最初へ

指を背にあてて

 狩られるもの

 

   ねじれ

 

かがく と いのちが

両極にねじれる

 

点滅する螺旋階段を

昇りはじめたヒト族の向かうところは

鎖のすきま

 

カケタモノハ

ウマレテハイケナイ

 

水に浮かぶいのちが

与えられてはいないはずの視力に

裏がえしては 裏がえしては

捉えられる

 

こんなにはやく

みられたく なかった

 

マリアは

抱え込む闇のすべてを

祝福にかえて 微笑んでいるか

 

チギッテハクッツケ

チギッテハクッツケ

コレ デ ヨイ

 

カミの所作を覗き見て

資格を持たないものたちが

未来に口をだしはじめる

 

くさりを いじらないで

そのままのわたしが

カミのつくった いのち

 

顕微鏡ト注射針 ピペットデ

クサリヲ弄ベバ

ドンナオ前二デモ

創リナオシテ ミセル

 

なりたいわたしを

だれが決めるの

わたしにも

解らないというのに

 

わたしを

のぞかないで

 

 

   あかい川が

 

ふるさとの道は

いつも 空中で交叉して

 

あかい川が 北へ向かって

流れていく

 

あかい川からは

時おり 立ち上がってくるものが ある

「若さ」が拒否し続けてきた そのものは

いま 私を絡め捕ろうとする

 

螺旋に刻まれた「種」の記憶を

繋ぎとめようとする意思が

どこまでも 私を追う

その想いが ふるさとを遠くする

 

守るものなど たいしてないのに

見えないものを 護る重さが

少子化という波に 溺れそうな私

を飛び越えて 娘を呼ぶ声

 

「島のくに」の想いは

その地に深く沁みこんで

《石》のなかに意思を封じ込める

 

  (たまには あいにきて

  ひゃくねんたっても わすれてはいや)

 

螺旋のなかに 帰ることがこわくて

あかい川を 見つめつづける

 

あかい川は

今日も 北から流れてくる

 

風花といっしょに

わたしを 

連れに くる

 

 

   追跡者

 

 記憶を覗かれている

 

塩基の配列を

間違えたらしい

狙ったマチエルは

もう少しで

できあがるはずだったのに

 

 倍率レンズの輪のなか

 スポットライトが眩しい

 所有していたはずの

自分自身を 見失っている

 〈核〉の哀しみは 羊水を遡り

 レッドマーダーに 染まったまま

 傷として記憶されるだろう

 

大腸菌は一瞬で

マウス も掴まえた

 

「畏れ」を「支配」にかえる最後のメッセージを

螺旋の房に 植えつけるまで

くり返し くり返し 置き換えつづける

A・G・T・C*の四文字

 

「完全な未来」を組み込むために

来る日も そして来る日も

かつて ひ・み・つ のはずだった場所を

熱心に 覗き込む視線

 

 ぼくよりも ぼくを

 知ろうとしている モノがいる

 

* A=アデニン、G=グアニン、T=チミン、C=シトシン
 

 

   銀 河

 ある日

高熱を伴って

新しい星雲が生まれた

 

予感はあった

不審な咳き込みに

苦しいまで胸騒ぐ想い

 

前日は

竜巻を伴う強風が吹き

寒暖計はマイナス二〇℃を指し

大気はぱりぱりに乾いて

 

竜巻を潜りぬけ走りぬけ 

目指した先は

この街の東北東

そこは全く冷凍庫のなか

 

固定されたまま

不安な胸元を覗く

 

X腺に捕らえられた肋骨の隙間

暗黒の空間には

今確かに

白く輝くマイコプラズマ銀河が

浮かぶ

 

私の中に生まれた宇宙を

追跡するためのチームが組まれる

 

 

   升屋町

 京都市下京区高倉通花屋町上る升屋町

《 ま・ち・や 》はそこにあった

 

「よう おこしくださいました」

 

間口五、四メートルの引き戸の奥

この家の主は歌詠みの

紛れもない 都人

 

通り庭に白い石が敷きつめられて

季節の花がひらく

 

その先の 坪庭をへだてて

二棟の家が 独立している豊かさ

 

二棟目のくぐり戸をくぐり

土間をとおりぬけ

どんづまりの奥庭にでる

 

鬼門には

巳ーさんが出たあと 

弟が逝ってしまってから 

守り神の弁天さまが 苔むしてみまもる

 

