろ)ありて愛嬌ぽたぽたと落ちなん風情、年も十七咲出でし花に比べたりしに、或夜泣明せし次の日、吉五郎が洗()へ行きし留守の間に見えずなりぬ。六人目迄は三十日とは辛棒せず、何れも逃帰りたれば、後には、何か有るまじき評判(うはさ)さへ立ちて、媒酌(なかうど)せんと云ふ者さへあらずなりき。七人目に来りしは、今の女房お都賀なりける。

 與太郎は六人の女房に懲り果て、此上は一生独身(ひとり)にて暮すの外なし、父を見送りし上ならば、また御相談をも願ひませうが、先づ(それ)まではと、たまたま、世話せんと云ふ者あるをも謝絶(ことわ)りたりき。さるに、不思議なるは父の吉五郎、(さき)に嫁を迎ふるは不承知なりしに似ず、頻りに與太郎を促し、一日も早く七人目を迎へよと云ふ。萬事に父の(ことば)を背かざる與太郎なれども、懲りる仔細ありて懲りたりし今日(こんにち)容易(たやす)くは承引(うけひ)かざりしに、餘りに迫らるる事の切なるより、又同じ事を繰返すも可厭(いや)なれど、詮方(しかた)なきまま無益(だめ)と思ひながらも、七人目を迎ふることとはなしけり。

 生来(うまれつき)不具(かたは)ならねば、容姿(きりやう)には望みなし、気立素直にして実意深く、難物(むつかしや)岳父(しうと)の機嫌を損ねざらん女をとの希望(のぞみ)。親ある身には道理ある希望なれども、何かが隠れなき評判となりたれば、與太さん一人の処ならば、望んでも遣りたきものなれども、あの岳父殿がと、(うしろ)を見するもののみなりしに、去る人の世話にてお都賀と見合せし時は、いかに容姿(きりやう)に望みなしとは云ひながら、與太郎は此はと二の足を踏みたりしが、女らしき女には()や懲り果てたり、此女ならば去る事もあるまじ、花ありても実なくば何かせん、外見は(かはら)(こいし)なりとも、内に金玉(きんぎよく)を包みたらんこそ、家に取りての宝なるべけれと、即座にお都賀を娶るべしと約したりき。斯くと聞きたる吉五郎、喜ぶかと思へば不承知を唱へて、一つには家の飾りともなるべき女房、醉興にも程こそあれと難ずるを、一旦約せしを犬猫同様、(てのうち)かへす違約(へんがへ)もなるまじ、兎角(とかく)に私が望みなればとて、(つひ)にお都賀を(めと)りたりき。前々(ぜんぜん)の六人の嫁には(かは)りて、お都賀が輿入(こしいれ)の其夜より、吉五郎莞爾(にこり)ともせざれば、岳父(しうと)は辛き者とは聞きたれども、(これ)ほど迄とは思ひ掛けざりき。とは云ヘ、兩親(ふたおや)には幼時(はやく)死別(わか)れ、頼みにすべき兄弟もなければ、親戚(しんるゐ)とても構つて呉れざる、生来(うまれつき)ならねど不具(かたは)に等しく、色も香もなき此身を、縁ものとは云ひながら、女房に()つて呉れたる夫の志こそ(かたじけ)なけれ、岳父の何程も辛くば辛かれ、見事に辛棒()遂げて、鬼を佛に為しなんこと、我心の持ち(やう)一つなるべしと、お都賀は健気(けなげ)にも思ひ定めつ、留守勝なる夫、家にのみ在る岳父(しうと)(いづ)れへも、陰陽(かげひなた)なく真心もて仕へけるにぞ、今度こそはと、與太郎が頼母(たのも)しく思へるには引更(ひきか)ヘ、吉五郎は朝から酒びたしの我儘三昧、下女同様に追使へど、はいはいと柳のしなひには、野分(のわき)もすさぶに張合なく、兎角して一月余りは過ぎたりき。

 或日の夕暮なりき。與太郎は例の職業(しごと)に出でて留守なりしが、何事の(おこ)れるにや、お都賀は俄然(にはかに)泣声立てつ、家外(おもて)へ逃出しぬ。一軒()きて隣家(となり)の老婆、其声を聞付けて馳来(はせきた)り、何事ぞと問へども、お都賀は仔細を云はで唯泣くのみ。家内(やうち)をさし覗けば、吉五郎眼を怒らして突立(つツた)ちたるが、家外(おもて)まで追出でんとするにもあらず、老婆が来りしを見て、何とやらん手持無沙汰の気色(けしき)見ゆ。

