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極付 国定忠治(抄)

序幕  赤城山麓室沢村才兵衛茶屋

    幕開く。

    手先甲乙、上って酒を飲んでいる。

    お梅、お銚子を持ち出て来る。

手先甲 あゝお梅坊、相変らず綺麗だねえ。近頃のように、やれ大飢饉だの、やれ捕物だのと世間が騒がしいようじゃ、お前の店も落着いて稼業は出来なかろうのう。

お 梅 はい。

手先甲 時に、ちとお前にたずねてえことがあるんだが、近頃世間の噂さじゃ、お前のうちの離れに忠治の分家、長岡村の多左衛門と作男の吾市が逗留しているとかいう話だが、いや、何もおどろくにゃあたらねえ。何も俺ぁその事で詮議だてをしようというんじゃねえ。国定一家はこんな事になって、現在の叔父御の、あの眼の不自由な、仏といわれた多左衛門さんが、甥御の身を案じてこの山麓までおいでになるのも無理じゃねえ。お前の家に逗留していなさるというのはお上の方でも、とうに御存じだ。お上にも情はあらぁ。お上もそれを兎や角詮議だてをしようというのじゃねえから、安心して面倒を見て上げてくれ。

    才兵衛、代わりの銚子を持って出て来る。

手先乙 (酔っている)おう、とっつあん、お梅坊、そうじゃあねえか。俺たちの口からこんな事を云うのもおかしなもんだが、元を(ただ)せば何十年来の大ひでりに木も草も枯れちまってよ、関東一円のお百姓衆は知っての通りのあの苦しみようだ。そいつをまた、あの竹垣三郎兵衛という悪代官が、血も涙もねえ、むごいとり立てをしやがって、おまけにおのれは、公儀を恐れぬ栄耀栄華だ。そいつを見るに見兼ねて、忠治をはじめ一家の者が、代官屋敷へ斬り込んで、この騒ぎだ。今じゃまるで俺たちとは敵と味方の皮肉な因縁になっちまったが、なあに、誰一人、忠治親分を憎んでいるものはありぁしねえよ。

手先甲 おっと……お神酒が回ったようだ。俺たちの口からそんなこたぁ禁物だよ。さ、もう一とまわり、南の方を回るとしようじゃねえか。

手先乙 や、とっつあん、お梅坊、大きにお喧ましゅう。代はここへおくぜ。(外へ出る)

才兵衛 へえ、有難うございます。

お 梅 お気をつけていらっしゃいまし。(見送る)よしきりが鳴いている。お星の光りがキラキラと、月があるのに降るような……。

才兵衛 この冴え渡る月夜。赤城にござる忠治親分はじめ、子分の衆はなんと眺めていなさる事やら。

お 梅 いつもの年なら、今夜あたりは、踊りに明かす楽しい夜だが、今年は悲しい雨乞いの、太鼓の音も聴えなくなった……。(中へ入る)

才兵衛 山の人たちもこの頃は、三度三度の食べ物もなくなって、ひどく難儀をしてなさるとかいう噂さ。

お 梅 それをなんとか、助けて上げる工夫はないものかねえ。

才兵衛 お前に云われるまでの事はねえ。おいらも日頃の御恩報じはこの時と、心ばかりは焦っても、こう米麦にまで封印をつけられちゃ、どうすることも出来ねえじゃねえか。

お 梅 あゝあゝ、わたしは親分はじめ、みんなの衆に会いとうなった。おとっつあん、なんとか助けて上げる工夫はないものかねえ。

    その少し前より、吾市が立ち聞きをしていたが出て来る。

吾 市 とっつあん、お梅坊、そりゃいくら考えてみたって、人間の知恵や才覚で出来るこっちゃねえ。手っ取り早く、おいらがやってのけよう。

才兵衛 吾市、お前が……。

吾 市 この封印を切った上で、今夜のうちに山へ運んでのけよう。とっつあん、(懐から財布を出す)あとで役人が来て、誰の仕業だとたずねられたら長岡村の分家、多左衛門の作男、吾市が、持って行ったと、伝えてくれ。(懐から短刀を抜いて封印を切りにかかる)

お 梅 あ、吾市さん。

才兵衛 やい、吾市、手めえ何をする。(と抱き止める)

