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詩誌「波」より

休日の午後

土曜の病室

治療は休みでのんびり過ごす

ラジオの野球中継は

ありえないことが

ありうる話

格好のヒマツブシ


回も押しての9回裏

2アウトフルベース

登場したのは

ここまでノーヒットの

7番バッター左打ち


いのち輝く大歓声

横浜の夕空に

満塁ホームランの美しい放物線

場外へと消え去った


土曜の気だるい病室

あとは静かに夜を迎える


たそがれ

大学病院からの帰り道は

三日続きの晴天で

足柄山がよく見える

左に箱根 右に富士

を従え

いや、見降ろされて


足元には渇水期の酒匂川

広い川幅なのに

酒がちょろちょろ流れているよう

一合の獺祭で酩酊する

オレのようだなぁ


たそがれ行く

天下の景勝よ

何も気にすることはない

次は夜明けが来るだけだ


居酒屋

出張帰りの居酒屋で

いつもの男 三人

今夜は壮大なプランになった


俺たちの事業は黒字続き

なのに会社はちっとも認めてくれない

もっと大きな事業がもっと大きな黒字なので

いつも鼻の先で笑われてしまう


ならば分社をするか!

おまえが社長 おまえは工場長

俺は部下一人の部長でいい

営業にはあいつを引っ張り込んで

法務・業務はこの次に考えよう


夢はいつしか百億円企業になって

社員もすでに千人を越えている

総会屋対策まで話が進むと

そろそろ終電が気になる時間


おい、ワリカンだ

ひとり二千と三十五円!


もらいっ子

汽車はゆっくりと船に吞み込まれていった

青函連絡船は陸奥湾を過ぎ

津軽海峡に差しかかっている


畳敷きの三等客室を抜け出し

甲板に出た

10歳の私は8歳の弟に小声で話しかけた


 北海道って 寒いんだろうか・・・

船はときどき大きく揺れ

そのたびに星も揺れた


母が死んで三ヵ月が過ぎた

ボコボコというエンジンの音

船窓に照らし出されたわずかな海面

 伯母さんって どんな人だろう・・・

弟の質問に答えられなかった


母の弟が芦別に居ることを知らされたのは

一週間ほど前のことである

父は しばらくそこに居ろと言った

弟と二人で正座して聞いた

父とは青森で別れた


昭和三十五年 秋

安保の夏は終っていた

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2024/05/10

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村山 精二

ムラヤマ セイジ
むらやま せいじ 詩人。1949年北海道生れ。詩集『帰郷』(2006年 土曜美術社出版販売刊)で第39回横浜詩人会賞受賞。1998年日本ペンクラブ入会と同時に「電子メディア研究会」(当時)委員となる。後「日本ペンクラブ電子文藝館委員会」委員長も務めた。

詩誌「波」に集う詩人仲間で村山精二追悼号「波:夏のわかれ」(詩6篇、短文、写真・2023年11月30日、発行者:水島美津江・林工房)が編まれた。寄せられた友人たちの言葉と、詩集『帰郷』および過去の「波」に発表された詩より編まれた追悼誌となった。詩誌「波」は、2021年病に倒れるまで編集を担当していて旅立つ直前まで詩作品だけは寄稿していた。追悼号「波」24号より「休日の午後」、「たそがれ」、「居酒屋」、「もらいっ子」の4篇の詩をとりあげた。詩「休日の午後」は、「波」(23号)掲載の絶筆で、病室で聴いているラジオの野球中継、人生末期を自覚する詩人の自己の投影が見られる。詩「もらいっ子」は、辛かった少年期の情景が、心に焼き付けられていて哀しい。