 老婆は解けかかりしお都賀が帯を引締め遣りつ、「泣いてちやア見ツともねえよ。まア如何(どう)したてえんだね。お都賀さん、私に理由(わけ)を話しなさるが()い。吉さん、お前さんも、様子は知らねえけれど、まア勘忍して遣つて呉んなせいよ。與太さんは留守(ゐねえ)し、まア静かに。……お都賀さん、如何(どう)したてえんだよ。」と、雙方を押和(おしなだ)め、様子を聞糺(ききただ)さんとすれども、お都賀は尚ほ泣入りて言葉はなし。

「お()さん、放棄(うツちや)ツといて呉んねえ。太い阿魔だ。其様(そんな)(つら)アしてやアがつて、生意気を(ぬか)すない。與太が帰宅(けえ)つたら、何だとか(ぬか)しやアがつたな。うす野呂の與太兵衛(よたんべえ)を誤魔化しやアがつて、能い加減な作言(うそ)()きやアがると承知しねえぞ。何だッ、其面(そのつら)ア。隻目(はんめ)蟾蜍(ひきがへる)よろしくてえ面ア()やアがつて生意気な事吐(ぬか)すない。作言(うそ)つきやアがると、生かしちや置かねえから、さう思つてやアがれ。お()さん、放棄(うつちや)ツといて呉んねえ。此様(こんな)強情な……太い阿魔ツちやねえ。與太に何とでも云つて見ろい。作言(うそ)をつくなら吐いて見ろい。」

 いざと云はば、打ちも掛りなん吉五郎が見脈(けんまく)に、老婆は仔細は知らねど、また例の一件ではあるまいか、まさか今度のに其様(そんな)事はと、尚ほ疑ひを存しつつお都賀を問詰むれど、泣入りて仔細を語らず、僅かに口を開きて、「何様(どんな)面ア為て居たツて、心まで……。」と、云掛くれば、吉五郎が噛付く如き怒声(どせい)に、云はんとしては云ひかぬる風情(ふぜい)なり。老婆は(いよい)(それ)(さと)れど、知らず顔に吉五郎を(なだ)めつ、お都賀を慰めつ、兎角しける処ヘ、與太郎帰宅(かへ)りたりき。

 老婆は與太郎に(むか)ひ、おのれが見し様子(まま)を語りて、仔細(しさい)は知らねど、お都賀どの悪きものなれば、悪き様に詫の為様(しやう)はお前の心に在るべし、(なまじ)ひに他人が入つたなら、そこには蓋も()る道理、親子夫婦三人水入らずの和合(なかなほり)をと、(よき)機会(しほ)にして帰り去りぬ。

 與太郎は詫をするにも、謝せしむるにも、さし当つて迷惑したれど、何がなしに酒の事と、泣居るお都賀を叱りて酒屋へと走らせ、何事も(これ)に免じてと、膳を賑はす下物(さかな)も二三(ぴん)()らぬ口ながら其身も唇を(うるほ)し、仔細は不言(いはず)不語(かたらず)、一場の段落(をさまり)はつきたりき。

 此よりの後、お都賀は岳父の顔を見れば、浅猿(あさま)しやと思ふ心の動きて、包むとすれど色に出づれば、吉五郎は口続けに隻目(はんめ)蟾蜍(ひきがへる)と罵りつ、酒に怒を漏らして夫婦(ふたり)に当れば、與太郎が眉間(みけん)(ひそ)み、お都賀が眼の(あか)からざる日とてはなかりき。

 斯かる中にお都賀は妊娠(みごも)りたりしが、他家(よそ)にては打祝ふべきを、吉五郎と云ふものあればこそ、因果を宿せしかの如く打歎く、夫婦(ふたり)意中(こころ)こそ哀れなれ。

 

     三

 

 僥倖(さいはひ)にして血も上らず、胎兒(はらのこ)にも(つつが)なく、お都賀は夫の優しき心を塩釜(しほがま)守札(まもり)とも(すが)りて、産婆来りし後は思ひの外に産も(かろ)く、身二つになりし嬉しさ何物にか(たぐ)ふべき。