吾 市 おとっつあん、離せ、離してくんねえ。

才兵衛 待てと云ったら待たねえか。

吾 市 おとっつあん。そいじゃお前は、この米麦が惜しいのか。いや、それほどまでに、あとの難儀がこえゝのか。

才兵衛 やい、手めえとんでもねえ事を云いやがる。手めえ、この俺を、いや室沢の才兵衛を恩も義理も知らねえ人間だと思ってやがるのか。見損ってくれるない。お梅、お前外を見張ってろ。吾市、手めえ年は若いが見上げた量見だ。感心な度胸だ。よくそこまで決心をしてくれた。が、しかし悲しいかな、お前はまだ分別が足りねえ。いやさ思案が足りねえ。

吾 市 なんだと。

才兵衛 今のお前の身分はなんだ。国定村の分家で長岡多左衛門の作男、吾市ということは近郷近在誰一人、知らねえ者はねえ筈だ。そのお前が米麦の封印を切って、山へ運んだと知れた時、あとの難儀は一体(いって)え誰にかゝると思うんだ。眼の不自由な多左衛門どんに、難儀のかゝるは知れたこと。たとえ二日でも不浄の縄をかけたとあっては、おぬしの男はどこで立つのだ。この才兵衛だって、この村方の誰一人だって、忠治親分の御恩を忘れるような者はいねえ筈だ。叔父御のお身を案じ、あとの難儀かけさせたくねえばっかりに、出来ねえ我慢、つらい辛抱もしているのだ。短気な真似はよしてくんねえ。

吾 市 あ、とっつあん、すまねえすまねえ。自分一人の身体を的にして、百三十何ケ村のお百姓衆の難儀を、お救いになった忠治親分を助ける事が出来ねえとは、この世の中にゃ、神も仏もねえものか。

才兵衛 我漫をしねえ我慢をしねえ。

お 梅 おとっつあん、土橋の向うから提灯のあかりが見えます。

才兵衛 人に悟られちゃいけねえ。さ、奥へ行って旦那の御介抱をして上げてくれ。

    吾市、家の中へ入る。

    与力の中山清一郎、川田屋惣次を伴い出て来る。

中 山 恰度(ちょうど)よいところであった。先ほど使いの者をつかわしたが、折り入ってそちにも相談がある。(中へ入る)亭主、ゆるせ。

    惣次と二人、座敷へ上る。

才兵衛 おいでなさいまし。おう、これは、川田屋の親分さんも御一緒に。むさいところでございますが、どうぞ。

惣 次 御造作になりますぞ。

才兵衛 お梅。さ、旦那方に御挨拶申し上げないか。

    お梅、出て来る

お 梅 旦那、親分、いらっしゃいませ。

惣 次 お梅坊か、大そう綺麗になったの。早くいゝ聟を探して、とっつあんを安心させなけりゃいけねえぜ。

お 梅 あれ、まあ……。

才兵衛 へっへ。まだ、からきし、ねんね

でございまして。

中 山 亭主。ちと、席をはずしてもらいたい。折り入って惣次に、相談ごとがある。

才兵衛 では……。(去る)

中 山 先ほど、御室勘助のもとへも、使いを出してある。もうほどなくこれへ参ると思うが

    御室勘助、出て来る。

勘 助 (外から)御免。

中 山 おう御室、待っていた。

勘 助 お使いを頂きまして、遅くなりまして相すみません。

中 山 これへ。

    勘助、座敷へ上る。

中 山 早速用向きに入る。今夜そちたち両名を招いたのはほかでもない。近頃、世間の噂さでは何事の意趣遺恨あってのことかは存ぜぬが、兎角両人、事ごとにいがみ合いをいたしているとか。かくあっては大切な御用の上にも、妨げとなる事は必定。今夜を限りこれまでの事は水に流し、仲よく御用を励むようにとお上からのお云いつけじゃ。そち達も異存はあるまいな。さて、その仲直りの手始めとして、今夜そちたち両人に、折り入って申しつける儀がある。他でもない。それは、忠治召捕りの件じゃ。そちたち両人は野州で、埴生の伊助を加えて、当時御用聞きの三羽烏といわれたほどの腕利きじゃが、そこを見込んで忠治召捕りの相談を両人に仰せつけられたのじゃ。山の上でも昨今、忠治をはじめ、子分の者一同極度の食糧難に陥ち入って、とかく気が(すさ)びがちじゃとか。かくあっては、三百人の命知らず共、死に暴れに山を斬って下るような事があれば、それこそ幾百幾十人の夥しい死人怪我人を出そうやも知れぬ。よって、そちたち両人、今夜のうちに忠治召捕りの手筈を整えるようとの仰せ、両人とも有難くお受けいたすがよい。

