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『わが詩をよみて、人死に就けり』ほか

目次

 『道程』(大正3年)より

  冬が来た

きつぱりと冬が来た

八つ手の白い花も消え

公孫樹(いてふ)の木も(ほうき)になつた

きりきりともみ込むやうな冬が来た

人にいやがられる冬

草木に(そむ)かれ、虫類に逃げられる冬が来た

冬よ

僕に来い、僕に来い

僕は冬の力、冬は僕の餌食(ゑじき)

しみ透れ、つきぬけ

火事を出せ、雪で埋めろ

刃物のやうな冬が来た

  道 程

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、自然よ

父よ

僕を一人立ちにさせた広大な父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ

この遠い道程のため

この遠い道程のため

 『智恵子抄』(昭和16年)より

  人 に

いやなんです

あなたのいつてしまふのが――

花よりさきに実のなるやうな

種子(たね)よりさきに芽の出るやうな

夏から春のすぐ来るやうな

そんな理窟に合はない不自然を

どうかしないでゐて下さい

型のやうな旦那さまと

まるい字をかくそのあなたと

かう考へてさへなぜか私は泣かれます

小鳥のやうに臆病で

大風のやうにわがままな

あなたがお嫁にゆくなんて

いやなんです

あなたのいつてしまふのが――

なぜさうたやすく

さあ何といひませう――まあ言はば

その身を売る気になれるんでせう

あなたはその身を売るんです

一人の世界から

万人の世界へ

そして男に負けて

無意味に負けて

ああ何といふ醜悪事でせう

まるでさう

チシアンの画いた絵が

鶴巻町へ買物に出るのです

私は淋しい かなしい

何といふ気はないけれど

ちやうどあなたの下すつた

あのグロキシニヤの

大きな花の腐つてゆくのを見る様な

私を棄てて腐つてゆくのを見る様な

空を旅してゆく鳥の

ゆくへをぢつとみてゐる様な

浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ

はかない 淋しい 焼けつく様な

――それでも恋とはちがひます

サンタマリア

ちがひます ちがひます

何がどうとはもとより知らねど

いやなんです

あなたのいつてしまふのが――

おまけにお嫁にゆくなんて

よその男のこころのままになるなんて

  樹下の二人

    ――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――

あれが阿多多羅山(あたたらやま)

あの光るのが阿武隈川。

かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、

うつとりねむるやうな頭の中に、

ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。

この大きな冬のはじめの野山の中に、

あなたと二人静かに燃えて手を組んでゐるよろこびを、

下を見てゐるあの白い雲にかくすのは止しませう。

あなたは不思議な仙丹(せんたん)を魂の壺にくゆらせて、

ああ、何といふ幽妙な愛の海ぞこに人を誘ふことか、

ふたり一緒に歩いた十年の季節の展望は、

ただあなたの中に女人の無限を見せるばかり。

無限の境に烟るものこそ、

こんなにも情意に悩む私を清めてくれ、

こんなにも苦渋を身に負ふ私に爽かな若さの泉を注いでくれる、

むしろ魔もののやうに(とら)へがたい

妙に変幻するものですね。

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

ここはあなたの生れたふるさと、

あの小さな白壁の点点があなたのうちの酒庫(さかぐら)

