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押切順三詩集抄

男鹿半島

オトコ達ハトホク北方ヘ出稼ギス

オンナ達ハ田ヲ作リサカナヲトル

草々茂リ今日ツユニ水陸共煙ル

 

ツユ上リ一瞬日ハ潟ト海ヲ結ビ

鷄鳴キシキリ山ト海ト水ト空氣ト

コドモ達ハ既ニソノ境ヲ知ラナイ

 

破調亂調ノ美正調ノ美

コドモ達ハ何物ヲモオソレズ

ツユバレノ海ハ靜カナレバ

尺五寸三尺ノ丸木船ヲ操リ

水平トホク海ヲユク

          (「記録」第七号 一九四一年十月〔秋季〕)

 

ある習性について

がつがつとめしをくうかなしい習性を

女房よわらうな。

子供女房のいる前で

猫背でかっさらうようにかきこむわたしを

子供よさげすむな。

うまれつきの早飯くいでもない、

あんた もっとゆっくりたべてよと女房いう、

たそがれのこの貧しい食卓をだれが奪いにくるものか、

女房子供がこのめしをうばうでもあるまい、かなしい

習性よ。

 

ながく兵隊の業を続け

おろかで臆病ものであったわたしは

生は得たがかなしい習性は残った。

女房、子供よ

おろかなわたしをわらうな。

 

残飯桶をさらった、

便所でほおばったりした、

ひとより早く

ひとより多く

鞭をおそれ 死をさけるために

くわねばならぬ、生きねばならぬ

かすめとってもくわねばならぬ

わが飯ごうにはさらにひとへらを加えたい

ひとより多くなければならぬ

ひとはわしより多くあってはならぬ

わが箸はいっそうながく

かきまわしてひときれの肉を摑みたい

細目のよこめでちょろちょろする

こんな顔もうまれつきのことか

すべてをうたがいしっとしあるいはためらい

わたしはわたしを守ろうとしては

わたしのすべてを失なっていた。

そしてまたこのどんぐりまなこ

恐怖にわたしの瞳孔はひらき続け

おののきふるえいっさいの力をなくした

 

ああ、わたしに残されたのはこんなかなしい習性ばかりだ。

礼儀正しくほがらかなわかもののわたし

そんなむかしのわたしにかえりたい、

ええ、かえしてくれかえしてくれ、

誠実、善意そして健康

 

かえせたって仕様ない

それは君の問題だと、ひとはいうけれど

わたしはあきらめはしない

かえせ、かえせ、断じてかえせと叫び続けている。

          (「コスモス」第15号 一九五〇年二月)

 

山上部落

かつてそこにはなだかい廟宇があった。

いまは烏さえとばない。

 

ふたつの国の兵隊が

かけのぼっては死に

かけおりては死に

なもしれぬ雑草に埋もれた。

 

冷たい日は霧や雲にかこまれる頂点であった。

晴れた日はいく十となく村々を数えることができた。

 

はるかとおくとおく

けむりの見えるのは汽車であるらしい。

 

夜となって

星よりもはかなくともってみえるのは

ずっとむこうのまちの灯であるらしい。

          (「処女地帯」第1号 一九五〇年五月 ガリ版印刷)

 

おみなえし

美栄(みさか)部落 台地のはじに二十戸。

開設昭和十二年、

やがては、やがてはと暮して十五年。

 

それぞれにいけがきなど生え繁り、

サナシは枝もたわわにいま実をつけている。

 

きょう ケーブル埋設作業は休み、

このひまに稲を刈る。

 

病気どりの羽みたいにぼやぼやたっている稲。

たでの花に似た穂。

刈って刈って 刈っても

ひとにぎりにならぬ稲。

 

いつしか雨となる。

けぶるようにふりしきる秋の雨。

ときおりどっと杉林をたたいて落ちる豪雨。

 

反収一石にもなるまい。

 

てんてん、稲にまじっておみなえしが咲いている。

たけたかく黄いろい花がういている。

刈りあとにも

てんてん

おみなえしの花。

          (「人間」第五号 一九五一年六月)

 

