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検索結果 全1058作品
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評論・研究 高橋和巳における狼疾
1 かなり以前から高橋和巳の文学の特質において、心のなかに蟠(わだかま)っていることがある。いったいかれは、だれの影響をもっとも受けていたのであろうか。いうまでもなく、これまでの高橋和巳論は、その多くが性急に埴谷雄高を結論的に導きだしているが、かれの憂鬱なる作品を前にしたとき、はたしてそう結論づけていいものかどうか、はなはだ疑問である。 高橋和巳自身、比較的早く「近代文学」の読者として、第一次戦後派作家に親近感を覚えたといっているこ
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詩 断章
淡紫色の同情を 芝居気よく紙背 に書き記し繰戸 を抜け廃品を回 収した情夫の色 めき尊属殺人は 死刑または無期 懲役という怯懦 の葉ふたつ母の 日に薬籠さげて 挽歌流れる色擂 りの盆供養に煙 管を硯池に敲き 落し墨はねて人 質となった疫神 をせせ笑い聖母 の散歩はたちま ち般若吸血
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小説 休暇に
夕方、いつものように、僕の所に、学校の友人がやって来た。僕たち二人は、数ベルスタ(ロシアの里程。1ベルスタは約1067メートル)離れた同じ村に住んでいて、ほとんど毎日のように顔を合わせていた。ブロンドの好男子で、その優しいまなざしで、娘っ子たちを少なからず、うっとりと夢心地に誘うことだってできた。僕はといえば、彼の落ち着いた態度とか、その冷静な判断といったものにひきつけられていた。 その日、友人は何か心にかかることがある、というように見受けられた。地面をじっと見つめたまま、興奮した面持ちで、自分の足を鞭(むち</
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小説 濃霧のカチン
夜の六時からのコンサートまで少し時間があるので、すぐそこの市庁舎前の広場まで出てみよう。あそこには本屋もあるし、アプテカで薬を買うことだってできるだろう。それには先ず換金をしておかなくてはならない。ワルシャワ空港で換えた二万円はポズナニまでのタクシー代で吹っ飛んでしまった。それでも白タク運転手の要求していた六百ズオテイに百ズオテイ足りなかった。空港での換金は率が悪いということを知らなかった。栞は外出の準備を始めた。日本を発つ前に引いてしまった風邪がまだ喉のあたりにしつっこく居座っている。その違和感が気持ちを重苦しくさせていた。もしこの部屋にバスがついていて、昨夜温まって寝ればそれで治っ
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小説 うしろ髪ざくりと剪りて
死死は土へ溶けゆくいのち冴返る 立春の大地は風を声と聴き 白蝶の舞ひの終りは白の舞ひ 春浅し通りすがりの写真館 白椿己が白さに怯えをり 黄水仙きりと高めの女帯 西鶴の胸算用や亀の鳴く 風見鶏逆さに春を廻しをり それなりの色を重ねて山笑ふ 井戸車落つる音絶つ実朝忌 </
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俳句 水の私語
眠れねば青ついばみて蕗の薹 蕗の薹淡き予感と扉(と)を開く おぼつかな蝶の生誕目守りぬ 息かけて鏡の春と擦れ違ふ 如月や芯から荒らぐ息のなか 女芯いま春の怒濤へ声洩らす はかなさをそつと小袋二月尽 野焼きの尾ちぎれて恋の炎を拾ふ
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小説 夢、はじけても
一 明治九年七月三十日、早朝――。 連日の猛暑の中を、早めに朝食をすませた人々が、小さな袋を片手に、近くの小学校をめざして、ぞくぞくと集まりはじめている。 やがて、浜松県内の各寺で一斉に鐘がつかれ、その荘厳な音色が、あたりに響き渡った。 それが、合図だった。 集合していた人々は、門をくぐり、さらに校舎の前に列を作りはじめた。 そして、先頭の者は教室に足を踏み入れると、部屋の中央に置かれた大きな箱に近
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小説 ムシの方舟
目次ムシの方舟つばさモクジシュワッチマセ!チョッキンチョッキン森の町 <
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評論・研究 雪と足と(抄)
死と生について 奥羽線横手駅から下りの方向へ走る鉄路は短い鉄橋をこえてほどなく、次の後三年(ごさんねん)駅からさらに飯詰(いいずめ)駅へ全く一直線にのびていく。明治三十八年この鉄道が敷かれたとき、この飯詰駅の両側にある二つの町(一つは私の生まれた仙北郡六郷町)が路線の引っぱり合いをしてけりがつかず、当時の逓信
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評論・研究 The Role of P.E.N. in the Contemporary World
It is an honor to be invited to address theJapan P.E.N. Club Founded in1935 on the eve of a tumultuous period in world affairs, Japan P.E.N.'s memberscommitted to the P.E.N. ...
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Like the topaz in the toad's head the comfort in the terrible histories was up front, easy to find: Once upon a time in a kingdom far away. Even to ...