惣 次 有難うございやす。したがこの御用向きは、何卒この川田屋一人に仰せつけ下されますよう。くだらねえ相親(あいおや)なんざぁ、かえって仕事の邪魔かと存じます。

勘 助 何? 邪魔だ。おい川田屋、黙って聞いてりゃ、随分虫のいゝ云いがかりだが、お前こそこのお役目を引受けられねえ訳がある筈だ。旦那、この役向き、何卒この勘助一人に仰せつけ下されば有難う存じ上げます。

惣 次 おい御室の、旦那の前で、この俺にあくまで恥をかゝそうというのか。

勘 助 かゝしたがどうした。

惣 次 なんだと?

    両人、刀をとって意気込む。

中 山 両人、控えい。こういう事もあろうかと、諭す下から年甲斐もなく、無用の争いはお上への無礼じゃ。

惣次と勘助 (共に)はっ。

中 山 以後両人とも心を入れかえて、御用大切に励むよう、しかと申しつけたぞ。忠治召捕りの儀は、やはり両人がよい。人数の儀は、いかようとも計らうによって、申し出るがよい。では他に用事もあれば、一と足先に。(立ちかかる)

惣 次 才兵衛! 才兵衛! 旦那お帰りじゃ。

中 山 惣次、勘助、しかと申しつけたぞ。亭主、造作になったの。(出てゆく)

    お梅、見送って門口に立つ。

    鶏の声。

お 梅 おとっつあん、鶏が宵啼きしたよ。

才兵衛 いやな晩だのう。

惣 次 おい御室、お主ゃ、今夜のお役目を、何故潔ぎよく辞退しねえんだ。

勘 助 なんだって。

惣 次 あの国定身内で、しかも忠治の片腕と頼まれた板割りの浅太郎は、あれゃあお主の何に当る?

勘 助 エッ!

惣 次 可愛い娘の恋聟じゃねえか。その恩儀を忘れてしまい、見事忠治の五尺の身体にお主は御用の縄捕(ほそ)を打ってみるか。

勘 助 川田屋、お主は確か、俺より年は下な筈だが、もうタガがゆるんだと見えるな。あの大間々にいるお前の一人娘、お万坊の亭主というのは一体どこの誰なんだ。

惣 次 うむ。

勘 助 云わば娘の聟の忠治を、仕儀によっては、飛び込んで、右に首塚、左に胴塚、十手の風に吹き靡かせて、物の見事にしょっぴいてみるかよ。

惣 次 これや面白い。この川田屋は、ナ、くだらねえ義理の情を恩に着て、大事の仕事の裏を掻くほど、俺はまだ耄碌しねえつもりだ。

勘 助 その理屈なら五分と五分だ。なるほど板割りの浅は娘の聟だが、忠治の縁に引かれりゃ、矢っ張り兇状持ち。そんな野郎にこだわって、役目に弱い尻は持たねえ。俺も御室の勘助だ。若い時から、御奉公に陰日向は大嫌え。なあ、そのことなら安心をするがよい。

惣 次 なるほどなあ、十手の房がこんがらがり御用の細縄の縺れあったお主と俺、それが捕親(とりおや)と決まってみりゃ、こりゃ互いの意地づくでも後へは引けねえ。忠治の野郎の首ッ玉へ、どっちの細縄がかゝるか見ものだ。

勘 助 手柄は互えの腕次第として、今夜のうちに道を違えて、出かけよう。

惣 次 よく云った。イザという時血迷わねえよう、性根を据えて上るがいゝや。忠治の居所は赤城の天神山、滝沢不動の万年溜めということだ。

勘 助 そうさ、人のことよりお主こそ、卑怯未練に八州の御用聞きの名を汚してくれるな。

惣 次 その馬鹿念にゃ及ばねえ。さあ、用意せい。

勘 助 お主から先へ出かけろい。

惣 次 おう出かけようとも。山の奴等も今日このごろは、三度の食事も食うや食わず、どうせ(かつ)えて、足腰も満足にゃ立たねえだろう。(立ち上る)

