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検索結果 全1058作品
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小説 扶余残照
百済の公主 胸をしめつけられるほどの優しさで木槿(むくげ)の花は開いた。 そして、そのときを待っていたかのように乙女は扶余(プヨ)の町に現れた。 ふわりと広がるチマチョゴリが細い体によく似あった。透き通るような白い肌が秋の陽を受けて、白磁のように輝く。長くつややかな髪が錦江を渡る風になび
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随筆・エッセイ 半生を語る
一 昭和三年八月三十一日。珍らしく晴れたこの高原の軽井沢で、ひとり静かに机の前に坐つて、わが半生を語らうとしてゐる。古い言葉の通り、過ぎ越し方が頭の中に絵巻のやうに展(ひろ)がつて来る。懐しいしかしながら雑然たる絵巻である。唯(ただ)この一つの生命が、見えざるものに導かれて、その中で育つて来たことを思ふと、過ぎ去つたことはすべて感謝である。 </p
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随筆・エッセイ 紙を汚して五十年
臼井でございます。まず、こういう機会を与えて頂いたことを皆様に御礼申し上げます。私のような者の話ですから、いわゆるアカデミックな話でないことは先にお断りしておきたいと思います。 最初に話の題名ですが、もうちょっと文学的なものの方がいいかとも思ったんですが、根っからの田舎者でございまして、畑から大根引き抜いてそのままというような者ですので、その点どうぞお許しのほどお願い致します。眠くなったらどうぞご自由に(笑い)寝て頂いて結構ですので。 「懺悔」などと言う言葉は今時流行
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小説 白い人
Ⅰ 一九四二年、一月二十八日、この記録をしたためておく。聯合軍(レ・ザリエ)はすでにヴァランスに迫っているから、早くて明日か明後日にはリヨン市に到着するだろう。敗北がもう決定的であることは、ナチ自身が一番よく知つている。 今も、このペンをはしらせている私の部屋の窓硝子が烈しく震えている。抗戦の砲撃のためではない。ナチがみずから爆破したローヌ河橋梁の炸裂音である。けれども橋梁を崩し、ヴィェンヌからリヨンに至るK2道路を寸断したところで
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俳句 初心
暖房車海潮の縞うつうつと 寒月光末広がりに涛散華(なみさんげ) 妻と子の歌は厨に花木槿(はなむくげ) 青麦や女こめかみまであをし ビイ玉を透かし見る子へ夕焼ける 冬鷺の倒ると見しは羽<rp
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短歌 歌集『鑑真の眼』ほか
昭和五二年 生まれてきて光を追はず瞳孔の白く濁るは白内障病む 超音波に吸引さるる水晶体の混濁消えて黒く澄みゆく 明るさに視線動かすみどり児の白内障手術のまぶたを閉ざす 白内障術後の患者診つつ思ふ鑑真の御目もかくのごときか 鑑真の残る視力に映りしや秋目海岸雨にけぶるを 全盲か眼前指数弁ぜしか鑑真の書の筆圧つよし <font
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評論・研究 国会開設願望ノ建言依頼書<1879年>
抑(そもそ)モ国会ナルモノハ、吾々同胞ノ人民ガ其(その)天賦ノ自由ヲ存立シ国事ニ参与シテ一国議政ノ権理ヲ恢復スルニ於テ一日モ欠ク可カラザル要具ナリ。蓋(けだ)シ民権ハ各自人文ノ自由卜自治制度トニ依テ存立スルモノニシテ、而(しか<rp
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小説 家霊
山の手の高台で電車の交叉点になつてゐる十字路がある。十字路の間からまた一筋、細く岐れ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内と向ひ合つて名物のどぜう店がある。拭き磨いた千本格子の真中に入口を開けて古い暖簾(のれん)が懸けてある。暖簾にはお家流の文字で白く「いのち」と染め出してある。 どぜう、鯰(なまづ)、鼈
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小説 食魔
菊萵苣(きくぢさ)と和名はついてゐるが、原名のアンディーヴと呼ぶ方が食通の間には通りがよいやうである。その蔬菜が姉娘のお千代の手で水洗ひされ笊(ざる)で水を切つて部屋のまん中の台俎板(だいまないた)の上に置かれた。 素人の家にしては道具万端整つてゐる料理部屋である。たゞ少し<ru
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小説 老妓抄
