最初へ

憲法草稿評林

  〇ハ余(小田為綱}ガ所見ヲ以テ修正ヲ(もと)ム。

  △ハ本書評論ニ余(小田}ガ所見ヲ以テ可否ヲ弁論ス。

  評◎ハ本評意見ヲ以テ増加セシ法案ノ可否ヲ評論ス。

 

 国 憲

 

 第一編

     第一章 皇 帝

 

 第一条  万世一系ノ皇統ハ日本国ニテ君臨ス。

  ○ 万世一系ノ皇統ハ、日本人民ニシテ誰カ冀望(きばう)セザルモノアランヤ。是レ第一条ニ置ケル所以(ゆゑん)也。

 

 第二条  皇帝ハ神聖ニシテ犯ス可カラズ。(たと)ヒ何事ヲ()スモ其責ニ任ゼズ。

  ○ 第二条 (それ)皇帝ハ政ヲ天下二()キ、以テ法令ヲ(あきらか)ニスべキヲ欲セラルヽノ地位ニアリテ、自ラ法ヲ乱リ罪科ヲ犯ス為スべカラザルノ所業ヲ為シテ、何ヲ以テ天下人民()(これ)(のつと)ルコトヲ得ンヤ。然ラバ則チ天皇陛下ト(いへども)、自ラ責ヲ負フノ法則ヲ(たて)后来(こうらい)無道ノ君ナカランコトヲ要スべシ。然レドモ刑ハ貴ニ加フルニ忍ビズ、依リテ通常法律ヲ加フベカラズ。故ニ之レヲ(せむ)ルニ廃帝ノ法則ヲ立ツべシ。

〔「神聖ニシテ犯ス可カラズ」に傍書〕此文、后来ノ法文ト為スニ足ラズ。

 

 第三条  皇帝ハ行政ノ権ヲ()ブ。

  ○ 第三条 (ただし)法律ニ定メタル権限アルモノハ此限(このかぎり)ニアラズトノ但シ書ヲ加フべシ。

  ○ 第三条 第五編、第六編ニ、行政、司法ノ権ヲ掲グ。此条ハ、行政、司法ノ両権ヲ統ブルヤ論ヲ(また)ザルナリ。唯偏(ただひとへ)ニ行政ノ権トスルトキハ、第五編ノ行政ニ(まぎら)ハシキナリ。依リテ行政ヲ大政卜修成センコトヲ欲ス。〔この項抹消〕

 

 第四条  皇帝ハ百官ヲ置キ、其黜陟(ちゆつちよく)(つかさど)ル。

  ○ 第四条 挙賢法、試験法ヲ以テ百官ヲ任用ス。監督法、黜罰法ヲ以テ百官ヲ免黜ス。(もつとも)議会ノ決議ヲ経ベシ。君民共政大意ヲ見ルべシ。

 

 第五条  皇帝ハ両院議スル所ノ法案ヲ断ジテ、而シテ之ヲ国内ニ()ク。

  ○ 第五条 両院議スル所ノ法案決議ニ拠リ、之レヲ国内ニ布クト改メンコトヲ要ス。

 

 第六条  皇帝ハ陸海軍ヲ管シ、便宜ニ従ツテ之ヲ派遣ス。其武官ノ黜陟(ちゆつちよく)退老ノ如キハ、法律中掲グル所ノ常規ニ(したが)ヒ、而シテ皇帝其奏ヲ可ス。

  ○ 第六条 皇帝ハ陸海軍及国民軍ヲ統轄シ、其軍制及用兵行軍ハ両院ノ議決ニ拠リテ之ヲ進退ス。武官黜陟ニ(おけ)ルモ亦第四条ニ拠リテ之レヲ黜陟シ、退老ノ如キハ法律中掲グル所ノ常規ニ遵ヒ、而シテ皇帝其奏ヲ可ス。

 

 第七条  皇帝ハ外国ト宣戦講和及ビ通商ノ約ヲ立ツ。約内ノ事、国帑(こくど)ヲ費用シ国疆(こつきよう)ヲ変易スルガ如キハ、両院(これ)ヲ認ムルヲ待テ(まさ)ニ効アリトス。

  ○ 第七条 皇帝ハ外国ト宣戦講和及ビ通商ノ約ヲ立テ、約内ノ事、国幣[国帑]ヲ費用シ国疆ヲ変易スルガ如キハ、再三天下ノ賢者ニ諮問シ、広ク天下ノ公論ヲ()レ、而シテ之レガ問題ヲ製シ、()ホ会議ノ議決ヲ経テ之レヲ行フモノトス。

 

 第八条  皇帝ハ赦ヲ行ヒ、以テ人ノ罪ヲ減免ス。

  〔左側に傍書〕但シ即位大賀ノ事故アルニアラザレバ之ヲ行フべカラズトノ但シ書ヲ加フベシ。

  〔「皇帝ハ」の下に挿入すべく傍書〕「両院ニ意見ヲ問フテ其准可ニ拠リ」ノ十五字ヲ増加センコトヲ要ス。

 

 第九条  皇帝ハ貨幣ヲ造ルノ権アリ。

  ○ 第九条 「但シ其員数ニ於ルヤ両院ノ議決ニ従フ」ノ十七字増加センコト要ス。

 

 第十条  皇帝ハ両院ノ議員ヲ召集シ、会期ヲ延シ、又其解散ヲ命ズ。

  ○ 第十条 皇帝ハ、両院ノ議員、定期ノ外、臨時召集スルコトヲ得ルト修正センコトヲ要シ、解散、延期ノ如キハ議員ノ権ニ任ズベシ。尤モ一院解散ヲ促シ、一院之ヲ(がえん)ゼザルトキハ、皇帝之ヲ裁断スべシ。

 

 第十一条 皇帝ハ人ニ貴号及ビ勲章ヲ授ク。

 

〔第一編第一章 評論〕

 

 万世一系ノ皇統ハ万国未ダ其比類ヲ観ズ、実ニ我国独有ノモノニシテ、他国ニ向ヒ誇称スルニ足ルべシト(いへども)、第二条皇帝ヲ神聖ト尊称スルハ、条理上ニ於テ穏当ナラズ。故ニ「無上ノ尊位」ノ五字ヲ以テ之ニ代フベシトス。

  △ 第二条 無上〔ノ〕尊位トスルハ、余モ讃成スル所也。

 

 第三条、皇帝ハ行政ノ権ヲ()ブルハ論ヲ()タズト雖、但憲法限制スル処ノ権ヲ超過スべカラザルモノナレバ、(つまびら)カニ其旨ヲ載定セズンバアルべカラズ。(およそ)憲法ノ文章ハ簡約ヲ要スト雖、其要点ニ至リテハ、之ヲ詳明セザレバ糊塗舞弄ノ弊生ジ易ク、之ガ為メ却テ人民権利ノ収縮ヲ来タシ、君主勢威ノ強大ヲ加フルニ至ラシム()シ。奈破崙(ナポレオン)三世帝位ニ登ルニ及テ、其憲法総則ニ於テ、皇帝ハ人民ニ対シテ責任ヲ負フ{他各国未ダ其例ヲ聞カズ}コトヲ明記シタレドモ、又皇帝ヲ罪セント欲スルノ議起ル時ハ、皇帝ハ一般人民ニ告訴シ、之ガ判定ヲ請求スルノ権アルコトヲモ末文ニ掲ゲ、其上文保任ノ責ヲ負ハシムルニ容易ナラザラシメ、(かつ)他日実際上ニテハ之ニ(よつ)テ全ク国憲ノ活動ヲ阻格シ、人民少シク自由ノ権利ヲ行ヒ、自ラ事ヲ謀ラント欲シ、或ハ議員ヲ撰択スルノ際ニ於テ、人民各自信憑スル処ノ者ヲ自由ニ撰挙セントスルノ光景アルノ時ニ(あたり)テハ、八百万人ノ撰任ヲ受ケタル皇帝ノ大権、即チ国家人民全体ノ大権ヲ犯スノ処為トシテ、直チニ之ヲ刑ニ処シ、永ク之ヲ獄ニ(つな)ギ、却テ君主ノ勢力ヲ生養スベキ母タラシメシナリ。然ルニ当時ニ在テ仏国人民ハ表面ノ形跡ニ眩惑セラレ、以為(おもへら)ク、是レ人民ノ権利ヲ保護シ、君主ノ暴政ヲ扞制スルニ於テ金甌無欠(きんおうむけつ)ノ憲法ナリト。嗚呼(ああ)詳載セザルべケンヤ、憲法ノ文章。嗚呼預防セザル可ケンヤ、暴主ノ欺騙(ぎへん)。他日代民委員トナリ憲法起章ニ従事スルモノ、最モ意ヲ加ヘズンバアルべカラズ。

