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あすならう

 みづつぱなをすゝり、かじかむ指をこすり合はせて、八穂(やほ)は宿題の作文をつゞる。

「津軽野の寒」と書いた題から一行あけて、

 

 ()み雪はうすら青んで、リヽヽヽと鳴る。

 何の音のか分らない木霊(こだま)から転げ出た童女(わらし)。むつちりしたからだは雪原にうづもれて、ガムシャラに動くたびに雪に育てられてぐんぐん太つて行く。勢よく誕生した子は間もなく雪ととつくめるくらゐ達者になつて、もう雪の中ではこれより大きくなれぬからどこかへ行かうと、雪原にとび上りながら思案した。

 

 専攻科用の小さい用紙はこゝで片面うづまつた。裏がへしてふところ手をする。夢中で書いた字が裏へにじんでゐるのを拾ひよみながら、先生にわかるかしらとおもふ。

 漁場から来た頃のチャシヌマを書きたいのだ。生ぐさいが、濡れてゐるうろこのやうに生々して、大幅の布を三角に折つて(かぶ)つたアイヌメノコのチャシヌマ。エス様のやうに奇蹟がしてみたい正直な日曜学校の生徒であつた八穂。二人は一つ壷の香油であつた。

 ほんとにチャシヌマつて呼んだつけ。おへそのぐるりに寄つてくるさびしさで堪らなかつたもの。チャシヌマつて呼べばホーイつてあの返事。藁にうづくまつて藁しべを抜きながらホーイつて。藁の匂ひをかげばおなかが空いたつけ……

 思ひ出して、八穂は口をつぼめて、遠い山彦に又かへす木霊(こだま)になつたやうに、ホーイと呼んでしまつた。

 くるりと表の(めん)を出して、今まで書いた分を造作(ざうさ)なく消した。何だか似つかないやうな気がして、それからそのあとへあらたに、

 

 生身(いきみ)か不死身か津軽の野づら。

 

 と書いたが、それもキザで、用紙を新しくして、「津軽野の寒」と題からはつきりと書直した。

 むやみに書きたいのに、書出しの言葉が見つからない。()いてくる想ひを耐へて丸くなつた鉛筆のしんをなめたら、不意に、くるくるつと眼まひがした。

 この劇しい(たか)ぶりはなぜ? さう、さう、この月のからだの異状が今朝からあつたせゐだとうなづけた。おちつかうとすると、湧いてくる思ひが……メノコのチャシヌマ、カフェ・オリオンの女将、姉の志穂、アホ、八穂(やほ)八百魂(やほだましひ)、カメレオン、七変獣、二重人格、奇妙な女、みつともなし……

 みつともなし、に平気のつもりでゐようとしたが無理で、眼をつぶる間も入れず(くだ)の血がサッと逆に湧いた。脈のないところに脈が打ちだす。ひどい勢で昇る血がぶつかり合つて乱れおちる。ゴチャゴチャの末、こんどはある脈もないやうだ。

 先に書いた紙を丸めて炉にくべ、くすぶるのにかまはず、

 

 氷の中の処女性は自身の清浄な熱を知る。

 

 と(きよ)めの念をこめて書いたが、一行きりでつづかない。

「ご飯だエ」

 母が呼ぶ。吸ひ込んで息で答へようとしたが、震へて出さうなので、黙つてのんだ。

「ご飯だつてば……寝てるのかえ八穂」

 寝たふりしようとしたが間に合はず、襖があいた。

「まんまにしよう。あれ、滅多に顔いろ悪いよ。寒いでねえか。あつたかいまんまたべろ。たべない? そしたら寝ろ寝ろ、寝ろよ」

 どつちにも頭を振つてゐるうちに、手早くふとんが敷かれてしまつた。

「床に入れ、さ、歩けないか」

 仕方なく()つて行つて転ぶと、すぐ夜着をかぶせて、

「ぢいつとしてろ、な、汗が出ればいゝから」

 風邪の気味にしてしまつた。母はそこいらのものをよせて、鉄瓶の蓋をすかすと、薬でも探すのか出て行つた。その間に眠つちまはうと思つて眼を閉ぢた。からだの異状をさとられるのが嫌だからだ。

 宿題が不安で堪らない。起きるのも物憂いから、寝たまゝ考へようときめて手を組んだ。きれぎれにはうまいなと思ふことも浮んでくるが、またポツンポツクと消えてゆく。忘れやすくて、筋の立たないのに苛々してきた。

 かうなつたらもう駄目だと知つてゐたから、一ねむりしてからにしようと止したら急に楽になつた。そこで大好きな思索の、「奇蹟を不思議でなくする工夫」を考へ始めた。工夫はおたまじやくしのしつぽのなくなりかけた位まで出来かけてゐる。

 先づ、人の心を雲母(うんも)を剥がすやうに、縦横に細かく剥がすとする。細かく細かく剥がして行けば、しまひには小さな粒子になるだらう。小さな粒子は動くのに便利で位置を変へ易いから、こんどはピッタリ焦点があふやうに組み代へれば、心は透明になるに違ひない。すると清々(すがすが)しくなる。くよくよしたりするのは焦点がぼやけてゐるからだ。ぼやけたまゝ始末しないのは、粒子にする法を知らないからだ。――八穂はさうおもふ。

 粒子にすればいゝことまでは分つたが、どうして剥がしてゆくか、それが難かしい。どうしても全能者神かと思ふとがつかりする。童女の頃は祷りもきかれて神に近かつた。分別を知るたびに神を遠のくことが約束のやうなのは心細い。近づく筈のが逆であるのはうなづけない。

 神を呼ばう。だが呼ばうとかゝつても、なかなか呼ばれてこない神だつた。呼ぶ(まこと)がないからだらう、とあきらめて、神に依らず自分で粒子にしようと決心した。ぢつとこのまゝではどうにもならないから、自由に動かす練習をしよう、それにはしばりつけてゐる意志を解けばよい。その次に、粒子を並べかへる律を知らねばならぬ。無意の境で、髄の(しん)でその律を知らう。――とまで絞りだした。

 ほんとに汗をかいた。だけど嬉しくなつてしまつた。明日(あした)先生に宿題の代りにこの話をしよう。感心して聞いて下さる、大丈夫。今日考へついた分は初めのちよつぴりだが、すばらしい思ひつきだと感じた。

 病的な気分も意外に微妙に働くから、得もあるさと思つた。その安心に安心したせゐか直きに眠つた。

 