平出園子といふのが老妓の本名だが、これは歌舞伎俳優の戸籍名のやうに当人の感じになづまないところがある。さうかといつて職業上の名の小そのとだけでは、だんだん素人(しろうと)の素朴(そぼく)な気持ちに還らうとしてゐる今日の彼女の気品にそぐはない。 こゝではたゞ何となく老妓といつて貫く方がよからうと思ふ。 人々は真昼の百貨店でよく彼女を見かける。 目立
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小説 夜嵐阿衣花廼仇夢
夜嵐於衣花廼仇夢(よあらしおきぬはなのあだゆめ)初篇緒言 さきかけ 我さきがけ新聞第三百廿号(本年五月廿八日)の紙上を以て其発端を説起し、号を逐(おふ)て連日<
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詩 ミゼレーレ
(一) 一八五二年十一月の晩秋 ニューヨークからミシシッピ号に乗った男は 石炭と水と食糧を積んでノフォーク港を出発した マディラ諸島から希望峯をまわるころには 大西洋の地図はポルトガル産のマディラ酒にぬれた モーリシャス島 セイロン島 シンガポール 香港・上海と インド洋から太平洋へと白いクジラが船をおいかけた 米国東インド艦隊司令長官は 水と食糧と石炭の基地である南の琉球島那覇港に停泊する 小笠原諸
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評論・研究 清岡卓行の三極構造にみる構成力と視座
清岡卓行を論ずる際に、その核心をいくつかの極の連なる構成体として捉えることができる。 ひとつの極は、そのトポロジーである。出自としての中国大連と憧れとしてのフランスパリ、現実としての東京がその表現のうちに交響している。みずからの場所=現実としての「日本」と出自としての「大連」、憧れとしての「パリ」は、三つの大きな差異として見えてくる。現実からパリに身を接すれば、中国大連の世界は大きな幻想として浮かびあがってくる。こうした三極構造の動点の移動は、三層の重層性となって、清岡卓行という作家の世界が示す想像力と構成力のエートスとして浮かびあがっていると言えるだろう。
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評論・研究 デモクラシーをめぐる争い
〇 ブルジョア・デモクラシーの憲法と自由および暴力 1 憲法をめぐる争い アメリカと日本のブルジョアジーが、日本の人民をふたたび戦争にかり立てる準備をしようとすることにたいして、日本国憲法が大きな障害をなしていることは事実である。そしてまたこれらの陰謀に反対する人民たちを、抑圧せんとする支配階級の計画にたいしてもまた、言論、集会、結社、学問、思想等々の自由を保障する憲法が、その実現をさまたげていることは、うたがいえない事実である。今日、陰謀と詭弁とによって戦争準備と自由の抑
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詩 瀧(抄)
目次 瀧(其の参) 父の寝室 −病床篇− 桜 橋 鉛筆の走書き(妹へ 四) 椎の稚葉(妹へ 五) 三稜燈火 </p
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詩 室戸灘付近
万法流転有情悉皆肢体離反の沙の時限を吼える濤――ここに埋つて裂けてしまつた漁村の数々がある。帆船がある。 (一つは崩潰した路にのつかつたまゝ行路の無宿の不思議な宿になつてゐた) 天下一の荒灘――青鮫の横行闊歩する室戸灘。 けふは榕樹、橘の枝濃く霽れてどちら向いても蒼茫と鱶の顎(あぎと)のきかきか光る黒い印度藍の圧倒だ。 <
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戯曲 近松半二の死
登場人物 近松半二 竹本染太夫(たけもと そめだいふ) 鶴澤吉治 竹本座の手代(てだい) 庄吉 祗園町(ぎをんまち)の娘 お作 女中 おきよ 醫者
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評論・研究 明治天皇の初代侍従武官長(抄)
宮城退出後の事故 事故がおきたのは明治四十一年(一九〇八)十一月二十一日の午後だった。この日、侍従武官長・岡澤精(くわし)は、明治帝に華頂宮(かちょうのみや)郁子妃殿下の葬儀に出席することを述べ、午後零時三十分ころ皇居
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短歌 樹木礼賛
たちくらむ春の名残りの木下闇かるがるきみの腕にいだかる 『衣裳哲学』 すれちがう人の匂いの微かのこりくろぐろとたつ冬の針葉樹 つかの間の休息ならむ細枝に鳥一羽きて黒くとまれり にんげんら好みて集う陰の部分朴の木のした魂のまうしろ 不穏ともいうべきほどに累々と稔らざる実の無花果樹(いちじく)はあ
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小説 フランドルの冬
第一章 病院司祭 1 「さあおいで。子供たち(メ・ザンフアン)!」鋭い張りのあるバリトンである。ロベール・エニヨンは、ぼってりした腕を力まかせに振った。 「さあ、さあ!」 黄色い歓声をあげて、我先にと腋の下をすりぬけていく子供たちにロベールは目を細めた。こそばゆい快感だ。が、一人足りない。 「スザンヌ。フランソワはどうした?」 </