  △ 第三条 此論、吾輩モ同論ナリ。

 

 第六条ハ、(もと)ヨリ皇帝ノ権内ニ帰スベキハ論ヲ(また)ズト雖、独リ武官ノ黜陟(ちゆつちよく)退老ノミニ止マラズ、総テ軍制ヲ設立シ、定則ヲ変改シ兵額ヲ増減スルガ如キハ、議会ノ許可ナケレバ皇帝ノ特権ヲ以テ専行スべカラザルノ条ヲ加載ス可シ。白耳時(ベルギー)連馬(デンマーク)現今ノ憲法、(および)西班牙(スペイン)千八百十二年、葡萄牙(ポルトガル)千八百廿六年ノ憲法ニヨレバ、議会ニ与フルニ毎年ノ軍制条規(ならびに)新兵召募ニ参与スルノ権ヲ以テセリ。又英仏ノ如キハ憲法上(われ)未ダ其明文ヲ見ズト雖、実際ニ於テハ議院皆此ノ権ヲ有セリ。其他立君国ニ於テハ、(ただ)軍制ニ係ハル憲法改正ニ参与スルノ権ハ議会ノ有スル処トナル老多(おほし)ト雖、其条例ヲ()キ数ヲ定ムルガ如キハ、君主独有ノ権柄(けんぺい)トナスニ似タリ。我邦新ニ憲法ヲ約定セント欲スルニ際シテ、国ノ既明未開ヲ問ハズ、政ノ定君共和ヲ論ゼズ、古来ノ世態卜方今ノ時宜ニ適スル者ヲ採用スルコト最モ肝要ナリ。(いはん)ヤ世ニ立憲政体ノ祖国卜称セラレタル英国ニ於テモ、実際上{「チニイアクト<別註>」ノ法ニ於テ}議会此権ヲ有スルコトナレバ、(ならひ)テ以テ約定スべキモノト謂フ可シ。然リ而シテ上古我国ノ沿習ヲ考フルニ、外敵ヲ征シ内賊ヲ討ズルニ於テ、天子(かならず)親発ス。(しか)ラザレバ、皇子、皇后之レニ代レリ{小碓<をうす>ノ東征、神后<=神功皇后>ノ征韓ノ類}。(われ)按ズルニ、国家ノ大権ハ必ズ帝家ト議会ノ両部ニ在リテ、決シテ一ニ大臣ニ帰セシムベカラズ。()シ国家ノ大権ヲシテ大臣ノ掌裏ニ帰セシメバ、必ズ内皇帝ヲ(しの)ギ、外人民ヲ圧セントスルノ弊害ヲ生ズベシ。(これ)古今内外ノ史乗ニ其例歴々タリ。而シテ()ノ権力ハ常ニ外寇ニ勝チ、内難ヲ(かん)スル者ノ掌中ニ帰着シ易キモノナレバ、兵権ハ独リ帝家ノ擅有スル処トシテ、決シテ(みだ)リニ一ニ大臣ニ委スベカラザルモノ也。太子{若シ止ムコトヲ得ザレバ皇后及ビ四親王家共他ノ皇族}ノ任ズベキ憲法ヲ約定スべキナリ。

 ▽ 第六条 最モ至当ノ公論タリ。大ニ之レヲ讃成ス。

 チニイアクト ミュチニイ・アクトMutiny Actの誤写か{坂井雄吉氏の御教示による}。

 

 第七条中、通商ノ約ヲ(てい)スルニ際シ、関税ニ係ハルノ事款ニ於テハ、先ヅ議会ノ可否ヲ問ハズンバアル可カラズ。

 △ 第七条 関税ノ如キハ、第八編国費ノ条ニアリ。唯宣戦講和ハ国家ノ大事ニシテ、安危存亡此条ニ(かかは)レリ。然ラバ則チ皇帝議会ノ見ノミヲ以テ之ヲ左右スルノ理アランヤ。其議事最モ鄭重ニ為スべキモノタリ。

 

 第八条ノ末文ニ、「但シ議会ノ告訴ニ係ハル官吏ノ公罪ハ之ヲ減赦スルコトヲ得ズ」ノ文字ヲ加載スベシ。然ラザレバ、大臣ハ皇帝ノ任用ニ係ルガ故ニ、議会之ガ告訴ヲ為スト雖、常ニ其効ヲ見ルコト能ハザルニ至ルべシ。是ヲ以テ米国ノ憲法ニ於テハ此条ヲ加ヘテ其弊ヲ防禦セリ。

 △ 第八条 修正但書、別ニ条款ヲ設ク。此救免[赦免]ノ如キハ何罪ヲ問ハズ、一般ニ救免[赦免]スべキノ時ニ(かかは)レリ。唯天皇陛下ノ愛情ニヨリテ、救フ[(ゆる)ス]べカラザルモノモ之ヲ救シ[赦ス]ガ(ごとき)ノ弊ナカラシメンコトヲ要ス。

 

 第十条ハ、皇帝ノ暴威ヲ防護シ、人民ノ権利ヲ伸達スルニ於テ最要ノ行ナレバ、(もつとも)熟思セズンバアルべカラズ。此制欧米諸国古今各異同アリテ、或ハ本条ノ如キモノモ之アリ。仏国路易(ルイ)十八世ノ布令スル所ノ如キハ、王ハ両院ノ決議ヲ自在ニ可否取捨スルコトヲ得ザルナリ。夫如此(それかくのごとく)君主自在ニ取捨スルノ権アレバ、議会ノ議決ハ僅々君主ノ考案ニ供スル一片ノ意見書タルニ異ナラズ。如此(かくのごく)権勢ヲ有スル君主ニ在テハ、敢テ之レガ解散ヲ命ゼズト雖、却テ解散ヲ命ズルヨリモ一層強キ権力アリト謂フべシ。仏国千七百九十一年、瑞典(スエーデン)千八百九年{定期ナシト雖、次会ノ日ハ議会自ラ之レヲ決ス}、那威(ノルウエー)千八百十五年、自耳時(ベルギー)千八百三十一年、西班牙(イスパニア)千八百三十七年ノ憲法ノ如キハ、議会ハ君主ノ招集ヲ()タズ、自ラ集会スルコトトナセリ。又那威千八百十五年、仏国千八百四十八年{共和政体}憲法ノ如キハ、君主(もし)クハ統領ハ議会ヲ禁閉シ、又之ヲ解散スル権アルコトナシ。余ハ古今各国ノ史ヲ(けみ)スル(ごと)ニ議会ト君主トノ関係ヲ注意セシニ、自由ハ必ズ君主ノ暴力ト両立セジ[両立セズ]、又決シテ人民ノ暴動ト並行セザルガ故ニ、権柄ノ偏重偏軽アルニ当テハ(かならず)種々ノ紛擾ナキヲ免カレズ。今ヤ我国ノ憲法ヲ約定セント欲スルニ臨ミ、余ハ非常ノ考思ヲ費シ、古今不類、各国無例ノ一案ヲ得タリ。曰ク、皇帝ハ議会決議スル所ノ法案ニ就キ意見アリ、且現集議員{代議士院}ノ議決スル所、全国人民ノ希望スル所ニ異ナリ、却テ国家ノ安寧ヲ妨ゲ、人民ノ幸福ヲ害スルト思定スルトキハ、或ハ暫時議会ヲ停止シ、而シテ現会ヲ散シ、更ニ新議員ヲ撰挙センコトヲ人民一般ノ可否ニ問ベシ。(かく)ノ如クニシテ、果シテ人民可数、否数ヨリモ多キ時ハ、(ただち)ニ現ニ現会解散ノ令ヲ布クコトヲ得べシ。如此(かくのごとき)場合ニ於テハ人民ハ(すみやか)ニ新議士ヲ撰定シ、会議ノ手続ヲナスべキナリ。是レ余モ最良法トシテ草スル処ニシテ、始メテ権柄偏倚ノ弊ナク、中世[中正]公平ノ術ヲ得ルニ(ちか)シト信ズル処ノモノナリ。