勘 助 だが油断のならねえのは捕り方の手のまわらねえ抜け道、間道が物騒だ。そこからうまく食い物を持ち込む分にゃ気がつくめえ。

惣 次 (奥へ向い)一升ありぁ、一日の命、一斗で十日の寿命がつなげる。そんな邪魔ッ気の入らねえうち、月夜を幸い天神口から登るとしよう。おい御室、先へ出かけて待ってるぜ。

勘 助 山で会おう。

惣 次 才兵衛どん。

才兵衛 (出て来る)おう、親分、もうお帰りでございますか。

惣 次 とんだお邪魔してすまなかった。

才兵衛 どういたしまして。

惣 次 夜が更けると村方は物騒だ。早く行灯を引いて(やす)みなさるがよい。

才兵衛 有難うございます。お気をつけなさいまし。

お 梅 また、鶏が夜啼きをしている。

才兵衛 俺ぁなんだが急に胸さわぎがしてならねえ。

お 梅 おとっつあん、また騒動でも始まるのじゃないかねえ。

勘 助 なあに心配するな。国定の忠治という博変打ちの命がなくなる知らせかも知れねえ。

お 梅 え、親分が?

勘 助 どれ、遅くならねえうちに出かけよう。

お 梅 あッ、八(けん)()が……。

勘 助 なに行灯があるから大丈夫だ。

    と、浅太郎、忍び足で入り来る。

    勘助に斬りかかる。すかされて、ふりかえって、頬冠りの手拭いをとる。

浅太郎 おう、(とつ)っあん。

勘 助 手めえは浅!

浅太郎 親分の敵だ。恩も義理も忘れてしまった手めえの命は……。

勘 助 どうしたと?

浅太郎 この浅太郎が貰うんだ。覚悟しろ。

    と、斬りかゝり行灯を斬りつける。

    消える。月光さし込む。

勘 助 馬鹿野郎、現在親も同然の舅のこの俺になんの遺恨があって、刃向いするんだ。

浅太郎 親同然もおこがましいや。遺恨の種は俺に聞くよりおめえの胸に問うてみなせえ。父っあん、おめえよくもこの間、太田の町で、そりゃ役目の表にもしろ、忠治親分に十手を上げて、御用と声をかけなすったな。聟の俺の縁ばかりじゃねえ、おめえだって、いんや、日頃の義理を考えたら、たとえ命にかえたっても、そうした事は出来ねえ筈だぜ。それに今夜はよくもまた、捕親の御用を引き受けなすったな。今夜、太田の一件で、親分が口惜しがるのを聞くに聞きかね、つながる縁の俺らの潔白、親分への無念晴し、ほかの手合いにしてやられちゃあ、浅太郎、女房の色香に引かされて、と、疑ぐられちゃ剛ッ腹だ。今となっちゃこの浅太郎、舅でもねえ、聟でもねえ。縁が切れりゃあ、赤の他人だ。お浦はスッパリ離縁した。

勘 助 何? 娘を離縁?

浅太郎 おう、それが親分への男の意地張り。勘助、(うぬ)ッ!

勘 助 待て! 浅太郎、娘の離縁は俺が不承知。また汝に斬られて死ぬのもいやだ。

浅太郎 なんだと?

勘 助 俺の男は俺が立てる!

    勘助、浅太郎の刀をとり、積んである米の傍らまでゆき、その封印を切る。

才兵衛 (少し前よりこれを見ていたが)あッ。封印が……。

    勘助、行灯を吹き消す。羽織をぬぎ、腹を切る心で奥へ――浅太郎、あとを見送る。

――幕――

二幕目  赤城天神山不動の森

    本舞台、峨々たる山中、杉の大木、上手溜池、池の汀に不動の像を刻みたる岩あり。正面坂道、月夜の態。山嵐にて、幕開く。

    

    花道より川田屋の惣次、炬火を持った国定の子分二人に案内せられて出で来たる。

惣 次 こりゃどうも、御案内に(あずか)って有難う存じます。どうか、忠治どんへ大間々の川田屋が、わざわざ登って来たと取り次いでおくんなさい。

子分一 へい、先刻(しも)の口からちゃんと親分の小屋へ知らしてございますから、暫くこゝでお待ち合せを願います。

惣 次 おゝ、ここは万年溜だね?