 産声(うぶごゑ)にも力あり、男兒(をのこ)なりと聞くに、與太郎が喜ぶ顔を見るより、産婆も手柄顔に吉五郎が(そば)へさし付け、「御覧なさいまし。御器量好しで(いら)ツしやいます。丸々とお肥りなすつて、(この)お可愛いこと。まア笑ひさうな顔をなさつて。」と、(ゑみ)を含みつ、「さアお爺ちやんですよ。」と、愛想を花に孩兒(みどりご)を見せけるに、此時までも徳利を放さざりし吉五郎、振向きだにせざれば、産婆は継ぐべき言葉を失ひて呆れたり。

 與太郎は斯くと見て、産婆が思はん所も気の毒さに、「家爺(ちやん)鳥渡(ちよいと)見て遣つて呉んねえ。折角産婆(をば)さんが連れてッて呉れたんだよ。可愛くもあるめえけれど、ねえ家爺。」と、促されたる吉五郎、「何だ見て呉んねえだ。何を見るんでい。」と、漸くにして朦朧たる醉眼を此方(こなた)へ向けたり。

「何だ、孩(がき)か。見ろてえな、此か。はゝはゝ、不思議だなア。此でも人間並の面アしてやアがるから、変梃来(へんてこらい)だなア。生れねえでも好いんだに……。痘痕面(あばたづら)もしねえで、眼も雙方(ふたつ)ある処がまア儲けもんだ。何だッて。可愛かろだア。産婆(をば)さん、串戯(じやうだん)云ひツこなしだぜ。自分(おいら)は此奴の方が、余程(よつぽど)可愛いや。なア、手前(てめえ)とが一番気が合つてらア。何時見ても憎くねえな、手前(てめえ)ばかりだ。さア、もう一(ぺえ)可愛がつて遣るべい。」

 吉五郎が言葉の終れる途端に、屏風の中なるお都賀、はアと声立てつつ泣く。産婆は驚き呆れながら萬一の事ありてはと、與太郎へ眼顔(めがほ)の指図に、與太郎はお都賀が手を(きツ)と握りしめ、耳に口を寄せて、「今始まつた(こつ)ちやアねえや。耐忍(がまん)して。()いか。気を落付けてなア。何と云つたッて能いや。今手前(てめえ)如何(どう)()つて見ろ、おいらが困るばかりぢやアねえや、何にも知らねえ孩(がき)が、第一(でえいち)可哀想(かええさう)だ。耐忍(がまん)して呉んねえ。能いか。さア気を落付けねえ。な、な、な! 能いか。」と、吉五郎へ聞えざる程に慰め励ますなり。

 お都賀は夫の心配するが気の毒さに漸う涙を拭ひつ、袖より僅かに顔を(はづ)し、與太郎を見て言葉なく首肯(うなづ)きしが、見まじとすれど見ゆる屏風越の岳父(しうと)の顔の、悪鬼羅刹(あくきらせつ)よりも尚ほ怖ろしさと、当座の口惜(くちを)しさと、行末の覚束(おぼつか)なさとに、忍べども降りかかる身を知る雨に、又もや袖を蔽ひて泣く。

 斯くて其日は暮れぬ。次の日より與太郎は職業(しごと)(やす)みて、お都賀が傍に付添ひ介抱なす。産婆への礼物(こころづけ)を始め種々(いろいろ)費用(ものいり)準備(おもひし)より二倍の上となりたるに、職業を(やす)める事とて、吉五郎が酒料(のみしろ)を云ふ儘に應ぜざればとて、不足のたらたらを、朝まだきより怒鳴り立つるに、與太郎が(こう)じ果つるよりも、(そば)に聴く身のお都賀の辛さ。夫の志の難有きに付けても、少しも早く床を上げてと、心急ぎのみせらるれど、重病の後に等しき疲労(つかれ)に起きんとはもがけど、眼くらみ頭ふらつき、思ふ儘になり難きこそ術なけれ。

 遠慮会釈もなき父に追使はれ、酒屋其外への走り使ひ、孩兒(あか)を懐にしての炊事(みづしごと)、男の身にはなるまじき事を、いやな顔一つ見せず、朝から晩まで煙草()む間もなき與太郎が骨折心配(こころづかひ)に、お都賀は耐へ兼ね、剽輕(かるはずみ)してはと止めらるるを、最早(もう)何の事もなければと起出で、足元の危うきを見せじと踏みしめ踏みしめ、まだ鉢巻は()()らで台所(ながしもと)に立働くを、岳父が例の悪口は例の癖と耳にも止めず、其日より夫を勧めて、職業(しごと)へと(いだ)し遣りぬ。後髪ひかるる心安からで、與太郎は一軒()きし隣家(となり)の老婆に留守の間を注意(きをつ)けてと、萬事を頼み置きて、漸く職業に出づることとなしけり。