  △ 第十条 本評修正ノ条、又弊アランコトヲ恐ル。如何トナレバ、若シ君主無道ナルトキハ議員(かならず)軋轢(あつれき)スべシ。然ル場合ニ当リテ、或ハ意見アリトス、或ハ国家ノ安寧ヲ妨グルトス、或ハ人民ノ幸福ヲ害スルトシテ、更ニ新議員ヲ要スルガ如キノ弊ナシトモ謂イ難シ。如此(かくのごとき)ニ至レバ、諂諛(てんゆ)ノ議員ハ進ミ、賢良ノ議員ハ退クべキハ必定タリ。唯君主ハ、定期ノ会議及解散ハ議員ノ権ニ任ズルハ至当ノ公論卜(いひ)ツべシ。

 

    第二章 帝位継承

 

 ○ 帝位継承ノ法則タルヤ、我国ニ於テハ最モ注意スべキナリ。天照太神ヨリ神孫ニアラザレバ帝位ヲ()ムコト得ザルト〔ノ〕遺詔ナルヲ以テ、(わが)日本皇帝ノ大位ハ(つひ)覬覦(きゆ)スルモノナシ。(かつ)テ弓削氏此法則ニ拠リテ其志ヲ遂グルコトヲ得ズ。此故ニ第一条ニ此法則ヲ(おか)ンコトヲ要ス。

 

 第一条 今上皇帝ノ子孫ヲ帝位継承ノ正統トス。

  ○ 第一条 但シ帝位ヲ祚ム[践ム]べキノ徳ナク又ハ男統無キトキハ此限リニ非ズトノ但シ書ヲ加へンコトヲ要ス。

 

第二条 帝位ヲ継承スル者ハ嫡長ヲ以テ正トス。()シ太子在ラザルトキハ、太子男統ノ(すゑ)継グ。太子男統ノ裔在ラザルトキハ、太子ノ弟()シクハ其男統ノ裔嗣グ。摘出男統ノ裔(すべ)テ在ラザルトキハ、庶出ノ子及其男統ノ裔、親疎ノ序ニ由リ入リテ嗣グ。

  ○ 第二条ニ立太子ノ条ヲ置キ、本条ヲシテ但シ書ニ置キ、左ノ如ク修成センコトヲ要ス。「太子ヲ(たつ)ルハ(かならず)両院ノ議決ヲ経べシ」。但、徳等シク知識(ひと)シキトキハ、太子ヲ立ル、嫡長ヲ正トス。()シ太子在ラザルトキハ、太子男統ノ裔ヲ正トス。余ハ親疎ヲ論ゼズ徳有ルモノヲ立ルヲ旨トス。

 

 第三条 上ニ定ムル所ニヨリ、而シテ猶未ダ帝位ヲ継承スルモノヲ得ザルトキハ、皇族親疎ノ序ニ由リ入リテ大位ヲ嗣グ。()シ止ムコトヲ得ザルトキハ、女統入リテ嗣グコトヲ()

  ○ 第三条 上ニ定ムル所ニヨリ、而シテ猶末ダ帝位継承スルモノヲ得ザルトキハ、一時女統ヲ以{もって}継グコトヲ得ベシト(いへども)、成丈{なるた}ケ男子ヲ以継承セシムべシ。(すべ)テ両院ノ議決ヲ経べシ。

 

 第四条 皇帝即位ノ礼ヲ行フトキハ、両院ノ議員ヲ召集シ、国憲ヲ遵守スルヲ誓フ。

  ○ 第四条第五条トシ、第四条ニ左ノ条ヲ置カンコトヲ要ス。

 天孫既ニ男子ナク女子ノミナルトキハ、女帝ヲ立ルト雖、後嗣出ヅべカラザル場合ニ於テハ、皇帝ノ親属ノ大臣家ヨリ、其賢良ナル人物ヲ両院ノ議事ヲ(もつて)之レヲ撰定シ、仮帝トナス。其女子ヲシテ皇后タラシムベシ。

  ○ 第五条 皇帝即位ノ礼ヲ行フトキハ、両院ノ議員ヲ召集シ、国家ノ為メニ誠忠ヲ尽シ、議事ニ於テハ毫モ私心ナク天下ノ公益ヲ謀リ、(かつ)国憲ヲ遵守スルヲ誓フト修正センコトヲ要ス。

 

〔第一編第二章 評論〕

 

 第一条ヲ載定スル所以(ゆゑん)ノモノハ、今上皇帝ハ(かつ)テ或ル学者ニ閏統視(ぢゆんとうし)セラレタル所謂(いはゆ)ル北朝ノ継統ニマシマセバ、若シ此条ヲ設立セザレバ、他日南朝正統ノ名義ヲ以テ帝位ヲ覬覦(きゆ)スル者ナキヲ()シ難シ。帝家ノ継統ヲ鞏確ニシ、後来垂頽ノ(うれへ)ヲ未然ニ防禦スルニ於テ、最モ欠クベカラザルノ要款タリ。

  △ 第一条ノ評論甚ダ穏当ナラズ。如何(いかん)トナレバ、斯{か}ク論ズルトキハ、当今上ノ継統ト南朝ノ継統ニ相敵視セシムルノ論ナリ。豈独(あにひとり)皇室ニ(かか)ハラズ、人民ニ於テモ、其当時ノ戸主ノ継統ヲ立ツベキハ至当ノコトニテ、此条ヲ立ツル所以ナリ。今既ニ国会ヲ開キ、憲法ヲ制シ、条理ヲ(あきらか)ニスル今日、唯謂(ただいは)レナキ名ヲ唱ヒ[唱ヘ]、帝位ヲ覬覦(きゆ)スルモノアルモ、如何ゾ之レ是レヲ許スべケンヤ。当今開明上ヨリ論ズルトキハ、之レガ正統ナリトシテ、不徳ノ君主ヲ(たて)、国政ヲ(みだ)リ、人民ヲ苦シマシムルノ理アランヤ。故ニ不徳ノ皇子ハ嫡長卜(いへども)之レヲ廃シ、庶子ノ内タリトモ賢明ノ君ヲ択{え}ランデ立ツべキナリ。庶子モ又不徳ナルトキハ、皇弟及其男統ヲ立ベキナリ。故ニ太子ヲ立ルハ実ニ大事ナルモノナレバ、之レヲ議事ニ附セザルヲ得ズ。又正統或ハ近親ニ有徳ノ人ナク、或ハ男統ナキトキハ、仮令(たとひ)南朝ノ皇胤ニテモ太子トナスべキハ至当ノ公論タリ。一タビ南北ト別レタルヲ以テ、(かく)ノ如キ論起ルべシト雖、南朝ノ皇胤ハ何人(なんぴと)ゾヤ、正統ノ皇胤ニ帝位ヲ祚ムベキノ人ナキトキハ、天孫ノ内(いづ)レヲ問ハズ有徳ノ君ヲ択ミテ立{たつ}べキナリ。前陳ノ如クスルトキ、第二条ノ親疎ノ序ヲ正スニ至ラザルべシ。〔この項付箋〕

 