うなぎの寝床といわれる空間は

ひとも家もとけあっていて

宇宙さえ なにげなくそこにある

 

共存の具現化である《 ま・ち・や 》

歴史とともに歩んだ 日本の叙情が

コンクリートで固められた 西洋の四角形に 

とって換わられようとしているという

 

「京都に着いたら 私は変わる」

 

《 ま・ち・や 》が育てた都人の魂が

時代の矢面で

背筋を伸ばして

すっくと 立ちあがった

 

 

 

 指を背にあてて

 

   

 

キズが回るから

もう ひとのキズの話は聞きたくないの

 

あなたが 私を愛していないのは

あなたの子宮に浮かんでいたときから知っていた

羊水は 子守唄を歌わず

心音は 拒否を打ち続けていたから

 

子宮を潜りぬけてからは

見せかけの愛が 私を取り囲む

すり替えられた夢が

私を急きたてる

 

友だちは もーつあると

ヘッドホンには せさみ・すとりーと

すいみんぐすくーるのバスは警笛を鳴らして

しんがくきょうしつに横づけ

 

頑張り続けるようにかけられた

お呪いの言葉は

いつも耳腔にこだましていて

 

「いい子でいたら 愛してあげる」

 

愛されることに自信のない魂は

ふり向いてもらうために

どんなことでもしてみせる

 

愛されているという 自信をください

自分が何者なのか

自分がどこへ行くのか

彷徨いつづける 傀儡の人生に終止符を打ち

あなたの子宮から

もう一度 産まれなおすために

 

あなたのキズが

私の中にも口をひらきはじめる

 

 

   バベルの塔

 ぼくが教室を逃げ出すと

バベルの塔のまんなかで 

挟み撃ちにあう

上からは先生たちが

下からは父と母が

ぼくを捕まえにやって来る

 

何時からだろう 

言葉が解らなくなったのは

困ったぼくは 部屋を出るのだけれど

いつも誰かが 追いかけてくる

 

お父さんは 嫌い(SU・KI)

お母さんも 嫌い(SU・KI)

お兄ちゃんも弟も 嫌い(SU・KI)

先生なんて だいっ嫌い(SU・KI)

友だちなんていやしない

 

それでも ぼくは

毎日学校へ 出かける

追いかけられても 来てしまう

隠れる場所には 白いカーテンとべッドがひとつ

そこでぼくは ぼくになる

 

それでも ときどき

ぼくの言葉も 通じることがある

そんな時はきっと

天使がきてる

 

どうしてみんな 

ぼくのまわりからいなくなるのだろう

みんなをこんなに好きなのに

 

バベルの塔のまんなかで

今日も 秘密のかくれんぼが始まる

 

 

   不 安

 

氷の《こころ》は

春の陽ざしにも 

八月の太陽にも

溶けることはなかった

 

可哀想なんて

言葉も知らないころ 凍えはじめた《こころ》

す・き という感情さえ生まれることができず

凍えていることに気づかないまま

微笑みの意味を失った平坦な日々は

幾年も通り過ぎていた

 

あのとき

交差点を曲がると

ふっと風が吹いて

急に激しくわきあがってきたもの

恐怖さえ抱くこのものは

体を熱くする

 

気がつくと

あの娘の後をついていく ぼく

あの娘の家の前にたつ ぼく

今日はあの娘の出したゴミ袋を取ってきて

 

知らない自分が

溶け出した《こころ》の命ずるままに

あの娘を追い続ける

凍った《こころ》はどこに在るのかさえ

もはや認識できない

 

………

 

あの娘が 泣きながらこの部屋にいる  

ウサギとも猫とも違う

ぼくの新しいペット

街はずれの倒産したドライブイン

裏山の荒れはてたゴルフ場のクラブハウス

 

どこで 飼おうか 

 

 

 東の森

   痛みの在り方

 

石を蹴ったものは

蹴られた石の痛みを 知らない

爪先の痛みは すぐに消えて

石の行き先さえも

気にかけない

 

蹴られた石は

ただそこに在ったという

それだけの理由で

突然に 蹴られた

 

偶然が また偶然の着地を決定する

蹴られた痛みと

着地の不安を抱えたまま

自分の重みに耐えて 空を飛ぶ

 

自らの重みと

着地場所の硬度によって決められていく

受身の存在であることを

石は 哀しんでいるのだろうか

 