生理について

なんという生理なのだろう。

夕方、充分すましたのだったが、

たたき起されて望樓にのぼり

冷えてきた夜気にさらされていると

むんむんと排泄の気がたまってきた。

なんという僕の生理だろう

恐怖、そうかも知れない

たえきれそうもない立哨の、これから小一時間

体は硬直し、直腸ははりさけそうだ

銃をすててぬけ出してやるか

敵、刑罰、死か、それもよい

いやもう駄目 軍袴をといて銃座のわきにかがむ

越中を外して二つに折って敷く

脱糞、

神、救いよ、平和よ、満足。

腹のどこにこれだけはいっていたのだろう。

とぐろをまいて夜目にも白く湯気をあげた。

きれにくるんで城外におとそう、

壕中のやぶの中に落ちて

野犬が明日の朝まで整理してくれるだろう。

糞は、意外に重く落ちた。

なんの音だ、

異状なし、煉瓦が落ちた。

僕は殊勝に四方に目をこらし耳をすました

ふるばかりの星空、

山塊のスカイラインがおぼろげにわかる外、

地上には光りも音もなく

僕は、六月豊穰の深夜の中に居た。

僕の糞のにおいのようなのが漂っている。

          (「処女地帯」第10号 一九五二年三月 ガリ版印刷)

 

無人の村

    私のノート・花岡事件

 

山狩りの一隊は必死のおもいだった。

〝敵の退路を遮断せよ〟その号令におびえながら、

竹ヤリと日本刀をかついで山に向った。

 

捕えたのは一人の〝敵〟であった。

やせこけた男は目をつぶってじっとしていた。

 

山狩りは終った。

その一人の捕虜は

手足をしばられ一本棒につるされてはこばれた。

富士の巻狩りの絵にある

あのいのしし(ヽヽヽヽ)みたいにだ。

 

部落の兵卒たちは棒をかついで山をおりた。

うす目をあけておれを見ている、と

部落の兵卒はしきりに棒かつぎを交代した。

親方衆は威勢よく刀をならしては

狸汁だ、狸汁だ、とわめいた。

 

部落から県道に出て

彼はトラックに積みこまれリンチ場にはこばれた。

 

一九四五年、夏のことである。

 

彼を、 李といったか王といったか、

誰もその名を知らない。

また、 殺された三〇〇人余の中に彼がはいっていたか、

それとも新しい中国に帰ったか、

それも誰も知らない、

誰も語らない。

 

あれからもう十二年にもなる。

口をぬぐっているみたい、

そして、

物語りに飢えているみたい

七月の村は森閑としている。

          (「処女地帯」第28号 一九五七年十一月)

 

重たい草

一九五九年七月二七日・月曜

〔草の重みで老婆窒息死〕

 

黒い森につながるみち、

鳥のひくくとぶむら。

 

〔農イノさん(六九)は、朝草を刈りに行ったまゝ帰らず〕

七〇年の土が息のねをとめる。

虫たちがその上で舞う。

水と草のしとね。

 

〔たんぼに突っこんで死んでいるのを家人が発見〕

 

野には無数の花

背の草にも花。

緑と藍の気圧の下で

霧は鳴らすオルガン。

〔草の重みで起きあがれず〕

 

青い世界・ぬれている国。

小鳥のように呟く声。

 

重い草、

重たかった草、

さらにどっしりとした露。

〔窒息死したらしい〕

重い、

重い、

重みで押すな。

押すな。

          (「処女地帯」第31号 一九六〇年一月 ガリ版印刷)

 

かわいそうな僕 ―一九四二―

立ちはい あるいはわらじしめと称して

門口で酒をのませるのが、この地方のならわしだ。

もう門出だ、みんなさようなら、

僕は立ちあがって

なみなみとつがれた盃をあおった、

しまった、 酒はこぼれて僕の胸をぬらした。

酒は、つめたく胸から腹に伝わった。

人々は顔をそむけている。

見るな、不甲斐のない 酒をこぼしたこの男を見るな、

見るな、かわいそうなこの息子を見るな、

いま僕はこの家を出てゆく、

うすきたないこの旗はなんだ、

口々になにかをいっているこの人の集りはなんだ、

酒は、つめたくつめたく

かわいそうな僕の胸から腹をぬらしてゆく。

 

旗をふらず、歌をうたわず

僕は出発した。

風景は移った、

死が、僕のそばまできた。

ずいぶんながいあいだ、

僕はあるきつづけた。

酒はつめたく、胸から腹をぬらしている。

いまでもそうだ。

戦争だって、権力だって、銃剣だって、

かわいそうな僕を傷つけることができるもんか。

          (「処女地帯」第三十四号 一九六〇年七月 ガリ版印刷)