 翌日、八穂は学校の図書室で、萬年青(おもと)と名のある阿部先生に話してゐた。

「うん、考へたね、それから……」

 熱心さうに煙草のけむりは吹くが、それだけで一言も批評しないのは聞いてゐない証拠だ。お互ひのために早く切上げようと、ずんずん端折つて、

「無茶苦茶です、何だか」

「結構とも。面白かつた。それを書いておいでなさい」と伸び上つた。

 ロング・アゴの小宮先生だつたらと、残念さうにアゴのあたりを見つめたら、

「それから」とつけ加へて、「あのカフェ・オリオン――いや、あなたの姉さんがこの間、あなたを師範の二部に行かせたいお話でしたが……」

 くらくらつとするのを奥歯をかんで支へた。

「なに、よく考へた上でね」とか何とか言つて出て行つたやうだが、八穂の眼にはストウヴの湯気がゆらいでゐるだけだつた。

 萬年青(おもと)でもオリオンヘ行くのか。二部へやりたいなんて畜生。

 包をひつたくつて、さつさと昇降口を出た。表へ出ると今日は山が遠い。こんな時の癖の口笛を吹いて行くと、向うから、低うく韻をふくんだ追分(おひわけ)が聞えてくる。その(ふし)を追つて八穂は大好きな自分の歌を合はせた。

 

 霊気ア山に湧くウ木にこもるウ、すませ神性(しんしやう)を梢が吐くよウ……

 

 追分は二度目の中途でぼつつり切れたが、八穂は歌だけ続けてゐるうちに、ふと山に湧く霊気、梢の吐くもの、それらはみんな粒子を出来(でか)す力らしく思はれて来た。シーンとしてくる山の気はきつと焦点を合はせる律を持つてゐるに違ひない……

 こゝでひよつこり、どうしたことか、正月元日に障子の張代(はりだい)をやるといふ父に(さから)つて、片輪になれと叩かれた事を思ひ出し、ひもじいやうに無性(むしやう)に山へ行きたくなつた。すると急に心にたまつた苦が起き上つてきた。材木を商ふ裕福らしい商売も家も、近いうちそつくり人手に渡る。みんな岡田の婆のせゐだ。あの魔も払ひのけられないで、平和な基督教信者の家庭らしい外見は(せつ)ない。

 家に着いてしぶい表戸をあけた。

「唯今」

「帰つたか、(ぬく)まれ」

 火燵(こたつ)の一方をあけてくれる母が気の毒でならない。寒いのに火の気のない隣りの三畳で、何か書いてゐた愚かな兄がのつそりはひつてきた。新聞の広告に見本進呈とあれば、逃さず端書を出す御苦労な人だ。二つの時頭を打つて血を噴いたのが母の留守であつたさうな。きちんと閉めない襖の隙から、一閑張(いつかんばり)の机のなくなつたのが知れた。

「郵便!」

 誰より先に立つた兄が、

「北海道からぢや」と言つて母に渡した。表書で札幌の叔父から兄の事できた手紙だと分つた。家にゐても仕様ないから、叔父の知つてゐる牧場へ牧夫に雇つてくれるやう頼んであつたのだ。直ぐ来いといふ返事だつた。

「汽車賃をどうしよう」

 この間から行きたがつてゐる兄は、遠慮深く母を見た。

「さうさなア」

 思案する母の窪んだ眼におつ(かぶ)せて、

「私、出来(でか)す」八穂が言つた。

出来(でか)してみろぢや」

 頼みなささうに兄がそつぽ向く。出すぎた奴と憎まれようが、きつと出来してみせよう。さう、さう、ひと頃よく父が絹物の古着を買つてきたが、誰も気味悪がつて着ない。あれを金にしよう。

 とんと立つて、しまつてある後の押入をあけた。屑切(くづきれ)の上に包んだまゝ載つてゐるのを引きずり出すと、

「それどうするんだ」

「いゝこと」

 むつかしく聞かれるのが面倒なので、隣りの間へ持つて行つて拡げた。二枚重ねの裾模様まである。たゝみ直して、皺に霧を吹かうと茶碗を取りに戻つたら、

「みつともないこと()なよ」と母が当惑げな顔をした。

 夜、おこそづきんを(かぶ)つて、風呂敷包をしよつた。

「南さんとこへ」

「早く戻れ」母がうなづいた。

 南さんは出戻りのお針子で、着物なら金を借りても買ふ家だ。この前にも八穂の母が転任してゆくよその奥様に頼まれて、着物を売つたことがあつた。

「南さん居るか」

「あい、入れえ。……なんだ、しよつてる荷物ア」

 ドキンとして、

「んゝ、これか……」

「ばけものみたいだ、ハヽヽヽ、ま、入れえ」

 急に南さんのとこであけたくなくなつた。

「ちよつと南さん、()いてきてよ」

「どこまで」

「んゝと……オリオン」

「あ、きいてみて」後に首をねぢつて、「母さん、田浦さんと田浦さん姉さんの家まで行つてくる。いゝ?」

 二人で表へ出た。町の灯はきれいに凍えた道の上に光つて、滑らないやうに歩く足駄の歯がきしつた。カフェ・オリオンの蓄音機が小一町も響いてきてゐるところまできた。まさか十円くらゐ貸さぬこともあるまい。

「待つてや」

 南さんを外に待たせて、

「姉さんゐる?」と店先に近いテエブルにゐた女給にきいてから奥へはひり、

「姉さん、ちよつと」小さくよんだ。

 出てきた姉の志穂を隅へ引つぱつて、

「あの、……由さんの札幌へ行く金こさへたいで、十円だけ貸してくれねか」

 姉はあきれたやうに、八穂の背中の荷を見ながら、

「お前いゝ子だな、そんなもの背負つて歩いてよ。……だが親切ア()くもんでねえエ。親身(しんみ)だつて(なほ)さうだ。それを死ぬほど分らされたらこそ姉さんはこんな店開いた。いま由さんにさうしたつて後は(くや)むばつかし。それより自分の身を立てろよ」

「だつて、姉さん……貸されねか、どうしても」

「貸されねな。お前にさうしたもんでねえつてこと分らせる時だもの。やめろ」

 情なさ涙のもり上つてくる八穂の顔を、(ぬく)い両手で揉むやうに、

「お馬鹿ね、さ、何か熱いものでも上げよう」

「表に南さんが待つて……」

 言ひ終らないうちに、

「南さんお入り」と呼び入れた。

 二人は隅のテエブルでレモンのはひつたあたたかいお湯を飲んでから、八穂を先に店を出た。

背負(しよ)つて行くの、また?」

「…………」

「どうしたわけよ」

「これね、……これア着物。これ売らねばならないの」

「また頼まれた?」

「うん、明日までに……お金にしたいんだけど」

 思ひつめた語気であつたか、

「それなら、それならつと……」と南さんは思案してゐたが、「よし、私をばさんとこで(しち)おいてやらア」

「ほんとか」

「ほんとつて、お金が出来ねばそのひと困るんだろ」

「あゝ、そりやさうだけど……」

「なんぼでもい?」

「んゝ、だけど十円から下だと……それア二枚重ねの紋附だもの……旅費にしたいんだつて」

 南さんは見もしないその人に同情したらしく、

「ぢや何とでも言つてみよ」

「お願ひだエ」

 /\田(=やまだ。符合で、/\ノ下ニ田)ときこえた質屋への近道を曲つた。

「こんどは()つちやんが待つ番だエ」

 八穂の背へ廻つて包を取ると、カタカタ足駄をならして、横町へはひつて行つた。

「どうぞうまくゆきますやうに」

 ほの白い雪明りの中に大ぶん待たされて、耳をすましても/\田の戸はなかなかあかない。母は心配して待つてるだらう。今夜は父は帰つたかしら。不意に、(から)になつた背すぢがゾクゾク()みてきた。

