水の私語
眠れねば青ついばみて蕗の薹
蕗の薹淡き予感と
おぼつかな蝶の生誕目守りぬ
息かけて鏡の春と擦れ違ふ
如月や芯から荒らぐ息のなか
女芯いま春の怒濤へ声洩らす
はかなさをそつと小袋二月尽
野焼きの尾ちぎれて恋の炎を拾ふ
おろかさの限りつくして草おぼろ
たましひをすこし濡らして亀の鳴く
影の世に見えぬ手をひく野の遊び
蝶となり狂ふすべあり「天の病む」
風光る
春曙あなたの耳を飼ひならす
あをじろき流離
足跡のみな濡れてゐる母のうりずん
内裏雛この世の遊び見てしまふ
涅槃図を見て月光に身を入るる
玻璃の窓磨く春の日磨かむと
剃刀のつま先立ちぬ花の冷え
始祖鳥の光体となる花の夜
神馬見し
陽は雲の少し先行く桜かな
花冷えや濡れてくぐもる指の渦
花の舞ひ花の遊べるされかうべ
また少し花に近づく観覧車
薄墨の色とこしなへ花の邑
陽のこぼつ金をこぼしつ雀の子
日常の誤差にまみえし遠蛙
青と言ふはづれの息のしゃぼんだま
ふらここや空の何処まで明日と言ふ
遺伝子をそつと光らせ母子草
心音に少し後れて春の灯
陽炎の膝を崩して嗤ひ出す
若鮎や微熱の月に跳びあがる
青くさき腹の一物上り鮎
蛤の砂を噛みたる思ひあり
百千鳥言葉
遁世のこころ椿を見失ふ
逃げ水を追ふ静かに滅びさせよ
花の夜回転木馬人攫ふ
会釈してみどりの日には
夏の朝鏡の中へ少女発つ
初夏のこぼせし蒼を息とせり
余花残花昔を今に遠会釈
白亜紀へ砂漠の薔薇を採りにゆく
マンモスの影がみどりに創世記
身の家紋裂きての飛翔天道虫
水捨てて水の炎となる噴水
向きかへて別の歩みの蟻の列
実朝といふ遠輪廻牡丹崩る
鯉幟背筋際だつ木曾の空
鯉幟眼から鱗の落ちてきそ
桐の花さびしき人の身を翳す
夭折の王の眠りや矢車草
欠け色の夢のうちそと姫蛍
碧落のかの飛行士や濃紫陽花
蛍追ふこの世の明かり消えたはず
水中花水へ洩らせぬ言葉かな
危ふさに遊ぶ一縷の蛇の衣
心ゆくまでの破壊す羽抜鳥
羽抜鳥生きて途方に暮れゐたる
罌粟坊主肩の力を抜いてみよ
空蝉の背にはらいその青の傷
胸に手を置いて地球の殻の蝉
屈葬と心決めをり蝉の殻
空蝉の双手さびしき夢十夜
油蝉乾坤一擲含み鳴く
ひと泡を吹かせてあいつ金魚玉
るいるいと巨き向日葵の火刑台
狂王の砂で占ふ朱夏の宮
花氷追ひつめられてゐてひとり
夕焼けを追うて還らぬひとのこと
幻の白鯨見しや沙羅の花
鮎翔んで二日の月と化したるか
今生は生臭くあれ蝸牛
青胡桃ほろりと落ちて静謐
レース編む風の隙間に指をかけ
髪洗ふ背ナに溢るる水の私語
羅や
灼きたくば爪に火加減茄子の花
夜濯ぎと言ふ真実のころがりぬ
アセチレン
引込み線ガタリと悪意つのる夏
幻聴の未知の係数蜘蛛の糸
人間の罪の匂ひの青林檎
鋭角に宙を
天使像みな上を向く月見草
誰にともなく一礼す白き百合
それとなく魂すいと秋蛍
モノクロの記憶こぼちて敗戦忌
蜥蜴の尾するりと抜けて敗戦日
反骨の魂のささくれ蕎麦の花
死ぬまでの遊びをせんと
鼻濁音効かせてあいつすがれ虫
襖絵の神仏一処きりぎりす
鳳仙花魂放埒に
闇といふ壺中に醒めて鉦叩く
野にあるを野にこそ告げよ女郎花
哀しみのかつて葉たりし草雲雀
名月の揺れに膨らむ埴輪の眼
薄様の手漉きの和紙に秋ぞ一滴
後書きの一行あとの曼珠沙華
首細き男の嘘を抱く竜胆
カンナ咲くにぎにぎしきは夜の嫉妬
致死量の愛を貪る雌蟷螂
死ぬほどの赫知らないか曼珠沙華
秋蝉や泣けば狂ふに少し似て
終章の傷を匂はせ白き桃
貝割菜さらりと茹でて明日未定
風やみし時コスモスの真顔なる
秋思ふと白い手紙を書きました
うつし世に背中合はせの鰯雲
魂もみんな
襖絵の銀の剥落後の月
微熱もつ月の分娩見てをりぬ
跳び箱を跳んで明日の月となれ
秋雲をうつかり呑んで象の鼻
烏瓜最後の万歳誰にする
大和うるはし銀杏黄葉の男舞
完璧な珠と信じて芋の露
菊人形心の奥
黒髪のふはりと霧の向かう側
指の反り早くも見せて花八つ手
針の目を駱駝の抜ける神の留守
枯蓮や
垂直に墜ちし天使や冬菫
歩まねば人遠くなる枯野かな
たらちねの母よ天のまほろに雪降るや
言の葉のゆきて帰らぬ浪の花
振り向けば水の匂ひの雪女郎
霜枯れや百夜通へば卒塔婆小町ぞ
身を打ちしより負け独楽の炎となれり
枯蓮や地獄に耳のありしこと
かいつぶり
水鳥の尻の真ん中暮れてゐる
折り箱の底上げ土産一葉忌
ちひさこべ暗みに帰し冬座敷
晩節のしづる重さや雪だるま
鷹の眼の金の氾濫さびしめり
凍鶴や身ぬち翳れば透きとほる
木菟鳴くも祈りや闇の息一寸
浮寝鳥ときどき夢に躓いて
おぼつかな態の海鼠を裏返す
まほろばの
ポッペンを吹きてこの世を膨らます
日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2010/08/02
背景色の色
フォントの変更
- 目に優しいモード
- 標準モード