偶然に蹴られたものたちの

砕け散った人生が

毎日 ブラウン管から放映される

 

そこに在った偶然が無防備すぎるのか

そこに在るものを 蹴りたいと思う

こころの衝動が 突然すぎるのか

爪先に 聞いてみなくてはならない

 

爪先は 蹴る前から痛んでいて

蹴った痛みを 感じられないのかも

知れないのだから

 

 

   秘 密

 

ナイフを研ぐ

指を背にあてて

 

わずかに滲む ちょくせん

 

入念にしらべ尽くした候補地は

白地図に 紅の まる

 

オイタモノ・オサナイモノ を

先に狩る それから

 

秘密が混ぜられ

 

噛み砕いて 飲み込んだ

一気に 流し込んだ

おもわず 吸い込んだ

気づかれずに忍び込んだ《も・の》たちが

少しずつ 少しずつ 降り積もって

内部から 遺伝子に

己の存在を

主張する

 

少しずつ 少しずつ

ヒ・ト でなくなったぼくたちが

〈ちきゅう〉に

充ちはじめている

 

 

   蒔かれるもの

 

蒔かれるものに

蒔かれる とき を

えらぶことは できない

蒔かれる ところ を

えらぶことも できない

 

それが

しあわせか 

ふしあわせか

蒔かれたものには

わからない

 

それでも

あたりまえに芽を出し

あたりまえに茎を伸ばし

初冬の張り詰めた空気の中で

健気に蕾をつけ 

花を咲かせさえする

 

約束されることのない

《み・ら・い》をかかえ

こうべを垂れて咲くすがた

 

夏の終わりに

あのひまわりの種を蒔いた 

農夫のように

もしかしたら 蒔いたものは

その意味を 知っているかもしれない

 

おおきな時の動きのなかの

ほんの 偶然であり

必然でもある 蒔かれるということ

 

今朝は

使者が おりた

 

通りすがりのわたくしは

世界地図をひろげて

蒔かれたものの 場・所 を

黙って

確認しつづける

 

 

   飲み下す

 

鋭い光を放ち

ほそい硝子の管を立ちあがる

銀色の直線

 

震えて伸びつづける ヒトスジ は

真剣さの先で 止まる

 

国と国が持つという引力のまん中で

直線が支え続ける水銀の膨張は

伸びることで 

ようやく管の破裂を保っている

 

差し出される面積や紙幣

数値の伸びもようは

水銀柱と酷似して

気づかぬうちに高数値を示し

いつしか増えてしまった

てのひらの楕円や丸いつぶつぶ

 

記憶に住み着いた 銀色は

ときおり キラキラ

警告を放つ

 

……りすと注意りすと注意りすと……

 

吹きわたる風にゆられ

生まれた摩擦熱で

管の果てへと

加速する 直線

 

取りこむ異物への猜疑心を

多めの水と一緒に飲みこむと

飲み下す喉もとで

細胞がざわめく

 

細胞の警告を 信じるか

管の破裂を恐れるか

選択は迫られているのに

捨てられない 欲望が蹲る

 

 

   ひそかに

 

すこしずつすこしずつ

気づかれないように ね

 

破壊された戦車のなかの砂が

空中に舞いあがる

崩れた建物を

風が吹き抜ける

 

あの国では当たり前の日常が 何百日何千日

何万日つづいたあと 確実に運ばれて そっ

と侵入する

 

内部から告発される 罪

内部から裁かれる 罰

 

そのころには

もう誰も防ぐことはできない

己の中に溜まった真実は

どんなことをしても

消し去ることは出来ない

 

しずかにしずかに内部が犯されていく

 

うまく偏西風にのった ね

まだ気づいていない ね

 

恐怖とともに突きつけられる責任は はるか

かなたのどの国も 順番に背負わなくてはな

らない

 

反対しなかった 

止められなかった

おのれの行いを背負うとき

自分だけ助かろうと

また醜い争いが起きるだろうか

 

使ってはいけないものを ひとの国に捨てて

安心していたものは 自分の未来を担う命を

失い始めるとき 気づけるだろうか 大切な

ものに濃縮された物質に 国ぐにが背負う

《痛み》を 

 

地球という生命体の

数々の種をも傷つけて

 

やっぱり ね

そろそろ気づいた かしら

でも うまくいった ね

そう うまく侵入できた

もうすこし旅すると

最初の場所にもどる よ

 