 南さんの歩く調子がきこえてきた。思はず急いで、

「どう?」

「これね、たつた三円七十いくらにしかならないつて……」包を返しながら、

「新しいのなら五円貸すさうだけど。それから家の名もはつきり聞いて来いつて」

 手に取れば包は重さを増したやうだ。泣きたくなつて、

「いゝや、帰ろ」

「帰ろつて、困るだらうな、その人」

「うん、どうにかすら」

「だつて、……あ、ぢや()つちやん、私んとこに仕事した銭あるの貸してやら」

 八穂はのどがひつついて、そこらの雪の小便してないやうなところをえらんで口に入れたが、すぐベタベタ消えて水気もない。やつと唾をのみこんで、

「ほんとか」

「あ、いゝとも。そしていつでもこれ売るところ見つけえ」

「ありがと、ほんとに」

 助かつた。走るやうに歩いて、南さんの家へ届くと、

「ちよと待つて」とこつそり中へ入つたが直ぐ、

「それ」

 格子窓からまぜこぜの銭を紙に包んだのを前掛の下でつかませた。

 ありがとつて言ふのも涙が出さうで、黙つて受取つて、そのまゝ直ぐ家へ走つた。息きつて勝手口の戸を開けようとすると、

「重たかつたろ」と内側からあいた。

 背負つて戻つたのに気がついてゐる母に気を落させまいと、急いで紙包を渡した。

「どこから……」母の声は震へたやうだ。

「南さんお仕事賃を貸したの」

「まあ返す勘定もなしに、よくお前も南さんも。……親切な人だ。さあ寝ろ、御苦労、床は(ぬく)めておいた」

 八穂はだまつて、兄の枕元へ行つて見たら、ポカンと口をあけたまゝ眠つてゐた。

 

 いよいよ家も引渡しになつて、町から半里(はんみち)あまりある田舎家へ引越した。畠の中に、村から離れてポツンと一軒立つた家で、ひどく荒れた、おまけのないあばら家だつた。畳は腐つたのを()け、敷板に穴があいてゐるところへ木を渡し、その上に茣蓙を敷いたが、でこぼこしてどうかすると床下へ落ちさうでヒヤヒヤする始末だつた。

「八穂、こゝから学校へ通ふのは遠くて困るべ」と兄がきいたら、

「学校は()す」と短く答へた。

 とうに退学の手続はすましてあつた。保護者の印は、父が留守の間の入用を思つてか開けつぱなしにしてあつた手文庫から抜いて押した。

 父がまた帰つて四日も家にゐると、きまつて岡田の婆が倅を半みちに余る道のりを使によこす。それが又可愛げのない子で、

「お父さ居るか」

「どこから来た」

松館(まつだて)から」

「なにしに来た」

「酒の(ぜに)岡田へ払つてくれろつて」

「うちでア酒飲まねエ。間違つたべ」

 八穂がピシピシ応対してゐると、父が出て来てその子とコソコソ囁きごとをする。帰りしなに、八穂きやうだいには一度も手づからくれたことのない金をそつと握らせてやる。だからその子はよろこんで又使にくる。

「お父さ居ねか」

「居ねエ」と叱るのに、

「ちよつと留めろ、行つたか」と父がいつになく落ちつかず出るやうにさへなつた。

 吹雪がつゞくと人のもぐるやうな吹きだまりが出来て、町との往来も途絶えてしまふ。野中にぽつつりと吹雪(ふゞ)かれてゐる家は、人の心まで荒れた。母は人が変つたやうに愚痴つぽくなつて、十日余りも留守にして帰る父にコセコセしたことをいふ。うめ合はせのつもりで言ふのに、大仰(おほぎやう)にとりあげて言返す父は尚さもしい。僅かの過ちも夕暮の影ぼふしのやうにおそろしく伸ばされて扱はれる。こんなにこんぐらかりの巣になつた(もと)も岡田の畜生婆の(あく)だとは承知しながらも、眼に近い家族に邪慳にあたりたくなる人情だ。

 それでも父の帰らぬ晩は、吹倒れになつてはしないかと夜中すぎまで母は炭をつぎつぎ待つた。朝も父の留守を気取(けど)られまいと早く起きて、誰か来れば、

「今朝早く用が出来て町へ行つた」とつくろつた。

 愚かな兄はこんなことに関はりもなささうにしてゐたが、北海道の牧夫の口がきまつたので、母は暗い六畳で股引や足袋などにつぎをあて、何足も行李の中にキチンとつめてやつた。それをかついで出かける時、母が涙をこぼすと、自分もベソをかいて黙つて出たが、町から用をすまして見送りに遅れまいと戻つてきた八穂に途中で逢ふと、

「母さんの泣みそに困つたぢや八穂、汽笛がなつたら()つたとおもへ」

 送つて行くといふのを、無理に帰して、珍しく元気だつた。

 あんまりムシャクシャして家の中が我慢出来ず、日暮だといふに八穂はマントを被つて外へ出た。ブラブラ歩いてると、何時の間にか町へ来てしまつた。どこへ行かうあてもなく迷つてゐるうちにカフェ・オリオンのある通りへ出た。入らうかな、何といつて入らうかとためらつてゐると、女給の多美さんが見つけて、

「あら八穂さん」と呼んだ。

「どうれ、八穂さんてほんと?」とそのあとから政江の声だ。

「姉さんゐる?」

「いゝえ、今留守、すぐお帰りだからお入りなさいな」

 店には誰もお客がなく、もう一人きみといふ女給がストウヴの側で本を読んでゐた。二階へ上らうとしたが止して、皆と火の周りに集つた。

「八穂さん、イントルゲンチャつてなに?」

「知らない」

「知つてても私等風情(ふぜい)には教へる(すべ)がないわね」こじれた物言ひもする政江だ。

「八穂さん、あまのじやくには構ひすな」読んでゐた本をおいて立上つたきみが、前掛の結び目を直しながら鏡の中でいふ。

 多美さんが毛絲の玉を棚から下して、編み始めの目を拵へにかゝる。函館からきた一番大人(おとな)しい八穂の好きな女給だ。

「なに編むの」

 目を数へてから答へようとする多美さんを差しおいて政江が、

「ネクタイですよつておつしやるわ、私なら」と聞きもしないのに独りで出しやばる。何かを仄めかして笑はせるつもりらしいのに誰も笑つてやらない。何の話かわけのわからない八穂が、