 

首のうた

この夜ふけにどうしたことだ、

高熱に喘いでいる息子

くすりも氷もない

私たちはおろおろと

ただタオルをかえて冷してやるだけだ、

小鼻をふくらましている、

かわいそうなやつ、

テストテストでまいったのか

しんの弱いやつだ、

しっかりするんだ

もう夜も明ける

ふき出る汗をふきとろう

からだの熱をすいとろう、

満十七歳

手足も大きく

ひとかどの口をきくが、

この首の

なんというひよわさだろう、

まだ少年期のおさない首だ、

私のかた手で握れそうな細さ

熱にあえいでいる首

ひよわな首、

 

 首・人間の首のもろさ

 銃弾で千切れる首

 血を吹きだす首

 キャタピラでつぶされる首

 世界のどこかで

 しめつけられている首

 血まみれの首

 ベトナムでの人ごろし

 

渡してなるものか、

おい

がんばるんだ、

じっとして

夜明までおのれの熱と闘え、

          (「処女地帯」第52号 一九六五年九月)

 

斜めに日が

ひろい大陸のことだから

どこのどいつが死んだって

たいしたことでないだろうが、

ゴマをまいたような点

ひとつ、ふたつ、そいつがひろがる。

死んだってたいしたこともない

あまされもの、よたもん

おかしな国のかわいそうなやつらだ。

東京、朝鮮ライン、グアムからオキナワ

あとはおきまりのベトナム

泥だらけ、血まみれ、O God.

なぜ死ぬんだ、

そんなことは考えぬことだ。

でもなぜ、

死んでかえったやつらにきいてくれ、

 

やっと着いたところだ、

 

バス・ターミナルの荷物おき場の上に

ちょこんとのっかっている草色の袋がそれだ。

遠い遠い国から

かえってきた、

ターミナルはいま夕刻

ひとっこひとりいない時間

斜めに日射しをあびている

草色の袋があいつだ。

斜めに日が

長い長い影、

 

野原のはての

夜の底でおふくろだけが泣く

運の悪いこどもだ、O God.

袋の底からチャラチャラ出るのは

東洋のコイン

銅の、アルミの

一枚・二枚……

にぶく光る、

魂みたいにだ。

魂と話しして

おふくろだけが泣く、

          (「コスモス」第三次10号 一九六五年十一月)

 

薄明――― 一月十八日朝

五時四〇分 ポンポン船の音がする

港を出てゆく曳航船だな、

今日の日の出・六時五七分

東の山をこえて陽がのぼるのは

まだ()があるが

たしかに朝だ。

ブラインドのすきまから

光がさしこみ

朝の検温。

ギブスの胸を指でたたく

もう朝だぞ、こいつめ

夜という悪魔の時間と

たたかって私は疲れた

こいつめ、私はこれから休む、

一月十八日

 一九一一年(明治四四年)大逆事件で幸徳秋水ら二

 四人に死刑の判決・一九五七年 植物学者牧野富太

 郎死去・一九六七年 死刑囚竹内景助東京拘置所で

 病死 彼のため私は沈丁花という詩を書いた。

悪魔の日だな、今日という日は

今日の日の出は六時五七分

まだ()がある。

 

   ―― 一九六七年 病院にて

          (「処女地帯」第58号 一九六九年八月)

 

(かく)まきの女

ながい間、むらの女は

地表だけをみつめてきた。

冬、角まきに身をくるんで

一歩、一歩、踏みだす足の先を確めてきた

伏目で女は、その道の方角を知っていた

踏みだす足の一歩

それがいかに大切か

女たちは知っていた。

          (処女地帯第三次創刊号 一九七八年四月)

 

ある夏の日

学校にはあれ(ヽヽ)がある、

あれに気をつけろと自分に言いきかす

校庭いっぱい夏の日であった。

校門でそれを確かめる

神様らしい造りで大きなかんぬき、

その方を向いて止まる

直立する、

衣服のほこりを払ったりして

帽子をとって

深ぶかと頭を下げる。

背のなかにも、頬にも

視線がとんできた、監視の目だ

役場の二階から

生き垣のすきまから

これから訪ねる校舎のガラス戸のなかから。

わかっているのだ、

これが戦争の眼なのだ。

長い戦争がはじまっていた。

一九一八年生まれ

少年のころから戦争話ばかりであった、

いやだ、いやだと思いながら、

せいいっぱい、努めて見せることを覚えた

おそれおおくと思う所作をこなした。

 

