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平成の書き言葉

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森と湖のキートス

 ジメジメと欝淘しい梅雨の最中。日本を離れて、フィンランドに行ってきた。多くの日本人にとって、スカンジナビアとか、北欧三国は、まだまだ"遠い国"だろう。ことにフィンランドは、それこそ、サンタクロースか、オーロラか、ムーミンの国。

 成田から一路ヘルシンキへ。ライトブルーに白の十字架のマーク。フィンエアーに乗って、成田から空路、8時間半の道程だ。ユーロ経済圏、EU諸国の中で、日本に最も近い国は、ここフィンランドなのだ。

 飛行中は、タバコが吸えないから、我慢、我慢の8時間半。愛煙家? の僕は、通関もそこそこに、ヘルシンキ空港の玄関口にひとっ走り! そこで、フ?ッと一服。

 6月も半ばだというのに、ここはフィンランド。ホホを流れる空気は、ヒンヤリ、冷めたかった。まっ青な空に、まっ白な雲がフワフワと浮かんで、来たぞ、ムーミンの国。「今日は、どこのホテルに泊まるの・・・」突然、家内の声。旅行代理店のリザベーションペーパーをのぞいて、ハテナ? 困った、困った。

 〈SCANDIC HOTEL〉。ここまでは、いい。問題は、そのアトだ。〈KALASTJATORPPA?〉これでは、タクシーにも乗れそうにもない!

 〈カラスタヤトルッパ!〉とても親切で、英語の達者なタクシードライバーだったから、助かった。こうしたホテル名に限らず、フィンランド語には、英語やローマ字読みでは、おいそれとは、読めない言葉が多い。〈TAMPERE〉〈KOKKOLA〉。ここヘルシンキから、ローカル線に乗り換えて、1時間か1時間半の近場。明日の目的地は、〈TAMPERE〉。

 何年か前にも、一度だけ行ったことがあるから、〈タンペレ〉に間違いない。だから、今回は落ち着いて、ターボプロップ機の窓から、ジーッと緑のジュータンと、"水の宝石"のような湖を観察することが出来た。同じ樹林のようでも、木の種類が違う。多くが、松や杉で、道路沿いには白樺が植えられている。低空をゆっくり飛ぶターボ機ならではの、これは醍醐味。僕のオススメの旅だ。

 さて、ここフィンランドでも、タバコ飲みは嫌われているが、ホテルや街のソコココに置いてある灰皿。そのアイディアは素晴らしいものだった。フィンランド名物? と言ってもいい。

 ただ植木バチを、ひっくりかえしただけのものだが、実に、合理的。誰が発明したのか? フィンランド大使館の人に調べてもらいたいくらいの傑作。こういう発見があるから、旅は楽しい。

 〈KIITOS、キートス〉。フィンランド語で「ありがとう」のことである。

ロープロファイルのアメリカ

 10月中旬の良い季節。9ヶ月ぶりのカリフォルニアに、家内と二人でやってきた。出来たばかりのわが家は、眩しいかぎり。時差ボケのせいか、朝5時には、窓から差しこむ朝日で、目が覚めた。まだ、カーテンも付いていないから、窓越しに、7番グリーンがまるみえ。こうして、人っ子一人居ないゴルフコースを、ベッドの中から眺めるなんて、サイコーの贅沢。

 早速、ガウンを着たまま、外へ。〈カリフォルニア ヒヤ アイ カム!〉ノースモーキングのアメリカで、誰はばかることなく煙草を一服。ここは、モントレーのニューリゾート〈PASADERA〉。例のペブルビーチの中古コンドを売って、アメリカの国税、州税を28%払って、日本の銀行の円の借金返して、儲けたアメリカのドルで! 買った家だ。

 かのジャック・ニクラウスがデザインしたという、90万坪、18ホールのゴルフコースのあちこちに、赤い煉瓦と白い土壁の家が、点在していて、さすが、アメリカさんのやることは、デカイ。いずれ一年もしたら、ここパサデラは、カリフォルニアの名物になることだろう。さて、地元で有名なザ・ヘラルド紙に掲載された英文のコピーを、お読み頂きたい。〈JACK NICKLAUS BROUGHT HIS VISION TO PASADERA.NOW IT'S YOUR TURN.〉

 僕達の引越が、〈YOURTURN〉かどうかは、ともかくとして、2000年のアメリカ人や社会を見聞きする限り、こうした変化、転機、移動、転換、改良、区別、差別を示唆する言葉や文字、語彙の多さには驚かされる。「なあ?に、アメリカもバブルさ」などという皮相な見方では、到底理解できない、こうした2億5000万人の、変化へのダイナミズム。

 まさに、〈THERE IS NOTHING PERMANENT EXCEPT CHANGE〉 

 変化のほかに変化しないものはないのだ。それは、若いアメリカの社会やアメリカ人の習性、特質なんだと思う。ちなみに、ここパサデラのゴルフリンクスには、新設リゾート地を示す門札、表札はおろか、ゴルフコースには、大きなティーマークも、ヤーデージーもない。「これじゃ、ゲストに不便、不親切じゃないか」とクレームをつけたら、返ってきた答えは、こうだった。「ここは、LIMITEDMEMBERSHIPのためのクラブです。ですから、あえて付けていないし、その必要もないのです」

 どうやら、2000年のアメリカでは、治安対策もあってか、変化と区別は、同義語? あのオープンでフレンドリーなアメリカは今。広いアメリカを〈LIMITED〉狭く安全に住むことを考え始めている。ひょっとすると、父祖の地ヨーロッパの、クローズドソサエティーを夢みているのかもしれない。

 最後に、今度の旅で学んだ、アメリカ語を一つご紹介しておきたい。それは、〈HIGH PROFILE〉と〈LOW PROFILE〉。キラキラと派手なアメリカンライフから、地味でおちついたヨーロピアンテーストへ、

ということだろう。

 これも、現代アメリカ社会の変化〈CHANGE〉の一つなのだ。そんな中で、はるけき東洋の国、変化を好まぬ日本人のレジデントは、今のところ、僕たち夫婦二人だけのようである。

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/07/28

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島崎 保彦

シマザキ ヤスヒコ
しまざき やすひこ エッセイスト 昭和8年(1933) 東京生まれ 主な著書に「ジャーナリズムと広告の歴史」がある。

掲載作は、「宵越しのゼニはもつな!」(2002年5月、アイ・アンド・アイ刊)より、抜粋。

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