「なぜ?」ときゝ返すと、政江はあわてた拍子にストウヴで手の先を焼いた。

(あつ)ツ」

「ホヽヽ、いゝ気味」きみがさつきの本を取上げながら笑つた。

「きみちやんの本にはね、明日までに暗誦しとかなきやならぬ文句があるんだつてさ」かたき討のつもりだらう政江がいふ。

「えゝ、さうよ」と澄まして、「今夜は深谷さん御宴会だつてね」

「お世話さま、ねえ多美ちやん」

「知らないわ」

「ほうらほら」きみが本で(あふ)ぎたてる。

 ガラリと滑つこい戸がぶつかつて開くと、一緒に、

「いらつしやいませ」

 手のものをおいて皆立上つた。客は学生連で、註文だけ言ふと勝手に自分たちの話を始めた。

 八穂はトントン二階へ上つた。女給達が寝る一間なので、ひどい散らかりやうだ。そのへんのものを片脇へ寄せて炉ぶちへ坐ると、火も消えかけてゐる。炭をついで、小さなのが一つ残つてゐる火だねを大切さうに吹いた。やつと炭の端つこに火がついたのにホッとして、風通しのいゝやうに灰をほじくつてゐると、表で自動車の停まるブレエキの音がした。一斉に、

「お帰りなさいませ」と出迎へる女給達に、御苦労とか何とか挨拶を返しながら姉の志穂が上つて来た。

「来てゐたの、随分待つた?」

「うゝん、さつき来たばかし」

「さう、どうもお待遠。さあ奥へ行かうね」

 奥へ行くとちやんと行火(あんくわ)があたゝめてあつた。八穂と差向ひに火燵(こたつ)へ膝を入れるなり、

「今日は又何か面白くないことがあつたの」

 きたなと思つたが、八穂は何も話したくなくなつてゐた。

「お前は我儘だから始終面白くないんだらう。姉さんはね、前から思つてたんだけど、お前どこかへ勤めたらどう?」

「…………」

「家にばかりゐると、お前頃な年頃はムシャクシャするのは当りまへだよ。ね、さうおし。外へ出れば気も晴れるし、独り立ちつてことも大事なことだ。それにお父さんはあゝだらう」

「…………」

「大きい兄さんだつて手紙一本よこさないだらう。一人前になればあゝだ。あれから何とか云つてきた?」

「うゝん」

「仕様のないお父さん似だ。学士で候のつてあの(ざま)だ。次の由さんは見た通りだし」

「…………」

「だけどね八穂、兄さんだつて子供の時アそりやいゝ子だつた。あまり一本気すぎるからお父さんと(いさか)ひしてしまつたのさ。小さい時のことを思ひ出すとほんとになつかしい。そりやきやうだいつてものは忘れられないものよ。ほんとに私だつて……私つて皆につくしたい……つくしたいと思ふけど、今となつてはね。解つた? お前もしつかりおしよ」

 小さい時から苦労をしつゞけた姉の言葉は、なさけないがその通りだと思はれて八穂は身が(しま)つた。びんばふな暮しが切なくなつて、

「姉さん、私どこかに出る」

「ほんとか」

「えゝ」

「ほんとに出たいなら、姉さんが口を見つけてあげよう。どんなとこがいゝ?」

「――学校」

「学校? 学校つて小学校? ――割に安いよ。でもお前には他の勤めは向くまい、学校ならねどうにか――あら御免よ、姉さんたら心配しすぎてね。だつて姉さんの時は相談する誰もなかつた。……先生になるなら師範の二部へおはひり、こゝにゐて通へばいゝし」

「いえ、すぐ出たい」

「すぐつて、ぢや代用教員に? でも損だよ」

「それでもいゝの。頼むとこ無いかしら」

「さうね。――さうさう永村さんは視学だつていふから、あの方に頼んでみてあげよう」

「きつとよ」

「あゝいゝとも」

 店の方から呼ぶ声がして、姉は立つて行つた。一人残されたら急に心細くなつて家に帰りたくなつた。母が案じてゐるだらう。出るとき留めなかつたからオリオンヘ行くものと分つてゐたらうけど……堪らなく帰りたなつて、火燵から抜けた穴をトントン叩いて、店へ出ていつた。

「あの、姉さん、私帰る」

「かへる――いま御馳走しようと思つてたのに」

「うゝん、いゝの――頼むね、あれ」

「なに」

「奉職」

「先生のことか、よし、聞いとかう」

「さよなら」

「どうしても帰る? ぢや気をつけてお帰り、暗いから」

 道はよく凍つてゐた。歩きながら八穂は考へた。代用教員でも先生だ。先生なら生徒を教へさせてくれるだらう。近頃偉いことをたくらんでゐる高ぶりだけで、肝腎の粒子を働かす工夫はまるでうつちやらかしだ。その(ざま)が思ひ返されて、残念さと恥しさとにピシピシ打たれた。しかし子供を相手にしたら、また案外な道が開けさうな楽しい気もしてきた。道のりも忘れて考へ考へ歩いて行くうち、いつか家の見える所まで来てゐた。

 

 幾日か待つて、××村役場の封筒で半片(はんきれ)の辞令がきた。

「三級下俸つていくらくれるんだろ」

 隠してわざとこんなことをきくと、母は、

「どれきたか、よかつたな」とちやんと承知でゐた。

 町から汽車で二つ目の漁村の小学校だつた。八穂は明日から出るつもりで、その用意をしてゐると、ちやうど帰つてきた父もいつにない上機嫌でこまごま注意などした。が八穂はもう教へ子の上にあれこれ理想だらけで、他の話は空の耳であつた。

 夕方、炉にあたつて見てゐると、鉄瓶の湯気が障子の硝子窓の内側で凍つて、太古の木の葉の形を作つてゐる。奇妙なさまざまの葉つぱが火の加減で次第に寄つたり消えたり又出来たりする。

「八穂、何夢中で見てるのよ」

「ほら、この硝子、こんなにほら」

「なに、どれ、おやほんとに」

「さう手をつければ失くなつてしまふつてば」

「ハヽヽ、さあ、うまい汁でも煮よう」

 母が火をついで鍋をかけたら、太古の葉は皆流れてしまつた。その硝子窓から見える、まろい地平を区ぎつた雪ぐもりの空と、淡い董色(すみれいろ)をおびた白い雪とは、津軽童女(わらし)の八穂にはなつかしい。すくすくと枝だけの立木が(まば)らなのも、もう自分のもののやうに親しかつた。

