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金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)

   登場人物

    金仲屋金左衛門

       伜・万七

       娘・お高

      手代・豆助

     京屋徳右衛門

       伜・行平

       娘・お舟

  万周旋業・大貫親方

    口きき業・お梶

  朝の段

 

 行く空の(さん)と輝く小判雲、流れ来たりて流れ去り、再び拝む(すべ)はなし。この世の金も雲に似て、広き天下を駈け回り、北から来たり西へ去り、(たつみ)から()り、(さる)へ去る。無理に止めれば人の道、足踏み外す悪の(もと)。金では買えぬ人情に、ひびが()るやら割れるやら、他人(ひと)をあざむきおとし入れ、命を(あや)めかきつばた、山吹色の悪の華。やはりこの世は金が(あだ)、金が諸悪の根源と、悟ることこそ大事なれ。とは申せどもこの憂き世、成るも成らぬも金次第。金の威光で飛ぶ鳥も高き空より叩き落ち、金の威光は阿弥陀ほどもの言う金の世なれば、カネは上野か浅草の、ここ馬道(うまみち)の呉服屋は、付けも付けたり「金仲屋」、(あるじ)の名前が金左衛門。

 名は(たい)あらわすコトワザ通り、金が(かたき)の世の中に、金を味方につけようと、三度のオカズが縮緬(ちりめん)じゃこ、ひどいときには豆絞り(ヽヽヽ)カス、油代がもったいないと、夜は早々ねんねこばってん(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)、爪に火ともし義理かいて、盲滅法盲縞(ヽヽ)、貯めた金子(きんす)が壼ひとつ。

人目を盗み日に数度、庭に埋めたこの壼を、出して頬摺り覗き(ヽヽ)紋。

 金左衛門 ……あんまり逢いたさ懐かしさ、庭の見廻りにかこつけて、逢いにきたやら南やら、庭の薮蚊も(いと)いはせぬ。(ぬし)一所(いっしょ)におれるなら、灰で磨いて艶を出し、どんなに辛い暮しでも、わしゃ嬉しいと思うもの。このわしをケチンボとは、聞えぬわいの胴慾。

 

 と、想いのたけを結城縞、ほころび袖に抱き上げれば、金壷ゆれてカチャカチャザクザクザラザラ ザラザラザラ。

 金左衛門 極楽浄土で()くという、迦陵頻伽(かりようびんが)の鳥の声も、そなたの音にはかなうまい。

 

 と、金壺眼(かなつぼまなこ)に涙して、シッカと金壼かき抱く、その心根の馬鹿らしさ。

 

 金左衛門 ときに金壷殿、じつは嬉しい知らせを持って(さん)じた。わしにはおまえという大事な想い者がおる(ゆえ)、一生、男やもめで暮そうと思っておった。

 ところがおまえ、この町内に母一人()一人で、ひっそり暮す小町娘、名前はお舟。世話焼き(ばば)のお梶が持ってきたハナシだが、そのお舟に年に三十両の持参金がついているのじゃ。(だんだん興奮してくる) 三十両、三十両! こんな話はまたとあるまいて。わしゃその三十両を、いやお舟をこの家にひろってやることにしたわ。ソソソ、それからもうひとつ、わしの娘のお高にまた結構な縁談が舞い込んでな……やや噂をすれば影。娘のお高が伜の万七と二人で、こっちへ来る。名残り尽きぬが、また後で。

 

 と、なれた手付きで金左衛門、金壼手早く()め隠し、鹿爪らしき、エヘン、咳払い。

 現われ出でし万七とお高、親に似ぬのは鬼子(おにご)というが、ケチに似ぬのが幸いし、万七凛凛(りり)しき骨柄(こつがら)で、お高はさわやかなる娘。(とび)(たか)生むとはこのこと。

 

 万七 父さん、大事な話があります。

 

 と、いえば、金左衛門は仏頂面(ぶっちょうづら)

 

 金左衛門 また金がほしいのなんのと言うのだろう。この金仲屋に遊び金はビター文ない。

 万七 お金の話じゃありません。

 金左衛門 オットそれなら聞くだけ聞こう。

 万七 私にも妹にも好きな人が出来ました。

 金左衛門 いやいやいや、まてまて。そのハナシならわしから先に言っておく。このあたりにお舟という綺麗な女子(おなご)がおる。万七、おまえ、見たことはないか。

 万七 ありますとも! 気立てのやさしい可愛い人で、じつは父さん……私はその…..