 

   東の森

 

かあかあキーン ぱたぱた ゴ魔ゥあがあがあ

 

東の森が騒がしい

 

声を持つ鳥と 

声を持たぬ鳥の羽音と

 

突然の巣立ちの時に

子別れの合唱を遮って

飛立っていく 通奏低音の羽音

 

ゴーンゴーン ばたばたばたばた

 

むなさわぎの原因を追って

紙面や画面を彷徨う

 

北のくに・黄砂のくにで《こと》が起き

こばるとぶるーの空に

何本も何本も引かれる 白線

 

見えない国境が 手をひろげ

追いかけるものたちを阻む

 

キーン キーーン  ばたばたばた

旋回しているばかりの鳥たちを

声を持つ鳥たちが 追い越していく

こちらも楔形の群れをなし

互いに呼び合いながら

勝手に決められた線など気にも留めず

一斉に 北を指して

真直ぐに飛んでいく

 

東の森の声を持つ鳥たちは

通り過ぎるものたちに 呼びかける

 

かあかあかあ があがあ  かあがぁ  かぁーー

 

トレーニングを重ね 筋肉を育て

いつの日か

わが種も国境を越えよう と

羽音をききながら

巣立ちする子烏にささやく

 

 

   ふたつの旅

 

地下の薄暗い書庫の片隅 

厳重に施錠されたスチール・シェルターのなかで 

一族にくるまれ闇にくるまれ 

ひっそりと眠っている 

 

時々 夢を見る

 

故郷は漢の国 と教えながら

母さんは 優しいかいな腕で〈す・け・た〉を揺すり 

いくどもいくども私をあやしてくれた 

生まれたばかりの私は 大切に大切に見守られ 

奈良の都に光が満ちていた

 

京の都で〈とろろ葵〉と出逢い 突然の恋におちたあの

日 結ばれた証の わが子〈ガンピ〉の肌の滑らかさ

平安貴族の女房たちは 我先に手に入れたがり 寵愛ぶ

りは ともに眠る沢山のわが子 そっと眼を開け確かめ

てみる

 

前漢の文帝の御前に侍り 

麻の布切れから生まれた記憶

霞がかかる夢は 祖先の見た夢 

どうやら一族は二手にわかれ 

東と西の 旅にたつ気配

 

私の夢は東の旅 高句麗 百済 奈良の都 生まれ続け

る同胞 麻紙 紙屋紙 上野紙 穀紙は調の品に登りつ

め 正倉院では 美濃 筑前 豊前の国人の名を抱く

美濃紙 鳥の子紙 吉野美栖紙 雁皮紙 われらは千年

の命を生きつづける

 

うなされて 目覚める

 

文明開化の波頭がけちらした先 霧の都ロンドン 万国

旗ゆれるパビリオンの中 西の一族と初めて出会った日

の夢 巨大な母 紙機の横で 誇らしげに巻かれた西の

一族の果てしない長さが 父の心も巻き取ってしまった

 

西の繁栄に世界の森は刈り取られ 蝦夷松 椴松 赤松

大きい木も小さい木も 砕かれ煮られ薬品で湯浴みする

肌は 白く美しく滑らかが売り物 西の書物から かす

かに漏れる木々の悲鳴が 静かに繊維を犯す

 

薬まみれの肌は 

水と交わり

幾度となく酸素に恋をして やぶれ色あせ

どんなに深窓に匿われても 

百年の命も 生きられない

 

繊維の長さと 

滅びのメカニズム

 

西の一族に抱かれた言霊が 世界の図書室 この国の図

書室の棚から引き抜かれ ページを開いたそのとき 留

める術もなく 指先でボロボロと 跡形もなくむなしく

崩れ去る 驚きのなかひたすらに 言霊ををかき集めよ

うとする ひと ひと ひとが見えて

 

再び永い眠りを 眠ろう

 

自らの地の言霊を身に纏い 

我が一族とともに夢を見ながら

 

第3詩集『指を背にあてて』25作品より15作抜粋

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2007/06/05

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田中 眞由美

タナカ マユミ
たなか まゆみ 詩人・植物病理学者 1949年 長野県松本市に生まれる。

掲載作は、詩誌「詩季」「ERA」「交野が原」「詩と思想」等に初出、土曜美術社刊、第3詩集『指を背にあてて』より、推敲・自選。

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