「銀の鈴が鳴るぞ」

 小さいとき、祖母の膝でぢつと耳をすますと、リーン、リーンとほんとに鳴つた。雪の()みる音が鈴のやうにきこえるのだ。

 菫色はだんだん濃くなる。いつか空も青つぽい明るみで月の出だ。濃くなつた菫色を青でゆるめて、すうつと向うへゆるい線をひく雪は地上のもののやうではない。人の近くに、人の息にも消えさうな美しい雪が、あんなにどこまでも続いてゐる。

 浄者。静かな心を(くゆ)らして、月光のしむ音をきゝ入る姿だ。雪の野をそのまゝ眺めれば、そのまゝ思へば、八穂は心が浄まる。そして静かな心の奥に劇しく湧くものをきく。心が焦点を合はさうと粒子になつて湧くのか、合つて透明な焦点から更に新しい粒子が湧くのか、(なごや)かな心の中に湧くものを感じて身も緊つた。雪は(なほ)なほ照つてきた。

 良い良い晩だ。明日は元気で赴任地へ立たう。

 

 あくる日、楽しい眠れない夜を過して早く起きると、すぐ支度して出かけた。

 汽車を下りて貧相な海村を通り抜けると、村はづれの小高い丘の上に学校があつた。着くと、休み時間で生臭い子がわあわあ校庭いつぱい雪浴びしてゐる。皆から怪しげに眺められながらその中を通つて、取つきをはひるとすぐそこは教員室で、六七人モヤモヤと見えた。中央の校長らしい年嵩(としかさ)の前に進んだら、物を書きかけの手をキチンとおいて、

「はア、私は三角(みすみ)ですが」と名乗つた。

 (おく)れたお辞儀をかへして、ふところから辞令を出して不体裁にやり場に困つてゐると、

「あ、浅田さんの後任の方ですか」とこつちの分も要領よく述べ、「浅田さん、あなたに転任のはまだでせう」と横へ顔を向けた。

 おや、前任者がまだ居るのかと驚いた。

「はい、私のは県庁の方からですから」

 こましやくれた声だと振返つて、双方おどろいた。附属の小学校でいつしよだつたしめぢつて子だ。よく叱られるたびジクジク泣いて、しめぢが生えるよと先生に言はれた。

「まあ田浦さん」

 知らないと言ひたい。

「お知りあひですか。これはよかつた」

 頼もしさうに校長はいふが、何がいゝものか、八穂はしめぢの後任でひどい恥だと感じた。あとのモヤモヤ達にも一人一人紹介された。

「浅田さんはこの学校が嫌になつたんでせうな」

 山賊めいた声についで、

「浅田さんに行かれゝばほんとに困る」と金切声がいふ。そんなら私が帰りませうと、八穂は帰りたくなつた。

 鐘が鳴つてみんな教室に出払つたので、やつと手のかじかんだのを火鉢でゆるめて、あたりを見廻すと、黒札に朱で校長から順々に名前と資格を書いたのがぶら下つてゐる。この一番端つこに、代用教員田浦八穂もぶら下るのかと思ふと逃げて帰りたい。順番は、三角の次が、黒谷、松木、と二人の男の本科正教員、次が女の正教員の吉村、その次が淺田尋正だ。県庁から云々は、正教員の資格があるつて所だなと恐れ入つた。

 放課後歓迎會でも開かうといふのを、用事があるからと断つて匆々(そうそう)に引揚げた。すかされたやうな気持で家へ戻る道々心が重かつた。

 しめぢがゐる間は決して行くまいとほぞを固めてゐたら、四日目に、来いと学校の印で端書がきた。浅田先生は御転任と親切に心を汲んであつたから覚悟して出かけて行つた。

 受持は複式の二年三年七十余人、可愛いと思はうにも子供ばなれのした野卑な笑顔で、悪ずれな騒ぎにゾッとした。初めて教室へふみこみ挨拶を抜いてすぐ、

「今日のやうな雪のこんこんふる日に、山の中の一軒家で……」

 考へてゐた童話を始めると、

(はなし)だ、噺だ、シイッ、シイッ」とそここゝにシイッシイッが拡まり、ピタリと騒ぎがやんで、眼やにだらけのまなこが八穂に集つた。この呼吸だな、粒子の焦点を合はせるのも……と、つい買はれた自分をぬすんでゐたら、

「あと詰つた」

「噺わすれた」

 急に元の騒ぎに逆戻りした。

「その雪の日に雪がね……雪が……」と継がうとしたが、カッと血が上つてうまくあとが出ない。騒ぎは一層大きくなる。

「静かになさい」

 たうとう八穂は怒つてしまつて、その時間は自習でやうやう切りぬけた。

「長屋で説教するやうです」

 正直に校長の問に答へたら、

「代へてあげませう」

 手易く引受けてくれたが不安で、

「どうでもいゝです」と言つておいた。

 ところがその翌日、吉村金切声が、

「あなた、人の受持を欲しいなんて言ふもんではありません」といふから、

「いゝえ、欲しくはありません。あの複式だけで沢山です」と断ると、急に渋い顔を解いて、

「はゝアわかつた、複式はあなたに勝ちすぎるから私と代へるんでせう」

 嬉しさうに一年生の新しい名簿を複式のと取りかへてよこした。

 さうして持つた一年生も教へれば可愛くなつて、しらみをポリポリ掻きながらいゝ気持で花咲爺(はなさかぢゝい)をきく三十九人だけとゐる間は、幸せな八穂だつた。皆が窓の外ばかり気にするお天気のいゝ日には、日向へ出して遊ばせながら、

「あの雲はわたぐも、綿雲はいくつ」

「わたぐも四つ、あらまた来た、六つになつた」とよろこばせて教へた。一人が、

「私は先生のヒヨコ」と羽織の中へはひる。

「私も」

「私もヒヨコ」

 はひりきれないヒヨコは泣きだす。

 さうしてゐるのをいつの間に見たか、熱心な教育家らしく校長が、

「田浦さん、児童を遊ばせてばかりおかないで下さい。父兄の手前もありますから」

「遊ばせてばかり居りません。実際のもので算術や言葉の使ひ方を教へて居ります」

「はア、ぢや教案に作つて見せて下さい」偉がるなといふ風にピシリと出てきた。

「系統案は細目表に出来上つてゐますから、それに依ればいゝと思つてゐます」

「細目表の書写しが教案ぢやありません」

 校長の机の上には細目表通りうつした教案が開いてあつたくせに。

「教授は細目表通りにゆかずに、児童の状況で適宜な方法をとるべきものですから、教案は(くは)しく書いて私に出して貰ひます」

「はい、わかりました」

 校長の気に入るやうに書くほかはないが、授業は自分がするんだから自分の信じた通りしよう。結果の良い方が勝だと八穂は人を甘く見ることを覚えた。甘く見られないためか校長は時間中に受持の高等科を放つておいて、時どき抜足で見廻りにきた。