 金左衛門 そうか、気立てがよくて可愛いか。フフフフ……じつはそのお舟に、わしゃぞっこん参ってな、ちかぢかそのお舟と婚礼をするつもりじゃ。

 

 聞いて万七へたり込み、

 

 万七 まさか! まさか、じつの親父が恋仇とは知らなかった。あのお舟さんとは言葉こそ交したことはないけれど、若い男女に言葉はいらぬ。互いに見交す目と目で、あの人も私を好いていてくれ、私もあの人を好いている、と納得ずみ。ああ、それなのに……

 金左衛門 これ万七、どうした。何をぶつぶついっているのじゃ。

 万七 ……なんだか急に目まいがして来た。すこし横になってきます。

 

 万七、しおしお奥へ泣きに行く。金左衛門は見送って、

 

 金左衛門 なんだ、あいつ()。親をにらんで行きおった。親をにらむと(ひらめ)になるというコトワザを知らぬらしい。さて、こんどはお高、おまえの話だが……

 お高  父さん、わたしにも前々から好きなお方が……

 金左衛門  聞かんでもいいわ。どうせおまえはそいつのところへは嫁入り出来ぬ。

 お高 な、なぜ?

 金左衛門 お高、おまえは京屋徳右衛門さんところへ後妻に入ることになっている。

 お高 ええッ?

 金左衛門 この江戸でちかごろめきめき身代をふやしてらっしゃる呉服問屋じゃ。金はある、分別もある。邸もあるし、才覚もある。ないのは抜目ぐらいのものじゃ。

 お高 いやいやいや!

 金左衛門 年も未だ若い。なにしろ、わしと同じ年じゃからな。

 お高 父さん、それだけは勘弁して。

 金左衛門  いや、娘や行くのだよ。まさかお高、この親にそむいて親の首に縄をつけるような真似は困るぞ。親の意見と冷酒はあとでじんわりきいてくる。親の意見とするめの足は、噛めは噛むほど味がでる。

 

 と、金左衛門「親の」「親の」と親の押売り大安売り。親の悪いと味噌の悪いは直しようがないというコトバ、知ってか知らずか、そっくり返って奥に入る。跡には高が憂き思い、

 

 お高 いまごろは行平さん、どこにどうしてござろうぞ。

 

 と、お園もどきにかきくどく。

 

 行平 いまごろはこの私、ここにこうしてハイございます。

 

 と、立ちいでしはこの()の番頭行平。

 

 行平 お嬢さん、はなしは残らず聞きました。

 お高 どうしよう、行平さん。お高の心はかけらも余さず、行平さんの胸に預けてあるのに。父さんは、京屋とやらへ後妻に入れというの。

 

 と、寄り添えば、  

 行平  お気遣いなさいますな、お嬢さん。京屋との話が破談になるような駈引を見つけましよう。

 お高  そりゃ行平さんは算盤(そろばん)上手の番頭さん、掛けたり引いたりのカケヒキも、()したり割ったりのタシヒキも、得意でしょうけれど、もしもうまくいかないときは?

 行平  ハテ心配無用。もうひとつのカケ算がありますよ。カケオチカケオチというやつが。

 

 とて、二世(にせ)を契りし妹背鳥(いもせどり)、手をトリ合うこそ哀れなれ。

 

 

  昼の段

 昼、引潮の大川の、親巣はぐれた羽抜け鳥、一羽二羽庭に迷い込み、親呼ぶ血の声血の涙、聞くにつけても万七は、

 

 万七 如何(いか)に無体な父であれ、父がおらずば子はおらず、三千世界にだれひとり、親の代りはできやせぬ。それにしても、お舟は(おやじ)と暮して仕合せになれるかしらん。

 お舟にはこの万七という導きの潮が要る。ああいるいる……とはいうものの真実親を捨て切れるかしらん? ウウウ恋か親か。親か恋か。どっちだどっち?

 

 右か左か二筋道、心は千々に散りぬるを、ういの父山越えようか、けふ恋の川渡ろうか、右折左折を決めかねているところへ、息せき切って手代の豆助、

 

 豆助 若旦那、若旦那、金を用立ててくれるという人が見つかりました。

 

 と、注進すれば、

 

 万七 おお、うれしや世の中は、捨てる親あれば拾ってくださる他人あり。その三十両を手にお舟さんに胸の想いを打ち明けて、どこかで世帯を持つことにしよう。三十両貸してくれる人がいたは、それこそ"恋を選べ"という神仏のお告げ。コレ詳しく話せ。

 豆助 ハァ。駒形で(よろづ)周旋業で世を渡る大貫(おおぬき)親方というのがおりまして、この大貫親方が金を貸す人を見つけてくれました。

 万七 おれの名前は伏せておいてくれたか?