 第二条、親疎ノ序、最モ明亮ニ決定スべキモノトス。又第三条、皇族ノ親疎モ(また)(あきらか)ニ之ガ順序ヲ定メズンバアルべカラズ。彼{か}ノ四親王家ノ外ニ永世継襲ノ皇族ヲ設置スべカラザルハ論ヲ竢{ま}タズ。又縦令(たとひ)皇胤ノ最モ親{したし}キ者ト雖、一旦柴門(さいもん)ノ戒ヲ受ケ若{も}シクハ臣民ノ列ニ加ハリシモノハ、議会ノ允可(いんか)ヲ得ザレバ決シテ帝位ヲ()クべカラズ{三十五字割愛}。又憲法ニ明記スル諸皇族ニ於テ、更ニ帝位ヲ承クベキモノナキトキハ、議会ハ他ノ皇胤中男統ノ者{女統ハ今上ノ血統ニ限ル}ヲ撰立スルノ権アリテ、而他皇胤中ニ於テモ帝位ヲ承ク可キ男統ノ者ナケレバ、代議士院ノ預撰ヲ以テ人民一般ノ投票ニヨリ、日本帝国内ニ生レ諸権ヲ具有セル臣民中ヨリ皇帝ヲ撰立シ、(もし)クハ政体ヲ変ジ{代議士院ノ起章ニテ一般人民ノ可決ニ因ル}、統領ヲ撰定スルコトヲ得{う}。此ノ二様ノ場合ニ於テハ、代民院ノ起草ニテ此ノ憲法ノ幾分若シクハ全部ヲ改革シ、一般人民ノ可否ヲ問フべシ。此等ノ数款ヲ預載セザレバ、後来紛擾ヲ醸生スルノ()(たえ)テナシト云フベカラズ。故ニ葡萄牙(ポルトガル)千八百三十八年ノ憲法ノ如キハ、王室ノ血統断滅スル時ハ国会ハ他族ヨリ新タニ撰立スルノ権アルコトヲ明記セリ。又西班牙(イスパニア)千八百十二年ノ憲法ニモ、王位継承ノ紛議起ル時ハ議院ハ之ヲ判定スルノ権アリ。此等彼我(ひが)国勢ノ由来スル処ニ於テ大ニ異ナル所アリト雖{いへど}モ、万世確守ノ憲法ヲ約定シ、自由ノ権利ヲ保護セント欲スレバ、亦慮(おもんぱ)カラザルべカラザル処ノモノナリ。

 △ 第三条 皇族ノ親疎ハ勿論正シ[正ス]ニ及バズ、有徳賢明ナルトキハ、仮令(たとひ)柴門ノ戒ヲ受ケ又ハ臣民ノ列ニ加ハリシモ、皇族ナルトキハ何ゾ之レ是ヲ(えら)バンヤ、必ズ之レ太子トナスべシ。若シ皇族ノ内、帝位ヲ承クベキ男統ノ者ナケレバ、人民一般ノ投票ヲ以テ臣民中ヨリ皇帝ヲ撰立スルノ法律ハ、日本帝国ハ決シテ立ツべカラズ。第一ハ天祖ノ遺詔ニ背クべシ。(かつ)皇胤ニアラザルモ立コトヲ得ルトスルトキハ、威権強大ノ大臣等神器ヲ覬覦(きゆ)スルノ弊ナシトモ謂イ難シ。若シ男統ナキトキハ女統ヲ立ツ{今上ノ血統ニアラザルモ}べシ。女統ヲ立ルト雖、他ノ皇族ニ女統ノ後ヲ嗣グべキ男統出ヅべキノ見込ナキトキハ、皇室親属ノ大臣家ヨリ有徳賢明ノ君ヲ択ミ、之レヲ仮帝トス。女統ヲシテ皇后タラシムベシ。〔この項付箋〕

 

    第三章 皇帝未成年及摂政

 

第一条 皇帝ハ満十八歳ヲ以テ成年トス。

  ○ 第一条 人民一般ノ成丁ハ満二十歳ヲ以テシ、今独皇帝ノミ十八歳卜立ルノ(いは)レナシ。(よつ)テ満二十歳卜改メンコトヲ要ス。

 

 第二条 皇帝未ダ成年ニ(いた)ラザルトキハ、皇族中皇帝最モ親シク、(かつ)満二十歳以上ノ者、政ヲ摂ス。

  ○ 第二条 皇帝未ダ成年ニ届ラザルトキハ、老職及太政大臣参議ニ於テ、皇族又ハ勅奏任官ノ内ヨリ、年齢三十歳以上ニシテ、賢徳ニシテ太政ヲ摂スルノ器ニ当ルべキ人物十名ヲ予撰、問題ヲ製シ、両院ノ議事ヲ以テ摂政ノ職一名ヲ撰定シテ、太政ヲ摂セシムべシ。但シ、皇帝満十五歳以上ニ届ルトキハ、摂政官ニ於テ万事経伺ノ上、政令ヲ行フべキモノトス。但シ、徳(ひとし)ク知識均{ひと}シキトキハ、成丈(なるたけ)皇族ノ内ヨリ(えら)ムベシ。

 

 第三条 皇帝未ダ成年ニ届ラズ、而シテ男統ノ皇族満二十歳以上ノ者アラザルトキハ、皇太后、政ヲ摂ス。

  ○ 第三条 皇太后ヲ以テ大政ヲ摂セシムルノ法則ハ、能{よ}ク考へズンバアルべカラズ。夫{そ}レ女姓ハ多ク薄徳ナルモノナリ。(かつ)女姓威権ヲ採リテ国ヲ(あやう)フスルモノ、歴史上(すく)ナカラズ。此条ヲ削除スべシ。

 

 第四条 成年ノ皇帝、若{も}シ政ヲ(みづか)ラスル能ハザルノ状アルトキハ、(また)摂政ヲ置ク。此時太子満十八歳以上ナルトキハ、太子、政ヲ摂ス。

  ○ 第四条 第二章第二条ノ修成説ヲ可トスルトキハ、帝位ニ登リテ政ヲ親ラスル能ハザル皇帝アルコトナシ。是故ニ皇帝疾病ニ(かか)り政ヲ親ラスル能ハザルトキハ、老職ノ内ヨリ勅任官及ビ両院ノ常置員投票ヲ以テ十名ヲ撰ミ、当分ノ内政ヲ摂セシムト改ムベシ。

 

 第五条 摂政在職ノ初メ、両院ノ議員ヲ召集シ、忠ヲ皇帝ニ(つく)シ、(かつ)国憲ヲ遵守スルコトヲ誓フ。

  ○ 第五条 摂政在職ノ初メ両院ノ議員ヲ誓ハシムルコト、第二章第五条修成ニ同ジ。

 

〔第一編第三章 評論〕

 

 第二条 摂政ハ皇族中年齢三十以上ノ者ノ中ニ於テ議会之ヲ撰定ス可シ。此場合ニ於テハ両院相合シテ投票シ、多数ニ因リテ決スルヲ(よし)トス。而シテ摂政ノ俸給ハ議院ニ於テ臨時之ヲ定ムべシ。若シ廿歳以上ノモノヲ以テ摂政トスル時ハ、志慮末ダ定ラズ、国家ノ事務ニ任ジ難シ。独リ皇帝ハ十八歳ヲ以テ成年トナス所以(ゆゑん)ノモノハ、此位尊貴無上ノ老ニシテ、成ス[成ル]べキ丈ハ他人ノ干渉ヲ忌嫌スベキ為メナレバナリ。若シ議員ニ於テ皇族中摂政ノ任ニ当ルべキモノナシト議定スル時ハ、更ニ臣民中ニ於テ、日本帝国内ニ生レ、公権人権ヲ具有シ、年齢四十以上ニ至リ、且衆庶ノ望ミアル者ヲ撰任スべシ。而シテ(いづ)レノ場合ニテモ、皇帝成年ニ(いた)レバ、(ただち)ニ之ヲ廃スベシ。