 一日も気の晴々(せいせい)すると云ふ事はなけれど、孩兒(あか)命名日(しちや)も昨日と過ぎ、昨夜(ゆうべ)からは與吉(よきち)々々と、日に夜に可愛さの勝りて、宮参(みやまゐり)をも身分相応に済ましぬ。此頃は()やそろそろ笑ひ掛くるに、食初(くひぞめ)百日(そのひ)も明日となれば、贅沢らしうはあれども(あか)の膳と朱の椀、真似ごとに等しき形ばかりの(もの)ならば、高価(たか)きことはあるまじ、今日の帰宅掛(かへりが)けに、お前さんの見繕ひにて、調(ととの)へて下されと女房の頼みに與太郎も首肯(うなづ)きて出行(いでゆ)きたれば、お都賀は心嬉しく、夫の帰宅を午前(ひるまへ)より待受けたりき。

 秋の日の暮れ易くて、隣家(となり)質商(しちや)の土蔵に日影なくなりければ、お都賀は門に立ちて、夫の帰宅を今やと待ちける後に、大欠伸(おほあくび)しつつ午睡(ひるね)より目ざめし吉五郎、「げーい。あッあー、あー厭な気持だ。何だ、もう暮れるのか。暮れようが暮れめえが、夜が明けようが明けめえが、其様(そんな)事にやア用はねえ。やい、お都賀。居ねえのか。何だ、其様(そんな)(とけ)茫然(ぼんやり)突立(つツた)つてやアがッて、如何(どう)したてえんだ。さア早く燗を()ねえか。いや、燗する(めえ)に、大阪屋へ行つて来るんだ。愚頭愚頭(ぐづぐづ)しねえで、早くしろい。」と、(しツ)するが如きは岳父(しうと)(いつも)の調子。

「おや、お起きなすつたの。今行つて来ますよ。」と、お都賀は内に入りて、財布を出して中を探れば、さても不思議、今朝まで(たし)かに在りたる銀銅合せて二十何銭、何時の間に何人(だれ)が出せしか、数を尽して失せたるに胆を(つぶ)し、驚き呆れて言葉も出でず。

 吉五郎はぎよろりと見つ、「如何したてえんだ。何だ、其様(そんな)面ア為やがッて。無えのか。酒買ふ(ぜに)が無えのか。」

「無い筈はないんだけれど……。」

「無えんだけれど、如何したてえんだ。」

「どうも不思議だ事。如何したてえんだろ。まア。」

「不思議だ。何が不思議なんでい。財布へ入れてえたのが、無えてんだな。」

「えー、(たし)かに、私が入れといたのに……。」と、お都賀は首を一趣(かし)げたり。

 吉五郎はお都賀を睨みし眼を光らし、「なにを(ぬか)しやがるんでい。乃公(おれ)窃取(どろばう)したてえのか。」

「あれ、お家(とツ)さん。さうぢやアありませんよ。」

「さうぢやねえ。さうでなきや、如何したてえんだ。やい、お都賀。考へて見ろい。()いか。此家(うち)に居るものア、手前(てめえ)乃公(おれ)と其孩兒(がき)と三人だ。能いか。其孩兒がよもや……手前の腹から出やアがつたんだが、手も足も動けねえで、眞逆(まさか)窃盗(ぬすツと)()めえよ。能いか。して見りやア手前誰が盗んだてえんだ。ふざけた(こと)(ぬか)しやがると、承知しねえぞ。」

「あれ、まあ、お家(とツ)さん、何ですねえ。其様事が……。何人(だれ)が其様事を思ふもんですかね。」

「思はれて溜るかい。阿多福(おたふく)め。やい、隻目(はん)。手前能くも其様事を(ぬか)しやアがつたな。其様事を吐すからにや、手前手證(てしよう)を見たてえんだな。面白(おもしれ)えや。さア何処へでも引張つてけ。警察へでも、何処へでも突出して見ろい。」

 お都賀は今は泣声になり、「まア如何したら能いだらうねえ。お家(とツ)さん、気に触つたら勘忍して下さいよ、何も其様(そんな)事を思つて云つたんぢやないんですから。本統(ほんとう)に飛んでもない。何様(どんな)にでも謝罪(あやま)りますから。」と、吉五郎が前へ手を()き、詫言(わびごと)しつつ涙はらはらと落しぬ。