 豆助 エエ、金仲屋の若旦那ともあろうが、三十両ぽっちの金を他所(よそ)から借りなきゃ、なんて、あたしども奉公人にとっても恥。これっぽっちも出しゃしません。

 万七 で、利息は?

 豆助 年五分五厘。

 万七 まアまアだ。

 豆助 ただし、金を貸してくださる方が申されるには、いま三十両の手持ちがなく、よそから月二割で借り入れなきゃならない。その二割の方も若旦那に払っていただきたい……

 万七 すると年に二十四割五分五厘か! 三十両が一年で……ざっと七十四両! 法外なはなしだ。

 豆助 それから、先方がおっしゃるには、現金は二十五両しか渡せない。残りの五両は品物で、というこって。(カヤ)の将棋盤に黄楊(つげ)の駒、鱗形屋(うろこがたや)板絵草紙(ばんえぞうし)数十、ぽるとげるカルタ一組に引き手の取れし(ふすま)が二枚、香炉香箱桐箪笥、剃刀(かみそり)床凡(とこぼん)煙草盆、三味線横笛大太鼓、ドンドンテケツンピーヒャララ、オピートヒャララ、テケドン、テドンドーン。これにお神輿(みこし)でも付きゃ、家の中で毎日お祭が出来ますぜ。

 万七 高利貸め! 強盗め

 

 と、万七は両の拳を握りしめ、

 

 万七 たかだか一両ほどのがらくたを、五両で引取らせようってエのかい。その胴慾者はどこのどいつだ?

 

 折りから奥の座敷より、金左衛門とひとりの男、ひっそとあらわれ、ひそひそ談合。手代豆助庭先から、男を眺め、

 

 豆助 ヤヤヤヤ!

 (しん)の臓どっきり膝がっくり。

 

 豆助 こりゃ一体どうなっているんだ。大旦那様とひそひそ話、している御仁(ごじん)こそ、大貫親方……

 

 と呆れ(かえる)()(かむり)、素知らぬ振りして窺えば、大貫親方、金左衛門に、鼻高々の得々声で、

 

 大貫親方 金を借りようという若者は、大旦那と同じで、名を明しません。ですが使いの者の話では、母親はおらず、父親……これがひどいしみったれだそうで……このしみったれの方も寄る年波。もう半年も()つまいという老いぼれだとか。父親がめでたくなればすぐにも身代そっくりその男のものになる故、そのときは元利(がんり)耳を揃えてお返しする、といっておりましたよ。

 金左衛門 ……それならわしもその老いぼれ様がはやくおめでたくなるように、観音様に願でもかけるか。

 

 と金左衛門の軽口に、大貫親方は「アハ・ウフ・エヘ・オホ」と追従(ついしょう)笑い。笑う内にふと豆助を見て、「ヤヤヤ?!」笑った口が(ふさ)がらぬ。

 

 大貫親方 あんたはさっきの豆助さん。あんたのいってた若旦那……父親がひどいしみったれとかいう方、それはそちらだね。……若旦那、こっちへお上んなさいまし。

 金を貸して下さるのはこちら、金仲屋の大旦那で、

 

 知らぬが仏の親方は、実の親子を引き合せたり。金左衛門は庭へ跳び降りて、

 

 金左衛門 この親不孝者めが! わしのことを半年たらずでおめでたくなると、いったのはおまえか!

 

 と、握りかためし拳で万七の眉をばっしり。

 

 万七 アイタ……。父さんこそ胴慾な! 年に二十四割もの利子を取るなんて、ああもう人間様のやることではない。人間の皮を着た鬼のやることだ。

 金左衛門 おまえこそなんじゃ。親にかくれて三十両もの大金を借りるとはこの金仲屋をつぶす気だな。この無駄遣い野郎め! ああもう人間様のやることではない。人間の皮を着た怠けものの馬のやることだ。どこへでも行くがいい!