 三十九人の中に、呼んでも返事さへせず、「お口がないの」つて言へば泣出す男の子と、「先生だつこしたい」と時かまはずに立つてくる、十一になつてもまだ六つくらゐの白痴の子とがゐた。二人は他の子供に邪魔するから別にして、クレオンと手工材料を持たせて、好きなやうにさせておいた。それがある日、校長の眼につくと、得たりとばかり入つてきて、

「これはどうしたんです、出来ないからといつてこれでは父兄に済みません」と叱りつけて元通りに直させた。

「先生、校長さんなぜ先生を叱るの」

 八穂は黙つて唇をかんだ。

 

 家から通ふのは大変なので、八穂は小使の世話で漁師の家の二階を借りた。生れて初めて知らない人なかに泊るのが心細くて、土曜の午後はどんな事があつてもきつと家へ帰ることにしてゐた。家の見えるところまでくると、急に思ひがこみ上げてきて走るやうに着く。その足音で母も、

「八穂か」

 戸をあけて「来たか来たか」とうろうろするくらゐだつた。一月ほど前から、町の或る店の帳場へ働きに出るやうになつた父も、晩には帰つてきて、今までにない暖かい心を見せてくれた。あくる日曜はのうのうと寝坊して、父の出勤も床の中で見送る。

「何買つてきてやらう」

「さうね、林檎」

「母さんは?」

「母さんも林檎がいゝ」

 よしよしと父は元気で出てゆく。

「いゝ人になつたらう。あれでオリオンさへ気を焦らすやうなことを言はなきやね」

「あゝ」

「お父さんも悪かつたと後悔してゐるんだけど、あの岡田の女が何とか()とか脅かすんだ」

「脅かされねばいゝに」

「さうゆくもんぢやない。あの女は魔だよ。いろいろ考へれば憎いけど、お父さんの心も思つて我慢するのさ」

 十六の時お嫁にきた母は今でも十六の素直さだ。八穂にすれば父に責めたいことも多かつたが、この母の前では何も言へない。

 初めて月給を貰つた日、家へ帰つて、その三十五円から宿代や小遣など差引いた残額二十七円余りはひつた状袋(じやうぶくろ)を出すと、母は有難いなと、父は八穂の骨折りをすまないなと、二人とも眼をショボショボさせた。暖かい家庭の空気が久しぶりに戻つてきた。

 

 雪も消えて少しづつ陽気があたゝかになり始めた頃、八穂は足が痛んできた。幼い時に足を病んだことがあつたが、それが又起つたらしい。土曜の午後、家へ帰る八穂はこの痛い足を引きずつて帰つた。汽車を降りてから練兵場をひとつ越して、そこから六町ばかり田圃(たんぼ)みちをゆく。風がしんで痛くて歩けなくなると立止つては又歩いた。

「なんぼびんばふの子だらうと人様に思はれるから、もう学校はやめな、ね、お父さん」

 母が、やつと家についた足を揉んでくれながら父に言ふと、父もやせてきた八穂のすねを撫でて、

 

「うん、片輪になれば自分の損だ、もう行くな」

 片輪になれと言つたつけ、それで片輪になつたんだ、と冗談らしく言はうとしたが、皺だらけの父の掌をすねに感じると、両すねをくつつけてその間のくりぬきが壷の形にいゝなとそんな方へ()れた。

 その夜、寝るともう腰も動かせぬほど痛んだ。日曜一日病人になつて、月曜の朝は痛くないふりに早く起きて、我慢で元気よく歩いてみせ、

「行つて参ります」

「また行くか、気をつけろよ」

 蒲団(ふとん)の中で気遣はしげにいふ父に挨拶して出た。母も案じて表へついて送つてきた。

「向ひのおかゝの家で御飯焚いてゐる、ほら」

「あのおかゝはな、三番目の娘をまた此間(こなひだ)二百円で売つてきたと」

「ほう、また」

 みんな皆からだを売つてたべねばならないんだと、足もとを見つめながら考へた。右を前にして一足づつのろのろ歩く八穂を待ち待ち母は、

「随分ひどいやうだ、家へ戻らう」と戻りかける。

「大丈夫だつていふに」

 先に立つてしやんと歩いてみせたいが足がいふことをきかない。もういゝつて言つても母はついてくる。練兵場の中ほどで無理に帰すと、暫くそこに立つてゐて見送る。背中に母の悲しい眼を背負つて歩き出した時は、こぼすまいと支へた涙が溢れて溢れて困つた。後を見ずに痛い足を出来るだけ元気さうに歩いて停車場へついた。

 汽車から降りると病人だと思はれたくなくて、自分でも驚くほどしやんとした。宿へついて大急ぎに袴をはいて学校へ出かけた。

 校舎は村の(はづれ)から少し離れてゐて、街道からそこへ新しく通した道は砂利が敷かれて歩きにくい、上ばきの麻裏に履きかへて歩いた。

「先生お早う」

 八穂をみつけて馳けて来る子供らが(はかま)(たもと)にぶら下る。

「先生は今日は足が痛いから先にいらつしやい」

「それなら押して行かう」一年生の小さな掌がいくつもかゝつて押して歩かせる。大きい生徒が追越すとき本包を持つていつてくれる。

 日曜のあくる日の元気で授業を始めたが、少し工合が変だなと思つてるうち、腰の右側の、足が痛むと引きつるしこりのやうなものが、次第に強くさしこんできて、最終の三時間目には我慢にも立つて居れなく、椅子の上に坐つて教へた。読方(よみかた)のお客あそびの課で、お辞儀をしてみせようと教卓に手をついたら、不意に前へのめらうとした。

「あれ危いツ、先生」

 前の列の子が走りよつて抑へようとした。ハッとしたが何ともなくて皆と一緒に大笑ひした。それでも痛みはだんだんひどくなつて、さすがの八穂も明日からは来られまいと思ひ、本を早くすまして、しつゞけの青い鳥を話してやつた。

「先生、死んだ人のゐるとこはどこ」亡くなつた母が見たくて堪らない弘子さん。

「チルチルやミチルは途中でおなかが空かなかつたの、パンや砂糖をそのまゝ()れて行つて」は懐疑家の善雄さん。

「嘗めたりかじつたりしてみればよかつたのに」と過激な浪太郎君。

 結局誰も彼も皆、

「私たちもさうして行きたい」のぞみでいつぱいなのだが、

「あなた方もそんな夢を見れば――」としか八穂には皆を満足させる言葉がなかつた。

 鐘が鳴つた。

「さよなら」

「先生さよなら」

「今日は先生は足が痛くて送れませんから、こゝの窓から見てゐませう」

「はい」ガラリと窓をあける男の子。それを、

「先生ア寒い」閉める女の子。

 下駄箱から直ぐ窓の下へきて、背が届かないのでずつと向うへさがつて、さよなら、さよなら、をする子供たちは、心に一羽づつの鳥を大事にだいて帰つて行つた。のび上つて椅子の上からさよならを返しながら、あの子供たちはこの足がもげても放したくなかつた。