子分二 へえ、さようで。

惣 次 当時はあの椀刳(わんぐり)小屋に寝起きをしていなさるという話だが。

子分二 へえ。今夜は恰度上の千畳敷で、月見をなすっていらっしゃいます。

    横笛の音、冴て渡る。

惣 次 そうしてあのしおらしい笛の音色は。

子分二 ありゃあ、日光の円蔵兄哥(あにい)が月に浮かれて娑婆ッ気を出し、吹いているのでごやしょう。

惣 次 なるほどなあ、食うや食わずの山籠りに、明日をも知れねえ命の瀬戸を考えもしねえで、赤城の月に笛のすさびか、ハテ、奥床しい度胸だなぁ。

    この内、子分の一人は蓆を持って来て――

子分二 どうか、これにお控え下せえやし。

惣 次 いろいろ雑作になって有難う存じます。

子分二 すぐに親分がお目に掛ります。

    両人、一礼して奥へ入る。惣次、蓆の上に座る。山嵐。正面上手奥より炬火を照らした子分を先頭に数名の子分、続いて三津木の文蔵、足利の権三、国定の忠治、高山の定八、清水の巌鉄が出で来たり、ズラリと居並ぶ。

忠 治 こりゃ珍しい川田屋の父っあん、月夜とはいえこの山坂をよく登って来ておくんなすった。

惣 次 忠治どん、俺ぁこんな所でお主に逢おうとは、今日が日まで思わなかった。大層やつれなすったなあ。

忠 治 やつれもしようぜ。この世の中は四尺五寸に縮って、五尺の身体は置き所もなくなり、この天神山を死出の道と露より脆く消ゆる忠治が、息のあるうち、父っあんに逢うはまだしもこの世の倖せだ。で、今夜わざわざ山を登って来なすった御用の筋は?

惣 次 忠治どん、お主と俺とは娘の縁からあやに絡んだ義理の深い仲、その川田屋の惣次が今夜という今夜、折り入ってお主に頼みてえ筋があり、それでわざわざ登って来たのさ。

忠 治 これはまた大層改ったお話のようだが。

惣 次 臓腑を割って打ち明けりぁ、御政道のため掟のため、この捕親の顔を立て、たったいま尋常に、お縄をうけて貰いてえのさ。

忠 治 じゃ父っあんは今夜、この忠治を御用弁になさろうと、こう仰るんで……。

惣 次 それも八州の中山の旦那から、御室の勘助とこの惣次に、捕親という役を仰せつかったが、相親の勘助とは火を擦るような不仲の意地づく。あいつに先を越されめえと夢中になって、登って来た俺の胸の中の苦しさを推量してお願いだ、器用に縄をかけさしておくんなせえ。

忠 治 じゃ御室の伯父御と父っあんが、捕親の役を引き受けなすって……。

惣 次 なあ忠治どん。今度の一件だってその心持ちは美しい。立派だといやあ立派だが、その遣り口が穏やかでねえ。慈悲善根の種は蒔いても、法度を破った罪の報い、何時が何時までこんな山の中に、大勢の捕り方を向うへ回して、ひだるい腹を抱えて睨めっこをしていられる物でなし、遅かれ早かれ降参の縄に掛るか、さもなくば斬り死をして果てなさる身体、そりゃお主にだってそれぐらいの覚悟はあんなさろうが、ありゃ尚惜しまれる間に散ってこそ花だ。わるい事は云わねえ、得心がいったら、男らしくにっこり笑ってこの惣次の縄を受けておくんなせえ。

文 蔵 じゃ、川田屋の父っあん、おめえは今夜親分をふんじばりに来たと、こういうのだな。

権 三 おい父っあん、ほかの目明しなら知らねえこと、おめえばかりは親分の捕親にはなれねえ義理がある筈だぜ。

巌 鉄 当り前よ。子分子分が命懸けで、三月越しの山籠りは、たとえかつえ死をしようとも、親分の身体に不浄の縄一筋でも掛けさせたくねえと思ゃあこそだ。

定 八 えゝ父っあんもあるものか、岡っ引きといやこちとら敵だ。面倒くせえ、面倒くせえ、やっちまえ。

忠 治 待て!