 

 と、金左衛門、万七の胸をもろ手づき、ハッタとにらみしその形相(ぎょうそう)悪鬼羅刹(あっきらせつ)も虫起し、ひきつけるかと思われて、閻王(えんおう)を見る心地ぞせり。万七心に思うには、

 

 万七 これがまことの親なのか。この()身代(しんだい)千万両、有金のこらず冥途(めいど)の土産に持って行ける訳ではなし、どうしてこんなにケチなのか。

 

 万七、涙せき上げながら、一歩入っては恨みがましく振り返り、二歩入ってはこれが親かと見返して、振り返りつつ見返しつつ、思い悩みつ立ち煩い、ようよう、奥へ()りにけり。後に残りし金左衛門、伜の悩み親知らず。

 

 金左衛門 フン久しぶりに灸をすえてやった。これで当分無駄遣いはすまいて。

 

 と、一人合点の煙草を一服、スッパスッパと喫いながら、庭先見やる彼方より、口きき世渡りお梶婆、がらがらべつたんからころり、派手な駒下駄はき鳴らし、金左衛門にすり寄って、

 

 お梶 もうしもうし、大旦那。

 

 猫なでるように声かける。

 

 金左衛門 おお、お梶。お舟の母御に話は通したか? で、お舟はこの金左衛門の後添いに来てくれそうか。これ、首尾はどうじゃ。

 お梶 ええ、そのことならば大旦那、

 

 と、お梶は胸をぽんと(たた)き、このお梶にまかして(ヽヽヽヽ)おけさの盆おどり。

 (発唱記号)ハア…………

 佐渡へ佐渡へと草木もなびくよ、

 アリャアリャさ

 とお道化(どけ)ついでに佐渡おけさ、笛も太鼓もなけれども、太鼓のかわりに太鼓判、捺してお梶は安請合。

 

 お梶 お舟さんのおっかさんも玉の輿だと大よろこび。

 金左衛門 そりゃよかった。ときにお梶さん、お舟は年に三十両の持参金つきだと聞いたが、あれは本当だろうね。

 お梶 ええ、そりゃもう。まず、あのお舟さん、たいへんつつましく育ちましてね。いつも、一汁一菜、間食(あいだぐ)いもしません。これで(ほか)の娘さんより、年に十両はかかりがかからずにすみますよ。また、あの年頃の娘なら、だれでも着物やかんざし紅白粉に夢中になるものですけれど、お舟さんはそりゃ質素。着たきり雀でけっこうなそうで、これでまた年に十両節約。もうひとつ、女の子なら、だれでも好きなお芝居見物がお舟さんは大嫌い。これで他の娘さんより十両お得。しめて三十両のお得……

 金左衛門 馬鹿にしちゃいかん! それとげんなま(ヽヽヽヽ)の持参金と話がちがう。あの()のおっかさんにできるだけたっぷり身銭(みぜに)を切ってもらいたいものだね。それからお梶さん、お舟はわしの歳を気にしてはおらなんだろうかね?

 お梶 お舟さんは若い男が大嫌いなんでございますよ。お舟さんは皺のたくさん寄ったお方ほどお好きなんだそうでございます。

 

 と、口八丁のお梶婆、口きき料を当てこんだ口から出まかせ出放題、手柄顔して高話。真ッ赤な嘘とは露知らず恋路に迷う金左衛門、

 

 金左衛門 ああ、ありがたや ありがたや おおうれし。

 礼を言うにも口吃り、足も坐らぬ踊り足。

 金左衛門 これこれ番頭、これ番頭! 今夜はお舟が逢いに来る。酒と肴の用意をしなさい。ただし、水を割って(かさ)をふやすのを忘れるな。(たい)(ひらめ)やトロマグロ、値のはる魚はいけませんよ。どの皿もこの皿も芋の煮っころがしでよい、雪花菜(おから)でたくさん、ひじきの煮付で充分じゃ。賑やかに見えればそれでよい。さア、たのみます、たのみます!