  △ 第二条評論、年齢三十歳以上トスルハ、吾輩モ同論ナリ。其余ハ狭広当ヲ得ザルモノナリ。如何(いかん)トナレバ、第二章第一条

評論中ニ論ズル如ク、不徳ノ人ヲシテ国政ヲ摂セシムルノ理ナシ。近親ニシテ有徳ノ人ハ此上ナキコトナレドモ、若シ皇族ノ内ニ有徳ノ人ナキトキハ、至当ノ摂政ヲ(えら)ムコトヲ得ズ。(これ)撰域狭キナリ。又皇族中ニ其任ナク、臣民中ヨリ択ムトスルトキハ、至当ノ論ニ似タリト雖、広闊ニ過ギテ、実地ニ行ナハルべカラズ。如何トナレバ、全国中公権人権有セシモノヨリ択ムトスルトキハ、必ズ一般ノ投票ヲ以テ択マザルヲ得ズ。其投票、実際其人ヲ(うる)ヤ否ヤ、未ダ開ケザル幼穉ナル我日本人民ニシテ、決シテ保証スルヲ得ザルナリ。之レ広過ギテ却テ当ヲ得ザルべシ。

 第三条モ前条ノ旨趣ニ準ジ年齢ヲ改ムべシ。以下諸条モ(また)同ジ。

 第四条 政ヲ(みづか)ラスル能ハザルノ状アリト見認(みと)ムルコト最モ難シ。故ニ之ヲ決スルコトモ亦両院ノ合議ニ因ルべシ。(ただし)、此時太子(もし)クハ他ノ皇位ヲ承クべキ者満十八歳以上ナル時ハ、両院ノ合議ヲ以テ副帝トナシ、其政ヲ執ラシムべシ。然レドモ皇帝親政ニ能ハザルコト僅々数月間ニアリテ、再ビ親政ヲ(うる)ノ見込アル時ハ、准摂政ノ職ニ任ジ、副帝トナスコトヲ得ズ。而シテ副帝ノ権ハ皇帝ノ権ニ均シク、摂政ノ権ハ議院之ヲ限制スルコトヲ得ベシ。瑞典(スエーデン)千八百九年ノ憲法ニ拠レバ、王十二ケ月前ヨリ病ニ罹リ政務ヲ執ル能ハザルカ、若シクハ十二ケ月間国内ニ在ラザル時ハ、議政院{本邦内閣参議ノ如シ、而{しかして}(やや)権力アリ}、王ニ代リ臨時ノ会議ヲ開クべキ義務権アリトス。然レドモ是必ズ政務繁雑ノ弊ヲ生ジ、却テ国家ノ不幸ヲ来スべシ。故ニ余ノ考案ニヨレバ、此等ノ場合ニ於テハ議院摂政ヲ撰任シ、之ガ権限ヲ制定シ、政務ヲシテ統一ニ帰セシムルノ(まさ)レリトスルニ如{し}カザルナリトス。又起草ノ任ニ(あた)者最(もつとも)意ヲ注グべキコトトス。又幼帝位ヲ承ケ、己ニ先帝ノ命ズル保傅(ほふ)アル時ハ、両院ノ合議ヲ以テ之ヲ命ズべキノ条ヲモ加載スべシ。葡萄牙(ポルトガル)千八百二十年ノ憲法ニハ、幼君位ヲ継グニ方{あた}リ、両院ノ合議ヲ以テ摂政ヲ命ジ、其権ヲ限制ニ、(かつ)先君遺言ヲ以テ保傅ヲ命ゼザレバ、又之ヲ撰任スルコトトセリ。又西班牙(イスパニア)千八百十二年ノ憲法ニハ、保傅ヲ撰任スル権ハ議会ノ有スル所タリ。

  △ 第四条ノ評論ニ副帝ノ論ヲ掲ゲリ。是レ吾輩採ラザル所ナリ。如何(いかん)トナレバ、副帝トスルトキハ、則チ二帝アルガ如シ。天ニ二ノ日ナク、地ニ二ノ王ナシ。且副帝トナス程ナラバ、位ヲ譲ルニ如{し}カズ。帝位ニ有リテ(みづか)ラ政ヲ為スコト得ザルニ当リ、何以テ帝位ニ居ルノ理アランヤ。疾病ノ為メナラバ、余ガ修正説ニテ可ナルべシ。〔この項付箋〕

 

    第四章 帝室経費

 

 第一条 皇帝及ビ皇族歳入ノ額ハ法律ノ定ムル所トス。

  ○ 第一条 歳入ヲ歳費卜修成スべシ。

 

 第二条 皇居及離宮新築重修ノ費ハ国庫ヨリ支給ス。其費額ノ如キハ法律ノ定ムル所トス。

  ○ 第二条 本文、新築ノ二字ヲ削除シ、但シ新築費ハ其時々両院ノ決議ヲ経テ支弁スべシトノ但書ヲ加フベシ。

 

 第三条 皇后寡居シ、若{も}シクハ太子十八歳ナルトキハ、別ニ歳入ノ額ヲ増シ、此等ノ費額亦法律ノ定ムル所トス。

  ○ 第三条 皇后寡居ノ説ハ何ノ場合ヲ指シタルヤ、未ダ考フべカラズ。既ニ皇后ニ立ベキノ議定ルト(いへども)、皇帝若シクハ皇后幼穉ニシテ末ダ閏房ニ入{い}ラセラレザル場合ナルヤ。又皇帝崩御シテ末ダ太子即位ノ礼ヲ行ナハザルノ場合ナルヤ。又皇帝外国ニ有リテ本国内ニ(いま)サヾル場合ナルヤ。(もと)ヨリ皇后歳費ノ額ハ有ルベキモノニテ、何故ニ之レガ費額ヲ(ます)べキヤ、吾輩解セザル所也。

 

 第二編 帝 国

 

 第一条 帝国ノ土地疆域(きやういき)内ニ在ル者ヲ日本国トス。

 

 第二条 帝国府県郡区町村ノ疆域ヲ変易スルハ法律ノ定ムル所トス。

 

〔第二編 評論〕

 

 第二条、府県郡区ノ疆域ヲ変定スルハ国会ノ権内ニ属スべシト雖{いへど}モ、町村ノ組合ヲ(まうけ)シ分画ヲ限制スルガ如キハ各府県会ノ権内ニ帰セシムべシ。是亦(これまた)中央集権ノ弊ヲ除キ、地方自治ノ権ヲ有スル一端卜云フべキナリ。

  △ 第二条 此評ヲ讃成ス。

 

 第三編 国民及其権利義務

 

 第一条 日本国民ハ皆其権利ヲ()ク。(その)何ヲ以テ之ヲ(たも)チ何ヲ以テ失フカ〔ノ〕如キハ、皆法律ノ定ムル所トス。

 

 第二条 国民ハ法律内ニ在テ均平ナルモノトス。

 

 第三条 内外国民ノ身体財産ハ(ひと)シク保護ヲ受ク。

  (ただし)、外国人ノ為メニ特例ヲ設ケタル者ハ此限ニ在ラズ。

   ○ 第三条 内外国民ノ明文解セズ。内外国ニ住スル我国民ト云フノ義ナルヤ、又国民ノ身体財産ハ内外共ニ保護ヲ受クルト云フノ義ナルヤ、内外国民卜云フノ義ナルヤ。按ズル〔ニ〕、外国人ト(いへども)、国内ニ住スルモノハ内国人民ト(ひと)シク保護ヲ受クルト云フノ義ナルベシ。然モ此明文ニ拠ルトキハ、外国人民ノ保護モセネバナラヌガ如シ。故ニ、内国民及外国民ノ国内ニ在ル者ノ身体財産ハ斉シク保護ヲ受クト修成センコトヲ要ス。

 

 第四条 国民ハ皆文武ノ官職ニ在スルコトヲ得{う}。

 

 第五条 国民ハ租税ヲ納ムルノ義務ヲ負フ。

 

 第六条 国民ハ兵役ニ応ズルノ義務ヲ負フ。

 

 第七条 国民自由ノ権ハ犯スべカラズ。法律ニ掲グル所ノ常規ニ由ルニ(あらざ)レバ、拘引拿捕(だほ)若{も}シクハ囚禁等ノ事ヲ行フコトヲ得ズ。

 

 第八条 国民遷居ノ自由ハ、法律ニ由ルニ非レバ限制スルヲ得ズ。

 

 第九条 国民ノ住居ハ犯ス可カラズ。法律ニ掲グル所ノ常規ニ由ルニ(あらざ)レバ、人家ニ入{いり}捜索スルコトヲ得ズ。

 