「ぢやア何だな。手前が譌言(うそ)()きやアがつて、其を乃公(おれ)所為(せゐ)にする積りだつたんだな。」

「あれ、其様(そんな)……。如何してお家爺さんに……。其様可(おそろ)しい事を…。」

「いや、さうだ。其に(ちげ)えねえ。うぬッ、如何するか見やアがれ。」

 吉五郎あはや立掛らんとするに、お都賀は與吉に怪我あらせてはと、「お家爺さん、勘忍して下さい。」と、叫びつつ與吉を抱へて、水口(みづぐち)より家外(おもて)へ逃出しけるに、折能くも與太郎帰り来りければ、お都賀は嬉しく、「お前さん。」と、ひしと夫に縋りて、遂に声を立てて泣出したり。

 與太郎は驚きながらも、また例の一件かと、(ことさ)らに落付きて、其仔細を(たづ)ねんともせず、目まぜにお都賀を制し、静かに家内(うち)に入り、股引足袋の塵埃(ごみ)を手拭もて払ひなどして、さて父吉五郎へ会釈しぬ。吉五郎は與太郎が落付過ぎたるに、一入(ひとしお)怒気(いかり)を加ヘ、「與太ツ、隻目(はんめ)を追出しちまヘ。彼様(あんな)阿魔を(うち)に置くことアならねえぞ。」

「えッ。」と、與太郎は父の顔を仰ぎて、「追出しちまヘッて。何だか知らねえが、家爺(ちやん)勘忍して遣つて呉んねえ。お都賀、手前早く来て謝罪(あやま)つちまヘ。不可(いけ)ねえぢやアねえか。此から気を付けろい。」

「謝罪つたッて承知出来ねえんだ。親に向やアがつて、窃盗(どろぼう)呼ばはり為やがつたんだ。」

「何だッて。家爺(ちやん)を窃盗だツて。お都賀、手前何を云つたんだ。家爺を窃盗なんて。他の事たア一処にされねえ。如何したんだ。如何した訳なんだ。さア其訳を話して見ろ。次第に依つちやア、おいらも承知出来ねえぞ、さア早く云はねえか。」

 夫にまで誤解(まちが)へられて何となるべき、とお都賀は先刻の始終を述べ了り、「いくら私が気が利かないからと云つて、お家(とツ)さんを窃盗(どろぼう)だなんて如何して其様事を云やアしません。其様可(おそろ)しい……。」と、云掛けて又もや泣声になり、末は(しか)と聞取難し。

「はゝはゝゝ。」と、與太郎は笑ひ出し、「こりやア大失敗(おほしくじり)だ。家爺、勘忍して呉んねえ。お都賀、手前が悪いんでもねえんだ。おいらの大失敗なんだ。今朝手前が與吉(ばうず)食初(くれえぞめ)の祝の、膳と椀と欲しいてえから、今日帰路(けえり)に買つて来て遣りてえと思つたんだが、懐合(ふところぐええ)が悪いから、手前の財布をはたいて行つたんだ。云つて置かうと思つたんだがつい忘れツちまつて……。」と、頭を()きつつ父に(むか)ひ、「さう云ふ次第なんだから、家爺(ちやん)勘忍して遣つて呉んねえ。おいらが大失敗(おほしくじり)だ。」

 夫の言葉に胸撫下せしお都賀が眼前(めさき)へ、與太郎は買来りし註文の品々を列べたり。

 お都賀は膳と椀を手に取上げ、「お前さんが持つてくなら持つてくと、さう云つて置いてお呉れだと、此様(こんな)事にやならないのに。其を聞いて、実に安心したよ。」と、云ひつつ手にせし物を(つくづく)視て、嬉しさは色に見えて莞爾(につこり)し、「好い事ね、可愛らしくツて。」と、ひねくり()や余念なげなり。

「塗が()いから、思つたよりか散財(おご)つて来た。財布の底を(はた)いちまつて、これ此通りだ。」與太郎財布を(はた)き見すれば、お都賀は心に驚き、ぢツと夫の顔を見る。與太郎も(それ)と気付きて、失敗(しくじ)りたりと思へば、自然(おのづ)眉間(みけん)も曇るめり。