 

 と、大さわぎして気も狂乱、勝手元へと入りにけり。跡に残りしお梶婆、ハッと気がつき、

 

 お梶 ヤア、大旦那! 大旦那!口きき料、口きき料。ヤヨ大旦那、大旦那、やるまいぞやるまいぞ。

 

 と狂言もどきに騒ぎ立つ、一人はしゃぎの馬鹿らしさ、呆れ果てたるばかりなり。

 

  夜の段

 

 三五の月の影浮ぶ、池の水面(みなも)に石を投げ、お舟が憂き身の憂き思い。

 

 お舟 千々に砕けた池の月は、わたしの心の鏡だわ。母さまの老後のためによいならばと、お梶婆さんの口ききで、この金仲屋の大旦那様と、お見合いのため来たけれど、お舟はあの方のことが忘れられない。通りで一、二度すれちがっただけだけど、できることならいますぐに、あの方の胸にとんで行きたいわ。でも、飛んで行くにも翼はなし、その上いとしいお方の名も知れず。

 

 涙の露や恋慕の霞、瞑々朦々朧々(めいめいもうもうろうろう)と、見えて見えざる池の(おも)の、月に口説くも哀れなり。かかるところへお梶婆、金左衛門を打ち連れて、奥より座敷へ立ち(いで)て、

 

 お梶 ア、コレ、お舟さん、座敷へおあがりな。こちらがこの()の大旦那、金左衛門様ですよ。

 

 と、とっておきの招き声。金左衛門は年甲斐もなく、胸わくわく汗だくだく。

 

 金左衛門 お舟さんとやら、わしが金左衛門じゃ。聞けばお舟さんは年寄が好みだとか、じつに結構なことじゃ。下世話(げせわ)にも亀の甲より年の功といって、なにかのときには若い者より頼りになるわ。

 

 と金左衛門、急ぎ庭下駄つっかけて、庭の飛び石ちょこちょこぴょん、跳んでお舟の傍に立ち、無理に手を取り身を寄せる。折柄そこへ入り来たる万七を金左衛門、扇子打ちふり招き寄せ、

 

 金左衛門 これ、お舟さん、うちの伜と娘を引き合せよう。わしの子だということは、あんたの子どもでもあるわけじゃ。ひとつよろしゅうたのみますぞ。

 

 お舟の手を引き座敷まで、お梶のごますり口三味線に、乗って道行と洒落(しゃれ)にけり。お舟は万七のそばに三ツ指ついてねんごろに、

 

 お舟 不束者(ふつつかもの)でございます。

 

 と、手をつき、頭をあげて、ハッと息呑み、思わず見合わす顔と顔。

 

 お舟 アレマ、あなたは恋しくてならぬと思いこがれていたお方、ここでひょっこり出逢うとは、まさか夢では……

 

と、ただ眺むれぱ、万七もお舟の手を取って、

 

 万七 おお! おお! おお!

 

恋しいと飛び立つ胸も人目に立つが関、胸押し鎮め押し鎮め、心をくだき折々に、目と目で語るも恋なれや。金左衛門、なんの気もつかず、

 

 金左衛門 めでたい、めでたい、さア酒じゃ。

 

 と、水割酒を二、三杯。日ごろはケチで酒たしなまぬ金左衛門、水割酒で()で立て章魚(たこ)よりなお真ッ赤、座興のつもりでひとうなり。

 

 金左衛門 (発唱記号)めしは炊けたか肴はまだかいな。

 

 みなその鴉声(からすごえ)に呆れ果て、耳を塞いで興ざめ顔。かかるうちにも万七とお舟、しめし合わせて庭に降り、三五の月の雲かげに、隠れし闇をさいわいに手と手を結びひとつ影。

 

 万七 お舟さん。

 お舟 アイ、万七さん。

 万七 逢いたかった。

 お舟 私も──!

 

 と、声を立てずの隠し泣き、うれしうれしき涙なり。されど無情な夜の雲、この時月の雲晴れて、昼をあざむく月あかり。金左衛門は抱きあう二人を見て驚き、持った盃バッタと落し、

 

 金左衛門 やいこら万七、わしには女房、おまえには母親。そのお舟に怪しい振舞い。いったい、どうしたのだ?

 万七 じつは父さん、このお舟さんこそは、かねてより一目惚れの恋しいお人。お舟さんもわたしを好いていてくれます。二人は一緒になるつもりです。

 

 というのに金左衛門、びっくり仰天気も顛倒。

 

 金左衛門 この泥棒め、とっとっと出て行け!

