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海潮音(抄)

  薄暮の曲  シャルル・ボドレエル

 

時こそ今は水枝(みづえ)さす、こぬれに花の顫ふころ、

花は(くん)じて追風(おひかぜ)に、不断の(かう)の爐に似たり。

匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れ()みたる眩暈(くるめき)よ。

 

花は薫じて追風に、不断の(かう)()に似たり。

(きづ)に悩める胸もどき、ヸオロン(がく)清掻(すががき)や、

ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ、

御輿(みこし)の臺をさながらの雲悲みて(えん)だちぬ。

 

何の苦もなくて、牧草(ぼくさう)()み、身に生ひたる

羊毛のほかに、その(とき)来ぬれば、命をだに

惜まずして、(しゆ)に奉る如くわれもなさむ。

 

また魚とならば、御子(みこ)頭字(かしらじ)(かたど)りもし、

驢馬ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、

はた、わが肉より(はら)ひ給ひし(ゐのこ)を見いづ。

 

げに末つ世の反抗表裏の日にありては

人間よりも、畜生の身ぞ信深くて

素直(すなほ)にも忍辱(にんにく)の道守るならむ。

 

  落葉(らくえふ) ポオル・ヹルレエヌ

 

秋の日の

ヸオロンの

ためいきの

身にしみて

ひたぶるに

うら悲し。

 

鐘のおとに

胸ふたぎ

色かへて

涙ぐむ

過ぎし日の

おもひでや。

 

げにわれは

うらぶれて

こゝかしこ

さだめなく

とび散らふ

落葉(おちば)かな。

  嗟嘆(といき)  ステフアンヌ・マラルメ

 

静かなるわが(いもと)、君見れば、(おもひ)すゞろぐ。

朽葉色(くちばいろ)晩秋(おそあき)の夢深き君が(ひたひ)に、

天人の(ひとみ)なす空色の君がまなこに、

憧るゝわが胸は、苔古りし花苑(はなぞの)の奥、

淡白(あはじろ)吹上(ふきあげ)の水のごと、空へ走りぬ。

 

その空は時雨月(しぐれづき)、清らなる色に曇りて、

時節(をりふし)のきはみなき欝憂は池に(うつ)ろひ

落葉(らくえふ)薄黄(うすぎ)なる憂悶(わづらひ)を風の散らせば、

いざよひの池水(いけみづ)に、いと()やき綾は乱れて、

ながながし梔子(くちなし)の光さす入日(いりひ)たゆたふ。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2002/09/30

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上田 敏

ウエダ ビン
うえだ びん 詩人 1874~1916 東京に生まれる。1895(明治28)年「帝国文学」創刊に加わり海外文学の紹介に努め、1905(明治38)年刊の訳詩集『海潮音』(本郷書院)はイタリア、イギリス、ドイツ、プロヴァンス、フランスの詩をあつめ、ことにフランス象徴詩の紹介は後進に新鮮かつ多大の感化を与えた。

掲載作は訳詩集『海潮音』の抄出。

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