 振返り振返りしてゆく姿がすつかり見えなくなると、急に痛みが(はげ)しくなつてきた。

「婆さま」隣りの小使室(こづかひしつ)へ呼んだ。

「あれまあ、顔の蒼いこと。……足が病めるつて? さうして居られません」

 教員室へおぶさつて行つたが、次の授業で誰もゐない。あとで婆さんから断つて貰ふことにして早く町の医者へ行かう。もう口もきゝたくないほど痛んだ。婆さまがどうして停車場まで連れて行つてくれたか、やつと肩にすがつて行つたことしか覚えてゐない。

 町へ着くとすぐ車で病院へ行つた。診察券を貰つて、内科で散々待たされたあげく、

「どうも内科のものらしくない」と外科へ廻された。

 外科で三四人の医者が代る代るしこりを押してみてから、着物をぬがせて背筋を見、真すぐ立たせて体操みたいな真似をさせた。そんなことをさせられて気が立つてゐる上、頭にひゞくほど痛むのもかまはず身体を曲げさせられたりするので、直らなくてもいゝから止めにしようかと思つた。医者達は独逸(ドイツ)語で何やかや言ひ合つてゐたが、漸くわかる言葉で話されたのが、

「カリエスですね」

「あツ」倒れさうに眼がくらんだ。

「静かにして――あの、家のどなたかを呼んで貰ひませう」   

 八穂は気の遠くなる思ひで、父の勤めてゐる店の電話番号を看護婦に告げた。

 父はすぐあわてゝ来て、控室に寝てゐる八穂に、

「しつかりしろ、なに足くらゐに」言ふ声は震へてゐた。

 隣室に呼ばれて、父は長いこと医者の注意を聞かされてゐたが、扉越しに――結核性、(うみ)が出る、養生よりほか薬はない。ギブスベッド、長くかゝる……などきれぎれに、敏感になつた八穂の耳にひびいてきた。

「どの位かゝるでせう」

「さあ何年とも言へませんが、十二年てのがありました。とにかく午後膿をとつてみませう」

 そんな問答が聞えて、青ざめた父が平気を(よそほ)うて出てきた。

 午後、手術室で白衣にされ、台の上に寝かされた。

「ほんのちよつと」と局部麻酔の針を打たれた。スポイトを持つた医者の手がチラとして身内の汁がしぼりとられる気持がした。痛くはないがその気持に負けてウヽヽヽうなつた。

「我慢しな、もうちつとだよ」父は子供をすかすやうにして手を振つてゐた。「痛いことはないでせう」

 医者は平気で取るだけ取つた。

明後日(あさつて)いらしつて下さい。ギブスベッドを作りますから」

「どうぞお願ひします」

 勢なく丁寧にお辞儀を返す父は、今取つた汁の中に結核菌があつても、()くして貰ひたい(ふう)だ。やりきれない思ひで家へ車で帰る八穂に、

「この位のことに力を落すものがあるか」と励まし励まし言つた。

 

 三日目に行くとすぐその日、裸に綿一枚のまゝでギブスベッドを作つた。うつむけに寝かせて後頭からベタベタと石膏のついた(きれ)をかぶせてゆく。だんだんそれが固まりかけて重いつたらない。この病人にこんなことしていゝのかと思つた。

 ベッドは一週間ほどで出来てきた。頭からすぐ胴で、手足がなく、気味のよくない代物(しろもの)だ。この甲羅にはまつて十二年は何が何でもひどいな、と八穂は青くなつた。

 からだが土の型でしばられると、一そう切なくなつた。その苦しさを何かで父母にあたり散らした。父母が何でも云ふなりになると、それが又八穂の癇をたかぶらせてなほ無茶を言つた。夜も眠れなくて、教へ子の一人々々を思ひ出しては呼ぶと、あたゝかい涙が湧湯(わきゆ)のやうにあふれて流れた。

 ある日、牧夫に行つた次兄の由造が安物の洋服をきてひよつこり帰つてきた。北海道言葉の卑しつぽい(なまり)が聞き辛い。母は兄の好きな豆腐汁をうんと拵へて食べさせた。

「もう向うへは行かない」

 隣りの部屋の炉ばたへどつかり尻を据ゑて、二月ぐらゐは何もせず新聞をあちこち引つくりかへしてゐた。それも倦いたか、こんどは何とか用事を作つては出歩き始めた。愚か者でも親身にすれば外へさらしたくなかつたか、母がいろいろすかして出さぬやうにすれば、

「おれを馬鹿にする」と怒つた。

 朝めしが済むのを合図のやうに出てゆく次兄の留守に、

「落ちついて家の仕事を少しでもしてくれる心があればいゝのに」と母は寝てゐる八穂にこぼした。何か手頃な仕事を見つけてあてがつても、どれもやる気力も能力もなかつた。時には出たまゝ二日も三日も戻つて来ないことさへあつた。

「無分別だから()しものことがあつては……」

 家中で心配して、母は夜中も寝なかつた。そんなに心配させても又ひよつこり、平気で帰つて来て、

「雇うてくれる口を探しに三戸(さんのへ)へんまで行つて来た」と母がこつそりくれた小遣をすつかりはたいてきた。

 そんなことがあつた或る時、八穂は右腰のかたまりのあるあたりが湿(しめ)るやうだから、おやと思てゐるうちジクジク濡れてくるので、起上つてしらべると、腫物から膿が流れてゐる。

「母さん、膿ツ」

 おどろいて飛んできた母は、

「どうしよう、どうしよう」とおろおろ声で自分の肌着で膿を抑へようとした。

「いけない、いけない、黴菌だから」

 八穂にどなられて脱脂綿をもつてきた。ぬぐひ取る母の指は震へた。八穂はポロポロ泣いた。

 膿は出ても出ても尚出て、一度に脱脂綿一包みほどドブドブに濡らした。一日に五六ペンもしぼらねば、流はとまらなかつた。

 そんな最中に珍しく姉の志穂がやつてきた。見舞だらうと思つてゐたら、

「お母さん、由造はゐないでせう」と坐つた。

「あゝ、いくら言ひきかせても出歩いて……」

「この間から何度もうちへ来ましたがね。今日はどうしても北海道へ行くと言張つてきかないので、私ひとりでやつては済まないからお伺ひに出ました」

「またか、心配かけるの」

 母はぢつと考へてゐたが、

「どうしても行きたいものは留めてもきくまいし……でも一先づ家へ帰るやうに言つておくれ」

「いゝえ、もう家へ帰つてお談議をきくのは()いたから、荷物や何かを私に取つてきてくれつて」

「……さうか」

 仕様なしに母はあきらめて立上つた。この前持たせてやつたものはどうしたものやら、何一つ荷らしいものは持つて帰らなかつたが、母はそここゝを探して、父の古いのやいらないものをまとめて荷に作つた。