 様子を見居たる吉五郎、「與太、そりや何でい、鳥渡(ちよツと)見せな。何だ、孩兒(がき)(いええ)の膳椀だと。馬鹿野郎め、何の真似()やがるんでい。大事の親の口を乾しやアがつて、其様(こんな)真似為て見てえんだな。えーツ。」と、罵るかと見る間に、足を上げてお都賀が(かた)へ蹴付けたり。

 あなやとばかりお都賀身を(かは)せば、膳は飛んで柱に当りて(ふち)離れ、椀は不運にも與吉が頭をはたと打つ。わツとばかり泣出せば、余りの事に與太郎も、「家爺(ちやん)、お前も(あんま)り……。」と、云掛けしが思返し、さし垂頭(うつむ)きて眼を(ねむ)れば、お都賀は我も共音(ともね)に泣きつ、「ええ、たがよたがよ。」と、與吉が頭を撫でつ(さす)りつ。

 

     四

 

如何(どう)だの、お都賀さん。今日は(ちツ)たア()いかの。」

 水を汲みにとて、井戸端に来りし隣家(となり)の老婆、(どぶ)を前にして小兒(せうに)襁褓(むつき)洗浄(きよ)め居るお都賀に声掛け、背に負ひたる與吉が顔をさし覗き、「睡眠(ねんね)だね。あれ笑ふよ、夢を見てるさうな。ほゝほ。まア(なん)てい可愛い顔だらう。あれ、また笑ふよ。(きち)さんにや可愛くねえのかの。可哀さうに、(ひで)い事を。まだ熱は()れねえかい。飛んでもねえお祖父さんだなう。」

「あ−、まだ()めねえで困るのさ。」と、お都賀は老婆の顔を仰ぎ見、「詮方(しかた)がねえやね、(なげ)いものにや巻かれろてえから。だがね、此兒(このこ)も可哀想だよ。罪もねえ、何にも知らねえものを……(いツ)そ死んぢまつた方が、此兒の幸_(しあはせ)かも知れねえよ。ねえ、をばさん。」と、さし垂頭(うつむ)きて眼には涙見ゆ。

戯言(じやうだん)お云ひでないよ。お(めえ)其様(そんな)ぢや為様(しやう)がねえよ。なにお前、何時まで生きてられるもんでねえやね。其中(そのうち)にや楽にならアね。短気を出さねえで、辛棒してお居でよ。御覧な、また笑つてるよ、孩兒(あかんぼ)は本統に仏様だなう。與太さんも(つれ)(こツ)たらう。お待ちよ、私が汲んで遣るから、早く()けてお仕舞ひよ。さア()いかい。」

「はい、難有(ありがた)うよ。はばかり様。本統だよ、與太さんが可哀想さ。自分(てめえ)の亭主を()めるんぢやねえけれど、彼様(あんな)好人物(いいひと)は滅多にありやしねえよ。本統に可哀想(かええさう)だよ。ねえお()さん。大概(てえげえ)の人なら、いくら親だッて、如彼(あんな)()せちやア置かねえやね。自分(てめえ)勝手を云ふんぢやねえけれど、お家(とツ)さんが居なかツたら、與太さんも何程(いくら)楽だか知れやア()ねえよ。與吉坊だツて、此様(こんな)酷い……。」

「本統にさ。だがね、憎まれ者何とかとやらでね、自由(まま)にやならねえもんさ。もう(なげ)い事もあるめえよ。」

勿體(もツてえ)ねえけれど、(あんま)(つれ)い時や、其様(そんな)感情(かんげえ)も出るのさ、與太さんを楽にしてえと思ふとね。」

 お都賀は洗ひし襁褓(むつき)(しぼ)らんと腰を()し、露路(ろじ)より見ゆる本街(ほんどほり)往来(ゆきき)ざわつけるを見て、「お()さん、何かあるのかねえ。往来が大層賑かぢやアないかね。」

「うー、(あれ)かい。(あり)やお(めえ)葬送(おともれえ)があるんさ。」

何家(どこ)から出るんだらう。何人(だれ)が死んだんだらうねえ。」

「私も今聞いたんだがね、それ此先の呉服屋の甲州屋さんね。彼家(あすこ)の旦那が一昨日(をとてえ)の朝死んでたんだツて。其をお前、同室(おんなじとけ)え寝てえたお_さんが、(ちツ)とも知らなかつたてえんで、世間ぢや種々(いろん)な事を云つてるんさ。可哀想(かええさう)()のお_さんが、彼様(あんな)可愛らしい顔をしてえて、眞逆(まさか)其様(そんな)……。情人(いろをとこ)があるの何のツて、世間ぢやア云つてるんだが、眞逆其様(そんな)事アありや()めえよ。」