それでは足をのびのびと投げ出して、

このがらんと晴れ渡つた北国(きたぐに)の木の香に満ちた空気を吸はう。

あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、

すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。

私は又あした遠く去る、

あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、

私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。

ここはあなたの生れたふるさと、

この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。

まだ松風が吹いてゐます、

もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。

あれが阿多多羅山、

あの光るのが阿武隈川。

  人生遠視

足もとから鳥がたつ

自分の妻が狂気する

自分の着物がぼろになる

照尺距離三千メートル

ああこの鉄砲は長すぎる

  千鳥と遊ぶ智恵子

人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の

砂にすわつて智恵子は遊ぶ。

無数の友だちが智恵子の名をよぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

砂に小さな(あし)あとをつけて

千鳥が智恵子に寄つて来る。

口の中でいつでも何か言つてる智恵子が

両手をあげてよびかへす。

ちい、ちい、ちい――

両手の貝を千鳥がねだる。

智恵子はそれをぱらぱら投げる。

群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。

ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――

人間商売さらりとやめて、

もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の

うしろ姿がぽつんと見える。

二丁も離れた防風林の夕日の中で

松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。

 太平洋戦争中の詩

  十二月八日

記憶せよ、十二月八日

この日世界の歴史あらたまる。

アングロ サクソンの主権、

この日東亜の陸と海とに否定さる。

否定するものは我等ジャパン、

眇たる東海の国にして、

また神の国たる日本なり。

そを(しろ)しめたまふ明津(あきつ)御神(みかみ)なり

世界の富を壟断するもの、

強豪米英一族の力、

われらの国において否定さる。

われらの否定は義による。

東亜を東亜にかへせといふのみ。

彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり。

われらまさに其の爪牙を摧かんとす。

われら自ら力を養いてひとたび起つ。

老若男女みな兵なり。

大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。

世界の歴史を両断する。

十二月八日を記憶せよ。

  真珠湾の日

宣戦布告よりもさきに聞いたのは

ハワイ辺で戦があつたといふことだ。

つひに太平洋で戦ふのだ。

詔勅をきいて身ぶるひした。

この容易ならぬ瞬間に

私の頭脳はランビキにかけられ、

昨日は遠い昔となり、

遠い昔が今となつた。

天皇あやふし。

ただこの一語が

私の一切を決定した。

子供の時のおぢいさんが、

父が母がそこに居た。

少年の日の家の雲霧が

部屋一ぱいに立ちこめた。

私の耳は祖先の声でみたされ、

陛下が、陛下がと

あへぐ意識に(めくるめ)いた。

身をすてるほか今はない。

陛下をまもらう。

詩をすてて詩を書かう。

記録を書かう。

同胞の荒廃を出来れば防がう。

私はその夜木星の大きく光る駒込台で

ただしんけんにさう思ひつめた。

  彼等を撃つ

大詔(おほみことのり)ひとたび出でて天つ日のごとし。

見よ、一億の民おもて輝きこころ躍る。

雲破れて路ひらけ、

万里のきはみ眼前(まなかひ)にあり。

大敵の所在つひに(あば)かれ、

わが向ふところ今や決然として定まる。

間髪を容れず、

一撃すでに敵の心肝を寒くせり。

八十梟帥(やそたける)のとも遠大の野望に燃え、

その鉄の牙と爪とを東亜に立てて

われを囲むこと二世紀に及ぶ。

力は彼等の自らたのむところにして、

利は彼等の搾取して飽くところなきもの。

理不尽の言ひがかりに

東亜の国々ほとんど皆滅され、

宗教と思想との摩訶不思議に

東亜の民概ね骨を抜かる。

わづかにわれら明津(あきつ)御神(みかみ)の御陵威により、

東亜の先端に位して

代々(よよ)幾千年の練磨を経たり。

わが力いま彼等の力を撃つ。

必勝の(ぐん)なり。

必死必殺の剣なり。

大義明かにして惑ふなく、

近隣の(とも)救ふべし。

彼等の鉄の牙と爪とを撃破して

大東亜本然の生命を示現すること、

これわれらの誓なり。

霜を含んで(よる)しづかに更けたり。

わが同胞は身を捧げて遠く戦ふ。

この時(つくえ)に倚りて文字をつづり、

こころ感謝に満ちて無限の思切々たり。

[評論]戦争と詩

 すでに戦争そのものが巨大な詩である。しかも利害の小ぜり合ひのやうな、従来世界諸国間で戦はれたいはゆる力の平衡化のためのやうな底の浅い戦争と事変り、今度の支那事変以来の大東亜戦争の如きは、長きに亙る妖雲の重圧をその極限において撥ねのけるための己むに己まれぬ民族擁護の蹶起であり、皇国の存亡にかかはる真実の一大決戦であり、肇国の公大なる理念に基づいて、時にとつての条約や規約ばかりを重んじて更に根帯の道義を重んじない世界の旧秩序を根本的に清浄にしようといふ皇国二千六有余年の意義を堂々と天下に実現するための聖戦であつて、この内に充ち満ちた精神の厚さと、深さと、強さとの一あつて二なき途への絶体絶命の迸発そのものこそ即ち詩精神の精粋に外ならぬ。詩における「気」とは斯の如きものである。

 その上、戦争における現実のあらゆる断面は悉く人間究極の実相を示顕して、平和安穏な散漫時代には夢にも見られなかつたせつぱつまつた事態と決心と敢行実践とが日毎に、刻々に体験の事実として継起する。物語の中でしか以前には遭遇しなかつた人間の運命も、生死も、喜怒哀楽も、興亡盛衰も、今では一億が身みづから切実にその事実の中で起居し、実感する。一億の生活そのものが生きた詩である。一切の些事はすべて大義につらなり、一切の心事はすべて捨身の道に還元せられる。