巌 鉄 だって親分、余り話が馬鹿馬鹿しすぎるからよ。

忠 治 いゝから待て、俺にぁ俺でまた考えがあるんだ。引け引け引け。

    一同、止まる。

忠 治 父っあん、年を取りなすったお前はんの目から見りゃ、この忠治という男は一旦血気に逸って、取り返しの付かねえ真似をする男だともお思いなさろう。が、忠治にはまた忠治で思案もあれば分別もあっての上の事だが、父っあんのように、一口に掟にそむいた罪人(つみんど)と云われて見りぁ仕方がねえ。忠治もこゝに天運つき、上州きっての目明しの大親分、川田屋の父っあんの縄目に掛りゃあ、それで男も立つ道理。さ、立派に御用弁になすっておくんなせえ。たゞこの上のお願いは、この忠治の身柄に引き換えて、子分一同の罪を父っあんの骨折りで許してやっておくんなせえ。これが引かるゝ忠治のお願いだ。

定 八 おい親分、おめえさん何を云うんだ。詰らねえ了見なんか出しっこなしにしようぜ。

権 三 冗談にもおめえさんの口から、そ、そんな縁起でもねえ事を聞きたくねえ。

巌 鉄 親分一人がその気になっても、子分一同が不承知だ。やい川田屋。手めえいゝ気になりやがって、変な真似しやがるとその分にゃ置かねえぞ。

文 蔵 みな、やっちまえ。

    一同、息組む。

忠 治 待て。父っあんの身体に指一本でも差してみろ、この忠治が承知しねえぞ。引け。

    一同、納る

忠 治 さ、どうかお縄を打っておくんなさい。

惣 次 ……。

忠 治 どうしなすった。何故そのホソはお掛けなさらねえ。いやさ、御用弁にゃあなさらねえんだ。

    下手より浅太郎が出て来る。

浅太郎 親分、只今帰りやした。

忠 治 手めえは浅。

浅太郎 親分へ。太田の町の御無念晴しと宵にコッソリ山を降り、調えて来ました土産の印、どうかお受け取りなすって下せえやし。

忠 治 何、無念ばらしの土産の印だ?

浅太郎 へえ、今更余計な事を申し上げちゃ、却って愚痴に聞えて、土産の品も嫌がりましょうから、改めては何も申し上げねえ事にいたします。もし川田屋の親方、今夜のお役目の相親に当った、私の舅勘助の変った姿にせめては一と目、逢ってやっておくんなせえ。

    包みを開く。

惣 次 それじゃあ、御室は。

忠 治 勘助伯父御は。

浅太郎 役目と義理の板挾み、こうして仏になりやした。

惣 次 御室の、お主も、やっぱり……。

忠 治 浅、伯父御はどうして……。

浅太郎 聟の私に斬られちゃ、舅殺しの悪名を着せるのが不愍だと、立派に腹を切りやした。

忠 治 何、腹ぁ召しなすった……伯父御、一人の聟が可愛さに、この忠治への義理を立て、目明しという役目の表、三方四方の義理をよく命にかえておくんなすった。忠治は改めてお礼を申します。

浅太郎 それじゃ親分、舅へのよしみはもともと通りに。

忠 治 これが伯父御への誓言だ。矢っ張り昔のよしみは変えねえつもりだ。

浅太郎 へえ、有難う存じます。おい、父っあん、今の言葉を聞きなすったか、どうか安らかに成仏しておくんなせえ。

惣 次 勘助どん、勘弁してくんねえ。この川田屋の惣次は意気地(いくじ)なく、一と足お主に先立たれたが恥ずかしい。勘忍しておくんなせえ。お互いに年寄りの堅意地から性根の底に蓋をして、心にもねえ憎まれ口を利き合ったが、お主が聟の可愛いだけ、俺も娘の可愛さに、覚悟はとうから決めていたんだ。勘助どん、待っていておくんなせえ。俺も後から追っ付こうぜ。愚痴じゃねえが、今更に、羽振り利かして、十手捕り縄、俺はこれが恨めしい。忠治どん。何を隠そう、高飛車に出て子分衆に斬られようと、企んで来たが相親の御室の最後をきくにつけ、弥猛(やたけ)心の張りも切れ、年寄りの意気地はなくなった……可愛い娘の恋聟にどう捕り縄がかけられよう。といって山へ登ったからには、素手で帰れぬ役目のつらさ。ここでお主の手にかかり御室の後を追えば本望。旦那方への義理もたち、国定一家の仇ともならず、男になって死んで行かれる。サ……子分の衆、忠治どんの捕親を打って手柄にしておくんなせえ。それとも忠治どんの長刀(どす)の錆となれりゃ尚結構。笑って死のうぜ。やってくんなせえ。

忠 治 父っあん、忠治はこの世の果報者という事を、今夜つくづく悟りやした。御室の伯父御と父っあんの、そのお情けは骨になったって忘れるこっちやござんせん。どうかこの忠治が可愛いと思召したら、この上悪業の罪を(しょ)わせて下さるな。

惣 次 なんと云いなさる。

忠 治 犯した罪の数々に、首は細っても長岡の忠治、生涯男の魂は曇らせたくねえ了見だ。現在舅の父っあんにどう刃が向けられよう。さ、立派に御用弁になすっておくんなせえ。

惣 次 じゃあ、お主はどうしても不承知だと云いなさるか?

