最初へ

尾崎放哉句集(抄)

  島の明けくれ

道を教へてくれる煙管から煙が出てゐる

病人花活ける程になりし

朝靄豚が出て来る人が出て来る 

迷つて来たまんまの犬で居る

山の芋掘りに行くスツトコ被り

人間並の風邪の熱出して居ることよ

さつさと大根の種子まいて行つてしまつた

夕靄溜まらせて塩浜人居る

已に秋の山山となり机に迫り来

蛙釣る児を見て居るお女郎だ

久し振りの雨の雨だれの音

都のはやりうたうたつて島のあめ売り

厚い藁屋根の下のボンボン時計

三味線が上手な島の夜のとしより

障子あけて置く海も暮れ切る

山に大きな牛追ひあげる朝靄

畑のなかの近か道戻つて来よる

畳を歩く雀の足音を知つて居る

あすのお天気をしやべる雀等と掃いてゐる

あらしがすつかり青空にしてしまつた

窓には朝風の鉢花

淋しきままに熱さめて居り

火の無い火鉢が見えて居る寝床だ

風にふかれ信心申して居る

小さい家で母と子とゐる

淋しい寝る本がない

竹藪に夕陽吹きつけて居る

月夜風ある一人咳して

お粥煮えてくる音の鍋ふた 

一つ二つ蛍見てたづぬる家

早さとぶ小鳥見て山路行く

咳き入る日輪くらむ

  野菜根抄

雀等いちどきにいんでしまつた

草花たくさん咲いて児が留守番してゐる

爪切つたゆびが十本ある

来る船来る船に一つの島

漬物石がころがつて居た家を借りることにする

鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい

夜の木の肌に手を添へて待つ

秋日さす石の上に脊の児を下ろす

浮草風に小さい花咲かせ

隆子の穴から覗いて見ても留守である

朝がきれいで鈴を振るお遍路さん

入れものが無い両手で受ける

朝月嵐となる

秋山広い道に出る

口あけぬ蜆死んでゐる

咳をしても一人

汽車が走る山火事

静かに撥が置かれた畳

菊枯れ尽くしたる海少し見ゆ

流れに沿うて歩いてとまる

海苔そだの風雪となる舟に人居る

とんぼの尾をつまみそこねた

麦がすつかり蒔かれた庵のぐるり

墓地からもどつて来ても一人

恋心四十にして穂芒

なんと丸い月が出たよ窓

ゆうべ底がぬけた柄杓で朝

風凪いでより落つる松の葉

雪の頭巾の眼を知つてる

自分が通つただけの冬ざれの石橋

藪のなかの紅葉見てたづねる

ひどい風だどこ迄も青空

  寒空

大根ぬきに行く畑山にある

麦まいてしまひ風吹く日ばかり

今朝の霜濃し先生として行く

となりにも雨の葱畑

くるりと剃つてしまつた寒ン空

夜なべが始まる河音

よい処へ乞食が来た

雨萩に降りて流れ

寒なぎの帆を下ろし帆柱

庵の障子あけて小ざかな買つてる

師走の木魚たたいて居る

松かさそつくり火になつた

風吹きくたびれて居る青草

嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる

鉄砲光つて居る深雪

霜濃し水汲んでは入つてしまつた

一人でそば刈つてしまつた

冬川せつせと洗濯してゐる

  仏とわたくし

昔は海であつたと榾をくべる

寒ン空シヤツポがほしいな

蜜柑たべてよい火にあたつて居る

とつぷり暮れて足を洗つて居る

昼の鶏なく漁師の家ばかり

海凪げる日の大河を入れる

働きに行く人ばかりの電車

雪の宿屋の金屏風

わが家の冬木二三本

家のぐるり落葉にして顔出してゐる

墓原花無きこのごろ

山火事の北国大空

月夜の葦が折れとる

墓のうらに廻る

あすは元日が来る仏とわたくし

掛取も来てくれぬ大晦日も独り

雪積もる夜のランプ

雨の舟岸により来る

山奥の木挽きと其男の子

夕空見てから夜食の箸とる

ひそかに波よせ明けてゐる

冬木の窓があちこちあいてる

窓あけた笑ひ顔だ

  虚空実相

夜釣から明けてもどつた小さい舟だ

児を連れて城跡に来た

風吹く道のめくら

旅人夫婦で相談してゐる

ぬくい屋根で仕事してゐる

絵の書きたい児が遊びに来て居る

山風山を下りるとす

裸木春の雨雲行くや

をそくなつて月夜となつた庵

松の根方が凍ててつはぶき

舟をからつぽにして上つてしまつた

小さい島にすみ島の雪

名残の夕陽ある淋しさ山よ

故郷の冬空にもどつて来た

一日雪ふるとなりをもつ

みんなが夜の雪をふんでいんだ

山吹の花咲き尋ねて居る

春が来たと大きな新聞広告

雨の中泥手を洗ふ

枯枝ほきほき折るによし

静かなる一つのうきが引かれる

山畑麦が青くなる一本松

窓まで這つて来た顔出して青草

渚白い足出し

久し振りの太陽の下で働く

貧乏して植木鉢並べて居る

霜とけ鳥光る

久しぶりに片目が蜜柑うりに来た

障子に近く蘆枯るる風音

八ツ手の月夜もある恋猫

仕事探して歩く町中歩く人ばかり

舟から唄つてあがつてくる

元気な人ばかり海へ働きにゆく

  最後の手記より

あついめしがたけた野茶屋

どつさり春の終りの雪ふり

森に近づき雪のある森

肉がやせてくる太い骨である

一つの湯呑を置いてむせてゐる

やせたからだを窓に置き船の汽笛

婆さんが寒夜の針箱おいて去んでる

すつかり病人になって柳の糸が吹かれゐる

春の山のうしろから烟が出だした

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/10/30

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

PDFダウンロード

尾崎 放哉

オザキ ホウサイ
おざき ほうさい 俳人 1885年~1926年 鳥取県生まれ。東京帝国大学法学部卒業。生命保険会社に就職したが、課長職を解職されたことから、退職。その後、当時の満州(現在の中国東北部)に赴くが、酒癖で身を持ち崩したほか、体調不良となるなどして、修養団体・一燈会に入り、奉仕・托鉢をするなど、1924(大正13)年以降、いわゆる「遁世」生活に入る。1925(大正14)年8月から、小豆島に移住したが、翌1926(大正15)年4月、「南郷庵」にて、41歳で病没。第一高等学校時代の一年先輩である荻原井泉水に師事。旧制の中学生時代から句作を始め、明治から大正初期までは、定型俳句、それ以降は、自由律俳句の俳人として、句を作るが、早過ぎた晩年期の自由律俳句に、独自の俳境を拓く。

掲載作は、2001年から02年に刊行された筑摩書房版「放哉全集」全3巻をもとに新たに編集された「尾崎放哉全句集」(2008年2月筑摩書房「ちくま文庫」刊)所収の句のうち、大正15年の部分を抄録。

著者のその他の作品