最初へ

うしろ髪ざくりと剪りて

死死は土へ溶けゆくいのち冴返る

 

立春の大地は風を声と聴き

 

白蝶の舞ひの終りは白の舞ひ

 

春浅し通りすがりの写真館

 

白椿己が白さに怯えをり

 

黄水仙きりと高めの女帯

 

西鶴の胸算用や亀の鳴く

 

風見鶏逆さに春を廻しをり

 

それなりの色を重ねて山笑ふ

 

井戸車落つる音絶つ実朝忌

 

憂きこととなりし霞の今昔

 

春うらら歩みそめたり観世音

 

かかる日にまなこ閉ぢえぬ雛人形

 

土踏まず踏まずにいまだ女雛かな

 

つながらぬ夢で始まる石鹸玉(シャボンだま)

 

おのが身をなほも浮かせし凧の糸

 

紙風船紙の重さに息を吐く

 

やさしさの風に挑まれ紙風船

 

朧月地の闇とろと呑み込みぬ

 

蛤や隠しきれない大欠伸(おほあくび)

 

恋猫やみやうみまねの屋根通ひ

 

日本地図ひつくり返し雁帰る

 

身震ひて一蓮托生山笑ふ

 

そり合はぬ鹿()の子絞りに亀の鳴く

 

花冷えや今日の終りに爪を研ぐ

 

花冷えと知りて戻れぬ(わらべ)

 

くぐもれる背ナの黒子が花冷えす

 

持ち替へて昭和の重き春日傘

 

とある日の若きこの身と青を踏む

 

若鮎や虚空刻むを諾とせり

 

花筏古りし絵巻の継ぎ目なく

 

親不知ひと(とせ)経ちし豆の花

 

出来すぎの名前はつひに翁草

 

池に映ゆ枝垂桜は左利き

 

かかはりの風の持ち来る桜かな

 

訣れたる写真の記憶桜咲く

 

雀右衛門鬼女と()りたり夕桜

 

明け放つ天上天下鶴帰る

 

神さびて天地別け合ふ海は夏

 

船頭の櫂の()きとる卯波かな

 

五月雨や頁の抜けし文庫本

 

返り点思はず行を四迷の忌

 

打水の流れの果ての逢瀬かな

 

洗い髪知らぬ素顔を変へてみる

 

息殺し白き牡丹を白と言ふ

 

悔恨の文字を呟く油蝉

 

噴水は神代の乳房かも知れず

 

夏鏡ジャガタラ(ふみ)の忍びよる

 

十薬の指にからめし気の細り

 

身の軋むかすかな痛み単帯

 

ゆるびつも白の影あり走馬燈

 

梔子(くちなし)や思ふ存分白を見せ

 

紫陽花の花の重みを地が(わら)

 

背信の夜々を踊らす(ひきがえる)

 

尻取りの ん で終らす桜桃忌

 

問ふならば答へてやらう金魚玉

 

あみだ籤やつと当りし熱帯魚

 

ラムネ玉ひとに揚げ足取られたり

 

嘘よりも真赤な嘘の水中花

 

石庭に威儀を正せし黒揚羽

 

からくりの白にくくられ走馬燈

 

過去といふ青き匂ひの蛍かな

 

風神とひねもす語る青蛙

 

み仏の膝もくづれし炎暑かな

 

あらかじめ前奏捨てて油蝉

 

利き足をいまだ決めかね蟇

 

蝸牛しどろもどろの濡場かな

 

先細る家系に這ひし蝸牛

 

雷鳴やにはかに近き鬼瓦

 

油照り午後は点ともなり得るか

 

七輪の灰に定まる大暑かな

 

(くるぶし)と双手が淋し墓の蟻

 

胸騒ぎして分別の晩夏光

 

夕焼けのたぶさを掴む道祖神

 

獣道うねりを増して夏去りぬ

 

鶏の声のもつれや今朝の秋

 

出発が旅の終りの去来の忌

 

風一陣はや八月が歩み出す

 