 このやうな神聖な戦争時代には美の高度が高まり、美の密度が加はり、しかも到る処にその鋒芒があらはれ、美が人間を清浄化してゆく過程を実にしばしば目睹する。激動と静謐とは同時同刻に所在し、放胆不羈と細心精緻とは決して互に抵触せず、潜むもの行ふもの、皆その正しい部署を知り、実に大にして美である事を感知すること稀でない。わけて前線において、戦ふ将兵の消息に至つては殆ど言語に絶するものを痛感せずにゐられない。

 皇国の悠久に信憑し、後続の世代に限りなき信頼をよせて、最期にのぞんで心安らかに 大君をたたへまつる将兵の精神の如き、まつたく人間心の究極のまことである。このまことを措いて詩を何処に求めよう。

 戦争が生きた詩である時、文字を以て綴る詩が机上の閑文字、口頭の雑乱語であるやうな事があつては一大事である。戦ふ一億は真実の詩を渇望してゐる。みづから身心に痛感しながら此を口にするすべを知らない一億自身の詩に言葉を与へるためには、詩人みづからが真に戦ひ、真に行ひ、真にまことを以て刻々に厳毅精詣を期せねばならない。兵器の精鋭に分秒を争ふ時、詩人が言葉の鍛錬に寸刻も忽であつてはならない。

 詩精神とは気であるが、気は言葉に宿る。言葉は神の遣はしものである。踏み分け難い微妙な言葉の密林にわれわれもまた敢然として突入せねばならないのである。

(「日本読書新聞」昭和19年1月29日)

 敗戦後の詩

  終 戦

すつかりきれいにアトリエが焼けて、

私は奥州花巻に来た。

そこであのラヂオをきいた。

私は端坐してふるへてゐた。

日本はつひに赤裸となり、

人心は落ちて底をついた。

占領軍に飢餓を救はれ、

わづかに亡滅を免れてゐる。

その時天皇はみづから進んで、

われ現人神(あらひとがみ)にあらずと説かれた。

日を重ねるに従つて、

私の眼からは(うつばり)が取れ、

いつのまにか六十年の重荷は消えた。

再びおぢいさんも父も母も

遠い涅槃の座にかへり、

私は大きく息をついた。

不思議なほどの脱卻のあとに

ただ人たるの愛がある。

雨過天青の青磁いろが

廓然とした心ににほひ、

いま悠々たる無一物に

私は荒涼の美を満喫する。

  報 告(智恵子に)

日本はすつかり変りました。

あなたの身ぶるひする程いやがつてゐた

あの傍若無人のがさつな階級が

とにかく存在しないことになりました。

すつかり変つたといつても、

それは他力による変革で、

(日本の再教育と人はいひます。)

内からの爆発であなたのやうに、

あんないきいきした新しい世界を

命にかけてしんから望んだ

さういふ自力で得たのでないことが

あなたの前では恥しい。

あなたこそまことの自由を求めました。

求められない鉄の囲の中にゐて

あなたがあんなに求めたものは、

結局あなたを此世の意識の外に遂ひ、

あなたの頭をこはしました。

あなたの苦しみを今こそ思ふ。

日本の形は変りましたが、

あの苦しみを持たないわれわれの変革を

あなたに報告するのはつらいことです。

  わが詩をよみて人死に就けり

爆弾は私の内の前後左右に落ちた。

電線に女の太腿がぶらさがつた。

死はいつでもそこにあつた。

死の恐怖から私自身を救ふために

「必死の時」を必死になつて私は書いた。

その詩を戦地の同胞がよんだ。

人はそれをよんで死に立ち向つた。

その詩を毎日よみかへすと家郷へ書き送つた

潜航艇の艇長はやがて艇と共に死んだ。

 

 

高村光太郎記念館

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2008/11/17

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高村 光太郎

タカムラ コウタロウ
たかむら こうたろう 詩人・彫刻家。1883(明治16)年~1956(昭和31)年。彫刻家・高村光雲の長男として生まれ、わが国の彫刻や詩に多大な功績を遺したが、太平洋戦争中は日本文学報国会の詩部会長に就任し、多くの戦争賛美詩を発表。戦後、詩によって多くの若者を死に追いやった自責の念から岩手県の山村で自炊の生活を送った。初期の詩作品に見られるような人道主義的な立場を取りながらも、積極的に戦争に協力した背景には光太郎の強固な個人主義の限界を指摘する評者もある。

ここでは戦前、戦中、戦後の詩、ならびに戦中の評論を列挙することで光太郎の精神史を振りかえりたい。編輯室で付けていた『高村光太郎作品抄』という掲載タイトルを光太郎の詩一篇のタイトルを元に「『わが詩をよみて人死に就けり』ほか」に改めた。底本は主に新潮文庫に拠った。電子文藝館には高村光太郎の「暗愚小伝」と「九代目團十郎の首」が掲載されている。

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