御真影奉安殿とよんだ、

紋章のついた写真が入っていた。

敗戦の夏、おおあわてで取り壊わされた。

私には、

少年からの思いが鉛毒のように染みている。

          (「コスモス」第四次41号〔通80号〕 一九八三年六月)

 

良民票

顔写真のあたり

大きく打ちこまれる刻印、

鼻と口がゆがむ、

權力のしるしが打ちこまれる。

番号がつく。

頭のてっぺんからつま先まで

にらみつけて、

あっちに行けと言う。

ビニールのケースに収めて

紐を通して、首にかける。

 

Help! Help!

それを掲げて

おれは叫ぶ。

良民だ!

金をもたぬ、武器もない

体制派だ、

王党派だ、

 

小旗を渡される。

うたえ!

うたって振れ、

隊列を組んで

ボタンをかけて

顔をぬぐえ、

玉砂利を踏んでの

長い行列となる、

参賀のしるしに

記帳をする。

おれは、おれの姓名を

きちんと書く、

良民です。

          (順三てづくり小詩集「かっこう」一九九三年六月)

 

夜のドロップ

床頭台からドロップ缶を取りだす。

てのひらに収まる長円のそれの、小さい丸蓋を開ける、

フルーツドロップ、いろいろある

赤いの、黄いろ、みどりの、白いハッカ味、

 

まずオレンジ一つ

ドロップを舐める、

決して噛じるな

舐めて、舐めて

粒になるまで舐めつくせ

ドロップ一つを舐めつくして五分

とろとろと舐めつづけ

決してかみくだくな。

 

ドロップを含みながらおれは、

カーテン仕切りのべットから抜け出て

夜の遊泳の旅に出よう、

さて、どこへ行くか

おれの海外体験といえば、兵隊に駆りだされた中国山西省の奥地、あのへんを自転車で駈けまわろう。(おれはまったく、自転車に乘れないのだ) 臨汾・汾城・蘇村鎮と、同蒲線沿いに南下、(ニンニク玉をかじって紅酒をのむ)、黄河近くに塩池があり、桃源の村があった。

 

つぎはユーロ、コインをいっぱい持ってヨーロッパを巡る。ひー・ふー・みーとコインを並べる。(トイレがどこでも自由に使える街でないとおれは困る)

ドクター森本登がすきだったギリシャにも行こう。ジブラルタル海峡を渡ってスペイン。セウタの街は、品川清美に案内してもらおう。

そろそろ、日本へ帰ってうまいものを食おう。母がつくったアユの粕漬、正月の膳にのったあれ。奈良漬ならなんでもいい。マウリの味、タケノコ、ナスのそれ。家内の得意の一品は柿ナマス、その味も絶えて久しい。このへんでおれの旅は終って、夜のべットにもどる。

ドロップは舐めつくし、五分間のおれの遊泳の旅は終る。朝はまだまだ、ここでまたひとつドロップ。

          (「詩と思想」一九九九年四月号)

 

 

日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室
This page was created on 2016/02/27

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押切 順三

オシキリ ジュンゾウ
おしきり じゅんぞう 詩人 1918(大正7)~1999(平成11)。秋田県生まれ。横手中学で若き日の石坂洋次郎(当時は横手中学の教師、後の作家)の指導を受けた後、東北地方の農民文学の詩人たちの活動に加わった。後年「北方農民詩」の開拓者とも言われ、農民、農村、農業を文学的なテーマとする作品を評価する伝統のある農民文学賞などを受賞した。

掲載作は、押切宗平編「詩人・押切順三(全)」(2014年、秋田文化出版刊)所収された1940年から1999年までの全作品(329編)より、代表的な作品15篇を編輯室で選出した。日本のアナーキズム運動の代表的な詩人秋山清をして「現実を語らしめる方法」を完全にマスターしたのは、日本現代詩を歩んできた詩人では小野十三郎(とおざぶろう)と押切順三であると言わしめた。

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