 第十条 国民ノ財産ハ犯ス可カラズ。法律ニ掲グル所ノ常規ニ由ルニ非レバ、其所有ヲ奪フコトヲ得ズ。

 

 第十一条 書信ノ秘密ハ犯ス可カラズ。法律ニ掲グル所ノ常規ニ由ルニ非レバ、之ヲ勾収(こうしゆう)スルコトヲ得ズ。

 

 第十二条 国民ハ、言語文字及ビ印版ニ由リ、以テ其意思論説ヲ世ニ公ニスルヲ得。

 但、法律ニ依遵セザルコトヲ得ズ。

 

 第十三条 国民ハ各其宗教ヲ崇信スルコトヲ得。其政事風俗ニ害アルモノハ(ひとし)ク禁ズル所トス。

  ○ 第十三条 国民ハ、我国神教ヲ崇信シ、外国ノ宗教ヲ信ズルモ(さまたげ)ナシト雖、我神教ハ廃スベカラズ。嘗{かつ}テ(その)国安国益ニ害アルモノ及ビ政事風俗ニ害アルモノハ均ク禁ズル所トスト修成センコトヲ要ス。

 

 第十四条 国民ハ集会団結ノ権アリ。

 但、其制限ハ法律ノ定ムル所トス。

 

 第十五条 国民ハ各自上言スルコトヲ得。如{も}シ二人以上上言スルトキハ、(すべから)(おのおの)其名ヲ署スベシ。

 但、官准ノ会社、其会社ノ事ヲ上言スルハ、二人以上仍{な}ホ一人ノ名ヲ用ユルコトヲ得。

 

 第十六条 国民ハ皇帝ノ批准(ひじゆん)ヲ得ルニ(あらざ)レバ、外国ノ貴号勲章及養老金ヲ受クルコトヲ得ズ。

 

 第十七条 内乱外患ノ時ニ方{あた}リ、国安ヲ保ツガ為メ、帝国ノ全部或ハ幾部二於テ、暫ク国憲中ノ諸款ヲ停ムルコトヲ{う}得。

  ○ 第十七条 内乱外患ノ時ニ方リ、国安ヲ保ツガ為メ、帝国ノ全部或ハ幾部ニ於テ、暫ク国憲中ノ諸款ヲ停メント欲スルトキハ、(かならず)臨時会ヲ要シテ之レヲ停止スべシ。(ただし)、急劇ノ場合ニアリテ、議員一同徴集スルコトヲ得ザルトキハ、常置員及元老院議員ノ議決ヲ経べシ。

 

〔第三編 評論〕

      

 古来我国ニテハ、帝家ノ使給ニ便スル女子若{も}シクハよう妾(難漢字}ヲシテ、朝廷ノ官名ヲ任帯セシムルノ沿習タリ。是レ最モ(いは)レナキノコトニシテ、改メズンバアル可カラズ。故ニ第四条ノ末文ニ於テ、「但シ女子ハ此限ニアラズ」ノ十一字ヲ加ヘントス{英国ミスツレス、オフゼ、ローブス等ノ女官アリテ、読政庁議官卜進退ヲ同<おなじう>ス}。

  △ 第四条 此評ノ但書ニ讃成ス。

 

 第五条及第六条 各「国民〔ハ〕」ノ下ニ「法律ノ制定スル所ノ条例ニ従ヒ」ノ十四字ヲ加へ、行政官吏弄法ノ害ヲ預防スべシ。

 

 又第十一条 「勾収」ノ文字ヲ「留展」ニ改ムべシトス。

  △ 第五条、第六条 此評ヲ讃成ス。

  △ 第十一条ハ原案ノ勾収可ナルべシ。書信ハ罪科ニ関スルニ非ザレバ、之レヲ開封シ、或ハ之レヲ没収スルヲ得ザルモノナリ。然ラバ之レヲ勾収トシテ可ナルべシ。

 

 第十三条 宗旨ノ自由ヲ禁ズルハ、特ニ法律ニ於テ国安ヲ害シ風俗ヲ(みだ)ルノ教派ナリト(あらかじ)メ議定セシモノニアラザレバ、決シテ禁制スべカラザル也。宜シク此旨趣ニ従ヒ、本条ヲ脩正スベシ。

  △ 第十三条 宗旨ノ自由ヲ禁ズルニ非ザルモ、英国ニ依リ教法(おのおの)異ナルモノナリ。嘗テ我皇国ニテハ神道ヲ以テ教ヲ立テタリ。然{しから}バ我皇国人民ハ神道ヲ尊信シテ、其道ヲ(さかん)ナラシメンコトヲ欲スべキナリ。(しかる)(かへつ)テ佛ヲ信ジ、或ハ耶蘇ヲ信ズルハ、譬ヘバ我親ヲ棄テ、他人ノ親ヲ愛敬スルニ均シキナリ。国君ニ於テ、表面ニ之レヲ禁ゼズトモ、内心ニ之レヲ禁止スルノ精神ナクンバアルべカラズ。教ハ何教ニテモ悪事ヲ為セト云フ教ナケレバ、何ヲ信ズルモ(かまひ)ナキガ如クナレドモ、人民ノ信ヲ起シテ、殆ド死ヲ以テ彼ニ投ジルノ勢アルコト歴史上明瞭タリ。国君心ヲ用ヒザレバ、之レヲ撲滅セシムルコト(あた)ハズ。(いはん)ヤ方今耶蘇教跋扈(ばつこ)セントスルノ形勢アリ。其煢々(けいけい)タルニ予防スべキ也。

 

 第十七条ハ、最大関係ノモノニシテ、容易ニ之ヲ案定シ難シ。欧洲諸国本条ノ如キ憲法アルモノ無キニアラズト雖モ、常ニ弊害ヲ生ジ易キ条款ナレバ、最モ之ガ預防ヲ慮{おもんぱ}カラザルヲ得ズ。夫{か}ノ外征ノ兵力ニ藉{か}リ、遂ニ帝位ニ登リ、擅制(せんせい)ノ政治ヲ施セシ奈破崙(ナポレオン)一世ノ如キト雖ドモ、其初メ「コンスル」{名ハ共和立憲ノ政体ニシテ纔{わずか}ニ「コンスル」ノ官ニ任ズト雖ドモ、其実ハ専裁無限ノ権ヲ有セシナリ}ノ職ニ任ゼシ時ニ於テハ、仮令(たとひ)名義ノミニセヨ、時アリテ一洲ヲ以テ国憲ノ保護外ニ置ク等ノ事ハ(かならず)元老院ノ決議ニ因ラザルヲ得ザルコトトセリ。我国新定ノ憲法ニ於テハ(もと)ヨリ之ガ細則ヲ設立セズンバアルべカラズ。故ニ余ハ此条ノ末文ニ、下文ノ旨趣ヲ加載セント欲スルナリ。曰ク、但議会自ラ此条ヲ施行セント欲スルトキ、若シクハ皇帝ノ請求アルトキハ、人民一般ノ可否ヲ問ウテ之ヲ決ス可シ。若シ両院閉会ノ時ニ於テ、急ニ之ガ施行ヲ要スルコトアリテ、議会ヲ徴集スルノ暇ナク、又一般人民ノ可否ヲ(とふ)べカラザルガ如キ時ハ、必ズ京城ニ留在セル両院委員ノ一致同意若シクハ両院ノ決定{一般人民ノ可否ヲ問フベカラザル場合ニ於テ}ノミヲ以テ之レヲ施行スル事ヲ得卜雖ドモ、若{も}シ一般人民ノ公論ニ因リテ之レヲ否決スル時ハ、(ただち)ニ之ガ施行ヲ停止スべキトス。

  △ 第十七条ハ、吾輩モ同論ナリ。唯人民一般ノ可否ヲ問ウテ之レヲ決シル[決スル]ト云フヲ、人民一般ノ意見ヲ問ウテ其公論ヲ採リ法案ヲ作リ、両院ノ議決ヲ経べシト改ムベシ。如此(かくのごとく)ンバ、却テ至当ノ論点ヲ得べキナリ。此評モ可否ヲ問ウテトアレバ、此心ナルカ知ラザレドモ、之レヲ決スべシ〔ト〕云フヲ見レバ、直ニ一般人民ノ可否ニ決スルガ如シ。人民一般ノ可否ハ多数ニヨラザルヲ得ズ。多数ヲ以テ決セバ、如何ナル論点ニ至ルカ、実ニ心ヲ()スンゼザルナリ。{この項付箋}