土の香の野分のあとの風さらふ

 

稲妻のおのれを刻む刃かな

 

ゆく先は点ともなりぬ敗戦忌

 

ひととせの風と過ぎゆく秋桜

 

織り姫の帰りは狂女となりてゐし

 

別れたき影が影負ふ花野かな

 

見せまじとうなじの生毛(うぶげ)秋袷(あきあはせ)

 

秋寂し他人の顔が会釈する

 

身に()むや無人の駅の数十歩

 

千代女忌や土橋の先の闇と峙す

 

行きずりの秋と囁く向かひ風

 

謄本の長女となりし秋蛍

 

いくたびの夕潮満ちし宿の秋

 

京祭り情死と決めし仏花

 

月明り無縁仏を白くする

 

鶏の声のつまづく子規忌かな

近松の女立て膝曼珠沙華

 

乱れ萩散りても雨の匂ひかな

 

お下がりの短き丈の竹の春

 

鰯雲きらと鱗を落すとは

 

後書きのなき日もありて秋時雨

 

文化の日切手の写楽手に負へず

 

江ノ電や乗り越し切符秋の蝶

 

(ひぐらし)の今日は違へし高さかな

 

微熱もつ乾きし背筋下り鮎

 

法師蝉時に裏声かと聞きし

 

段落を操る意識法師蝉

 

秋蝉のゆとりありげに鳴きにけり

 

蓑虫のおのが重さを量りかね

 

蓑虫や昨日は今日を逆さとす

 

とある闇バッタの姿迫りくる

 

逢ひみての後の黒髪無月かな

 

黄昏の(かね)を叩きて逝きし(つま)

 

逝きしひと人と歩める花野かな

 

こぬか雨現世(うつしよ)つとに秋と染め

 

野分(のわき)あと森は大きな谺かな

 

垢抜けぬ人差し指に十三夜

 

稲妻の迅くも立ちし帰心かな

 

寒椿落ちておのれの身を正す

 

現世のしめり含めし帰り花

 

山茶花に山茶花ああと言ふ疲れ

 

逆光に手のひら返す花八つ手

 

数へ唄数へ違へし木守柿

 

寒の月はずまぬ球を投げてみる

 

寒月や一人芝居の競りあがり

 

短日(みぢかび)や影追ひかくる築地塀

 

縦書きの封書に惑ひ波郷の忌

 

花八つ手寺町も過ぎ豆腐売り

 

ふつと吾ひとと置きかへ枯野行く

 

(しかばね)の五指の触れ合ふ寒月夜

 

頼朝の墓はそのまま冬の午後

 

冬銀河うしろめたさの雲を曳く

 

寒紅や他人の顔へ戻るとき

 

寒月の振り向く顔は白拍子

 

(つまづ)きて目先に冬の菫かな

 

かたくなに花心傾く寒牡丹

 

おのが身を翳と育てし冬の午後

 

季重ねを重ねて海鼠(なまこ)沈みゆく

 

雪吊りや加賀の百万捌きをり

 

とどまりてうしろ歩きの冬の蠅

 

焚き火して杣人(そまびと)囲む笑ひかな

 

木の葉髪またも隣家の高笑ひ

 

死神をとり逃したる風邪の神

 

短身の影を追ひ越す冬至かな

 

逢ひ引きのメールの絡む百八つ

 

両の手を広げて足らぬ去年今年(こぞことし)

 

大晦日利き足たがへ交叉点

 

初雀甍の反りに転がされ

 

伏す闇の牝鹿の息や初詣

 

天平の飛天ふり向く恵方道

 

大仏の背筋の高さ初詣

 

うしろ髪ざくりと()りて冬終る

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/04/07

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つつみ 眞乃

ツツミ マノ
つつみ まの 俳人 1944年 東京都新宿区に生まれる。

掲載句は、句集『白游』(2003〈平成15〉年8月・龍書房刊)等の自作より、2005(平成17)年4月、「電子文藝館」のために自選。

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