桜の樹の下には
桜の樹の下には屍体が埋まつている!
これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつている。これは信じていいことだ。
どうして俺が毎晩家へ帰つて来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、
一体どんな樹の花でも、
しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののやうな気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持になつた。しかし、俺はいまやつとわかつた。
お前、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まつていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。
馬のやうな屍体、犬猫のやうな屍体、そして人間のやうな屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のやうな液をたらたらとたらしている。桜の根は
何があんな花弁を作り、何があんな
――おまえは何をさう苦しさうな顔をしているのだ。美しい透視術ぢやないか。俺はいまやうやく瞳を据ゑて桜の花が見られるやうになつたのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になつたのだ。
二三日前、俺は、ここの
俺はそれを見たとき、胸が衝かれるやうな気がした。墓場を
この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や
――おまえは腋の下を拭いてゐるね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のやうだと思つてごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。
ああ、桜の樹の下には屍体が埋まつている!
いつたいどこから浮かんで来た空想かさつぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになつて、どんなに頭を振つても離れてゆこうとはしない。
今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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