 

 と、金左衛門、行きつ戻りつ歯がみをなし、拳を握り立ったりしが、さすがに深き恋の傷、思わず胸に手を当て、お梶に支えられ、よろよろ奥へと去りにける。残るは万七お舟と空の月。

 

 万七 お舟さん、こうなったら、無一文でも二人でどこかで世帯を持ちましょう。

 お舟 ええ、いいわ。

 とお舟、真顔でうなずく頼もしさ。折りふし庭に人音して、現われ出でたるは手代の豆助。

 豆助 若旦那、やりましたね。ひとつ横丁に小店でも出して仲良くやって下さいな。

 万七 豆助、小店を出す金があるなら苦労はないさ。

 豆助 そうですかね。ヘッヘッヘ、若旦那、この豆助が思うには、若旦那はお金の上に立ってらっしゃるように見えますがね。

 

と、豆助は手にした棒で土を掘り、

 

 豆助 大旦那がここに金壷を埋めてらっしゃるのを見たことがあるんでさ。おっと、これこれ、これがその金壷、中に小判がザクザクザク、三百両。

 

 と、万七に手渡せ.は、万七金壷押しいだいて、

 

 万七 豆助、おまえのこの忠義は一生忘れはしないぞ。

 

 と、万七は右手(めて)に金壷、左手(ゆんで)にお舟、手代豆助先に立て、木戸の(かた)へと去りにけり。

 入れ代りて表木戸、こっそり開けて庭に()る、男と女の二人影。女の影はこの()の娘お高、そして男は番頭行平。

 

 お高 もうすぐ京屋の徳右衛門という方が来るころだわ。見も知らぬ京屋さんとやらへ後妻に行くのは真ッ平。兄さんにならってわたしも家を出ます。行平さんも一緒に来てくれるわね?

 行平 待って下さい、お嬢さん。むろん、お嬢さんとならばどこへでもこの行平ついてまいります。けれども、このわたしには先立つものがありませんし……

 お高 先立つものというのがお金なら、この地面の下に三百両はあるわ。

 行平 えええ、まさか?

 お高 父さんの虎の子よ。金壷を埋めているところを見たことがあるの。持参金のかわりにもらって行きましょうよ。

 

 と、勝気なお高、腰を下ろして四ツんばい、素手で土掘る勇しさ。かかるところへ金左衛門、庭の人声怪しみて、奥より(いで)てびっくり仰天!

 

 金左衛門 こら、お高、何をしておる! ま、まさかお前、わしの金壷を?

 お高 ええ、父さん持参金がわりにもらって行こうと思ったの。わたし、この行平さんと世帯を持つの。

 金左衛門 ア、コレ、尻軽め!

 お高 なんとおっしゃろうと、わたしは平気よ。でも、父さん、いくら掘っても金壷はないわ。いったい何処へかくしたの?

 

聞いて金左衛門はまたびっくり、裸足(はだし)で庭へ飛びおりて、穴をのぞいて腰抜かし、立とうと思えど腰立たず、野良犬よろしくはい廻り、豆助の捨てた棒を見つけ、

 

 金左衛門 あっ、棒じゃ。棒の先に泥がついとる。泥のついた棒……! おお、こりや泥棒じゃ! 泥棒! 泥棒! 泥棒! みんな来てくれ、泥棒じゃ!

 

 と、声を限りに呼ばわれば、手代に番頭、女中に針女、のこらず庭につめかけたり。中に万七とお舟、せめて家を出るならばと、着換えの肌着下着の類、持ちて出でんと唐草(からくさ)の大風呂敷に包み込み、かついで立つのもおかしき光景なり。金左衛門、一同を()め廻し、

 

 金左衛門 みなを呼び集めたのは泥棒に逃げられてはいかんと思ったからじゃ。金壷泥棒はもう見当がついとる。泥棒は番頭の行平じゃぞい。こいつはわしから娘のお高を盗みだそうとしたのじゃ。つまり盗み癖があるということじゃ。人間を盗むぐらいじゃから金も盗むはずじゃ。じゃじゃじゃじゃじゃによって、こいつがあやしいと思うのじゃ。

 

 折りも折り、そこへ来たるは京屋徳右衛門、いま売出しの呉服問屋。

 

 金左衛門 おお京屋さん、これは良いところへ見えられた。これなる男は番頭行平、京屋さんに差し上げるつもりの娘のお高とわしの虎の子の三百両を、盗もうとした悪い奴で。

 

 と、口汚くののしれば、さすがに行平こらえ兼ね、

 

 行平 大旦那、いかになんでもそれはひどいおっしゃりようです。それなら申しますが、これでもわたしは、長崎では指折りの大店(おおだな)の、長崎屋徳兵衛の忘れ形見、ちゃんとしたしつけを受けてそだったつもりです。

 