「おや、まア。眞逆ねえ。其に(なん)だてえぢやないかね。今ぢや厳重(やかま)しくツて、薬種屋だツてお上の規則があるてえから。」

「そりやアさうだがね。さうばかりも云へねえやね。『亭主投げるにや、()の手が好かろ、青い蜥蜴(とかげ)蝿虎(はえとりぐも)まぜて』ツて、唄にせえあらアね。」

「おや、其様(そんな)唄が。」

「お前なんざア知るめえよ。(わし)の娘の時代(じでえ)流行(はや)つた唄なんだよ。『青い蜥蜴に蝿虎まぜて』、その(あと)ア何とか云つたツけ。中々流行つたもんさ。」

「青い蜥蜴に蝿虎まぜてツて。可怖(こは)い唄だ。あゝ、慄然(ぞツ)とする。」

 折から甲州屋の葬送(とむらひ)露路前を通ると聞くより、老婆は其を見物せんとて、溝板(どぶいた)に下駄踏み返しつつ走り行く。お都賀は小唄を聞きてより、身柱(ちりげ)寒き心地し、顔色さへ変りて、葬送を見んともぜず、少時(しばし)は茫然として立ちたりしが、吉五郎に呼ばれて、急ぎ我家に入りたり

     *   *   *

 四五日過ぎての午後(ひるすぎ)、お都賀は井戸端に、我が夫幼兒(をさなご)衣服(きもの)を洗濯しけるに例の老婆も濯物(すすぎもの)せんとて出来(いできた)り、何時も話種(はなし)は盡きぬものにや、世間話に余念なし。

「お()さん、何の事もありやア為ねえよ。唄なんか虚譌(うそ)なんだね。」

 お都賀は斯く云ひて何気(なにげ)なき(てい)。老婆は聞くより吃驚(びツくり)し、覚えずお都賀の顔を見詰めたり。

「唄なんか(うそ)だツて。お都賀さん、お前……。」と、丸くせし眼に前後(あとさき)を見廻し、小声になりて、「お前、(ため)しでも()たのかい。」

「なアに。ほゝほゝゝゝ。お()さん戯言(じやうだん)云つちやア不可(いや)だよ。」とは云へども面色(めんしよく)かはり、無理笑の声淋しげなり。

(そん)なら()いけれども、私や吃驚しッちまつたよ。」

「なアにね、唄なんかに在ることア、大概(てえげえ)(うそ)だから、青蜥蜴なんか何にもなりや()めえともつて。云はねえでも好いことを。ほゝほゝほゝ。」

「そりやさうさ、其様(そんな)事があつちやア溜らねえよ。お前の(とこ)の吉さんなんざ、何を食はしたツて効くめえよ。青蜥蜴で無効(いかな)きやア、黒蜥蜴でも食はして遣るさ。はゝはゝゝゝ。」

「お()さん。其様(そんな)事を。あゝ、可怖(こは)いこツた。」

「さうさね。串戯(じやうだん)にも此様(こんな)事は。おや、もう暮れるよ。」

「私ももう止さうよ。お婆さん、また明日(あした)。」

「あー。與吉坊又熟睡(ねんね)だね、ぢやアお去らば。與太さんが(けえ)つたら遊びにお出でよ。」

「えー、難有(ありがた)う。」

     *    *    *

 或夜の事、與太郎は仲間の集会(よりあひ)に夜を()かし、帰宅せしは十二時余程過ぎし頃なりき。

 戸外(おもて)より声を掛くれども答なく、戸をたたけども返辞なし。詮方(せんかた)なさに戸をこぢ明けて内に入れば、燈火(ともしび)消えたり。不審()ながら尚ほお都賀を呼びけるに、鼾声(いびき)だに聞ゆることなし。加之(かのうへ)可厭(いや)な臭の胸を突くばかりなれば、心驚きせられて、火鉢を探り当てて燧木(マツチ)取出し、火を擦るより打驚きて、覚えず尻居(しりゐ)に倒れたり。父吉五郎耳口より血を吐き、(こぶし)を握りて死し居たるに、與太郎はあッ一声(ひとこゑ)吃驚(おどろき)に打たれて何事としも(わきま)へず。お都賀も見えねば、與吉も見えず、如何(いか)にせしやらんと、(これ)にも思ひ惑へる折しも、隣家(となり)の老婆入り来り、懐には與吉を(いだ)きたるに、與太郎は一層疑ひ起りつつ、様子や知りたると問へば、老婆も吉五郎が様に胆を潰して、少時(しばし)は息をもつかざりき。