 待つ間、志穂は八穂に話しかけた。

「どう、八穂」

「…………」

「いやだらう、その石の床は。がまんおしよ、病気なんだから、早くなほらうよね。なに、お前や私は死んでも惜しくないからだだけども、親を悲しませるからね、ホヽヽヽ」

 笑はせるつもりの冗談は病身には皮肉に過ぎて、八穂のしんにこたへた。

「姉さんこそ不心得ものだ」

「さうかい、さうだらうね」そつぽを向いて、「お母さん出来ましたか」

「あゝ、やつと。よろしく言ひつけてやつておくれ」

 母は眼を濡らして包を渡した。

「なにお母さん安心なさい。私がいゝやうにして立たせるから」

「よく言つてね」

「さよなら。お母さん、八穂をお大事に」

 母は戸口から戻つて、がつくり炉ばたに考へこんだ。八穂は心細くてシクシク泣けた。

 膿の口からはこんなことがあれば濃い膿が尚余計に出た。吉村先生からの手紙に、後任には元ゐたしめぢが帰つてきたこと、しめぢは八穂のゐるうちから校長と相談が出来てゐたことを知らせてよこした時には、死なぬ先から棺桶を用意された怒りに膿はひどく出た。暫くして、新築したばかりの校舎が、校長受持の生徒の放火で全焼したと新聞で見たときは、もつとひどく出た。岡田の婆が(かね)てから八穂を憎がつてゐた矢先にこの病気ゆゑ、「からだ腐つてるとよ」と知りもしないくせに触れ廻つてると村の人から聞かされたときには、噴くやうに膿が出た。からだはギブスにしばられてゐるから、膿が怒り(あぐ)る役目をするのだとおもつた。

 

 物足りなく次兄は行つたが、却つて一つ心配を落した気分がした。父がギブスに寝たまゝ本が見れるやうに工夫してくれた台で、八穂は父が二三日毎に買つて来る雑誌や本をよんだ。

 膿はやつぱりよく出た。痛々しい母がふびんで、人手をかけず八穂は自分で膿をしぼつた。ドクドク出る膿に、

「出ろ出ろ、みんな出ろ」

 出切つてしまへば快くなるだらうと思つた。日増しに慣れてきて、別に何とも思はず上手にしぼれた。膿の核がいくつ出たなど数へたりした。

 心が静まると、石の床は楽しい思索の揺藍になつた。和かな心に真すぐ立上るのは(わらし)の日のことだ。志穂がまだ子供のころ二人で行つた雪みちのこと。志穂は唄がうまく、ずつと向うの原つぱの末までとほる声だつた。山の爺の炭小屋で焚火の中へ一つづつ林檎をくべて、シュウと甘ずつぱい香をたてて焼けるのを待つてゐた。夕暮に小屋を出て帰る途中、

「息をかけるな、なほ凍えるから」

 何度言はれても冷たくてつい息をかけると、志穂はふところをあけて肌に手をつけさせた。小さな両手を揃へて姉のこゞみ加減な胸にさしこむ嬉しさ。あの道の雪あかりがほんのりと今もさすやうで、昔のころがむやみに慕はしかつた。

 夜中にぽつかり眼がさめて耳を澄ますと、シーン、シーンと聞えるものがある。

「な、お祖母さま、ほら、シーン、シーンてな、あれア何」

「あれア極楽のみしやうさま」

「遠くでなくよ、直ぐそこでしてるの」

「晩になれば極楽が近くなるからよ」

 昼、村の童たちとあそんで、幹に耳をあてたときにもやはりこんな音がきこえた。

「木のしんまでみしやうさまが通つてくるの」

「あゝ、みしやうさまはどこにでもおいでだ」

 このことを思ひ出したとき、みしやうをしらべたくなつて、八穂は母に字引をとつてもらつた。みしやう、みしやう、口で唱へながら引いてみると、ミの部の末に「()」の字が鮮かに見えた。未、未、未しやう、次いでシャウの所から似つかふ字を色いろ探して、生ときめた。

 未生、未だ生れず、まだ生れなくて、しかも生れる必然性をもつもの。おゝ、いゝ字だ。いつか作文に書かうとした、木霊(こだま)から生れて、雪でそだつあの童女だ。生れようとしてゐるものは形がないのにちやんと在るんだから、形のあるものよりずつと劇しい意志が働いてゐるはずだ。

 劇しい意志――未生の意志は神だ。神は人を創るのに自分の姿のまゝを取つたが、姿とは魂の姿だ。未生の意志に含まれてゐるものが誕生する。だから未生を感ずることで十分粒子にもなり得、焦点もあふ。人の魂も劇しい未生の意志を感ずることで確かに改造出来る。

 未生の意志を感じるアンテナ、心の官能をにぶらせてはいけない。むだな刺戟が強すぎるほど官能の皮は厚くなつて、霊の磁石に透明な焦点を合はされない。そんな魂が毒をふく。そんな魂こそ無駄な刺戟を求める。志穂の店へ寄る客たちだ。小さな頃、志穂は八穂に、

「よくこの土をたがやして、一番いゝ林檎を作らう。どこのよりいゝのをよ」

「どこからその林檎の種を出すの」

「何代も何代も前から、すこしづつよくして、一番の津軽林檎を、志穂は実のらすぞ」と約束した。

 その志穂の林檎は、魂を疲らせる刺戟を売る店になつた。さうだ、八穂は本当の刺戟を求める魂たちが寄つてくる店を開かう。もつともつと生々(いきいき)した刺戟を売る店を。店の飾は新鮮に、接待は混りつけのない津軽の童女(わらし)。八穂こそ誰も出来(でか)さなかつた津軽一番の林檎を実のらせよう。ようし、用意はいゝ。――出発の一息前(ひといきまへ)

(昭和七年十一月「改造」)

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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深田 久彌

フカダ キュウヤ
ふかだ きゅうや 小説家 1903・3・11~1971・3・21 石川県大聖寺町に生まれる。『日本百名山』により讀賣文学賞。「裸像」「新思潮(第9・10次)」「文学」「作品」等の同人誌・雑誌に関係しながら創作生活を長く続け、「山」の文藝にも新生面をひらいた。

掲載作は、1932(昭和7)年「改造」11月号に初出。この素朴の一極限を成す感性と意志の優れた表現のかげに、津軽出身の作家で前夫人北畠八穂の息づかいを感じる人もあろう。いまや稀に見る純朴一途。

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