 と、歯切(はぎし)りきりきり口惜し涙。このとき、京屋進み出て、

 

 京屋徳右衛門 行平さんとやら、あなたがいま名をあげた長崎屋徳兵衛という男は十六年前、妻と子どもともろともに駿河灘で溺れ死んだはず。もっともらしいつくり事を並べても駄目じゃ。

 行平 ところが京屋さんとやら、二人の子どものうち、上の男の子、つまりこの私だけが、駿河の漁師にたすけられ、命を長らえていたのです。この守り袋がその証拠。

 

 と、行平は(あわせ)の襟かっぱと押し開げ、金らんどんすのお守りを京屋に見せて、

 

 行平 このお守りに、長崎屋徳兵衛一子行平、と糸で縫いとってあります。

 

 といえば、お舟が行平にすがりつき、

 

 お舟 お兄さん! あなたこそわたしのお兄さんよ。わたしも同じお守りを持っています。このお舟と母さまも伊豆の漁師にすくわれました。

 京屋徳右衛門 それならそなたたちがわたしの息子と、娘じゃよ。わたしが長崎屋徳兵衛、おまえたちの実の父じゃ。

 

 コレコレ見やと、京屋徳右衛門、ふところより同じ形のお守りを出せば、行平お舟のみならず、一座の者、わっと驚く。

 

 京屋徳右衛門 わたしもあの嵐の海から命をひろったのじゃ。母さんやお前たちは死んだと思い、長崎へ帰ったが、留守の間に商売仇たちがわたしの店をとりつぶしてしまっていた。そこでわたしは江戸へ来て呉服問屋をはじめた、京屋徳右衛門と名を変えてな。子どもたちよ、もう決して離れまいぞ。

 

 と、抱きしめれば、さすが親子の情愛に包みかねたる溜め涙、あふれて落ちて涙川。一座のものも三人の心を推して諸共に貰い涙にくれにけり。ただひとり金左衛門、あたりきょろきょろ見廻して、

 

 金左衛門 わしも金壷にめぐり逢いたい。どこじゃどこじゃ。

 

 と、這い廻れば、万七肩に負う風呂敷包みより、例の金壷とり出し、

 

 万七 父さん、金壷は返します。そのかわり、お舟さんをあきらめてくれますね。

 

 と、いいつつ手渡せば、金左衛門、ひしと金壷抱きしめて、  

 金左衛門 金壷よ、もう決して離れまいぞ。

 

 と、京屋の口真似に、各々どっと打ち笑う。

 

 京屋徳右衛門 コレサ、金左衛門さん、若い者は若い者同士が一番。お舟はあなたの息子さんと、お高さんはわたしの息子と、一緒にしてやることにいたしましょう。ナ、よかろうがの。さア、これで両方の父親が承知した。この吉報を妻に知らせてやらずばなるまい。お舟、母さんのところへ案内しておくれ。

 

 と、先に立って表木戸、出れば一座の者どもも、列をなしつつ付き従い、あとに残るは金左衛門ただひとり。

 

 金左衛門 やれやれ、金壼どの、これでようやく二人きりになれたのう。人間の娘に恋をするのはもう真っ平。恋の相手は金壷どの、やはりそなたに限るわい。

 

 と、金左衛門、虎の子壷に頬ずりしつつふと気づき、

 

 金左衛門 おお、もったいなや座敷に二本もローソクが、

 

 と、うち一本をふき消してまた思うには、

 

 金左衛門 月がこんなに明るいのに、ローソクともすのがそもそも無駄というものよ。

 

 と、残る一本(ひとつ)も吹き消してようよう胸をなでおろす。

 

 ローソク惜しんで(ろう)ケチ染め、着古し、つぎ当て、市松(いちま)模様、丹前ひどい呉服屋のボロ錦、袖摺りへらした着たきり雀、年柄年中(ねんがらねんじゅう)ピーチクピーピー、ケチもここまで徹すれば尽す(ことば)もなかりけり。

 

──了──

 

 

遅筆堂文庫

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
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井上 ひさし

イノウエ ヒサシ
いのうえ ひさし 小説家・劇作家 1934・11・17~2010・4・9 山形県に生まれる。第14代日本ペンクラブ会長 直木賞受賞。

掲載作は、1972(昭和47)年度の芸術祭参加作品(ラジオ音楽部門)として同年夏NHK近畿本部芸能局で制作された義太夫節台本で、翌年3月にはテレビ文楽として放映された。

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