 老婆も様子は知らねど、今より一時間ばかり前にお都賀来りて、買物に行きて帰り来る中、與吉(これ)を預りてと云ふに、今宵に限らず幾度も先例(ためし)あり、何の仔細もあるまじと預りたりしが、今しも與太さんの声聞えしより、與吉(ばう)を返さんとて来り見れば、此有様に胆を潰せしなりと云ふ。

 與太郎は早くも手洋燈(てランプ)(とも)し、四辺(そこら)見廻せば、今しも我が引出せし火鉢の抽匣(ひきだし)にや挟まれたりし、手紙らしきものの落ちてあり。手早く取上げ見れば、お都賀より與太郎へ残したる遺書(かきおき)なりき。與太郎は此にも胆を(つぶ)し、遺書を見詰め、読めども其意を()り得ず、持ちし手の戦慄(うちふる)はるるのみ。

 

 ……自分ながら自分の気が(わか)りませぬ、何を為たのか、唯夢の様な気が致し候、怖くて居ても立つても居られませぬ、死にに参り申候、私は気が違つたのだから、気違ひだと思つて、何卒(どうぞ)勘忍して下さいよ、お前さまを楽にしたい、(ほか)に願ふ事は何にもないのです、(あたし)()ちたいでせう、殺したいでせう、私も殺されたいのが(ねがひ)に候、お前様のお帰りを待ち候へども、待つて居る(うち)も怖くツて、家内(うち)に居る事が出来ず候、坊はお隣の(をば)さんに預け置き候、可哀想なのは坊に候、坊に別れるのは悲しいけれど、生きては居られない私は悪人、人を、家爺(おとツさん)を、勘忍し下され(たく)候、悪人の子だけれどもお前さんの子だから、可愛がつて下され度候、私は死にに行きます、達者で居て下さい、坊も達者で居て下さい、あー書きたい、種々(いろいろ)な事が書きたい、もう書けませぬ、まだ忘れた事が澤山あり候、坊を頼み候、悪いけれども勘忍して下されたく、どうか察して下されたく、(これ)ばかりが願ひに候、もう紙が……

 

 紙尽きて筆も亦尽きたり。尽きざるは與太郎が遺憾(うらみ)(なんだ)となり。傍より差覗く老婆も涙禁(なんだとど)(あへ)ねば、懐中(ふところ)なる與吉も何に(おび)えてか、わツとばかりに泣出(なきいだ)しぬ。

 人を頼みて警察署へ訴ヘ、検視を受け手続きをも済し、其夜は父の(かばね)を守り明し、心には掛りながら、お都賀が行方は探しかねたりき。

 翌朝まだきに、警察署よりの召喚(せうくわん)に出頭し見れば、濱町河岸(がし)の杭に流れ掛りし水死の女あり、人相其方(そのはう)(さい)に似たればとの申渡しに、それはと駈付け見れば、面影も変らざるお都賀の死骸に、與太郎は人目も羞ぢず泣き倒れたり。

 嫁と舅なれども(かたき)同士を、同じ日にも()されまじと、二日引続いて二箇の棺桶に、施主(せしゆ)は與太郎と與吉と一日づつ、知れると知らざると、見る者泣かざるはなかりき。

 昼間は乳を貰ひにとて、夜間(よる)は泣く子をすかさんとて、(ある)は人の門に立ち、或は子守歌うたひ歩く、物の哀れは與太郎が上にぞ止めたりける。

 

(明治二十八年五月)

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/11/11

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

ePubダウンロード

広津 柳浪

ヒロツ リュウロウ
ひろつ りゅうろう 小説家 1861・6・8~1928・10・15 現長崎市賑町に生まれる。硯友社の作家でありつつ「社会的な視野と気骨」をそなえ、尾崎紅葉と並んで一代を画した。日清戦争後の日本を根底で撃つ当時の戦後文学として一代の代表作を次々噴出したなかで、底辺庶民の悲惨な生活を意図して直視し深刻に表現した。文学界派の樋口一葉最晩年の秀作とも作意に呼応するものがある。

掲載作は、1895(明治28)年「文藝倶楽部」5月号初出。

著者のその他の作品