忠 治 察しておくんねえ。忠治は義理に生きとうござります。

惣 次 お主の義理があれば、俺にも人間の誠がある。御室の後を追うばかりだ。

    惣次、一刀を抜く。

忠 治 お止め申せ!

浅太郎 父っあん、おめえは……。(止める)

惣 次 放せ放せ、何故止めなさる。(揉み合う)

忠 治 ではその男らしい御最後を傍から黙って見ていろと、こう仰るのか。

惣 次 俺ぁ何もお主への面当てに、腹ぁ切ろうというんじゃねえ。

忠 治 それじゃ第一筋が違いやしょう。

惣 次 なんと。

忠 治 上州、野州、八州かけて、御用聞きの三羽烏と云われたほどの大親分、その大親分の父っあんが、現在兇状持ちを眼の前に見ながら、ホソ一本もかけねえで、犬死にをなすっちゃ、第一お役目にかゝわりやしょう。

惣 次 えっ。

忠 治 こう三方四方に、義理や(かせ)や情けの綾がもつれ込んじゃあ、意地と剛情もなくなった。父っあんが犬死にをなさる前に、忠治の死に(ざま)を見ておくんなせえ。

    忠治も一刀を引き寄せる。

    一同、両人を止める。

    上手より日光の円蔵が出て来る。

浅太郎 お前は日光の円蔵兄哥(あにい)、今まで何をしていなすった。

円 蔵 何もしていねえ。先刻からの成行きを見ていたんだ。親分、おめえさんつまらねえ芝居気を出してくれちゃあ困りやすぜ。まあ長脇差しをおさめておくんなせえ。

忠 治 円蔵、どの道娑婆ぁ短くなったぞ。

円 蔵 物の三月と住み馴れたこの天神山とも、いよいよ今夜が別れになりましたぜ。

権 三 なに、山に別れる。

円 蔵 まあよい。手めえ達は親分の身体へ気をつけていりゃそれでいゝんだ。こりぁ川田屋の親方、今晩はお役目御苦労に存じます。

惣 次 円蔵どんだね。

円 蔵 へえさようで、失礼ではございますが、一応お腰の物をお納めなすって下さいやし。日光の円蔵改めて御挨拶を申し上げとうございます。

惣 次 うむ、挨拶と云いなさると。

円 蔵 先刻からの一伍一什は残らず木陰で見もすれば、聞きもいたしましたが、さてこう双方から義理だ義理だと人情の一点張りで責め合った日には、とゞの詰りが御両人とも義理に責まって、犬死にをなさるよりほかはございません。そして自分の為にもならなけりゃ、また相手の為にもなりません。つまりが共倒れ、こいつはずいぶん馬鹿げた話。よしまた親分一人が死ぬると云ったところで、そりゃ傍についてる三百人の子分一同が不承知でこざいます。いざとなりゃ、おめえさんにお手向いしてでも、忠治の身柄は助けなけりゃなりません。貴方がたに義理がおありなさりゃ、われわれ無職渡世にも仲間の作法がございます。

惣 次 そりゃあ解った。

円 蔵 そこでお願い申すと云うのは、おこがましいと思召すかは存じませんが、今夜のところは何事も、この円蔵の扱いにお任せなすっちゃ下さいませんか。

惣 次 任せろと云いなさると?

忠 治 円蔵、手めえ一体どうする積りだ。

円 蔵 されば、川田屋の親方のお顔を立て、国定一家三百人の同勢一人も残らず、今夜の内に山を下って、散ってしまいましょう。

文 蔵 なに、山を下る?