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小説 年年歳歳
一 一ゆれすると復員列車はゆつくり動き始めた。ベルも汽笛も鳴らなかつた。日は暮れかけ、こまかい雨がガラスの窓を雫になつてつたつてゐる。微光の中に荷物と一緒に折り重なつて乗つてゐる人々の脂じみた顔が見える。車内灯はついてゐない。道雄の周りは皆、上海から一緒に帰つて来た海軍の者ばかりである。「ハシレ」「イソゲ」と急(せ)かれて、雨と汗とでべとべとになり乍(なが)</r
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小説 靴の行方
新幹線の車窓から見る桜はもう花の季節を終え、新芽が枝に群がっている。十日ほどのあいだに春は確実に深まっていた。 小田原を過ぎると海が見えた。 海は夕べの色を映して灰色に波打ち、沖のほうから霞みながら暮れ始めていた。京都に着く頃には町は夜に包まれているだろう。 今日の列車は人数も少なく、隣のシートは空席のままになっている。 亜矢子はスイと脚を伸ばし、足先をぶらぶらと揺らした。紺のスエードのハイヒール。つい先日の旅もこの靴だった。短い期間に二度も新幹線に乗るのはめずらしい。 「いい靴ですね」
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小説 白い蟹
晩秋──。 ロシアの夕暮れはうら悲しい。街中はまだしも、ひとたび郊外へ出ると深い暗愁が立ち籠(こ)めている。空は鉛色に染まり、薄暗くはなるがいっこうに夜がやって来ない。怪しい気配があちこちに漂っている。文字通りの逢魔(おうま)がとき……。落葉樹は枝をあらわにし、葉を持つ木々も冬枯れの気配を帯び始める。森は疎(まば</rt
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随筆・エッセイ 「元凶」を見つめよう
3月20日、日比谷の「ワールド・ピース・ナウ」に行きました。 ピース・パレードに参加するのは、半年、いや10か月ぶりですが。何しろ5月になると76才ともなると、いくら気持だけは若くても脚が弱ってもうデモは無理です。ふと昔知った「傘がない」という井上陽水の歌も思い出したが、幸い傘はあるので、季節の変わり目か左足が少しうずくのを我慢しながら、地下鉄に乗り、参加しました。 雨の中とはいえ、大変な参加者の数で熱気に溢れていました。野外音楽堂に入る前に親しい人々の顔を見て、来て良かったと思いました。雨のせいか、音楽堂は座っている人が少なく、割に簡単に舞台の近く
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随筆・エッセイ バグダードとメソポタミア
平和の都・バグダードそぞろ歩き アッバース王朝(七五○~一二五八)のカリフ、アブー・ジャーファル・アルーマンスールによって「平安の館」として建設されたバグダードは、建築の見地からも、科学と文学の遺産の見地からも、世界の中の最も重要な都市の一つである。 バグダードは、打ち続いた戦争にもかかわらず、アメリカの軍事的脅迫の最中にありながら、ここ数年の間に、様々な面で近代化を達成した。このことは、整備された道路網、公園など現(前)政権下で設立された
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随筆・エッセイ もう一度人類のルネサンスへ一歩踏み出そう
あの第2次大戦中、小生は今の高校生の年頃で、旧制中学校は全部閉鎖、学徒動員されて名古屋の三菱の工場で飛行機の発動機に使う鋳物を造っていました。来る日も来る日も土煙の出る薄暗い工場の片隅で、休み時間中に級友の南谷君が「阿部君よ、おれたちは後2年の命だよな。どうせ中国大陸に行くか、南方に送られて生きては帰ってこられないだろうな。どうだ、死ぬ時にあれだけ本を讀んだから、もう心残りはないというくらい本を讀もうじゃないか」と話し掛けてきました。 本の好きな小生は「そいつはいい考えだ。仲間をあつめよう」と承知して、早速5名ぐらいの級友で読書クラブみたいなものをつ
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評論・研究 民撰議院設立建白書<1874年>
某等(それがしら)別紙奉建言(けんげんしたてまつり)候次第、平生ノ持論ニシテ、某等在官中屡(しばしば)及建言(けんげんにおよび)侯者モ有之(これ
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詩 工程
平均台 過ぎ去った無数の世代と 未来の世代との間に 絆のように架けられた ひとつの空間 熟しつつある果実のように あなたの頬は紅潮し すき通った筋肉の連鎖は しなやかな曲線を描く すばらしい跳躍 渦巻くような転回 頂点での一瞬の静止 世界のすべての動きが停止する瞬
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小説 叔母の秋
緋色に染めた暖簾を通して夕暮れの淡い光線が流れこんでいて、それが店内では紫がかった奇妙な色に変っていた。くすんではいるのだが、最近ではあまり目にしない赤い長襦袢のような、奥に隠れたなまめかしい色に感じられる。 「まったく信じられないことばかりだよ」 ラーメンを割り箸で口に運びながら、安則はそう呟いた。 髪の毛は歳月に晒されてかなり白くなっているうえ、アメリカ人好みの茶に黄や緑の混じった格子のシャツを着ているが、子供のころ坊主頭を見てジャガ芋のようだと思った頭のかたちや、象を連想させるような細い目に大きな鼻は、まったく変って