 

(以下・本文割愛}

 

〔全編につき評論〕

 

 以上論述セル数件ハ、只僅(ただわづか)ニ或条ノ余ノ思考卜異ナル者ニ就キ、僅ニ評論ヲ下セシ者ニシテ、決シテ完全ノ者ト云フべカラズ。若{も}シ之ヲ評論センニハ、一朝一夕ノ能クスべキコトニモ非ズ。又今余ノ私見ヲ以テ之ヲ論述スト雖{いへど}モ、他日憲法議〔スル〕ノ時ニ至リ、公論ヲ以テ如何ニ決定スルヤハ(あらかじ)メ推測ヲ下シ難ケレバ、只紙上ノ空論ニ帰シ、貴重ノ光陰ヲ間過スルノ(あざけり)ヲ免カレザルコトヲ恐ル。是ヲ以テ、(いささ)カ其概略ヲ条陳スルノミ。然レドモ憲法約定ノ日ニ於テ(かの)「ミラボウ」ガ議院ニ於テ、吾輩ハ人民ノ命ヲ受ケテ此院ニ在リ、故ニ王銃剣ヲ以テ吾輩ヲ逐フニ非ザレバ、敢テ一歩ヲ退ク能ハズト雄弁ヲ振ウテ論述セシガ如キ精神ヲ以テ、抵死(しをていして)約定ヲ要スベキ条款少カラズ。今余ハ只其中ニ就テ(もつとも)重要欠クベカラザルヲ簡単ニ条挙センコト、即左件ノ如シ。

 一、議会ハ毎歳定日ニ於テ皇帝若シ徴集スルナケレバ、自己所有ノ権ヲ以テ集会スルコトヲ得ル。

  評一 毎歳定日云々ノ論、余モ讃成スル所ナリ。

 

 二、閉会ノ時ニ於テ数十名ノ委員ヲ撰定シ、京城ニ留在セシメ、財政ヲ監督シ、及両院有スル所ノ諸権ヲ施行セシムルコト。

  評二 閉会云々讃成ス。

 

 三、両院議員ハ政府ノ簿書ヲ検閲スルノ権アルコト。

  評三 両院議員云々讃成ス。

    

 四、皇帝起草ノ法案ハ、何等ノ事款ヲ論ゼズ、(まづ)代議士院ニ下スベキコト。

  評四 皇帝云々讃成ス。

 

 五、女帝ノ時ハ、両院ノ許可ヲ得テ、贅壻(ぜいせい)ヲ納ルヽコトヲ得。但シ此場合ニ於テハ、皇帝立后ノ時ニ同{おなじ}キ費額ヲ国庫ヨリ支弁スルコト。

  評五 女帝ニ贅壻ヲ納ルノ論ハ、吾輩採ラザル所ナリ。其壻(むこ)トカ称スルヤ、之レヲ臣下ノ部ニ入ルヽヤ、帝ノ夫タルヲ以テ之レヲ君トスルノ所見ナルヤ、実ニ吾輩ノ解セザル所ナリ。夫{そ}レ之レヲ臣下トスルトキハ壻タルノ明文ナレバ、夫タルべシ。夫ヲシテ臣下トスル、倫理ニ於テ有ルべカラザルナリ。又之レヲ君ノ部ニ(いれ)、皇帝ノ夫タルモノトスルトキハ、何ゾ帝位ヲ譲リテ、倫理ニ背カザル方法ヲ立{たつ}ルニ如{しか}ズ。吾輩第一編第二章第四条

{但シ修正ノ第四条也}ノ場合ニ於テハ、仮帝ヲ立ルヲ可トス。如此{かくのごと}キ法律ヲ設ケザルモ、女帝ハ内房乱レ安シ。宜シク考へズンバアルべカラズ。

 

 六、皇太子若{も}シクハ他ノ帝位ヲ承クベキ皇族ハ、反逆ノ外、罪ヲ受ケズト雖ドモ、副帝タルトキヲ除キ、他ノ諸官職ニ任ズル時ハ保任ノ責ヲ免カルヽコトヲ得ザルコト。

  評六 副帝ノ明文ヲ除キ、余ハ讃成ナリ。

 

 七、皇帝ノ外家ハ相位(もし)クハ摂政等ノ要職ニ任ズベカラザルコト。

  評七 吾輩ノ所見ノ如ク、官吏ハ総テ挙賢法ヲ以テ之レヲ登庸シ、試験法ヲ以テ之レヲ任ズルトキハ、何ゾ如此{かくのごとき}法則ヲ置クニ足ランヤ。

 

八、皇帝憲法ヲ遵守セズ、暴威ヲ以テ人民ノ権利ヲ圧抑スル時ハ、人民ハ全国総員投票ノ多数ヲ以テ、廃立ノ権ヲ行フコトヲ得ルコト。

  評八 此法律ハ暴君ナカラシムルノ善法ナリ。全国総員投票ノ如キハ如何(いかん)カアラン、末ダ考ヘズ。吾輩ノ見識ハ、国君ノ所業ヲ掲ゲテ、之レヲ全国ニ告示シ、廃立ノ答案ヲ献ゼシメ、之ガ公論ヲ取テ問議案ヲ修正シ、之レヲ両院ニ下シテ議決セシムルモノトス。(しか)ラザレバ、其投票ニ於テ、如何ナル奸策ヲ行フモ難計(はかりがたき)ヲ懼ル。

 

 九、裁判官ハ元老院ニ於テ預選シ、皇帝之ヲ命ズルコト。

  評九 吾輩試験法ヲ以テ任用スルノ所見ナレバ、敢テ賛セズ。

 

(以下・途中割愛}

 

(以下・=貴族院否認・二院制肯定論・所見}

 

 世人或ハ代議士院ノ外ニ華族院ヲ置カンコトヲ論ズルノ皮相者アリ。余ハ夢ニダモ想ヒ(あた)ハザル程ノコトナレドモ、筆次試(こころみ)ニ之ヲ略論セン。欧洲諸国貴族院ヲ置クモノ往々之レアリト雖ドモ、常ニ君主ニ諂事(てんじ)シ、之ガ威権ヲ助ケ、平民ノ自由ヲ抑制スル階梯トナラザル者少シ。独リ英国ノ貴族ハ、漸有ノ権力ヲ以テ能ク君主ノ暴政ヲ扞制(かんせい)シ、保守ノ老練ニ因テ平民ノ競争ヲ抑停(よくてい)ス。是レ彼ノ貴族ガ千二百年代ニ於テ、平民ト相合{貴族ノ力十分ノ九ニ居ル}シ、(かの)有名ナル「マグナカルタ」{ノ約定ハ千二百十五年ニ在リテ、人民ノ代議士ヲ下院ニ出セシハ〔千〕二百六十三年ナリ}ヲ約定シテ人民ノ権利ヲ伸達シ、代民院ヨリモ早ク貴族院ヲ創立シ、(かつ)積約(せきやく)ノ威重ニ因テ今日ニ至ル迄君民政権ノ権衡ヲ保テルハ、独リ英国時勢ノ由来ニ於テ()ムヲ得ザル所以(ゆゑん)ノ者ニシテ、我国華族ノ如キ無気無力ノ者ト年ヲ(おなじう)シテ論ズべカラズ。夫レ我国華族{大小名}ハ藩政奉還迄ハ非常ノ権力ヲ有{西南ノ大藩ニ限レドモ}シ、間接(もし)クハ直接ニ朝政ヲ可否改定スルノ権ヲ有セシガ故ニ、好機会ナル藩政奉還ノ際ニ当リ、同族相一致シテ立憲政体ノ創立ヲ皇帝ニ請願セシナレバ、今我輩人民ガ千辛万苦之ガ創立ヲ図ルニモ及バズ、(つと)ニ其成蹟ヲ見ルニ至ルべカリシニ、国家ノ盛衰安危ヲ見ルコト痛痒相関セザル者ノ如クニシテ、(かく)ノ如キ好機会ヲ閑過[看過]シ、今ニ於テ(いささか)ノ感覚ヲ起ス者アルヲ聞カズ。如何ゾ如此{かくのごとき}無精神ノ華族ヲシテ、人民ニ大功アル英国貴族ト一般、国家ノ大権ニ参決スルノ権利ヲ特有セシムべケンヤ。ヨシヤ吾輩平民ガ代テ大権ヲ皇帝ノ掌裏ヨリ分取シ来リ、(わかち)テ彼レニ与フルモ、之ヲ使用スルノ方法モ知ラザルべシ、之ヲ保有スルノ気力モ無カルべシ。