円 蔵 その代わり忠治の身柄を御用弁になる事だけは、子分一同になり代わってこの円蔵から、平にお目滴しのほどをお願い申します。

惣 次 うむ。

円 蔵 で、親方は、今夜赤城へ乗り込んだところが、十手風に怖気づいたか、忠治を初め子分一同八方へ散ってしまった、とこう仰りゃあ八州様へ対して、お役目の表も充分に立つだろうと存じます。ね、親分。

浅太郎 なるほど、こりゃあ日光の兄哥の云う通りだ。親分は、もう一度温ったかい娑婆の風に当り、身体を大切に、半日でも長く生きのびておくんなせえ。

円 蔵 (子分達に)みんなも判ったか。出来る事なら、やくざの足を洗って、少しでもまともな道を歩いてくれ。いいか。

子分達 (感慨無量)

円 蔵 川田屋の親方、お解りになりましたか。

惣 次 うむ、よく判りやした。さすがは国定一味の智恵袋と云われた円蔵どん、お扱いが気に入りました。じゃあ今夜の内にこの山を残らず、散っておくんなさるだろうね。

円 蔵 御念には及びません。赤城の抜け口は八十八口、捕り方のお目に掛らねえよう、夜の明けるまでには総勢残らず引き揚げて御覧に入れます。

惣 次 あゝあ有難い。それでこの惣次も安心して山が下れます。忠治どん、これから先はどうせ長旅だ。ずいぶん患らわねえように、身体を大事にしておくんなせえ。これが生涯のお別れだ。

忠 治 父っあんもどうか御長命なせえやしよ。蔭ながらお祈り申しておりやす。今夜のお礼はいずれ冥土でいたします。

惣 次 さて、そうと話が極ったら、銘々に旅の仕度もあんなさるだろう。じゃ、これで御免を蒙ります。

忠 治 手めえ達、一の道場までお見送り申せ。

    子分二人が案内して惣次、花道へかかり――

惣 次 忠治どん、長い草鞋(わらじ)を穿きなさる前方、暇があったら一と目でも娘のお万に逢ってやっておくんなさい。

忠 治 そのお情けは、骨になったって忘れる事じゃございません。

子 分 御案内申し上げます。

惣 次 度々、御苦労だね。

円 蔵 お気をつけなさいまし。

    子分と惣次、去る

巌 鉄 残念ながら、山も今夜がお別れだ。

忠 治 浅、手めえ父っあんの首をそこら辺りにねんごろに葬って、一ときたりとも通夜の真似事でもしてあげてくれ。俺らも後から行って、念仏なりとも称えてえから。

浅太郎 へえ、有難う存じます。そのお言葉が何よりの功徳、舅もさぞ草葉の陰で悦んでいるでございましょう。

権 三 じゃ板割りの、俺と共々手伝おうぜ。

円 蔵 うぬ達、手別けして持ち場持ち場へ布令を回してくれ。

浅太郎 じゃ御免下さい。

    円蔵、浅太郎、権三、その他の子分一同、上手下手へ入る。

忠 治 鉄――。

巌 鉄 へい。

忠 治 定八。

定 八 なんです、親分。

忠 治 赤城の山も今夜を限り、生れ故郷の国定の村や、縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分の手めえ達とも、別れ別れになる首途(かどで)だ。

定 八 そう云ゃなんだか嫌に寂しい気がしやすぜ。

    雁の声。

巌 鉄 あゝ、雁が鳴いて南の空へ飛んで()かあ。

忠 治 月も西山に傾くようだ。

定 八 俺ぁ明日ぁどっちへ行こう?

忠 治 心の向くまゝ足の向くまゝ、当ても果てしもねえ旅へ立つのだ。

巌 鉄 親分!

    笛の音、聞ゆ。

定 八 あゝ円蔵兄哥が……。

忠 治 あいつも矢っ張り、故郷の空が恋しいんだろう。

    忠治、一刀を抜いて溜池の水に洗い、刃を月光にかざし――

忠 治 加賀の国の住人小松五郎義兼が鍛えた業物、万年溜の雪水に浄めて、俺にゃあ、生涯手めえという強い味方があったのだ。

    定八、刀を拭う。

    (析の頭)笛の音、山嵐、この模様よろしく。

――幕――

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2006/07/26

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行友 李風

ユキトモ リフウ
ゆきとも りふう 小説家・劇作家 1877・3・2~1959・12・13 広島県生まれ。大阪新報記者をへて大正6年、沢田正二郎が結成した新国劇の専属作者となる。新国劇の代表的演目「月形半平太」、「国定忠治」を書く。また「修羅八荒」などの時代小説でも知られる。

掲載作は『行友李風戯曲集』(演劇出版社 昭和62年)より「極付 国定忠治」五幕七場のうち「序幕」と「二幕目」を抄録。

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