 然ラバ則チ代議士ノ一院ヲ以テ足レリトスルカ。曰ク、否{い}ナ。若{も}シ代議士院ノミヲ創立シテ立法ノ権柄(けんぺい)ヲ専有スル時ハ、(ひとえ)ニ民権ノ過強ニ失シ、政柄(せいへい)ノ権衡ヲ得ズ、却テ国家ノ安寧幸福ヲ保ツコト能ハザルニ至ルべシ。余友小野梓氏ハ代民一院{方今希臘<ギリシア>国ニテハ代民ノ一院而已<のみ>ヲ置ク}ヲ以テ足レリトスルノ説ヲ唱へ、或ハ雄弁ノ舌ヲ()シ、数回ノ演説ヲナシテ、或ハ椽大(てんだい)ノ筆ヲ(ふるつ)テ若干ノ論文ヲ(あらは)セリ。然レドモ江湖賛成者ノ少ナキヲ以テ之ヲ見ル時ハ、政学上ノ理論ハ(しば)ラク之ヲ()キ、方今我国ノ輿論ノ容レザル所タル知ル()キナリ。又史ニ(よつ)テ之ヲ徴スレバ、独逸(ドイツ)古制ノ如キハ三院ヲ置キ、方今瑞典(スエーデン)ノ如キハ四院ノ旧法ヲ改メズ。此{こ}ハ是レ上古封建時代ノ遺物ニシテ、今日開明ノ人情ニ適セザルハ論ヲ(また)ザルナリ。故ニ余ハ長城氏等ノ起草ニ(なら)ヒ、(やや)其方法ヲ改メ、代議士院ノ外、別ニ元老院ヲ創立スルヲ以テ可トスルコトヲ主張シ、兼テ江湖諸有志ノ賛成ヲ請ハント欲ス。

 余ガ引用スル各国憲法ノ如キハ、僅ニ記憶スル所ノ者ニ限リ、他ノ諸書ニ就キ牽捜(けんさう)セシモノニアラザレバ、(もと)ヨリ読者ノ意ニ飽カシムルニ足ラズト雖ドモ、余ハ(ただ)一ニ証例ノ一助トナサンガ為メニ過ギザレバ、読者若シ各国憲法ノ諸款ヲ遂比(ちくひ)セント欲セバ、世自(よおのづと)其書ニ乏シカラズ、自ラ就テ之ヲ(もと)ムべシ。

 余ハ今筆ヲ()カントスルニ臨ミ、数言ヲ陳ジ、他日憲法起草ノ委員トナルべキ諸人ニ告ゲント欲ス。(ああ)諸有志ヨ、試ニ欧洲各国ノ歴史ヲ(ひもとき)テ見ヨ。古来民権ヲ拡張シ、憲法ヲ約定スル、(ただ)ニ紙上ノ議論(もし)クハ請願ヲ以テ之ガ創立ヲ得、又君主ノ恩恵ヲ以テ設定セラレタル憲法ノ鞏固ヲ得シ者、夫レ幾希(いくばく)カアル。眼ヲ転ジテ近古我国ノ形勢ヲ察セヨ。恐レ多クモ一天万乗ノ皇帝ニシテ、一進一退皆武門ノ束縛ヲ受ケ玉ヒ、僅カニ爵位ヲ除任[叙任]スルノ権ヲ有スルニ過ギズ。(それ)サヘモ多クハ将軍ノ上奏ヲ可スルガ如キ有様ニテ、朝廷ノ権威ハ極微極衰ニシテ、数郡ヲ有スル一小諸侯ニモ如{し}カザリシガ、徳川氏ノ末路ニ至リ、時勢ノ風潮ニ攪起セラレタル諸有志四方ニ輩出シ、幾苦幾辛ヲ(なめ)テ、(つい)ニ此朝政復古ノ盛業ヲ(せい)スルニ至レリ。而シテ此成業ヤ他ノ計術アルニ因ルニアラズ、名議[名義]ノ正シキト有志者ノ身ヲ以テ国家ノ犠牲ニ供スル百敗不撓ノ精神トニ外ナラザルナリ。今ヤ諸有志者、民権ヲ拡張シ、自由ノ権ヲ保有セント欲ス。宜ク天稟(てんぴん)ノ権利ヲ復スル正義ニ頼リ、彼欧洲各国人民ガ各自ノ身産ヲ国家公共ノ為メニ抛指シ、幾多ノ人命ヲ民権自由ノ犠牲ニ供セシガ如ク百敗其志ヲ(めぐら)サズ、(たふれ)()()ノ精神ヲ以テ百方智略ヲ(たくましく)シ、誓テ民権ヲ回復スべキナリ。夫レ吾輩ハ治人ノ誘導ヲ受ケテ只管(ひたすら)之ニ依頼スト世人ノ嘲笑ヲ蒙リタル羅馬(ローマ)ノ人種ニモアラズ。彼藩政ノ時ニ当リテハ、仮令(たとひ)成文ノ法制ハナキニセヨ、常ニ間接(もし)クハ或時ニ於テハ直接ニ政事ニ参与シ、藩主ヲシテ人心ニ背馳シテ施政スルコトヲ得ザラシメ、且天子ガ身体自由ヲ得、政権ヲ復セシ改革ヲモ成就セシモノ共ナリ。(いはん)ヤ今我国今日ノ文化ハ、英国千二百十五年、「マグナカルタ」ヲ約定セシ()ロニ比スレバ、其開進度、智者ヲ待タズシテ知ルべキナリ。嗚呼(ああ)有志者ヨ、尚早論者ノ盲説ニ誘惑セラルヽコトナク、蹉跌(さてつ)ノ万死ヲ顧ズ、公共ノ事業ヲ勉メ、後人ノ続カザルヲ(おもんぱか)ラズ、天稟ノ性分ヲ尽シ、大東洋中ノ一孤島ニ於テ金甌(きんわう)無欠ノ最良憲法ヲ約定シ、遠ク英国ノ上ニ駕シ、全世界万国ニ向テ誇称センコトヲ勉メテ(おこた)ルコトナカレト云フ。

   世人或論以下、何レモ大賛成々々。

 

〔「小田為綱文書」〕

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2005/08/03

背景色の色

フォントの変更

  • 目に優しいモード
  • 標準モード

小田 為綱

オダ タメツナ
おだ ためつな 1839~1901 現岩手県久慈市に生まれた自由民権派の一人。後年衆議院議員にも選ばれた。

掲載史料は、1880(明治13)年7月から翌1881(明治14)年10月頃までに作成された憲法構想ないし憲法論で、小田為綱が、元老院「国憲」第三次草案に対し、○印また△印で逐条的に評論を加えている。○△同筆の小田評の他に、もう一人筆者未詳の△評も若干添っており、此処ではいずれも該当条の後にそれぞれ組み入れてある。皇帝の廃立に言及しているのが極めて珍しく、全容の前段を抄録したが、最後尾、小田為綱による「貴族院」を排し「二院」を要する意見、さらに憲法尚早論の愚妄に屈せず、世界に冠たる最良の「民権」憲法を約定せずに置かぬという熱血のマニフェストは割愛せず収録した。この優れた民権主張の「評林」の志は、今にも力強く語りかけてくる。

著者のその他の作品